軍略
七蔵帝、丹翁に軍を問う。翁、応うこと如是。
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武に飽き足らず儂に軍事を問うのですか?恐れながら、戦場で矢避けにもならぬ老体に問われるよりは、書庫に眠る武経を紐解くか、お抱えの軍師に尋ねる方が有意義にございましょう。
ただ、どうしてもと仰るならば、始計をお話しいたします。
まず、軍で最も重要なことは、一等信頼に足る武人を将に任命し、有事の際には一切をその者に任せ、軍事に口を出さぬことです。古人が言うように、戦場では軍中のことに君命は及びません。双頭の龍は、頭がそれぞれ別々の方向に移動しようとするものですから、うまく進むことができません。もし頭同士が正反対の方向に進もうとするものなら、如何に強力無比な龍とて、忽ち身体が裂けてしまいます。敵はそのような攻撃の機会を見逃すはずもなく、あっという間に友軍は打ち破られてしまうでしょう。
次に重要なのは、戦をなるべく素早く終わらせることです。西に曰く「一度事を構えたら迅速に勝る機密はない」と、また東に曰く「戦上手の拙速の話を聞くことがあっても、戦上手の 巧久の例を睹たことがない」と。これはどちらも同じことを言っています。戦が短く終われば、士気を保ち、消耗を抑え、手の内を秘することは容易です。一方、長く続けば、いずれ士気は落ち、国力の消耗は激しく、形振り構わず手の内をすべて明かさざるを得ません。如何に巧妙な策謀も中身が知れてしまえば、無策と何ら変わりません。或いは敵が先手を打てるようになる分、無為無策でいた方がまだましかもしれません。結局、戦はますます長く続くようになり、国が疲弊したところで、ここぞとばかりに諸侯が攻めてきます。
最後に陛下、戦支度で豪奢な鎧を身に着け宝刀を佩いたからといって、はしゃいで百戦錬磨の英雄を気取らぬことです。武勲を重ねて成り上がった軍人君主は別として、戦場に出た君主が成れるのは、善くて激励を飛ばす角笛、悪ければ良く目立つ首級です。陛下のような軟弱な世襲の王は、天幕の内に引き篭もっていただくのが軍のためです。もっとも、そもそも君主が出陣しないのが最善です。
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上曰く、「善」と。