6:俺を導く鈴の音は
そこは、他の客室より少しだけ広い部屋
向かい合わせのシート席に、大きな窓。しかしその装飾はどこか古めかしい
どうやらこのシートを倒してベッドにするらしい
意外とふかふかだ。これだと気分良く眠れそうだ
・・・いや、夢を見てしまうのは避けなければならないのだ。寝てどうする
「思っていたより広くて綺麗だね。でも、装飾は少し古い・・・懐かしい感じがする」
「そうだな。ちょっと前の時代の空気を感じる。なんというか、映画で見るような客室だよな。個室のある列車みたいな感じ」
「そうだね。でも、夏彦・・・これ・・・」
鈴が無言で指差した物を俺は凝視する
そこには左から読んで『サレル閉道、者シレマ呑ニ想夜、路旅ノへ霧夕』とよく分からない暗号。けど、右から読んだら?
「懐かしいな、この読み方。ええっと「夕霧への旅路、夜想に呑まれし者、道閉ざされる」何を言いたいのか分からないけど・・・夏彦」
「ああ。警戒は怠るなよ、鈴。そうだ、もう竜胆をつけておこう」
これから先、何が起こるかわからない
今の鈴は普通の人と変わらない。憑者神でもなんでもない。ただの人
未の術も、今かけられたら普通にかかってしまう・・・非力な人間だ
「お願いしてもいいかな?」
「ああ。ここから先は、危険が伴う。だから」
緊張感を孕む部屋の中。俺は鈴に短いキスをする
それだけで十分。そのわずかな時間で「彼女」は鈴の中に入ってくれるのだから
これが俺と鈴の・・・今代と先代の辰だけで行える「憑者神としての能力行使権」の交換
鈴を人に戻した時の副産物であるこれは、鈴を不老不死の運命から解放した上でもう一度、かつてと同じように力を使ってもらうことが出来る
もちろん、かつてのデメリットは存在しない。引き剥がせなくなることも、彼女が不老不死を続けることもない
「・・・」
「竜胆、ちゃんと憑いたか?」
口を離した後、きちんと移動が成ったか問いかける
すると、鈴の目が答えるようにゆっくりと開かれた
その目は、鈴の翡翠色の瞳ではなく、藤を連想させる紫色
彼女の意識は今、別の存在が主導権を握っているようだ
「ああ。夏彦。鈴の姿で話すのは久しいのお」
「そうだな。基本的に頭の中で話していたから、こうして対面で話すのは久しぶりだ。異常はないか?」
「問題ない。しかし・・・ここは何じゃ。乗る前から変な感覚はしていたが、中に入ったら更に禍々しい空気を漂わせておる」
「わかるのか?」
「これでも神じゃからの。それにちょっと・・・力を借りてきた」
「誰から?」
「太陽神様じゃ。夏彦のためだと言えば、喜んで力を貸してくれた・・・あまりにもチョロくて悲しくなってくる」
「ああ・・・」
遠い目をしながら、思い描くのは日向のこと
俺のために色々と間接的に手を回してくれているのは嬉しい
しかしまたかつてのように、俺に関わり過ぎだと周囲に怒られなければいいのだが。そこだけが心配だ
「おかげで多少能力は強化されている。感覚もいつもより鋭くなっているが・・・」
「どうした?」
「・・・ごめん。夏彦。少し伝えたいことがある」
のじゃのじゃ口調じゃなくなった竜胆は、神様じゃない時の話し方
かつて人であり、非人道的な儀式に巻き込まれて神様になった女の子・・・箱部花凛は鈴の身体を小さく震わせながら感じたことを伝えてくれる
「りん・・・いや、花凛。どうした?君が神から人だった意識に戻るなんて・・・」
「・・・これ、未の力が大半を占めてるけど・・・あの時の感覚に、神様にされた時の空気も少し混ざっている」
「なんで今更・・・あれは」
「わからない。わからないけど・・・同じなの。気をつけて。夕霧には、憑者神の儀式や夜想以外にも、なにかがある!」
「待ってくれ花凛。まだ聞きたいことが・・・!」
「鈴のことは私が責任持って守る。だから、自分の身を一番に考えて。私は同志である貴方を死なせたくない」
「かりっ・・・」
「どうしたの、夏彦。何かあったの?」
「・・・鈴」
逃げるように引っ込んで、意識は鈴に戻っていた
気がついた時、俺が狼狽えているものだから鈴もかなりびっくりしたようで、落ち着かせるために俺の背中を撫でてくれる
「大丈夫だよ。夏彦」
「・・・ん」
「落ち着いた?」
「もう少し、もう少しだけ・・・こうしていてほしい。頭も整理するから」
「いいよ。何時間でもってわけにも行かないけど」
「・・・ありがとう。やっぱり鈴は落ち着くな」
「そう?」
「癒やし成分ひゃくぱーせんとで出来ているな。スズニウム」
「そんな化学物質出してないよ!?」
「冗談だ」
やっと頭の中も落ち着いて、理性を取り戻せたと思う
鈴から少し距離をとって、改めて彼女と向かい合った
「ありがとう、落ち着いた」
「うん。よかった・・・それで夏彦。竜胆とはちゃんと話せた?」
「まあ、普通にな。けど・・・」
そこで俺は先程竜胆と話した内容を彼女にも伝える
竜胆に意識が切り替わっている間、鈴の意識はぼんやりとしているそうで・・・俺と竜胆が何か話しているのはわかるが、具体的に何を話していたかはわからないらしい
なのでこうして説明する必要があるのだが・・・
「神成りと神憑き・・・まさか二つの儀式が同時に問題になるなんて」
「鈴、竜胆は必ず鈴を守り抜いてくれると約束してくれたが・・・そんな状態だ。何があるかわからないから用心はしておいてくれ」
「わかった。この情報は?」
「全員に共有したいところだが・・・立夏さんと聡子だけにしておこうと思う」
「どうして?」
「だってほら、怖がらせたくないし」
自分が住んでいたところが、数多の儀式で犠牲者を生んでいるような場所だって知ったら・・・二人としては複雑だと思ったから
でも、鈴は俺と同じ考えではないらしい
「大丈夫だよ、夏彦」
「でもさ、やっぱりちゃんと真実か確かめてからのほうが」
「そうだね。疑惑で困惑させるのはよくないかも。けど、今回は違うでしょう?命の危険がある」
「そう、だけど」
「・・・今回は事情が事情。二人にもしっかり警戒してもらうべきだと私は思うの。それに二人は確かに年齢だけみたら子供だけど・・・夏彦が思っているほど子供じゃない。きちんと話してあげたほうがいい」
「鈴・・・やっぱり鈴は、こういう時にしっかり道を示してくれるな」
「御付ですので」
「前世のだろ?」
そうだよな。二人のことが心配ならきちんと伝えるべきだ
伝えないでおくことも、二人を危険に巻き込まないために危険を予め伝えて置くことも・・・二人の為に出来ることだ
どれが優しい選択かなんて俺にはわからない
どちらも優しい選択で、どちらも正しい選択であることだけはわかる
けれど、どちらに進むべきか、どちらが正しいのかは迷ってしまうのだ
どちらも正しいから。どちらも二人のためになるから
誰かのために、何かを選ぶのは凄く大変なことだ
そんな時、俺にまっすぐ道を示してくれるのはいつも彼女だ
相談して、意見をくれて、進むべき道を一緒に見つけてくれる
「鈴がいてくれてよかったよ。ありがとう」
「いえいえ」
話が一段落すると同時に、列車内にアナウンスが響き渡る
『夕霧行き夜想号・・・もうじき発車時刻となります。ご利用のお客様は・・・』
「もうすぐ出発みたいだな。鈴、俺は個人的に落ち着いたと思うのだが・・・」
「私も大丈夫だよ。立夏と聡子にメッセージ送ろうか。そろそろ合流したいって」
「ああ。お願いしていいか?」
「もちろん・・・あ、二人共もう八号車のラウンジにいるって」
「わかった。俺たちも行こうか」
「うん」
先に立ち上がった鈴
その瞬間に、ふと、彼女のスカートの中が一瞬だけ見えてしまった
・・・本来見えてはいけない何がが見えた
その瞬間、俺は客室を出ていこうとする彼女の腕を掴んで引き止めた




