9:六号車の神語り
列車が発車してしばらく
「・・・」
ラウンジに行こうと扉を開けた俺たちは、廊下をうごめくそれを視界に入れた瞬間、扉を勢いよく閉めた
「・・・鈴、あれ何だと思う?」
「・・・わかんない。見間違いじゃないかな」
「もう一回、開けるぞ?」
「まあ次は廊下だよ。絶対そう」
自分たちが見たものが信じられない
もう一度開けば、普通の廊下が見えるだろう
俺たちはそう信じて、もう一度扉を開く
「「・・・」」
もう一度扉を勢いよく閉める
「鈴、俺さっきの影と目があったんだが・・・」
「奇遇だね、私もだよ」
ギョロッとした視線を向けて来た影は、俺達に認識されていることに気がついたのだろう
扉をバンバン叩き始めてくる
「扉がへこみ始めた・・・かなり強いんじゃないか、この影」
「物理干渉が出来るタイプの異形とは遭遇したことがなかったけど、結構強いって聞くね。とりあえず殴っておく?ふっ飛ばして道を作って・・・四人と合流しようか」
「待ってくれ鈴・・・」
俺の直感が告げている。あの影に触れるのはよくないと
攻撃をするのもよくない
おそらく、これが夜想号の道中で起こる昏睡の原因だ
しかしこんな巨大な化け物だとは思わなかったな。てっきり気体とか・・・ガス系統のものかと思ったのに
まあ、それでも慎重に扱わないといけないのには変わりないが
「・・・とりあえず「間」に入れ込んでみる。後ろについてくれるか」
「わかった」
「・・・この声に答え、応え、応じよ」
詠唱をせずとも神語りを展開できるようにはなったが、今回は調整をしっかり行うためにあえて述べる
それに、竜胆経由で伝えられた「パスの変更」も試してみたいし
しかし・・・本当に変わっているんだろうな
日向が手続きをしてくれたらしいが・・・失敗したら大惨事
しかし信じて俺は語るしか無い
本来の、名前で山吹の間を呼び出すのだ
「神語り、山吹夏彦が命じる!我が声に応じ、幽世の道を開け!」
神語りが神々へ語りかける時、産まれた時に与えられた名前が必要だった
かつての俺は育ての父親の旧姓・・・「八重咲」が神語りとしてのパスだった
本来、そのパスは一生変えられない
けれど、俺と関わってくれた神様が変更の為に動いてくれたらしい
神語りを行使する度に、育ての父親のことを思い出すのは嫌だろうという神様たちの心遣いだ
「夏彦、山吹って・・・」
「神様たちの贈り物だ。それより鈴、これからどうする?影は間に取り込んでやりすごしているが・・・このままじゃどうしようもないぞ」
「背後からも影が来てる・・・反対側にも展開できる?」
「造作もない!」
自分たちを覆うように間の入口を展開し、影をその中に入れ込んでいく
別世界に送り込んでいるようなものだし、負担はないが・・・
「・・・影、間に送り込んで大丈夫なの?」
「間は死者の魂以外は存在することを許されていない。だから、影がどんなものであろうとも・・・」
『ギギャッ』
「・・・消失するはずだ」
「それならしばらくこれでやり過ごそう。問題は移動だよね。立夏たちもこれと遭遇しているだろうから・・・」
「できれば前進して合流を果たしたいところだ。しかし残念ながら俺は固定型だからな。立夏さんたちに来てもらうしかない」
「そっか・・・」
安全地帯にしかなれないが・・・逆に言えば、影に侵食されない唯一の区画を作り上げることが出来る
幸いにして眠気はまったくない。一晩ぐらいは余裕で神語りを展開し続けることはできそうだ
・・・奇しくもそれはマリモ姉妹のおかげ
睡眠時間が狂ったおかげで、どうにかやりきれそうなのだ
「ついたわ!六号車よ!」
「山吹の間がある。夏彦―。いーれーてー」
「聡子、のばら、そこに四人ともいるんだな!?」
「うん!全員いるよ、夏彦お兄ちゃん!」
「でもこれどうやって入れば・・・」
「・・・」
一瞬で目の前の間を消して、四人の姿を認識する
そこから六人を囲むように展開して、後はそれを維持するだけだ
「これで大丈夫だ」
「・・・便利だね、これ」
「立夏さん。入ったらダメですよ。死にます」
「しにます!?」
「とりあえず、これで全員合流できたわけだ。ごめんな、四人とも。俺たち動けなくて」
一応、事情を説明してラウンジに来れなかったことを鈴と共に謝る
しかし四人とも怒っている様子はない
むしろ仕方ないという空気だ
「影のせいでしょう?いいのよ。わかってるから。けど、困ったわね・・・私達、自分たちの部屋に戻れないわ」
「荷物、どうしよっか・・・」
「降りる時に取りにいけると思うけど」
一段落した四人は、早速荷物のことを考える
確かに、ご飯は勿論私物のことも心配だよな
影に飲まれたりして、使い物にならないなんて事態になっていなければいいが・・・
「・・・そういえば、四人はここにどうやって来たんだ?」
「ああ。それはね」
のばらの能力を主軸に、四人がそれぞれ出来ることをしつつここに進んだらしい
・・・つまり、だ
「のばらと鈴なら外に出られそうだよね」
「まあそうね。徒歩だと大変だけど、飛べれば・・・」
「時間が大幅に短縮できる。それに荷物は亜空間に収納できれば持ち運びをする必要がない」
「確かに可能だと思うが、のばらはここに来るまで能力を沢山使っている。無茶はさせたくないのだが・・・」
「これぐらいの無茶ぐらいあるものとしてここに来ているわ。鈴、私はいつでも出来るわよ」
「私も、少しは頑張っちゃおうかな!」
もう一度、のばらが憑者の姿に
鈴がここで初めて憑者神の姿になりつつ、ウォーミングアップを始めてくれる
「・・・間の領域から出すぞ。帰ってきたらさっきのように声をかけてくれ」
「「うん!」」
合図とともに、間の空間は鈴とのばらを外に出す
安全のためにもう一度俺たち四人を囲うように間を展開しておいて、しばらくはこのまま
後は鈴とのばらが戻るまでこの狭さだ
外に出た瞬間、鈴が大きく翼を広げてのばらを抱きかかえる
「行くわよ、鈴!」
「ええ。練習通りに集中して、のばら!」
練習、という不思議な単語と共に二人は来た道の先・・・九号車にある立夏さんとのばらの客室、十号車にある聡子と遊ちゃんの客室へと向かっていった




