9月18日:私にできる最大限
いつだって、あの子は優しい子だった
「だるー」
「お疲れ様、良子ちゃん」
「彰則さんもおつかれでーす・・・ん?なにこれ」
彼から差し出されたのは、近所のコンビニに売ってある菓子パン
小さいけど、今の私には十分すぎるごちそうだ
「お腹空いているだろうと思って差し入れを。夏彦君はもう寝ていたので、起きた時に食べられるように隣に置いてきました」
「ありがとう。いやぁ。気遣いの達人すぎません、彰則さん」
菓子パンの袋を開けながら、デスク下の鞄から水筒を取り出す
お礼を再度言った後、菓子パンを食べつつ話を続けていく
・・・ついでに、仕事も続けていくけど
「そんなことないですよ。二人は僕より沢山仕事があって大変ですから。お仕事は手伝えないけど、その代わりサポートをしっかりしたいだけです。それが、僕に出来る最大限ですから」
「謙遜しなくていいんですよ。彰則さんが来てくれるようになってから、私も夏彦も効率ダダ上がりなので!」
「それは純粋に頭数が増えたからでは・・・」
「それもあるだろうけど、こうやって差し入れ買ってきてくれたり、さり気なく次に必要な資料をまとめてくれていたりしてくれているの、知ってますからね?」
「大した事ではないですよ」
「だから、彰則さん。謙遜しない!彰則さんがしてること、夏彦は絶対にしない!」
「それは夏彦君もお仕事忙しいからですよね!?」
「まあそうですけど」
「そうですよね・・・」
「けど、そういうのを言われなくても出来るって凄いことだと思いますよ」
「・・・」
「私もいつかそんな事ができたらなって思うほど。憧れちゃいますね」
本心からの言葉は、彼に伝わったかわからない
いつか、彼にその厚意を返せるような事をしたい
たとえ私が直接関与できなくても、彼のために、一緒に踏ん張った戦友のために
何かを成したい。私に出来る最大限を・・・成したいのだ
・・
「ここに来るのも久々ね。ざっと半年ってところかしら」
明日、夕霧へ発つ俺の代わりに、今日からあいつが戻ってくる
事情を知るや否や育休を切り上げて現場に復帰してくれた沖島良子は、しばらく使われていなかったデスクを指でなぞりながら俺に声をかけた
「本当に大丈夫なのか、良子」
「正直に言ってほしい?」
「正直に言え」
「本調子じゃないわよ。まだ全然。もう少し家で寝ていたい気分」
「なんでそこまでして」
「言ったでしょ。私だって、彰則さんが心配だもの。急に行方不明になって、連絡も取れなくなって・・・何があったのか、気にならない日はなかった」
目を向けたのは、もう一つのしばらく使われていないデスク
今日もまた使われないそのデスクこそ、彰則さんのデスクでもある
きっちりと整理整頓が、会社備品ではあるが東里の許可を取って彼にとって使いやすいようにカスタマイズされているそれは、彼らしさの象徴でもある
「・・・あのデスク、彰則さんが戻ってこなかったら貰えるのかしら」
「欲しがりません。作ってもらいなさい」
「だってあのデスク超使いやすそうじゃない!」
「俺もそう思うし欲しいけどさぁ!」
元々器用な人だなとは思っていた
会社のデスクは魔改造(許可取得済)するし、オンボロになっていたドアの建て付けだって修理してくれる
服だって、あんなフリフリのドレスを作れる力量だ。独学の要素は強いみたいだが、本業の立夏さんと腕は並べられているだろう
そんな彼は器用なだけではなく、他にも色々とこなせるようだ
何よりもご飯が美味い
食堂がなかった時代、俺たちが仕事に追われている中、給湯室で朝昼晩とご飯を作ってくれたし、夜食も用意してくれたし、掃除だってしてくれている
彰則さん・・・思えば非の打ち所皆無じゃね?
「彰則さんの嫁さんはどうやってあのスパダリ見つけてきたのかしら」
「合コンらしいぞ」
「マジで!?どこ情報!?」
「本人から聞いた。うちの嫁さんと仲良しだからな。立夏さん」
「・・・へぇ。ちょっとまて、あんた嫁さんって」
「つい先日結婚しました。なんかお祝いくれ」
「催促すんな馬鹿!てか私が欲しいわ!よこせ結婚祝い!」
「出産祝いはやっただろうが!」
「結婚祝いだっての!話聞いてたのか!」
「お前とその時まだ会ってないんだが!?」
「それでも、貰えるものは貰っておきたいなって・・・」
「あまりにもゲスすぎる!」
「わかった夏彦。これは相殺な。私もやらん。お前もやらん。はい解決」
「・・・それでいいけどさ」
「いいのか・・・ちょろいな」
チョロいといわれたら流石に怒りたくもなるが、一度収まった話だ
もう掘り返すのはやめておこう
しかしこう、良子と言い合うのは久しぶりだな
本格的に仕事が始まれば何も言わないけど、二人の時はこうしてかつてのように過ごす
・・・本当はここに、止めてくれる彰則さんがいるはずなんだけど
「でもまあ、あんたが結婚ねぇ・・・傘持ってきてくれた子?」
「ああ。良子にはちゃんと紹介してなかったよな。今度紹介するよ」
「頼むわ。あんたがベタ惚れだって情報だけは把握したから、その子に凄く興味湧いてきたし」
「どこでベタ惚れだってわかったんだよ」
「その眼鏡は伊達か?自分のデスクに何があるか言ってみろ」
「鈴の写真が入った写真立て。それからデスクトップは鈴。サイドボードには鈴がこれまでくれたメッセージカードだが?」
「さも当然ですが?見たいな感じで首を傾げないで貰える?新婚で浮かれてるのかもしれないけどあんた相当やばい奴よ」
そうか。ヤバい奴か
ふむ
おい今こいつなんつった・・・?俺がヤバい奴だって?鈴が好きな程度でヤバイやつ認定とか困るんだが?
「じゃあ子供がいたらいいのか」
「どこでその判断を下したんだ」
「彰則さんのデスクには立夏さんと絵未ちゃんの写真が飾ってあるし、デスクトップは絵未ちゃんだぞ!」
「ちっ・・・ここにもガチ勢がいたか・・・!しかしね夏彦。あんた変なところリスペクトしなくてよろしい・・・」
そう言いつつ、良子は俺にUSBメモリを手渡してくる
・・・たしかこれ、良子の私物だったような気がするんだが
「なんだよこれ」
「雄大と広幸の写真だけど?壁紙に設定しておいて。パソコンの操作わかんないから」
「お前もリスペクトするんかい!設定するけど!」
良子の今までデフォルトだった壁紙を、雄大と広幸君に設定しておく
なんだかんだで良子、息子はともかく旦那の事大好きだよな・・・
「うっひょ。うちの会社のパソコン無駄に画質いいから映える〜」
「それは俺も思った。超キレイだよな」
「「まあ現実の方が可愛いけど」」
意見が一致したことで、無言の握手を交わしつつ・・・それぞれの椅子に腰掛ける
ずっと立って話していたから疲れたや・・・まだ朝は始まったばかりだというのに
・・・年かな?
しかし、広幸君を見ていたらちょっと羨ましく思えるな
・・・子供とか、きちんと考えたほうがいいのかな
鈴とも相談しないといけないな、こればっかりは
さて、そろそろ他の面々が来る頃だし、真面目に仕事の話をしておこう
今後のことも含めて
「良子、俺は遅くても一週間後には戻る。それまで任せられるか?」
「どんとこい。その代わり、彰則さんと帰ってきて。実家の事情とか知ったことじゃない。彰則さんがどうしたいのかちゃんと聞いて、その願いを叶えてあげてよ」
「ああ」
「それと、夕霧のお土産よろしくね。社員全員分」
「わかってるよ・・・大事な時期に送り出してくれた皆に、きちんとお礼はする」
「わかっているならよろしい。皆、彰則さんを待っているんだから。やり遂げなさい。それまでここは私たちが支えているから」
「ありがとう」
「それは二人で帰ってきてから聞いてあげる」
「しかし良子。なんでお前は無理してまで出てきてくれたんだ?」
「理由はいつだって単純よ」
良子はいつもどおり、笑顔のままこう告げる
「私はいつだって、今、最大限に出来ることを出来る人間になりたいもの」
その姿勢はどこか、彼を彷彿とさせて懐かしささえ覚えた
いや、懐かしさを覚えてはいけない
その言葉を一番いいそうな彰則さんは必ず俺が見つけ出す
帰りたいと願うのならば、きちんと連れ帰る
彼の居場所がある立夏さんと絵未ちゃんの元へ
リュミエールにある、彼の居場所へ・・・連れ戻してみせよう
数多の期待を背負いつつ、俺はのんびりやってくる事務課の面々を迎えつつ、仕事に取り組んでいく
来たるべき日は、もう遠くない




