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【第十話】神社と部屋

 僕は家に帰ってから今日のことを思い出す。「あのサッカー部の5[#「5」は縦中横]番、去年私に告白して来た人なの」これには何の意味があったのか。わざわざ僕に言ってくるのだから何かあるのだろう。そう思って今後は気にするようにしておこうと夕飯を食べながら思っていたら携帯が振動する。差出人は小春。僕は短く『食事中』と返したら『後で電話したい』と返信がすぐに来た。「なに?」     

 約束通り、食事を終えて部屋に戻ったらすぐに電話を掛けた。部屋はエアコンが頑張って居るがまだ暑い。

「今日、清水さんと何してたの」

「なにって。買い物。清水さんの服を買いに行ってきた」

「ふーん」

「何かあったのか?」

「いや、付き合い始めたの、本当だったんだな、と思ってさ」

「なに?小春は僕に彼女が出来るのが嫌だったか?」

「そんなんじゃないんだけどさ。やっぱり少し寂しい」

「寂しいって何だよ。そっちにも彼氏いるじゃん」

 そうなのだ。小春には氷川良介という立派な彼氏がいる。僕が誰と付き合おうとその事実は変わらないはずだ。なので少し意地悪がしたくなった。

「もし僕が清水さんの申し出に断りを入れて小春にもう一度やり直さないかって言ったらどうしてた?」

「それ、今聞く?」

「例え話だよ」

「受けてたかも」

「え?」

「受けてたかも知れない」

 正直思ってなかった反応でこっちが言葉に窮してしまった。

「でもそうなったら氷川良介……氷川君はどうするのさ」

「多分、氷川君なら分かってくれると思う」

 今らそんなことを言われてもこっちが困ってしまう。

「まぁ、単なるたとえ話だからな。そっちはそっちでちゃんとして貰わないとこっちも困る」

「だよね!なんかごめん!忘れて」

 忘れて、小春がこの言葉を使うときは忘れてほしくない時の態度を示していることが多い。だから僕は小春の顔が見て取れるようで、喉の小骨を思い出してしまうのだ。あんなに小春から卒業すると心の中で宣言したのに。

「そうだな。今週末は清水さんとデートだしな」

「へぇ。どこに行くの?」

 平静を装った声。長い付き合いだ否が応でも分かってしまう。

「内緒。だそうだ」

「そかそか。楽しんできて。それじゃ」

 そう言って小春から一方的に通話は切られてしまった。自分もこれ以上話すと未練のようなものがふつふつと湧いてくるような気がしたので丁度良かったのかも知れない。ベッドに腰掛けてまだ開墾されていない段ボールを眺めながらそんなことを考える。

 

「お待たせしました」

「ん。そんなに待ってないから大丈夫だよ」

 現れた清水さんは、この前買った洋服ではなく、タンクトップの上に両肩の出た淡いピンク色のオフショルダーシャツ、それに少し短めの白いプリーツスカートの出で立ちで現れた。その姿にしばし見とれていたら清水さんはバツが悪そうに僕の顔を覗いてくる。

「こういうの、似合わないかな」

「いや、似合ってるよ。でもこの前に買った服じゃないからちょっとびっくりしただけかな」

「そう?」

 身体を左右に反転しながらくりくりと動く度にプリーツスカートがヒラヒラと舞う。正直なところこんなに露出度の高い服を着てくるとは思わなくて相当に面食らっている。髪の毛だっていつものサッパリしたストレートじゃなくて片側には編み込みを入れた少々手の込んだものになっている。

「それじゃ、行こうか。って、今日はどこに行くの?」

「付いてきて」

 僕は言われるがままについて行く。学校の校門を出て右に曲がって歩いて行く。自宅とは別の方向だ。こっちには駅があるので電車で出掛けるのだろうか。そう思っていたら途中の児童公園に立ち寄りたいという。

「ここに何かあるの?」

「ここは私が如月君に初めて出会った場所。私は砂遊びをしていたのだけれど、おもちゃを他の友達に取られちゃって大泣きしてるのを如月君が助けてくれたの。幼稚園の頃の話だからもう覚えてないと思うけど」

「幼稚園の頃?って事は小学校も一緒だったって事?」

「そうよ。全然気が付いてなかったのね」

「正直ね」

 僕は正直に答えた。同じクラスだったのが聞いてみたら隣のクラスだったとのことだ。その頃にも小春と一緒だったので気が付かなかったのだろう。この公園での出来事がきっかけで僕の事を気に掛けて居たのだとしたら、僕がアメリカから帰ってきて小春に彼氏が居て。告白を早急にした意味が分かった気がした。

「だからあんなに急に告白して来たのか」

「そう。放っておいたら桜さんのところにまた戻ってしまうと思ったから」

「向こうは彼氏付きだぞ。それを奪う度量は僕にはないさ」

「如月君にはなくても桜さんにはあるような気がしたから」

 確かに昨日の電話の様子だとそのくらいの事はあったかも知れない。でもそれは自分の所有物が他の人の手に渡ったのが許せない、という様な事のような気がしたのも事実だ。今、この状況で小春に何か言われても僕の心は動かないだろう。と、思う。公園では子供達が楽しそうに遊んでいてそこにいた僕たちは少し浮いた存在だったので、僕は「次のところに行こう」と清水さんに声を掛けてまた駅の方に向かって歩き出す。

「電車に乗ってどこかに行くの?」

「そう。川越まで」

 川越。僕も桜と行ったことがある。僕がアメリカに旅発つ手前にデートに行こうと誘われて。あの時、川越氷川神社で風鈴祭りを楽しんだ記憶がよみがえる。風鈴が無数に鳴っていて涼しげな空気が境内にあふれていた。

「でも風鈴祭りってもう終わってない?」

 そう、風鈴祭りは九月に入ってすぐに終わる。

「風鈴祭りなんて言ってないのだけれど。なにかあったのかしら」

「いや。特に」

 そう答えたけども清水さんには僕が小春と一緒に行ったのが伝わったのは確かなことだけは分かった。電車内では幼稚園時代から僕の事を気にしていたこと、小学生時代にはその気持ちが大きくなっていったこと、中学生でようやく踏ん切りが着きそうになった時に僕がアメリカに行ってしまったこと。普段の清水さんとは似つかわしいほどに饒舌に僕への気持ちを伝えてきた。電車内だったものだから僕は静かに肯き返す事しかできなかったけど思いの丈は伝わってきた。電車を降りて僕はてっきり川越氷川神社に行くものだと思っていたら向かったのは三芳野神社というところだった。

「ここって何の神社か知ってる?」

「いや。まったく」

「童話でとうりゃんせってあるでしょう?あの童話の発祥の地って言われてるわ。いきはよいよいかえりはこわい」

「へぇ……アレってどういう意味なの?」

「母親が七歳の子供をようやっと連れて、帰りは疲れちゃうお話。まるで今の私たちみたいでしょう?それにここ。菅原道真を祭ってるの。学問の神様」

 三芳野神社はわらべ歌発祥の地という石版とかがあったけども川越氷川神社のような多くの人が訪れる雰囲気はなく、静かな空間をわらべ歌発祥の地という参道だけが特徴的に存在している様なところだった。

「学問の神様って事はやっぱり受験についてのお願い?」

「それもあるのだけれど。今回はもっと難しい問題があるからそれが解けますようにってお願いするつもり」

 有名国立女子大学よりも難しい問題って一体何なのか。僕には分からなかったけどもわざわざ困難ところまで来たのだ。彼女にとっては大事なことだけは分かる。お参りが終わって帰りはこわい。特にそんなこともなかったけども、清水さんにしてみれば僕との関係を維持するのはこわいのかも知れない。

 その後は天然氷のかき氷屋でしばしの涼を堪能して小江戸の街を散策。十四時半を過ぎたあたりで帰りましょうと言われたときにはそんなに早く帰るのかと思ったのだが、清水さんには他にもやりたいことがあったようだ。僕を自分の部屋に連れて行きたい。そういうことらしい。だから帰りは怖い。断られたらどうしようと考えていたのかも知れない。僕は特に断る理由もないので了承した。

「ここ。私の家。ちょっと狭いけども」

 連れられた家はちょっと失礼だけどもアパートと呼ぶのがふさわしい風貌の二階建ての物件だった。六部屋ある内の二階真ん中。鞄から鍵を取り出してドアを開けるとキィーっときしむ音が聞こえてきてより一層のアパート感を引き立てる。部屋の中は八畳ほどのリビングダイニングキッチンにふすまで仕切られた部屋。恐らく寝室であろう部屋だけの質素な感じが見て取れた。

「お茶。入れるからそこに」

 お世辞にも広いとは言えないちゃぶ台に敷かれた座布団に腰を下ろして周囲を見回す。ベランダ側の右上にはゴォーと音を立てて一生懸命に冷風を吹き出す古びたエアコン。ベランダから右の背後に目線を映すとそこには仏壇が置いてあるのが見えた。

「私ね。今ここに一人暮らししてるの。父と母は私が高校入学とほぼ同時に事故で亡くなって。親戚からの援助でここに住まわせて貰ってるの」

 仏壇を見つめる僕の考えていることを察したのか清水さんのほうから説明してくれた。

「なんか大変だね」

 無責任な言葉だったかも知れない。恵まれた環境の僕がそんなことを言っても嫌みにしか聞こえないかも知れないのに。

「結構気に入ってるからいいの。静かだし」

 しばしの沈黙。その間が僕には永遠の時間に思えた。そして清水さんは話を続ける。

「その……、こんな状況の私なんだけど、それでも如月君は私と付き合ってくれる?」

 不安の入り交じった声。正直面食らったのは事実だけども、人間として否定するような要素は感じられないので「そんなことはない」と心の中でその考えを否定した。

「そんなの関係ないさ。ご両親にご挨拶出来ないのは残念だけども」

 僕はそう言って線香を上げさせてくれないかと頼んで仏壇に手を合わせる。仏壇には親子三人が仲良く写る姿が飾られていた。高校入学時の写真だろうか。

「清水さんはさ。こういうのが負い目になっているのなら、僕にはなんの気遣いも要らないから。いつもの様に接してくれればそれでいいよ」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。ほんと如月君は優しいのね」

 人の懐状況で人間性を判断するような人間ではないとそれだけは言える。僕はそう伝えてから出されたお茶に口をつける。

「そういえばさ。清水さんの連絡先貰ってないけども、貰っても良い?」

 清水さんはバツが悪そうにもじもじしている。

「その……申し訳ないのだけれど電話を持っていなくて……」

 電話代を支払うのも厳しい生活なのか、と感じてしまったのは事実。しかしすぐにそんな考えは飛んでいった。

「会いたくなったら会いに行くから。だから如月君も私に会いたくなったらここに来て。一人暮らしだからなにも気にしなくて良いわ」

 電話なんて電子的なもので繋がりを求めるのではなく物理で殴ってくる。今の僕にはそれがたまらなく嬉しく思った。桜とはあんなに近いのに電話でのやりとりが大半だ。会おうと思えば簡単に会えるというのに。

「分かった。とりあえず今日はその記念すべき第一日目って事だ」

 僕はそう言って清水を自分の方に来るように手招きをした。それに素直に従う清水さん。ちゃぶ台の斜め四十五度に座っていた清水さんは上半身だけ僕の方に床に手をついて寄せてくる。僕はその差し出された頭を数回軽く撫でてからひとつ聞いてみた。

「寂しくない?」

「以前は寂しかった。でも今は如月君がいるから……」

 単純に嬉しい。清水さんという一人の女の子の幸せを僕は作ることが出来たのだ。その言葉を噛みしめて居るときだった。携帯にメッセージの着信音が響く。清水さんは差し出した頭を引っ込めて自分の居場所に上半身を戻して「どうぞ」と手を出してきた。差出人は小春だった。

 『今どこにいる?ちょっと会って話がしたいんだけど』

 僕が返信をどうしようか迷っていたら清水さんは再び手を差し出してきたので、スマホの操作を進める。

 『今、清水さんの家。すぐには会えない』

 すぐに既読が付く

 『じゃあ、帰ってきてからでも良いから。帰ってきたら連絡して』

 『了解』

「桜さん?」

「ん?ああ。なんか話があるからって。なんだろうな。彼氏と喧嘩でもしたのかな」

 清水さんが不安そうな顔をしたので冗談でも言って和ませようとしたのだが、それに失敗したことに気が付いて話題を変えた。

「清水さんがいつも作ってくれてるノートってもしかして僕のために作ってくれてたりする?」

 これは気になっていたこと。テストの過去問については復習ということでなんとなく分かる。しかし。自分の復習様に解説まで書くだろうか。予習のノートだってそうだ。

「うん。そう。でも気にしないで。私もそれで勉強になってるから。人に教えるのってとっても勉強になるの。だから負担にはなっていないわ」

 やっぱりそうか。気にしないでと言われてもやはり気になる。

「それじゃノートを作るんじゃなくて、放課後にここに来て教えて貰うのじゃダメかな」

「それは困る、かな。毎日そんなことをしてたら私……」

 我慢できなくなる、だろうか。自分の都合良く考えるとそんなことが頭に浮かぶ。加減の効かないエアコンはゴォーと音をたてて部屋の温度を更に下げているが、僕の身体はそれ以上に火照っていたかも知れない。僕は清水さんの肩に手を掛けて自分の方に抱き寄せた。

「なんでだろう。不思議と清水さんが近くに居ると安心する」

 本当は清水さんの身体に触ってみたかった。それが僕の欲望だったのだろう。肩を抱いてひどく満足感をお覚えたからだ。

 その日は小春との昔話が聞きたいと言われたので、中学に入ってから僕がアメリカに行くまでの話をして家を出た。帰り際に玄関で頭を差し出されたので数回撫でてから家に帰った。

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