15:眠れる亜空間の神語り
鈴の亜空間の中で、私達は呼ばれるまで待機をしていた
「ここに入って随分経ったと思うけど、何分ぐらいかな」
「大体三十分だよ、遊ちゃん」
「意外と時間経ってないんだね?一時間ぐらい経ったと思ってたけど」
その空間は、雑音が多い日常にいる私達にとって静かすぎた
呼吸の音が聞こえるぐらいの静寂を保つその空間に居続けると、ちょっぴり不安になる
だから私達は会話を絶やすこと無く過ごしていた
空気の残量は心配だけど・・・静寂で気が狂うよりは遥かにマシだから
それよりも・・・
「夏彦君、起きないね」
「そうね」
「すぅ・・・」
今まで私達を影から守ってくれていた功労者は、能力の使いすぎによる疲労で既に夢の中
けど、なんだろう
少し、おかしいのは気のせい?
「・・・おかしい」
「あ、やっぱりそう思う?私もなんとなくおかしい気がして」
「なんで分かるのよ」
「だって鈴が・・・」
あの日の会話を思い出すように、のばらに私が知っていることを話す
そう、あれは憑者神になった直後ぐらいだ
・・
酉島家で能力の特訓をし初めて一週間
昼食も兼ねて休憩を取っている時に、私は鈴に夏彦君と上手くいっているか?と聞いたことがあるのだ
「ええ。仲良くやっていますよ、立夏」
「二人はいつも一緒だよね。見てるこっちが照れちゃうくらい」
「むう・・・」
鈴は真っ赤になりつつ、顔を下に向けた
初々しいなぁと思いつつ、う少し深く切り込んでみることにする
「もしかしなくても、寝る時も一緒だったり?」
「まあ・・・そうですね」
「なんか反応が薄いね。何かあったの?」
夏彦君の話題になると落ち着いた振る舞いを消してはしゃぐ彼女も、この話題ではトーンを一段感落としてきた
一緒に寝ている・・・夜の生活に結びついちゃったかな
聞いてはいけないことを聞いてしまった感じがして申し訳なく思う
「ごめんね。言いたくなかったら」
「いえ。相談に一つ・・・」
「わ、私に答えられることなら・・・」
「実は・・・のです」
「ん?」
「夏彦、一人で眠れないんですよ。私、いつも抱き枕やってます」
「そうなの!?」
彼からは想像できないような意外な癖にちょっとびっくりしてしまう
でも、鈴が来るまで一人暮らしだったんだよね
「一人で暮らしてた時はどうしてたの?」
「一人の時はぬいぐるみを抱いていたそうで・・・。職場に泊まる時は東里と一緒に寝ていたらしいです」
それは、なんというか・・・東里君もよく許しているな。まあ、あそこまで懐いているのなら、お兄さんと寝る感覚で一緒に寝るのもやぶさかではないか
「その名残で、一緒に寝ている時も抱きしめられるのですがね」
「ふんふん」
「残念ながら、夏彦は控えめに言って寝相が最悪です。特に足グセなんてとんでもない。布団はいつも吹っ飛んでいて・・・暖かくなっているとは言え、まだ夜は寒いでしょう?もう寒くて困っていて」
「あらあら・・・」
それからもいくつか彼の眠り方に関する相談を受けた
主に、足グセが異様に悪くて起こされる・・・といった難儀な話題だったけど
その情報は、今の夏彦君の不自然さを示す重要な情報となるなんて、当時の私は考えていなかっただろう
・・
振り返りはおしまい。今の話をしよう
つまり、私が覚えている夏彦君の寝方は・・・
「夏彦君の寝相は最悪を通り越してクソだって鈴が言ってた」
「でも、今の夏彦お兄ちゃんはそんな素振りないよ?」
「ないのがおかしいんじゃないの?鈴の話は毎日の悩みだったのでしょう?じゃあ、今もその寝癖が出てもおかしくない状況なの。でも、今の夏彦にはそんな素振りはない」
けれど、今の夏彦君は普通に寝ている
まさか、普通に寝ていることがおかしい扱いをされる人がいるだなんて思わなかったけど
「・・・遊、貴方の盗取で夏彦の中にある「取れるもの」を見てもらえない?もしかしたら影が出てくるかも」
「・・・わ、わかった」
不安そうに能力を使い始める遊ちゃんの肩に、私はそっと手を置く
そしてまた、私も同じように能力を使う
「大丈夫だよ、遊ちゃん。私が力を補助する。そしたら、はっきり見えるでしょう?変なものは取らないようにお手伝いするからね」
「ありがとう、立夏お姉ちゃん」
しばらく遊ちゃんは能力を使って、夏彦君の隅々を見ていく
能力を使用している時、遊ちゃんの視界は「取れるもの」を写すらしい
服は勿論。ポケットの中のゴミすら見えるらしい
イメージとしては透視みたいな感じらしいが・・・遊ちゃん曰く「血の通った「もの」は奪えない」らしい
盗取は拘束された人間の救助には使えないけれど、それは逆に言えば内臓の盗取による殺人は不可能ということだ
そこは色々と安心したかも
能力が暴走しても、枠を超えた盗取は行われない
遊ちゃんは事故で殺人を犯したりしないという部分は・・・心から安心できる
「・・・あ」
「どうしたの?」
「小さい影が入り込んでる。どうしよう。取るべきなのかな?」
・・・やっぱりか
異常な睡眠の理由は影が関係していた
いつ入り込んだのかはわからないが、少なくとも、神語りを行使している間は鉄壁だった
私達を内側に入れる時も、外に出す時も隙間一つ作らなかった彼が影に飲まれたのは・・・神語りを展開する前としか考えられない
「遊ちゃん。影は見つけるだけでいい。触ったら遊ちゃんも夢の中なんだから。今は、夏彦君の中に留まらせていたほうが安全だと思う。私達じゃ核を壊せないし、一度眠れば対処が難しい。対策も出来ないからなおさら」
「そうだね。夏彦お兄ちゃんには申し訳ないけど・・・そのまま」
被害は、広げるべきではない
申し訳ないけど、今は夏彦君の中に影を留めておくのが最善だ
「夏彦・・・」
不安そうに彼の手を握るのばらの横で、安らかな寝顔を浮かべる彼は今、どんな夢を見てるのだろうか
いや、今の彼は能力の籠に囚われている状態だ
一番危険な状態だろう。安らかなら、なおさら・・・
「・・・」
「どうしたのよ、貴方」
「私の鼓舞で「起きる力」を強化できるかなって思ってさ。後、精神とか自我とか・・・とにかく、能力に負けないように出来ることしたくて」
「・・・無理、しないようにね」
「言われなくても」
影に能力が作用しないように、器用に彼の起きる力を強化していく
鈴が戻る前には起きてほしいな、と願いながら
・・
まどろむ意識にたゆたう中、俺を呼ぶ声がする
「・・・起きて、起きて」
聞き覚えのある声だ。その声はずっと聞いていたくなるほど優しい声
毎日聞いていたはずではなかったのに、どこか懐かしい
「・・・ん」
目を開けると、既に朝
どれだけの時を眠っていたのだろう
列車は無事にやり過ごした?ここはもう夕霧なのか?
でも・・・今いる場所は誰かの子供部屋みたいな感じで、とてもじゃないが夕霧に到着したという雰囲気ではない
じゃあ、ここは・・・
「あ、やっと起きたね。おはよう、夏彦」
「・・・あ」
「どうしたの?まだねぼすけさんかな?ふふっ、お母さんとそっくりさんだ」
大人だったはずの俺は、目の前にいる人物に抱きかかえられる
視界だって、なぜ鮮明なのか疑問に抱くべきだった
メガネもないのに、見えていることはおかしいじゃないか
それに加えて、自分が小さくなっていることを理解した
百八十の成人男性を抱きかかえられる人間はいない
どうして?なぜ小さくなっている?
ここはどこだ。俺は・・・今「誰」に抱きかかえられた?
「どうしたの、夏彦。もう少し夢を見ていたかった?」
「・・・おとう、さん?」
幼くなった声で、目の前にいる人物の事を的確な形で呼ぶ
本来ならもう、この世にいないその人物は、幽体より少しだけ歳を重ねた父さんは・・・小さな俺に笑いかけてくれた
「はい。お父さんですよー」
その瞬間、俺は理解した
ここは、夜想の夢の中だと
「どうしたの、夏彦。怖い夢でも見ていたのかい?」
「ちがっ・・・」
「大丈夫だよ。お父さんがいるからね。よしよし・・・」
いつ影に触れられたかわからないが・・・とにかく今の俺は夢の中にいる
父さんに抱きかかえられた俺は、怖い夢を見たと誤解されて優しくあやされ始めてしまう
初めてのそれは、本来なら享受していた時間
どこまでも優しくて、どこまでも残酷な俺の理想は、夢に映された
優しすぎる夢は時に、人を永遠の夢へと閉じ込める
そんな場所で俺は一番出会いたくない存在と遭遇してしまったようだ




