【第九話】ショッピングモール
朝、家を出ると小春が家の前で待っていた。
「よ」
「よ」
僕たちは昔のように短い朝の挨拶をして歩き出した。桜の葉はまだ青々と茂っている。もう一ヶ月もしたら散ってしまうだろう。そんな桜のトンネルを抜けたあたりで小春が話しかけてきた。
「昨日の話って本当?」
「本当。でも正直な話、教室でどう接したら良いのか分からないかな。まぁ、やるだけやってみるけど」
「そう、なんだ」
どことなく寂しげな小春の声を聞いて一瞬未練が心の奥に見えた気がしたけども、昨日の清水さんの手の温もりを思い出して、それを追いやった。
「小春には彼氏、居るじゃん。誕生日プレゼント、決めたのか?」
「まだ」
「来週なんだろ?今週末には買いに行かないと間に合わないぞ。それじゃ」
いつもなら教室まで一緒に行っていたが、付き合うことになった翌日に小春と一緒に教室に入るのはなんだかバツが悪い気がして校門を入ってから僕は小走りで昇降口に向かった。小春もそれに気が付いたのか追ってくることはなかった。
教室に入ると清水さんはいつものように自席で本を読んでいた。僕は机に鞄を掛けてから清水さんの席に行って朝の挨拶をした。清水さんもそれに応えた瞬間、クラスが一瞬静かになった気がする。そして僕はその瞬間が終わったのを感じて清水さんにもう一言。
「今日の放課後も図書室でいいの?」
「ううん。今日は別。帰るときに声を掛けるから」
席に戻ると隣の席のやつが僕に「氷の少女様となにかあったのか?」と聞いてきたので、僕は素直に「付き合うことになった」と答えた。すると予想通りの反応というかなんというか。「マジかよ」という反応。折角だから聞いてみた。
「清水さんに告白して断られた男子って結構居るって聞いたけど本当なのか?」
「ああ。二年の頃が一番凄かったんじゃないかな。勉強が出来てあの容姿だろ?モテて当然というか。でも会長が告白して断られたって噂が回ってきてからはぱったりと。って感じだ」
「会長?」
「ああ。その当時の生徒会長。その人も学年トップのイケメンでさ。人望も厚くて絶対に成功するって周りも思っててさ。見事玉砕した後からかな。なんかみんな清水さんにさわりにくくなったの。それを意ともしないもんだから、氷の少女様なんて呼ばれるようになった」
なるほど。そういうことがあったのか。当時の生徒会長が居たらなんて言われたのかな。嫌がらせでも受けたのかな。まぁ、なんにしても清水さんはもう僕の彼女だ。誰がなんと言おうとも。
「あれ?今日は図書館に行かないの?」
シューズロッカーに清水さんと上履きを入れてる時に小春がやってきた。それに動揺することなく清水さんはいつものようにローファーをトントンとしている。そして靴を履き終えた清水さんは僕の方を見て「行かないの?」という目線を送ってくる。
「ああ。今日はちょっとな」
ちょっとな。行き先を聞いてないからそんな曖昧な答えになる。
「ちょっと。なんだ。あ!氷川君!」
小春は氷川良介を見つけたのかパタパタと廊下を駆けて僕の前から去って行った。僕はそれを見送ってからローファーに履き替えて清水さんの横に立つ。昇降口を出るとグラウンドには土まみれになって練習をしているサッカー部に野球部。まだまだ元気な九月の西日に照らされて暑そうだ。
「そういえば文芸部にはもう顔出しとかしないの?」
「そうね。しても本を読んでるくらいだから」
行っても意味がない。そう言いたいのだろう。そう言って僕の見ているグラウンドに視線を向ける。
「如月君はアメリカでなにかやってたの?」
「いや。なにも。なんかガチな感じの部活ばかりでさ。それに運動系は欧米人には勝てないっていうか」
なるほど。といった表情を僕に向けたかと思ったらまたグラウンドを眺める。
「なんか気になるの?」
「あのサッカー部の5[#「5」は縦中横]番、去年私に告白して来た人なの」
清水さんの目線の先には5[#「5」は縦中横]番の黄色いビブスを着た選手がグラウンドを走り回っていた。何故そんなことを言ったのかは分からないけどもすぐに目線を校門に戻したので、僕も深く聞くことはしなかった。
「で?今日はどこに行くの?」
「買い物、かしら」
そう言われて到着したのは駅前のショッピングモール。なにを買うのかと思ったら普通に女の子向けのファッション店。自分の服を買うのだろうか。選んでいるものを眺めていたけどプレゼントには思えなかった。
「なに?プレゼントとかじゃなさそうだけど」
「そうね。私が着る服だもの。デートに着ていく服がないの」
そういうのはデート当日にサプライズ!似合う?ってやるところじゃないのか。でも清水さんはそういうのは苦手そうだ。僕は一緒に清水さんに似合いそうな服を選ぶ。でも店は秋物でいっぱいで夏物はほんの少ししか残ってなかった。
「コレなんてどう?」
カーキ色のシャツに白いロングキュロットスカート。清水さんの制服スカートは小春と違って膝頭が少し出る程度の長さだ。あまり露出の多いものはきっと選ばないだろうと思って。それを見せると「良いわね」と小さく言って試着室の中に消えていった。僕はその前で手持ち無沙汰に待つ。スマホを取り出そうとしたけども、清水さんとのデート中にいじるのはなんかルール違反のような気がした。
カーテンが開いてさっき手渡した服を着て「どう?」と少し不安そうな視線を送ってくる。
「似合ってるよ。いい感じ」
お世辞でもなく本当によく似合っていた。黒髪のロングヘアは白いロングキュロットスカートが映えて、カーキ色のシャツがどこか秋めいた雰囲気を出している。今の季節に着るならバッチリだ。清水さんは満足げな表情でカーテンを閉めて制服姿に戻って出て来た。
「もっと短いのを選ぶと思ってた」
「そう?」
「嫌い?そう言うの」
「嫌いじゃないけど。これからの季節ならこんな感じかなって思った」
「そう。それならコレを買うわ」
小春ならこの辺で僕におねだりをしてくるところだが、清水さんはそんなことをしないで一直線にレジに向かう。買った服が紙袋に入れられてそれを手に戻ってきてお礼を言われた。なんでお礼なのかと聞いたら「一人では選べなかったから」とのことだった。
「でさ。さっきデートっていってたじゃない?今週末時間があるならどう?」
一思案。スマホで予定を確認している。今日は木曜日だ。土日に予定があるとしたら家の用事か何かだろう。
「大丈夫。それじゃ土曜日に学校の校門前で」
「学校?図書室にでも行くの?」
「さて。どうでしょう」
イタズラ感が目に見える。それに僕も乗ることにした。当日のお楽しみ。