表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/43

1:巽家の朝は遅い

思えば、ずいぶん遠いところに来たと思う

爺ちゃんの葬式からもうすぐ一年経過しようとしていた秋の頃

暑く気だるい夏も終わり、少しだけ肌寒さを感じるようになった


「・・・すう」


額にかかる青緑色の髪を払い、彼女の寝顔を覗く

いつも俺より早く起きる鈴の寝顔を見る機会にはなかなか巡り合えない

まあ、もう昼の十二時なんだけどな


「んぅー・・・」

「起きるかな・・・」

「んー・・・すぅ」

「まだ起きないか」


小さなお餅みたいな頬をふにふにしながら、彼女が起きるのをのんびり待つ

まだ鈴は目覚める気配がない。けれど、そろそろ起きてもらわなければいけない

起こすのも、申し訳ないけれど・・・


「・・・ん?」

「起きたか?」


彼女の翡翠色の瞳が俺に向けられる

まだ寝起きだからかその目はいつものように開いていないが、細められている目もむしろそれはそれでいい

鈴がなかなかしない表情だから、もっと見ていたくなる


「どうしたの?」

「起きたての鈴を見ていた。おはよ、鈴」

「おはよー・・・」

「よく眠れたか?」

「夢の中でマリモがずっと暴れてた・・・」

「だろうな」


数回欠伸をした後、彼女の目はぱっちりと開かれる


「なんでもない。ほら、起きよう?朝ご飯作っておくから、夏彦はお風呂。まだ入ってないんでしょう?」

「あ、ああ・・・それなんだが、鈴」

「ん?」

「今、もう朝って時間じゃないんだ」

「どういうこと?」

「・・・今、昼の十二時なんだ」

「お昼」

「ああ」


時計と俺の顔を交互に見ながら、鈴は悲しそうな表情を浮かべる

二百二十四年という長い時をなんだかんだで規則正しく生きてきた彼女は


この日、初めて寝坊した


・・・・・


少しした後、鈴は軽い昼食を作ってくれていた

俺は風呂に入った後、掃除をこなして洗濯物を乾燥機にかけてくる

いつもは鈴から「洗濯物がふわふわなのは、日向さんのおかげだからね!太陽が出ている日は絶対に外干し!」と言われるのだが、今回は特別だ


今日はいい天気。洗濯物は外に干したくなるのだが・・・

しばらく俺たちはこの家を離れる

今のうちに乾かして家の中に入れておかなければいけない

日向の活躍を奪う事にはなるが今回は仕方のない事だ


作業中、相方の声が頭に響く

鈴と同じ時を歩み、俺と同じ想いを抱いて共存する同居人

竜胆は今、俺と一緒にいるらしい

鈴といるものと思ったが・・・いつの間にか移動の過程をこなしていたらしい


『夏彦。太陽神様はむくれておるぞ。怒りで土地一帯を乾涸びさせそうな勢いじゃ』

「日向、洗濯物干せって?」

『ああ。お前に会えない分、こういうことしかできないから・・・お前の服には加護をつけているから絶対に干してくれと伝えてほしいとな』

「加護ってなんだよ」

『子孫繁栄』

「余計なお世話だ。今すぐやめろと伝えておいてくれ」


『あのな、夏彦。一応、我にも立場があるからのお・・・言いにくいんじゃが』

「頑張れ」

『理不尽すぎんか夏彦!ちょ、お主神語りをコントローっ!!』


竜胆の文句を、自分の力をコントロールしてシャットアウトする

かつての俺には日向と名乗る・・・太陽神が近くにいた

小さな頃の俺にとっては唯一の遊び相手。表に出てこなくなってからは、遠くから俺を見守ってくれていた

しかし、それがやりすぎだと他の神様から怒られた日向は俺が生きている間、俺との接触を禁止されてしまった

しかし、周囲との接触は許されているので、接触禁止でも、どこか彼女がいつも近くにいるような感覚はあったりする


「夏彦、どうしたの?竜胆と話していたみたいだけど」

「うちの国の太陽神殿はお暇だと話していたところだ。なんで俺みたいな男を気に入ったんだろうな、日向も」

「神語りだからで決着したでしょう。その議題・・・」


様子を見に来てくれた鈴はそう言いながら細い両腕を俺の体に回して抱きしめてくれる


「鈴?」

「それに夏彦は雪霞様とは違って・・・神様に好かれやすい体質もしているみたいなの。立っているだけで神様を引き寄せる」

「どんな体質だよ、それ」

「わからない。けど、その能力で色々な神様だけじゃなくて、憑者も引き寄せた」

「そうだな」


気がつけば俺の周りには沢山の人が増えていた

鈴だってその一人

去年までの俺は、まさか自分が結婚なんて想像すらしていなかっただろう

この力は、この力で引き寄せた縁は全て、俺の糧となり

今を、作り上げてくれている


「今の夏彦の周りには、今まで以上に沢山の人がいる。神様がいる」

「そうだな。気がつけば沢山」

「けどね、例え最高神様でも、私の旦那様は渡しませんからね」


頬を少しだけ膨らませて、鈴はそう告げる

嫉妬なんだろうなぁ・・・可愛いなぁ

日向は恩人だけど、鈴に向ける感情を持ち合わせているわけはない


そんな鈴の姿が可愛いと思わない訳がない。むしろこれ以上可愛い生き物は存在しない

鈴を抱きしめ返しながら、俺たちは朝の一時を過ごした


「ああ。俺は鈴だけの旦那さんだからなー・・・」

「そう。約束だからね!浮気ダメ!」

「ああ。約束だ。ほら、鈴。せっかく作ってくれたご飯が冷めてしまう。出かける準備もしないといけないし、のばらを起こして早く食べよう」

「そうだね。行こう、夏彦」

「ちなみに、今日の昼ご飯は?」

「今日は朝ご飯っぽいけど・・・トーストと、スクランブルエッグとお野菜。あとは野菜スープだよ」

「野菜多めだな・・・」

「好き嫌いはダメ。これから家庭菜園も始める予定だから、夏彦にはいっぱいお野菜食べてもらうからね?」

「・・・頑張らないとな」


鈴から手を引かれて、洗面所を出て家の廊下を歩いていく

江戸時代に生まれ、現代まで神様として生きていた鈴

得意なことは料理。そしてこだわりが強いのも料理だ

俺も下手なことをして鈴から本気で怒られた事がある。それももう思い出として笑えるようになっているが

最初の頃は、和食がメインだった鈴の料理。しかし、俺と暮らし始めてからは洋食にも積極的にチャレンジしてくれている


「今日も美味しそうだな、鈴」

「うん。この前、ジャムも自作してみたし、感想聞かせて欲しいな。栗ジャム」

「へえ、栗もジャムにできるんだな・・・楽しみだ」


鈴に惚れた理由は、彼女の性格や包容力、そして何よりも優しさが大きい

けど、なんだろうか

一番の理由が料理で胃袋を掴まれたと言っても過言ではない

それを否定できないぐらいには彼女の料理は美味しいし、俺もしっかり胃袋を掴まれているなとは思っているから

今日の昼食も、とても楽しみだ


「ふわぁ・・・おはよ。二人共。それ朝ご飯?」

「違うぞのばら。昼ご飯。三時には駅についておくように動くから、そろそろ起きてくれ」

「そうなの!?てかもうこんな時間なのね・・・うん。起きるわ!」

「その調子だ」


のんびり遅れて起きてきたのばらもまた、今の時間を朝だと勘違いしていたらしい

十二時のニュースをぼんやりと見た後、時間を自覚したのばらは急いで洗面所へ向かっていく

水の弾ける音がするから、顔を洗いに行ったのだろうが・・・慌て過ぎでは?

戻ってきたら落ち着かせないと・・・


「ねえ、夏彦」

「どうした、鈴?」

「お弁当、作った方がいい?今夜は列車でしょう?昔の夜行列車みたいに、食堂車があるタイプじゃないみたいだから・・・夕飯、作って持っていった方がいいかなって思って」

「昔の夜行列車には・・・食堂車があったのか?」

「うん。私は乗ったことないけれど、新聞とかニュースで見たんだ。でも、夏彦が持ってきてくれた資料だと、寝泊りするだけの列車みたいだから・・・どうかなって。今からなら作れないこともないから」


俺は少しだけ考え込む

確かに、今日の夕飯をどうするか考えていたが、旅の道中で鈴のご飯を食べながら列車の外を眺める。むしろ理想の旅の光景だと言えるだろう

しかし、しかし旅行を楽しみたいという気持ちもある。ここは残念だが・・・


「気持ちはありがたい。が、今日は駅でお弁当を買おう。鈴のお弁当も食べたいが、せっかくの旅なんだ。普段は食べないようなものを食べつつ、今回の旅行を楽しもう」

「うん。道中は大変だろうけど・・・」

「せっかくの旅行なんだ。彰則さんのこともあるけど、普通に楽しんでいこう」

「うん」


すでに朝食が用意されているテーブルへ向かう

のばらが戻ってきてから三人一緒に「いただきます」をして、俺たちは朝ご飯みたいな昼食を摂り始めた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ