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夜想の見た夢。 −憑者神と神語りの夕霧夢幻旅行記−  作者: 鳥路
序章:夕霧に向かう前の20日間は
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9月12日:袮子涼香の情報収集

袮子涼香。フリーター

一月十三日生まれ。家族構成はなし。今年の夏に「実家が火事になってしまい、古い家だったこともあって火の回りも早く、その時家にいた全員が死んでしまった」ので、両親とは死に別れている状態


聡子と共に神栄に来て、なんだかんだでこの街に居着いている。今は聡子と舞花の三人で「夏彦襲撃仲間だー」とか関係性を茶化しつつ、三人一緒に過ごしているようだ

からかいやいたずらが好きな部分があるが、誰かを物理的に傷つけるようないたずらは一度もしたことがないらしい。聡子のお姉さんとして振る舞っていたことも有り、なにかしら年上っぽく振る舞うことが多い


可愛い服より動きやすい服、高い服より安い服。化粧は必要最低限

そんな感じに女子力はかなり低いようで、憑いている神から文句を言われることもしばしば


実のところ、小中高とまともに通っておらず、実質学歴なし状態

今まではその場その場で乗り切っていたが、流石に就職には不向き

今は舞花に勉強を見てもらいつつ、高卒認定をとることが目標。やりたい事があれば進学して、なければ就職するとざっくりとした道は決めているようだ


人の心を操る願いを抱いた鼠の神「蓮華」の残滓といたずらとおしゃれが大好きな神「菊」をその身に宿し、人々の精神を撹乱する能力を行使する今代の「子の憑者神」


家に縛られていた彼女が自由になったのはつい最近。存在しなかった自由に戸惑うことは多いが、それでも彼女は普通らしく生きている


・・


九月十二日


「んー・・・」

「あらあら、どうしたの、涼香ちゃん」

「店長。いやぁ、すみません。少し悩み事があって・・・」


神栄ニュータウンの近くにある個人経営のパン屋「わたのベーカリー」

そこが、今の私の戦場だ


聡子が学生生活をしている後ろで、私は自分一人でやっていけるように働くことにした

・・・のはいいけれど、やっぱり学歴というものは重要

どこも小学校すらまともに卒業していない人間を雇うことはなかった

そんな私を経歴不問でバイト募集をしていたここが雇ってくれた

店主さんこと綿野さんのお陰で、私は今、労働者生活を送れているのだ


流石にこれ以上聡子と一緒におじさんとおばさんに世話してもらうわけには行かないし、なんなら三人で暮らし続けるのもダメだろう

聡子のお姉ちゃんポジションとしては、聡子の一人暮らしとか心配以外何もない

なんか気がついたら巽家に転がりこんでそうだし


舞花も舞花だ。料理だけ壊滅的なんだよ?心配しかないよ、特に家

気がついたらこちらも巽家に転がり込んでいそう・・・

鈴のご飯に餌付けされた者たちは自然とあの家に足を向かわせてしまうのだから・・・仕方のない現象かもしれないけれどさ


「涼香ちゃん」

「はい」

「お客さん、今いないし・・・私に相談できるようなことなら話してみない?」

「いいんですか?」

「ええ」


店長さんはほわほわしたお婆ちゃんで、凄く優しい人

こんな経歴がボロボロの私でも不審がらずに面接してくれて、それで「頑張ってくれそうだから」って不思議な理由を述べて、ここで働かせてくれている


不思議な理由って部分は、私の恩人にも共通する話

治してもらったからって、自分に怪我を負わせた人間を許す人だ

私は、とても運がいいのかもしれない

そんな人に、二回も巡り会えて・・・人生の転機を迎えられているんだから


実家でお役目の為に修行を積んでいた自分に、将来お役目に失敗して、人生を変えてくれる恩人と巡り合って、家のしがらみから抜け出せます・・・なんて言っても全然信用してもらえないだろうな

かつての自分の思考になっても、この未来は流石に想像できないし

私の悩み事が、お役目に失敗した自分に価値があるのか・・・なんてことじゃなくて

学歴が欲しいとか、きちんと就職したいとか、ごく普通の悩み・・・

それ以上に、もう一つ大事な悩みがある


「実はこの前、私の恩人が結婚しまして」

「あら、それはおめでたいことね。確かお店に来てくれた時に紹介してくれたわよね。巽夏彦さん。あの方、彼女さんいらっしゃったのねぇ・・・てっきり涼香ちゃんが」

「ち、違うんです。ちゃんと彼女いました。ほら、一緒にいた緑の小さい・・・」

「あの子ね」

「はい。後一週間ほどで夕霧に新婚旅行に行くんです」

「あのチケット争奪戦の?よく取れたわねぇ。新婚旅行でそこは羨ましいわぁ」

「はい。二人共喜んでいたんですけど、なかなか観光名所とか調べる時間が取れていないみたいで。そういうのをまとめた本をサプライズで用意したいとは思っているんですけど・・・情報が集まらなくて」


これは、表向きの理由

確かに夏彦と鈴は夕霧に新婚旅行も兼ねて行くみたいだけど、本当の目的は立夏さんの旦那さんである日辻彰則を探すこと

彼の能力と相性が悪すぎる私は、夕霧に同行できない

そんな私は今、できることをしておきたい

夕霧に向かう六人に沢山情報を渡して、円滑に事が運ぶようにして・・・

そして、少しは夕霧で観光なんてしようかとか言えるぐらいの余裕ができるように

できるかどうかわからないけど

それでも、私は、最善と最良を尽くしたいんだ


「んー・・・私もね、随分前に行っただけだからねぇ。観光雑誌で読んだことと、後はそうね、夕霧に住んでいた男の子が道案内をしてくれたのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。その時にお名前も聞いたのよ。確か・・・そうそう、日辻彰則君と猪紀要いのきかなめ君。政治家とかが利用するような大きな旅館の息子さんと、敷居の高い料亭の息子さん」


ここで出てくるのか日辻彰則・・・!

あんまり表に出るような子じゃなかったけど、一緒にいたのはどうやらのばらのお兄さんのようだ

二人は年代が近いとは風花ちゃんが言っていたけど、一緒に遊ぶような仲だったのかな


「予算の都合上、二人のご家族が経営されているお店は利用しなかったんだけど・・・二人共、夕霧が大好きって言っててね」

「へぇ」

「二人は私達の観光案内を引き受けてくれて、夕霧の地元の人しか知らないような場所とか、いいところを沢山教えてくれたわ。今、元気にしているのかしら」


・・・話しておいたほうがいいのだろうか

うん、話しておこう

立夏さんは何回かここに来てくれたけど、のばらはまだここに来ていない

もしも苗字で、夕霧から来たってしれたら・・・間違いなくお兄さんの話になる

その時、彼女の口から兄の死を伝えさせるのは・・・とても酷なことだ


「・・・実は、その二人、知り合いっていうか・・・身内と知り合いだったりします」

「あらあら。世間は狭いわね。二人共今はどうされているの?」

「日辻さんの方は、大人になってからこちらに出てきていまして・・・奥さんと娘さんもいるんです。今は夕霧に事情があって戻っているみたいなんですが。そう、奥さん・・・立夏さんから伺っています」

「そう。幸せそうで何よりだわ。要君は?」


「要さんは・・・妹の、のばらさんが、こっちの学校に通っているんですけど・・・」

「うんうん」

「・・・とても残念ですが、その、要さんは、お亡くなりになったと」

「・・・そう。まだ若いのに。ごめんなさいね。言い辛いことだったでしょう?」

「いえ、私こそ店長さんの大事な思い出に、悲しい記憶を刻んじゃって・・・」

「気にしないで。人生何があるかわからないもの。少し待っていてね」


店長さんはそう言いながら、一度自宅スペースに戻り、あるものを持ってきた

少し古びた、手帳のようだ


「これは?」

「これね、夕霧に旅行した時に使った手帳。凄く楽しかったから、巡った場所を全部記録しているの。貸し出せないけど、写真は撮っていっていいから」

「ありがとうございます」

「いえいえ。サプライズ、成功を祈ってるわ。あら、お客様来たみたいだから続きは後でね」

「はい!」


お客様が来たので雑談は終わり。仕事に戻っていく

その後、バイトの時間が終わった後に手帳の内容を全部写真に収めさせてもらう

改めてお礼を言って、帰路についた私は・・・


「涼香か?」

「夏彦だ。こんばんは。お仕事終わり?」

「ああ。涼香も仕事終わりか?」

「うん。一緒行こうよ」


ちょうど、目的地の家主でもある彼と道の途中で合流する

この時間だし・・・残業かな

沖島さん、だっけ。彼女が復帰しても問題ないように

そして長期間いなくなる自分の仕事も今のうちに片付けているんだよな

大変だな。夕霧組も


「行くところは一緒だろ。俺は鈴が待っている家に帰る。涼香は晩ご飯を食べにうちに来るんだからさ」

「そうだね。そうだ、舞花は?一緒じゃないの?」

「定時に帰ったと思う。だから今はうちにいるんじゃないかな」

「そっか。そうだよね」


恵の話だと、前は営業部に一時的にいたんだよね

本業は事務だと聞いている。今は事務課に戻っているとも

舞花とは部署が違うし、すれ違うことも少ないのに・・・なんでこんな事を


「涼香」

「うん、なにかな?」

「忙しい中、ありがとうな」

「な、なにがかな?お礼を言われるようなこと全然してないよ?」

「覚から聞いたよ。夕霧の調べ物、表側だけじゃなくて裏側もできる範囲で探ってくれているんだって?」

「あ、うん・・・だって、私行けないから、できることしたくてさ」

「毎日大変だろう?聡子と舞花からは勉強の合間にいつも観光雑誌とか、図書館で借りてきた地域情報誌とにらめっこしてるって聞いた」


聡子も舞花もそこまで言わなくてもいいじゃんか・・・

なんか、頑張ってるいのを素直に褒められるのは照れるんだけどな


「無理しないようにな?」

「無理だなんて、全然だよ」

「高卒認定取るんだろ?できればそっちに集中してほしいが・・・」

「私には舞花が付いてるからね!聡子だってああ見えて超頭いいんだよ?勉強は二人がしっかり要点抑えて教えてくれるんだから、むしろ余裕だって!」

「でも数学ボロボロらしいな」

「私文系だし・・・理数苦手なんだよ・・・」


本を読むのは好き。文章を書くのも、まとめるのも好き

でも、計算は苦手。解き方も理論も全部わかっているのに

「数字に苦手意識があるのかも」と、舞花は言っていた

心当たりはないんだけど、きっと、物心がついていない時に何かあったかもしれないね


「まあ、数学だったら東里が得意だぞ。教え方はド下手くそだけど」

「なんで紹介したし」

「いざとなったら頼れるぞってところ?」

「舞花でいいよ舞花で。卯月さんは解けない問題に当たるたびに「この程度もわからないの?」とか言ってきそうだし」

「そんな事は言わないぞ。教え方がダメだったかな・・・って逆に悩みだす」

「繊細すぎない?」


あの粘着ストーカーうさぎにそんな一面があったとは・・・こんな事を知ることになるなんて思わなかったな


「ああ。東里は結構繊細だぞ。そういうところも、東里らしいと俺は思っている」

「そっか。けどさ、前々から聞きたかったんだけど、夏彦にとって卯月さんってどういう人なの?」

「一番信頼できる友達かな」

「覚さんじゃなくて?」

「覚は信頼っていうか、良くも悪くも一番付き合いやすい友達なんだ。こういうのを親友とか、悪友って言うのかもしれない」


確かに、信頼できる人よりはそっちの方が覚さんっぽい

けど、意外だな。卯月さんの方が信頼できる方で認識しているなんて


「どちらかといえば、卯月さんの方が信頼できるんだ」

「ああ」

「ちょっと羨ましいな」

「どうして?」

「だって、信頼されてるんだよ」

「俺は涼香も信頼しているぞ?」

「だから「一番」が、だよ?誰かから自分を一番に信頼してもらうのって、凄く大変なんだよ?」

「まあ、確かに・・・」

「だから羨ましいんだ。誰かにとって、そんな一番になれることが」


求められても、私は平均以上をこなせるだけでなにかに特化したことはなかった

寝る間も惜しまされて、普通の日常も奪われて、自由も何もかも奪われた先には失敗した事実だけ

両親から、親戚から愛された記憶はない

聡子だって、今は私が一番じゃない

良弥おじさんも、理穂子おばさんも、私じゃなくて聡子が一番なんだから


「涼香は、俺が最初に自分の力だけで神語りを使って、神様との対話を成し遂げた人だ。一番なんだ」

「急にどうしたのさ・・・」

「一番にこだわっているように見えたから。俺にとって涼香が一番な事を述べてみた」


急に言われたことは、私が一番なこと

鈴の話だと、最初に自分の意志で神語りを使った時は前世が支えていたらしいし、鈴の神堕としの時は結界を支える役を別の人が担っていたんだよね

無自覚はノーカウントとして、夏彦が自分だけの力で神語りを成し得たのは・・・私が最初らしい


「俺さ、あの時、不安だったんだ。神様に粗相を働いて、涼香が一生鼠から戻らなくなったらどうしようとか思った」

「そんな事考えている方が失敗しそうなのに」

「それでもだよ。ありがとう。一番危険な役回りを一番に担ってくれて。涼香で上手くいってくれたから俺も自信がついたんだ。だから聡子も無事に終わらせることができた」

「そ、うなんだ」


神語りという力は、操作がとても難しいと聞く

だからこそ、彼は並々ならぬ研鑽を重ねていたとは思っていたが・・・不安な時は少なからずあったらしい

私が鼠に、聡子が暴走した時だってそうだった

顔に見せないだけで、普通に緊張していたのだろう


「ちゃんと成功させてくれてありがとうね」

「いえいえ。一番リスクあるところを頼んで悪かったな」

「聡子よりは軽症だったし気にしないでよっ!」

「ほわぁ!?急に背中押すなって」

「いいじゃんたまにはさ。あれ?」

「どうした?」


照れ隠しで彼の軽く背中を押して、感情をごまかした

そういえば、いつもより薄着だな・・・ベストとワイシャツだけって珍しい

いつもは傷が透けるから絶対に上着を着ているのに

帰り道だから、少し脱いでるのかな・・・今日も暑いし

でも、なんだろう。いつもと何かが違う気がする

・・・よくわかんないけど


「ううん。なんでもない」

「そうか。ほら、もうすぐ家つくぞ」

「そうだねぇ。今日の晩御飯は何かな?」


帰路はおしまい。もうすぐ、皆が待っている家がある

灯りが見えてきて、リビングの窓から聡子と舞花がひっついているのがわかる

二人が合図したと同時に、玄関の電気がついて、鈴が扉を開けてくれるのだ


「おかえり、夏彦。涼香」

「ただいま、鈴」

「ただいまー!」

「聡子も舞花も同じこと聞くんだね」


後、何回この家に「帰れる」のかわからない

「おかえり」じゃなくて「いらっしゃい」になる日も遠くはないだろう


「鈴、どうしたんだ?凄く眠そうだが・・・」

「最近ちょっとね・・・でも大丈夫だよ。体調はバッチリだから」

「そうか?それならいいんだが・・・」


この家は、この二人のもので、将来できるであろう二人の家族のものだ

私は来客。束の間の、お客様

そんな私は、人生の転機を最初に与えてくれた二人の恩人を心から慕っている


慕っているからこそ、サプライズはしっかりやり遂げたい

情報はもう出揃った。後はまとめるだけ

二人が驚く表情を思い浮かべたら、作業はとっても捗りそうだ

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