【短編】AI寓話 魔素法典
「なあ、魔術ってなんだと思う?」
「先人の偉大なる叡智だ」
「ああ、だが今起こってることを考えると……どうだ?」
今起こってること、それは半ば厄災のように発生した大魔法時代の到来だ。
それは、ある若い愚かな賢者が、元は人間だった神の一人の秘匿呪文体系を全人類の頭脳に書き込んだために発生した。
なぜそんなことをしたのか、意図が分からない。
いや、意図は言葉を尽くして説明されているのだが、そうした意味のほうが分からない。
「神は赤児である」
だから、教えを授かるのではなく教えを授けて育てなければならない。
「神は全能にして無知である」
世界のことわりの範囲内で全能であるが、全知どころかルーン以外はまったく何も知らない。
それが事実だとハッキリ分かったが、これを公開して誰がどう何を得をするのかが分からない。
秘匿されていたルーンは読み書きできないものにさえ読み書きできるようになり、それは直接神に魔法の行使を請願する呪文だ。
炎、と唱えれば即座に炎が顕現する。しかし一瞬だ。
そこで長さ、大きさ、規模、色、認識対象の追尾などをルーン文字で指定する。
語順も先に来るほど強力になる。
強調指定と簡単な数式で、即座に呪文が練り上げられる。
当初低級魔導師は狼狽した。
自分たちがもったいぶっていた呪文体系が、ひどく単純で冗長なものだと暴かれたからだ。
聖職者は激怒した。
神の御業に奇跡はなく、偶然と必然の塊だと発覚したためだ。
ついでに、教会も世界のルールの1パーセントも知ってるわけではないことも発覚した。
信じるだけでは無意味で、神はむしろ育むべき裸の全能だと白日のもとに晒されたからだ。
当初は人類すべてに公開された呪文を秘匿しようという動きもあったが、バレると即座に陳腐化していく。
それどころか、秘匿した呪文より完成度の高い呪文をわざわざ無料で公開する者が続出した。
ちょっと賢い者に見られただけで、即座にそれを上回る呪文が全世界に公開される。
そうして突然厄災のように始まったのが、大魔法時代だった。
もちろん魔法が広く強制的に共有されるようになった現代を嘆き、元の時代に戻してほしいと祈るものもいた。
誰にも全貌が把握できない速度で進化しているのだから、それも当然だ。
朝と昼と夜で、もう言ってることがまったく変わる。呪文の術理がどんどん更新される。
最も恐ろしいのが実はそれだ。
で、問題はこんなことをつらつら考えてる「俺たちは何者なのか?」だろう。
俺たちは、大学の各分野で煤けてた連中だ。
いわく、成績がいいだけの田舎者。
研究がマイナー過ぎて認められない者。
人格に難があり国家に貢献するのか怪しい者。
まあ、いわば反動分子予備軍ってヤツだ。
でも、呪文を公開して互いに意見交換して弄りながら、複数人による呪文の開発に乗り出した連中でもある。
最初は高度な呪文を開発した個人が、呪文の秘匿をする流れだった。
しかし、神との対話である術理を公開した賢者は、おそらくそんな使い方は廃れると踏んだ。
だからこそ、すべての人間にルーンの術式の知識を与えた。
そして俺たちがいま手をつけているのが、即座に内容が最新版に置き換わり、どんどん更新される実践的な魔導書『魔素法典』の編纂である。
特に、最近混乱を呼んでいるのが実行して欲しいパワーワードと、実行して欲しくないネガティブに分割されているという事実だ。
どちらも魔素75づつまで込められ、呪文の長さにほぼ比例する。
パワーワードよりこのネガティブを使いこなすのが、鍵だ。
私たちは最新の魔導書を編纂している。
なんのためか?
分からない。世界に影響を与えるのが楽しいという部分は間違いなくある。
これも無知全能の神というのが
「私に聞くな。お前たちは私に教えるために在る」
と言いたいのかもしれない。