10:来たるべきその日に
出発前
私達は夏彦に黙って、のばらが憑者神として成った場所へ足を運びある特訓をしていた
「むー」
「・・・飛ぶの上手いわね」
木々の間を器用に飛び回り、のばらに飛べることを証明する
翼がついている憑者神は辰と酉
つまりのところ、私と夏彦と立夏だけなのだが・・・立夏はまだ翼の重さに慣れなくて自在に飛ぶことが出来ない
それだけではなく、彼女は羽を動かすことで背中に大きく負荷をかけてしまうようで・・・軽く動かしただけで皮膚が裂け、激痛とともに白い翼は赤く染まってしまう
夏彦は不器用すぎて羽を動かすことすら出来なかった
彼の場合は強化された脚力で跳ぶことは叶うのだが、常時空中に留まることは出来ない
役割的にも、空中戦は私の戦場になる
来たるべきその日の為に、私は飛ぶ練習をこなしておかないといけないのだ
「これでも苦手な方なんだよ。体調さえ万全なら憑者化が解除されることもないから、安心して飛べるけど、本番はどうかわからないから」
「なるほどねぇ・・・体調面でも解除されるのね、これ」
「まあ一度ね・・・。上空から落ちたことがあって」
「あら。貴方でもそんな経験があるのね。意外」
「そうかな」
「貴方、なんでも完璧にこなしているイメージのほうが強いもの。成り立ての頃の話?」
「そんなところかなー・・・」
言えない。ほんの一年前の話なんて言えない
その後、真冬の川に入って私を受け止めた夏彦が風邪を引いて寝込んだなんて絶対に言えない・・・
「で、のばらは何をしているの?」
「特訓よ。きちんと使えるようにするのは任されたものとして当然の義務じゃない」
スカートを翻して、のばらは優雅に周囲へ植物を芽吹かせる
豊穣の基本能力は植物の成長操作
彼女の周りには、力強く伸びる蔦に弱々しく伸びる細い蔦。枯れた蔦に・・・なんか見たことも無いような色をしたレインボーな蔦まで色々な蔦が芽吹いていく
「私は聡子と一緒に前に立って、驚異と戦う「アタッカー」なの。守るべき三人を守れないなんてことは、妥協点なんてものは・・・あってはいけないの。常に最善でないと」
「これは・・・」
「能力の複数の操作は勿論、その能力で芽吹かせる植物だって異なる芽吹き方をするように操作はできるようになった。けど所詮通過点よ」
「問題は「それをどう使うか」だよ」
「そう。貴方の言う通り。ここまで出来たところで実戦で何ができるかって話なの。教えてくれる、鈴。私はどう能力を使えばいい?どう戦えばいい?私に、足りないものを教えてくれる?」
のばらは兄から守られて、その力を得た・・・言ってしまえば「才能がなかった憑者神」
私と同じ・・・適正がない憑者神だ
恵や立夏のように成り立てでもすんなり能力を使える才能があるわけでも
遊ちゃんや覚のように生まれつきの才能があるわけでもない
涼香や聡子のように能力を鍛える時間もなく
舞花のように頼れる資料が手元にあるわけでもない
私が竜胆に認められているように、のばらも神様に認められているのだ・・・彼女は将来的に大成する「晩成型」ではあると思うけれど
それに至るまでの時間は今、圧倒的に足りない
「いいですか、のばら。足りない能力は戦術で補えばいいのです。貴方にはそれができる力がある」
「ええ」
「私のように体術に頼らないといけない状況もあると思いますが、貴方の場合、基本的に能力で戦うのが主です」
「そうね。それは自分でも実感しているわ」
「出発まで能力を鍛え上げます。同時に、護身術を叩き込みます。学校で習うような勉強を叩き込む暇があるのなら・・・こちらを叩き込みなさい」
「受験生にそれ言う?」
「受験のことは帰ってきてから考えればいいじゃないですか。舞花塾が待っているでしょうけど」
「げっ・・・両方スパルタじゃない。でも、今回ばかりはしょうがないわね・・・それでも落ちたらどうするつもり?」
「その時はその時ですよ。その時にどうにかしましょう」
「楽観的ね、本当に。でも貴方のそういうところ、私は好きよ」
あの夜から一ヶ月、のばらは私の無理難題にどこまでもついてきてくれました
おかげで分断されても要さんたちがいるとはいえ、状況を的確に判断し、指示を上手く飛ばせていたようです
褒めたいところですが、それは終わってからでも
「鈴、先に十号車から?」
「ええ」
のばらをしごく横で、私だって何もしていなかったわけではない
私も師匠として恥じないように・・・
「鈴!前!前!影いっぱい!」
「足、引っ込めていてください。トバしますよ」
「はい?」
のばらを抱きかかえたまま、そのまま体勢のまま羽根を収納する
宙を、壁を蹴るように足を動かして、私は空間を直線に移動した
「ふむ。高速で移動したら逆に影を吹き飛ばせました。これは別の収穫も有りましたね」
通常状態の飛行に戻り、再び車内を移動する
ふむ、もう十号車のようですね。つまり九号車が影だらけ
夏彦からは止められたが、吹き飛ばしが有効なら私にも勝機がある
後で試してみよう。特訓の成果というやつを
「しゅず・・・にゃにこれ・・・」
「驚かせましたね。話せば長いのですが」
「ふんふん」
「ま、ざっくりいうと高速横移動です」
「ざっくりしすぎよ。わかったけれども・・・でも、あんな移動どこで」
「とある不良からアイディアを頂きました」
・・・かつて暴風龍と名を馳せた不良は、壁を蹴って垂直移動をしたり、二階に上がったりしていたらしいです
仕込み杖を使ってくる小学校教師が教えてくれました
私はあくまでもその不良の戦いぶりを参考にしただけなので
けっして、自分の夫の黒歴史を発掘しているわけではないのです
「ほら、まずはここですね。亜空間を出しますので鍵を」
「了解っと・・・よし。これでいいわね」
部屋の鍵をのばらに開けてもらい、荷物を取り出す
亜空間にそれを放り込んでミッションの第一段階は成功だ
「さて。次は影が蔓延る九号車」
「どうする?流石にあの量は私も・・・」
「おまかせを。試したいことがあるのです」
周囲の小さい影はのばらに捕獲してもらいつつ、私達は来た道を徒歩で戻り・・・九号車へと足を踏み入れていく
・・
一方、六号車
「・・・」
「大丈夫、夏彦お兄ちゃん」
「ああ。まだ大丈夫だ。しかし・・・なんなんだこの量は。さっきの倍以上を間に取り込んでいるぞ」
鈴とのばらが外に出てからも影の猛攻は止まらない
間に放り込んでいるから問題はないけれど・・・こんなに長時間神語りを展開したのも、何かを受け入れているのも初めてで少ししんどさを覚えてきた
まだまだ行けると思ったんだけどな。量が想像よりも多すぎる
・・・どうした、雪霞
・・・ん?え、ちょっとなにを
「・・・」
「鼓舞で神語りも強化できるかな・・・」
「・・・心配には及ばないよ、酉島立夏」
意識を切り替えた私は夏彦の代わりに間を常駐させるために意識を集中させる
なかなかに消耗している
夏彦の身体だと私は疲労を覚えることなく神語りを展開できていたのだが・・・久々に疲労を覚えるほどだ
相当無理をしていたのだろう。今は気にせず休むといい、夏彦
「花籠雪霞?」
「いかにも。間は私が支える。まあ、気長に荷物が来るのを待っているといい。私の御付はきちんと仕事をやり遂げてくる」
「でも、その・・・夏彦お兄ちゃんは大丈夫なんですか?」
「あの子も神語りとしては高水準な部類にいるけれど、やはりまだ出力の調整が甘い部分がある。精神的にも疲労し始めていたし、休憩は必要だ。夏彦が休んでいる今は私がここを支えようと思ってね」
「話しながら神語りって出来るの?」
「私ほどになれば。聞きたいことがあるのなら答えよう、猿見遊」
目が、問いたいことがあると訴える彼女へ私は一言告げておく
私と夏彦は別人だということは、小さい彼女も理解を示している
そんな彼女が取った行動は・・・
「神語りって精神力が消耗されるの?」
「全てだよ。精神力だけではなく、体力も、神経も削られる。夏彦は丈夫だけど、調整がまだ下手な部分があるから・・・疲れちゃったんだね。今は披露した精神を休ませているところだ。朝になったから身体を返すよ」
今は、神語りを使用するために必要な三つのエネルギーのうち、一つをすげ替えた形だ
精神力が一番大事。私ならこの状態で一晩程度なら間を持たせることは出来るだろう
問題は、その後私も披露した精神を休ませるために長期間の静養が必要なことぐらい
夕霧にいる間はもう、力は貸せないだろう
それでも、夏彦が動けなくなるよりはマシだ
想定外が多いこの旅路
出足からくじかれるのは・・・私としても本意ではない
・・・此処から先、何が夏彦に必要になるのだろうか
わからないけれど、少なくとも神語りとしての成長を見せる彼に必要なことは唯一つ
私の悩みでもあったあの話をしておかないと
けれど心のなかで夏彦は今、眠りについている
・・・だから
「猿見遊。酉島立夏。乾聡子・・・夏彦へ伝言を頼めるか」
「私達で良ければ勿論」
「・・・神様に語りかけ、力を貸してもらう。それが基本的な神語り。それは三人も把握しているね」
「そうだね。僕らもそう聞いている。けど、基本って」
「ああ。語りかけるだけではなく、その先の能力も存在している。そしてそれには分類が存在している」
「聞いてもいい?」
「ああ。勿論。君たちには伝えておこう。神語りの第二段階というものを」
それは、私と俊至が立たされた場所の話
夏彦がどのタイプなのかはまだわからないけれど
そう遠くない内に彼は私達がいた領域へとたどり着くだろう
ここで消耗する私は、次にいつ出て来れるかわからない
だから代わりに・・・三人へ
神語りの持つ可能性を伝えておくのだ




