9月15日:初めてはメロンパン
誕生日というものは、あまり好きではない
お祝いされる日ではあるけれど、お祝いして欲しい人はもうどこにもいない
残されたお母さんもずっと眠ったまま。お爺ちゃんはいつもお仕事
お祝いなんて、された記憶はない
「と、いうわけでね。僕は誕生日が嫌いなんだ」
「何、東里ちゃん「今日は僕の誕生日アピール」なの?素直にほしいって言わないとプレゼントあげないよ?」
「欲しいなんてお前には一言も言ってないだろ!巳芳覚!」
「はあ、年上にお前呼ばわりなんて東里ちゃんは無謀可愛いでちゅね〜。お前それで不良に囲まれてたくせによぉ・・・」
「うるさいな!お前はいいんだ!」
「えぇ俺だけぇ!?おい、夏彦―・・・なんか言ってやれよこのクソガキに・・・」
「・・・おなかすいた」
揉めている僕と覚の間で、夏彦がお腹を鳴らす
緊張感も何もなく、空気なんてものを感じることなく夏彦は自分の席に向かって、置いていた袋の中に手を突っ込む
「夏彦、お腹すいたの?鞄からなにか出してあげようか?」
「いい。パン、買ってきた」
「お前買い物できたのな・・・」
「一馬先輩に教えてもらった」
「「教えてもらわないと買い物すらままらないのか・・・」」
お金の使い方さえ誰かがいないとままならない夏彦が焼きそばパンを食べている
子供でもできるような当然のこと
なのにその異常から普通に進む様子が、見ていて面白くて
成長が心から喜ばしく思うのだ
「東里」
「何?」
「これやるよ」
ふと、手渡されたのはメロンパンだった
食べたことはないけれど、甘い匂いがする。好きになりそうな匂いだ
けど、こういう甘いものは夏彦らしからぬチョイスだ
「これ・・・夏彦のご飯じゃない?いいの?」
「いらないなら、覚にやってくれ」
「ううん。僕が食べるよ。でもどうして・・・」
「さあ。なんかそこにあったから」
「さあって。買った理由すら謎なの?」
「・・・もぐ」
「・・・ありがとう。夏彦」
高校一年生の時、と言っても僕が十一歳になった時
僕は久しぶりに誕生日のお祝いというものをしてもらった
他人からもらうプレゼントは、あれが初めてだった
形には残らなかったけど、それでもあの日の出来事は僕の中で大事な思い出として心の中に残り続けている
「・・・こういうのを「じょうひん」って言うんだろうな」
「上品?どこが?」
夏彦のようにパンにかじりつかず、パンをちぎって食べている姿が、だろうか
確かにかぶりつく行為は僕らしくもないし、なんなら大きくて食べづらいからこうして食べているだけで、決して上品とか言われるようなことではないと思う
ちぎったパンを一口放り込む
これをくれた夏彦は興味なさそうに自分のパンにかじりついているが、覚はなぜか目を輝かせてみていた
口の中にほろほろとした甘みが広がる
クッキー生地はしっとりとして、パンはふわふわ
「美味しいね、これ!初めて食べた!」
「そうか」
「へぇ、東里ちゃんが気に入るなんてねぇ。庶民の味でしょ、これ」
「うるさい・・・これは僕のだ。お前に文句を言われる筋合いはない!」
「俺だけに辺りが強すぎるのなんで!?」
「・・・気に入ったなら、帰りに買いに行くか?」
「いいの?」
「ああ。俺の家の、近くにあるわたのベーカリー・・・だったかな。そこに売ってる」
「そっか。じゃあ、帰り、一緒に・・・」
行こうと言いたかったが、誘われていない覚が何故かしょんぼりしていた
いや、本当に意味がわからないなこいつ。一人が好きそうなのになんで誘われなかったらこんなに落ち込むんだよ
「覚もこい」
「いいの?マジで。じゃあお言葉に甘えてー」
「お前に払ってもらわないと、俺金ないし」
「俺財布扱い!?そこカード使える?」
「かーど・・・ってなんだ」
「そこからかよ。いいか夏彦。カードっていうのはなぁ・・・」
実物を見せながらクレジットカードが何たるか夏彦に教え込む覚の表情は生き生きとしていた
君さ、自分では何も言わないけれど・・・夏彦の事好きだよね
もちろんそういう意味ではなく、友達として
その日の放課後、僕らは三人でパンを買いに行き、それぞれ好きなパンを頬張った
覚もメロンパンを買っていた辺り、気になっていたんだろうな。素直じゃないんだから
夏彦は一口米粉パンをそのまま頬張っていたのを今でも覚えている
そしてその日は覚の奢りの予定だったのだが、結局カードが使えなくて夏彦がお金を出したのも懐かしい思い出だったりする
・・
九月十五日
休日仕事を終えた俺は、一度会社の出入り口前に向かう
そこで待っている涼香に頼んでいたものを貰い、今度は覚と共に東里の自宅へ向かった
去年までは俺の家でやっていたけど、今年は東里の家でやろうと前々から相談していた
今日は鈴にご飯はいらないと連絡して、四人でささやかに彼の誕生日を祝うのだ
「巽さん、巳芳さん。お仕事お疲れさまです」
「風花ちゃんも学校おつかれ。休みなのに大変だね」
「ええ。最初は慣れませんでしたが、今はだいぶ慣れましたよ」
「東里は?」
「自室にいらっしゃいます」
「・・・もう仕事終わったはずなのに何をしているんだ?」
「東里が自室に引きこもってやることなんて洋裁ぐらいだろ。後で呼びに行けばいい」
「そうだな。じゃあ、俺達は準備に」
「昼ごはんの準備はできていますよ」
取り掛かろう、という声に被せるように風花ちゃんがそう俺たちに伝えてくれるが・・・
「風花ちゃん、一時間前に帰宅してたような・・・」
「今日はスムーズに準備を終えられるよう、前日から作り置きをしていたので」
東里の作った畑の横を過ぎて、家の中に入ろうとした瞬間に強い風が吹き渡る
その時に東里の自室から何枚か紙が飛ばされたようで、空中に紙がふよふよと漂いはじめた
「これは・・・」
「お二人は先に家に入られていてください」
「風花ちゃんは」
「もちろん、紙の回収を!」
一瞬のうちに憑者の姿をとった風花ちゃんの腰からは髪と同じ艷やかな尾が揺れ始める
彼女の能力は「疾風」。風や大気を操るのが基本能力だそうだ
かなり応用が必要なようだが・・・その能力で空中を駆けることも可能だ
「ほっ!」
身のこなしは遠目から見てもいいものだ
俺たちの中で「運動神経がいい女の子」という認識が強い聡子と同じぐらい動けていると思う
彼女と話す機会が少ないからあまり込み入った話をすることはない
身体が動かすのが好きなのかすら、なかなか聞く機会がないのだ
「うへぇ・・・午ってあんなに瞬発力高くなんのかね」
「多分、彼女の元々の素養もあると思うけどな」
のばらの話だと、風花ちゃんは元々陸上をしていたらしいから
キッカケとか、やめた理由とかも知らないけれど
「はっ!」
あんなに生き生きと空を駆ける彼女は、走ることが好きだったんだろうな・・・としか思えない
「風花!何しているんだい!?」
「東里さん!飛ばされた紙、全部回収できていますよ!」
慌てて俺たちのところにやってきた東里は、回収を終えて嬉しそうに手をふる風花ちゃんに顔を真赤にさせながら、彼らしくもない大声を出していた
・・・まさか東里、気がついていない?
「君ね!自分がスカートだってわかってやっているのかい!?」
「「そこに注目してんのかよ・・・てか気づいてないのか」」
もちろん、風花ちゃんのスカートの中は一瞬だけ見えた
鈴に誓って偶然の産物だと言っておく
あれは間違いなく体操ズボン!ロングスカートの下はしっかりガードされていた
「と、東里さん!わかっていますそれぐらい!いつでも駆けられるように下はズボンを履いていますので!ひゃあ!」
「馬鹿東里!意識を乱したら憑者化は簡単に解除されるんだぞ!」
「そうだった・・・!」
憑者神の弱点らしい弱点は今までわからなかった
今までがベテラン軍団で、そう簡単に心が動かないような連中だったから不明だったが、どうやら感情が不安定になると状態が解除されるらしい
今回の風花ちゃんのように、動揺したりしたら簡単に解除されるというわけだ
「夏彦、お前竜胆は?」
「日中は鈴のところ」
「役立たねえな」
確かに羽があって飛べる憑者だが、俺は鈴のように宙を自在に飛ぶことはできない
竜胆がいても行き着くところは役立たず
そんな俺が輝ける場所としたら・・・
「・・・東里!」
「何!?」
「・・・来い。飛ばしてやる」
「いいのかい?」
「憑者状態でも飛べないけど、人間一人宙に飛ばすのは容易だからな。後は自分でどうにかしてくれ」
「うん!」
東里が憑者状態になってそのまま俺の元へ駆けてくる
そんな東里が定位置に来た瞬間に、俺は一気に足を蹴り上げ、彼を宙に飛ばす
「・・・未だに現役なんだな、その足」
「まあな」
後は東里が空中で風花ちゃんをキャッチするだけでいい
「覚、一応クッションを。東里でもこの高さは足にくるだろうし」
「そうだね」
東里同様憑者の姿をとった覚は、東里や風花ちゃんのように耳や尻尾が生えたりはしない
鱗のように刻まれた皮膚と赤い目を真上にいる二人に向けながら、彼はいつものあの子たちをここに呼び寄せた
覚の主な能力は「召喚」
蛇を呼び寄せ、従える能力のようだが・・・他にも色々な事ができるらしい
詳細は不明だが
「蛇合体!」
「できるのか!?」
「できる!」
無数に出てきたヘビたちはその身体を一つにしていき、気がつけば大蛇と化していた
そんな大蛇の頭に東里は降り立ち、そのまま地面に戻ってくる
「東里、お前・・・」
「やるねぇ・・・」
「どこがやるんだい!」
「・・・はしたないですよね、こんなの」
思いっきり揺れる東里から振り落とされないように、彼女はしっかりと服を掴んでいた
安定しない場所にまだいる彼女にとっては落とされないか気が気ではないだろう
「落ち着いて自分の腕に何があるか感じろ」
「落とすなよ、いいから絶対に落とすなよ」
「だから腕に何が!」
「東里さん、あの、そろそろ・・・大丈夫ですので」
「・・・すみませんでした」
風花ちゃんを解放した後、東里は早歩きで自宅へと戻っていってしまった
気恥ずかしいのか、あれぐらいが
「東里さん・・・お礼を言いそびれてしまいました」
「この調子じゃ流石に東里の誕生日祝いとかできそうにないね。風花ちゃんからこれ渡しておいて貰えるかな」
「俺たちはメッセージいれておくから。それ、東里の大好物なんだよ。話のネタにもなるし、量もそこそこあるから二人で食べちゃいな」
「あ、ありがとうございます。お二人にはご迷惑を・・・」
「いや、迷惑とかそういうの全くかかってないから。あんまり気負わないで欲しい」
「むしろ東里が一人で慌てて、一人で自爆した形でしょ?馬越ちゃんに非は一切ないから、気にしないようにね」
「・・・はい」
東里はこの後そう簡単に出てきそうにないし、俺たちはプレゼントを預けてとりあえず帰ることにする
「・・・鈴にご飯いらないって言っちゃったぞ」
「俺も恵ちゃんに今日の晩ごはんいらないって言っちゃてるわ。小麦屋にうどんでも食いに行くか?」
「そうだな。久しぶりに怜先輩のところに顔でも見せようか」
「ああ」
二人揃って昼食がいらない旨を伝えていたので、俺達はそのまま小麦屋へ向かい、うどんを食べに行くことにした
・・
一方、卯月家
羞恥にまみれた僕は部屋に閉じこもって一人の時間を過ごす
・・・なんであんなこと、なんであんな発想を・・・・恥ずかしい
「東里さん、東里さん」
「どうしたの、風花・・・」
「巽さんと巳芳さんからプレゼントをお預かりしています。ドア、開けてもいいですか?」
「ありがとう・・・」
気まずいけど、受け取らないと話しは進まなさそうだからドアを開けて風花を出迎える
彼女は先程のことなんて気にしていないような素振りで僕に紙袋を渡してくれた
「一体なんだろう」
「パンのようですよ」
「パン・・・」
紙袋を開いて中身を確認してみる
中にはわたのベーカリーのメロンパンがたくさん入っていた
それから、一緒に・・・
『二十六歳おめでとう「東里ちゃん」。たまには初心に返って沢山甘えていいぞ! 覚』
『誕生日おめでとう、東里。今年もいい一年を過ごしてください。
あ、もちろんだけどちゃんとしたプレゼントも用意しているからな! 夏彦』
二人のメッセージカードも一緒に入っていた
なんだよ、ちゃんとした誕生日プレゼントって
メロンパンだって、しっかりプレゼントなのに
梱包担当に「袮子」と記載がある。どうやら袮子さんに夏彦が頼んだものらしい
確か今、彼女はわたのベーカリーで働いているみたいだから
「メロンパン、お好きなんですか?」
「うん。風花にもあげるよ」
「ありがとうございます。それと、先程も」
「気にしなくていいよ。あれは、僕のせいでもあるんだから」
多すぎるメロンパンを二人で分けて、それぞれ口に放り込むことはなく、同じように一口サイズにちぎって、それを口に放り込んだ
「風花は上品だね」
「食べ物にかぶりつくなど、はしたないことなので」
「そうだね」
僕らはそうやって教育されてきた
夏彦と覚とは違う。いや、覚はこっち側のような気がするんだけども
「・・・メロンパンはね、夏彦が偶然僕の誕生日にくれたものなんだ」
「偶然、とは?」
「夏彦は、僕があの日誕生日だったことを知らなかったから」
「そうだったんですね」
「それは僕が初めて身内以外の人から貰った誕生日プレゼントだったんだ。だから、思い出の品でもあるんだよ」
それから、僕はかつての思い出話を彼女に軽く
夏彦と覚と僕が過ごした高校時代
一生、僕だけの・・・もしも話してもお母さんだけだと思っていたその思い出の数々は、彼女の記憶の中にも刻まれていく
なぜそうしたのか、理由はわからない
けれど僕自身、どこか馬越風花という少女に気を許し始めたのかもしれない
その証明かもしれないなと考えながら、僕は二十六歳の初日を過ごしていった




