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【第一話】帰国

 また帰ってきた。僕は父の都合で海外転勤に連れて行かれて地元の中学校を二年生の夏に離れていた。そして高校三年生の夏休み終了と同時に再び日本に帰ってきたというわけだ。いわゆる帰国子女。英語も話せるようになったのでなんだか得をした気分だが、あいつとは顔を合わせにくい。家がお向かいだった幼なじみ『桜小春』。あいつもこの学校にいると聞かされている。僕たちは中学校入って一年生のバレンタインチョコをもらってから付き合うようになった。海外転勤になったと言っても期間が決まってるからと最初は毎日のようにメッセージの交換があったが、三日に一回、一週間に一回。そして月に一回。そのあとは……。こちらから連絡を取れば良かったのだが、少し間が空いてしまってなんだか送りにくくなってしまってそれっきりの関係になってしまっていたのだ。

「隼人、家に戻ったらまず桜さんの家に挨拶に行くけど、一緒に行くか?」

「うーん……。僕はいいや。学校で会うだろうし」

「そうか」

 帰ってきた。如月の表札の掛かった一軒家。先月まで人に貸していた僕の生まれた実家。庭の木も随分と大きくなっていてまるで違う家のように感じた。懐かしい部屋に入ると段ボールの山が待ち構えていた。

「僕ってこんなに荷物持ってたっけ……」

 そう思って段ボールに書かれた中身の名前を見てみたら納戸に仕舞うものまで僕の部屋に運び込まれていた様だ。僕は取り急ぎ用意されたであろうベッドに寝転がって小春のメッセージアカウントを開く。最後のやりとりは中学二年の夏で止まっている。

『今何してる?』

『期末テストの勉強中』

『そうか。邪魔したな。それじゃまた』

 それっきりメッセージが途切れてまるで時間が止まっているようだった。スマホを持った手を横に投げ出して昔の頃の事を思い出してみる。僕たちは幼稚園からの付き合いがあっていつも一緒。小学生のころから付き合ってるんじゃないかなんて、ませた女子には言われていたものだが僕は毎回否定していた。単純に恥ずかしかったのだ。あの頃の小春は引っ込み思案で人前に立つことが苦手だった。なので僕と付き合ってるなんて言われる度に僕の後ろに隠れていたもんだから余計にその噂は広がったものだ。しかし、中学に入って夏休みに一緒に遊ぶうちにお互いのことを男女として気にし始めて中学一年生のバレンタインにチョコレートをもらったのをきっかけに正式に彼氏彼女の関係になったのだ。周りからはやっと引っ付いたなんて冷やかされたが、確かにその通りなのでなんとも返事がしにくかった事を思い出す。

「あいつ、いまでも引っ込み思案なのかな。僕が居なくても無事に高校生活を送れているのかな」

 少し偉そうだとは思ったが、あの引っ込み思案具合を考えるとそう考えざるを得ない。

 

 日本の夏休みはあと三日で終了して九月から新学期。アメリカに居たとしても秋学期の始まりに当たるので僕にも違和感はあまり感じない。違うのは私服で登校していたところが制服になったところくらいか。日本の九月はまだ夏真っ盛りと言わんばかりの日差しと熱射に晒されていてクーラーの効いた家から出たくない気温だ。僕はアメリカと言ってもカナダに近い場所、ニューヨーク州のロチェスターという場所に住んでてこの季節はもう秋を感じる季節だったので日本の気候にはまだ馴染めそうにない。

 朝ご飯を食べて半袖制服に着替えてから鞄になにを入れるわけでもなく肩にかけて始業式に出掛ける。今日は始業式と午前中のホームルームのみで下校と聞いている。僕はそのホームルームで自己紹介をする予定だ。

 日本式の始業式。久しぶりだ。夏休みのだらけた生活を脱して三年生は受験に勤しむように。そんなことを言っていた。僕が転入した学校は地域でも公立でも一応の進学校と言われている部類で大学受験をする生徒が多いと聞く。僕は高校三年の九月に日本に放り出される訳で受験勉強に巻き込まれる様な格好になってしまった。英語が喋れるし書けるし読める。一応のビハインドは持っているつもりだが、国語については長年離れていてさっぱりだ。古文なんて見たこともないと言っていい。

 始業式が終わって僕は職員室に向かう。担任の先生と一緒に転入するクラスに行く予定だからだ。学校は向こうのハイスクールと大して変わらない。ビニールみたいな床の真ん中に白線が引かれている。日本だから左側通行になるのだろうか。

「如月君。先生が先に入って転入生がいることを言ったら呼ぶから入ってきて」

「はい」

 いよいよ自己紹介の時間だ。中学からの同級生がどのくらいいるのか僕は知らない。居たとしても四年間のブランクがあるんだ。忘れられてる可能性の方が高い。見た目も変わっているだろうし。そんなことを考えていたら教室から先生の声が聞こえてきた。

「えー。ここで転入生を紹介する。如月君、入って」

「はい」

 ぎこちなく教室のドアをくぐって教壇に立つ。アメリカのハイスクールと違って日本ならではのどこか懐かしい景色が広がる。

「初めまして。如月隼人と申します」

 そう言うと黒板に大きな字で担任の先生が僕の名前を書き出したので、僕もそれを眺める。書き終わったらすぐに向き直って自己紹介の続きだ。

「僕は中学二年の夏に父の都合でアメリカに住んでまして、日本には四年ぶりの帰国になります。分からないことが沢山あるかと思いますので、その際は色々教えて貰えると助かります。それではよろしくお願いします」

 当たり障りのない挨拶。アメリカからの帰国子女と言ったのはいずれ分かることだし、後から伝える方が生意気な気がしたので先に言うことにしたのだ。

 先生に言われて空いた席に座るように促される。その後は普段のホームルームとおぼしき内容が淡々と進められている。そしてその退屈なものから解放されて下校を許されたと同時にクラスのみんなが僕の席に集まってきた。聞かれたのは定番の「アメリカのどこに住んでいたの」とか「英語は喋れるの」とか。僕は準備していた言葉を並べてその対応をする。そのクラスメイトの人垣の隙間に見知った顔を見た気がしたけども教室を出る直前で女の子という以外は誰だかは分からなかった。

 僕はクラスメイトからの質問攻めから解放されて帰りの支度をする。教室を出ると一人の男子が廊下の窓側にもたれて僕を待ってましたとばかりに出迎えてくれた。

「よ。久しぶり」

「和彦も久しぶり」

 こいつは中学で仲の良かった『新道和彦』という。昔と変わらずスポーツ刈りで当時の趣を強く残していたから一目で分かった。

「何年ぶりだっけ?」

「中学二年の夏に向こうに行ったから丁度四年かな」

「そんなに経ったか。クラスの奴らはもういいのか?」

「ああ、一通りの定番質問事項には答えたよ」

「相変わらずだな。もちょっと社交性を持とうぜ」

「お前に言われたくないわ」

「俺は野球部で社交性を養ったからな。お前は帰宅部だったからそのままなんだろ。向こうでも部活とかあったのか?」

「あったけどなにもしてなかった」

 九月の学校。廊下の窓は開け放たれていたが入ってくるのは生ぬるい風で汗がにじむ。僕は早く帰ってクーラーの効いた部屋に戻りたいと愚痴をこぼして和彦と一緒にビニールみたいな床の廊下を上履きで歩く。上履きと言う概念も日本ならではな風習でまだ慣れない。

「そういえば桜とは会ったのか?」

「小春か?まだだな」

「お前らお向かいさんだろ?挨拶くらいは行けよ。昔は付き合っていたんだろ?」

「昔の話だろ。今はもう連絡も取れてないよ」

「そうか。じゃあ、ショックを受けないように先に言っておくぞ。桜、こっちで彼氏作ってるぞ」

 予想はしていた。連絡が来なくなったのはそういうことだと思っていたからだ。昔から小春は人気があった。幼なじみという僕が壁になって諦める奴らが多かったが小春のことを可愛いと言っている男子が多かったのは知っている。だからあらかじめ心の準備はしていたつもりだったが、学校という場所で、さらには親友に言われるとその事実感で胸がチクリとした。

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