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夜想の見た夢。 −憑者神と神語りの夕霧夢幻旅行記−  作者: 鳥路
序章:夕霧に向かう前の20日間は
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9月4日:猿見遊の帰り道

猿見遊さるみゆう。蓮台寺学園初等部四年生


八月二十九日生まれ。家族構成は両親と姉

夕霧峡にあるどこにでもある一般家庭の生まれだが、生来持ち合わせた才覚を見抜かれ、物心付く前に憑者神に成った


奪取という「まるで自分が泥棒の天才」と呼ばれているような感覚と、夕霧で起こした能力暴発の数々による他者から向けられる嫌悪の目が心の傷となっており、自分が持つ才能を憎んでいる

年相応の子供として振る舞いたい反面、その気の緩みで能力が暴発してしまうので、大人びた振る舞いを心がけている


しっかりした印象を抱かれるが、同郷の風花や保護者代わりの立夏、夏彦から心配をされている

今は立夏や舞花の能力で能力の発動自体が抑えられており、それなりに普通の生活を送れているようだ


盗むことを拒絶する申の神「水仙」の残滓と社を災害と事故で剥奪された「天草」をその身に有し、所有権を奪う能力を行使する今代の「申の憑者神」

努力家で「誰かの為に能力を使える能力者」を目指す彼女は最年少。これから先が非常に楽しみである


・・


9月4日


学校帰りに立夏お姉ちゃんのところに寄ろうとした私は、道中で意外な人物たちと出会う

この時間に帰れているの、珍しいなぁ


「舞花お姉ちゃん、恵お姉ちゃん」

「あ、遊。今日は立夏さんの家?」


私が声をかけると、前を歩いていた二人の女性・・・丑光恵うしみつめぐみさんと虎野舞花さんは立ち止まって、私の方に振り返ってくれた

それから一緒に歩きはじめる

目的地は立夏お姉ちゃんと舞花お姉ちゃんが住んでいるアパート

二人共歩幅を少しだけ小さくしてくれて、一緒に歩いてくれる

優しいな、と思いながら恵お姉ちゃんの問いに答えた


「うん。夕霧に行く準備。寮じゃできないから、こうして立夏お姉ちゃんのところに通って準備しないといけないんだ」

「そっか。もうすぐだもんね・・・」

「あっという間だったね。あ、でも学校側にはどう説明したの?」

「夕霧の事情は有名だからね。先生もそれは把握しているから、実家帰省で休暇届はすでに提出して、受理してもらってるよ。今日の外出も、門限外帰宅も申請してるし、夏彦お兄ちゃんに送ってもらえるようにも頼んでる」


夕霧峡への道は、寝台列車「夜想やおもい」が通る橋しか存在しない

その橋でさえも、普段は霧に包まれており、霧が晴れていない時以外はいかに真っ直ぐな道でも何故かその先にたどり着けないという、不思議な現象が起きている

今でこそわかるが、きっとそれも夜想やそうの、未の力なのかもしれない

そんな摩訶不思議な現象を成立させられる憑者神は彰則お兄ちゃんだけだから


「「しっかりしてるなぁ・・・」」

「そうかな。当然だと思うよ。書類出さなかったら怒られるし」

「のばらがちゃんとやってると思ってるの?」

「流石にのばらお姉ちゃんもそれぐらいしてると思うよ?」


「私はちょっと心配だな・・・聞いてみようか」

「恵さんからも信用ないんだのばらお姉ちゃん」

「信用ないっていうか、のばらちゃんは結構抜けてる所あるからさ。色々と心配で気にかけちゃうんだよね、あの子」

「それに比べて遊はしっかりしてて、私達も安心だよ」


しっかりしている・・・か

それって、中学生ののばらお姉ちゃんより・・・子供らしくないってことだよね

褒められているのはわかるけど、ちょっと複雑だな

その方がいいのはわかってる

けど、今は・・・もう少し、子供らしくありたいんだ


「でも、遊だってしっかりしてるけど子供じゃん?」

「それにさ、夕霧で色々とあったんだよね。その、能力の影響で・・・」

「・・・うん」

「とりあえず、保護者として立夏さん・・・あ、本当のお父さんとお母さんがいるか」

「あ、ううん。流石に両親を巻き込めないから・・・顔は見せないつもり。お姉ちゃんも私の顔見たら嫌な気持ちになるだろうから・・・」


「お姉ちゃんいたんだ」

「うん。麻里まりお姉ちゃん・・・のばらお姉ちゃんと同い年。今も生きてるよ」


本来なら生きてるよ、なんて言葉は出てはいけないものだが、夕霧の、今の状況だと出しておかないといけない情報だ


「・・・え、でも、こういっちゃなんだけど。夕霧って子供全員憑者神の儀式に挑まされるんだよね?」

「それで、のばらちゃんのお兄さんたちも亡くなられたって話、だったよね?」

「うん。本来ならね。でも、バランス的な意味合いで猿見から二人も憑者を出すわけにはいかないってことで、麻里お姉ちゃんは儀式を免除されたの。だから今も生きているんだ」


真実を知った今は喜ばしい話だった

両親も悲しむことはないし、麻里お姉ちゃんだって死なずにすんだ

でも、何も知らない麻里お姉ちゃんは「儀式に挑みたかったのに!」と私に怒りの矛先を向けて・・・今じゃもう話すことはなくなった


「・・・お姉さんさ、儀式に挑めなかったこと怒ってるの?」

「うん。真実を知らないから仕方ないよ。これから先も真実を話すことはないし、話す機会も、和解する機会もないと思う」

「寂しくない?」

「昔は寂しかったよ。でも今は寂しく・・・」


ない

その言葉を紡ぐのは簡単だけど、今の私には難しいこと


「遊ちゃん」

「恵お姉ちゃん」

「私は家族と縁を切って来た身だから、立派なことは言えないよ。でもね、多分この話を夏彦君が聞いたら、ちゃんと話し合いをしたほうがいいって言うと思うな」

「・・・なんで?」

「夏彦君、お母さんが行方不明になられた後、お爺さんとお婆さんに引き取られたんだけど、生きている間に全然会話しなかったんだって。それで、亡くなった後に後悔したみたい。ちゃんと話しておけばよかったって」

「・・・」


夏彦お兄ちゃんの過去は知らない

けど、のばらお姉ちゃんが「洗面所で遭遇したことあるけど体中傷だらけなのよ!あ、もちろん下は見てないわよ」って教えてくれた

それがどういうことなのか覚お兄ちゃんと東里お兄ちゃんに聞いてみたら「昔色々あったんだ。深くは詮索しないでやってくれ」と念押しされた

鈴お姉ちゃんからは「聞けば教えてくれるでしょうけど・・・あまり話すようなことじゃないですからね・・・」と遠い目をしていた

だから、その、想像したくない目にあったことは、なんとなく感じている


「綺麗事を言うつもりはない。遊ちゃんがこれからも関わるべきではないと感じるなら、話し合いなんてしなくていいと思う。今までの状態を続けて、大人になったら自立する。もちろんその手助けを私達はしっかり行うから安心して」

「・・・うん」

「けど、話さなかったことを後悔している人もいる」

「うん」

「悩むことはたくさんあると思うけど、遊ちゃんにとって「こうありたい」理想を、周囲の大人にぶつけてみるのも手じゃないかな。的確じゃないにせよ、皆アドバイスはくれると思う」

「迷惑にならない?」

「遊ちゃんは子供なんだから。できないことのほうが圧倒的に多い。一人でできないこともたくさんある。しっかりしてるからって、一人で全部解決しようとしなくていいんだよ?私達は頼りないかもしれないけど、沢山頼ってくれると嬉しいな。ここにいない皆も、そういうと思うよ」


さりげなく、私の手を握りしめた恵お姉ちゃんは諭すように私に言葉を贈ってくれる

子供だから、いいのかな

迷惑になることも、相談していいのかな

全部一人でやらなきゃって、思わなくていいのかな


「大人が嫌なら子供相手でもいいんじゃない?のばらは絶対聞いてくれるよ。あんな感じだけど、のばらは意外とお姉さんしてるから」


舞花お姉ちゃんの言う通り、のばらお姉ちゃんはいつだって私のお姉ちゃんをしてくれていた

麻里お姉ちゃんより、きちんとお姉ちゃんをしてくれていた


「・・・今日、帰る時に夏彦お兄ちゃんに話してみるよ。一緒に、のばらお姉ちゃんも連れてきてもらって、猿見家の話を聞いてもらって、どうするべきか、どうしたほうがいいのか・・・聞いてみる」

「うんうん。頑張ってね、遊ちゃん」

「うん。ありがとう、恵お姉ちゃん。恵お姉ちゃんのお陰で、こうしようって決められたから」


この先の自分の理想を定めて、私達は歩いていく

それからは実家のことなんて関係ない、どこにでもある会話を繰り広げた


この前の聡子お姉ちゃん凄かったよね、とか

舞花お姉ちゃんは知らなかったけど、聡子お姉ちゃんが夏彦お兄ちゃんにレコードに入り込んだら聡子お姉ちゃんのお願いを叶えるなんて約束をしていて・・・

実際にレコードに入り込んで聡子お姉ちゃんが「一日「二人で」お出かけ権」なんてものを要求した結果、鈴お姉ちゃんが般若みたいな顔で夏彦お兄ちゃんを追い回したこととか


私達にとっては日常の、どうでもいい話を三人で繰り広げつつ、帰り道を歩いていくのだ


・・


それからしばらくして、帰る頃に夏彦お兄ちゃんに頼んで連れてきてもらったのばらお姉ちゃんに実家のことを話した


夏彦お兄ちゃんは恵お姉ちゃんが言う通り「話し合うべきだ」と即答したのは結構面白かったな

のばらお姉ちゃんは、夏彦お兄ちゃんに同意はしていたけど・・・目は笑っていなかった

麻里お姉ちゃんに、怒りを向けていた


「けど、恵お姉ちゃんが言うとおりだったな。夏彦お兄ちゃん、絶対こう言うよって言ってたから、本当に言ってびっくりしたよ」

「まあ、妹だからな。育ててもらった父親が一緒ってだけでも、少しは似るのかもしれないな」

「「・・・妹?」」


初耳だった

いや、全然似てないし・・・年齢も離れていたはず

兄妹と言う割には距離感が遠いし、なんでそんな・・・そういう関係だったのかと驚く私とのばらお姉ちゃんの間に、彼はさらなる爆弾を落としていく


「血は繋がってないけどな」

「・・・複雑なやつだ」

「話してなかったよな。俺の育ての父親と、恵さんの父親は一緒なんだ。俺の本当の父親は別にいるけど、発覚したのは死んでからだし、書類上の俺の父親は恵さんのお父さんのままなんだ・・・」

「つ、つまりどういうことよ・・・私、頭がついていかないわ」

「書類上の兄妹だ」

「赤の他人だけど」

「兄妹だ」

「変な関係だね・・・」

「俺もそう思ってるよ」


複雑そうな笑みを鏡越しに浮かべた彼の笑みは、どこか恵さんに似ていて

赤の他人でも兄妹になれるんだな、とひしひしと感じながら帰路のひと時を過ごしていった

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