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夜想の見た夢。 −憑者神と神語りの夕霧夢幻旅行記−  作者: 鳥路
序章:夕霧に向かう前の20日間は
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9月11日:丑光恵と新居のひととき

丑光恵。リュミエール所属の営業マン


四月三日生まれ。家族構成は両親・・・だが、絶縁状態となっている

全貌は不明だが、かなり特殊な育て方をされたようでずれた知識を身に着けている場合が多く、一般常識が通用しない場合も少なからず存在しているようだ

書類上の関係であり、血の繋がりはないが夏彦は異母兄の立ち位置に当たる


ごくごく普通の朗らかな女性。思ったことはすんなり口に出る素直な人

リュミエールという東里に選ばれた変人の温床で数少ない常識人として働くことになるが、流れに流されやすい質のせいで厄介事に巻き込まれることが多い


高校一年生の時に列車内で痴漢に遭遇し、その時に前の会社に勤めていた時期の覚に助けられた過去を持つ

それからも彼にもう一度会いたいと願っていたが、まさか互いに社会人になって再会するとは思っていなかったようだ

そんな憑者が関わる日常に引きずり込んできた彼と現在は交際・同居をしている


数多の人間と運命を呪い、全てを壊す願いを抱いた牛の神「撫子」をその身に宿し、呪詛をその身に纏わせる今代の「丑の憑者神」

ちょっとした嫌なことでも呪詛が強化されてしまうようで、寝不足を患っていた時は辺りに呪詛を無自覚に振りまいていたとか

現在は巳の「呪詛吸い」や先祖が発見した呪詛の弱体化のお陰でそこそこまともに暮らせているようだ


最近は、誰かの趣味についていくために紅茶の勉強をしているらしい。どこまでも健気で、どこまでも、甘え下手である


・・


九月十一日


今日もまた、帰路を二人で歩く

病院帰りということもあるが、まだまだこの道は慣れない道だ


「やっと外れましたね」

「んー・・・なんか首が清々しいや」


久しぶりにみた、覚さんの首

別に首筋が好きというわけじゃない。前より細くなっていてむしろ心配になるレベルだ


「けれど、まだ思いっきり動かしたらダメですからね。治りかけが重要なんですから」

「わかってる。だから完治するまではきちんと介護してね」

「はいはい。今日もちゃんとご飯食べさせてあげますし、お風呂の面倒も見てあげますから・・・」

「助かるよ・・・」


彼が首を折ってからは、一応病院に運ばれたということもあって鈴の治療は後遺症が出そうな部分と最低限にしてもらい、基本は自然治癒に任せていた

鈴は、とても強い治癒の力を持っているが・・・後遺症となると治せないから

だけど治癒は結構しっかり効いていたようで、通常よりも早く完治に向かっている


その生活はそろそろ終わりを告げる

・・・なぜか寂しいのは複雑

だけど、完治したら今まで私一人で担っていた家事を半分押し付けてやるのだ

この生活力皆無の男が、どこまでできるのか未知数だけど・・・まあ食器を洗う程度はできるだろう。茶器大量に持ってるし


「いやはや、ごめんね。首が動かせないから背中洗うの大変で」

「石鹸を流すのも一苦労しているじゃないですか。流すまで頼ればいいのに」

「そこまで頼るのは面目ないじゃん?てか恥ずかし」

「今更何言ってるんですか?覚さんの全裸なんて見飽きたんですけど」

「見飽きた・・・だと・・・」

「毎日風呂に入れてたらそりゃあ・・・あ、どこまでもだらしない腹、怪我が治ったらどうにかしてくださいね。だらしないですから」

「二回も言わなくていい」

「大事なことですので」


全く・・・健康診断も要注意数値ばかりで、この人は今までどんな生活をしてきたんだろうか

来たばかりの鈴もこんな気持ちだったんだろうな。夏彦君、食生活がかなり「アレ」だったみたいだから・・・


「ねえ、恵ちゃん・・・俺太り始めた?」

「数値的には太り気味ですね」

「なんで?」


考えられる理由はただ一つ

ここ覚さんが太った理由なんて、常にぐうたらしているのもあるだろうけどあれは元からだ。直接的な原因ではない

根本的な原因は・・・


「私のご飯を食べすぎるからでは?いっつも「おかわり、おかわり」ってたくさん食べるじゃないですか。それが原因ですよ」

「うまいご飯を食べすぎて何が悪い!」

「開き直らないでください」


そう。彼が太り始めたのは私と暮らし始めてからだ

美味しいと言われるのは、嬉しい

けど、けれど・・・ここは心を鬼にしなければ


「身体にいい食事を作ります。けれど、その・・・おかわり禁止です」

「そんな殺生な・・・あ、恵ちゃんも悔しそうだね。おかわり禁止は辛い?」

「いつも美味しそうに食べてくれるのは事実なんですから。そりゃあ、食事量を減らすのは申し訳なく思います」

「うん。けどいいよ。俺のことを考えてくれているのはわかっているし。それに、恵ちゃんのご飯は美味しいからね。野菜だらけでもたくさん食べたくなるぐらいには美味しいんだ」

「そう、ですか」


特に味付けとかこだわっているわけではないのだけれど・・・

鈴やのばらちゃんに比べたら、私の料理なんて全然だしなぁ・・・なんでここまで褒めてくれるのだろうか

考え事をしつつエントランスに入り、カードキーで自動ドアを開ける

エレベーターで十六階へ向かい、同じカードキーで今度は家の鍵を開けた


「「ただいま」」


おかえりは、互いに顔を見合わせて返すことにしている

どうせ一緒に帰ってくるのだ。ただいまはあってもおかえりはない

もちろん、いってきますはあってもいってらっしゃいもない

別々の時は、そうでもないけど


「新しい家、まだ慣れません。鍵も使いませんし」

「カードキーだもんね。ハイテクだよねぇ、これ」

「一気に金持ち度が上がって私、慣れないんですけど・・・」


前の家はごく普通の庶民感が出ていた家だった

けれど今は・・・


「いいじゃん、タワマン。新築だから綺麗だよ?」

「タワマン一室ならともかく、最上階フロア専有はおかしいですからね?」


エレベーターだって専用カードキーがなければ十六階へ行かないようになっているし、郵便物は全て管理人受け取りとか・・・本当に訳がわからない


「巳芳の当主争い対策も兼ねているからね。俺としても不本意なんだ。本当はこの半分ぐらいの規模の家に引っ越したかったんだけどね。前の家がベストって感じ」

「あーたしかに。あれぐらいが過ごしやすいですよね」


今の家は広すぎて、逆に落ち着かない

前の家みたいに広すぎず、狭すぎずな空間のほうが、落ち着けたのだが・・・


「けど、俺としてはいいことだらけだったりするんだよね」

「何がいいところだらけなんですか。確かに綺麗ですけど・・・」

「色々言いたいことはあるけど、まとめると「恵ちゃんと作り上げた愛の巣感がね、凄くたまんない」って感じかな!」

「馬鹿言ってる暇あったら着替えの準備でもしてくれます?」

「辛辣!」


いや、確かに「色々候補上げてたけどごめん!家の事情が始まりそうだから対策でタワマン買ってきた!九月のはじめからここに住むよ!」と決めてこられた時にはすでに付き合い始めていたし・・・訳あり同居時代に比べたら、多少は覚さんの言う通りになっているのだろう


「・・・着替え持ってきた」

「はい。じゃあ着替えましょうか。首固定しておきます?」

「念の為・・・」

「了解です」


外れたばかりのギプスをもう一度、念の為つけておく

急に動かしたりすると痛むだろうから、着替えの時だけはしばらくつけてもらおうかな

ボタンを外しながら、先程の話の続きを・・・ついでに、自分の気持も伝えておく


「でもまあ、二人暮らし楽しいですよ」

「そう?」

「たまに黙れって思う時あるんですけど」

「あるの・・・?」

「だって覚さん、いつも何かしら話題を持ってきますから。ずっと話し続けているでしょう?頭痛がする時とかも問答無用でおしゃべりしますからうるさくてかなわない時もあるんですよ」

「そうだったのか・・・」

「そうですよ。文句を言いたくても、身体がだるくて言えません。もう少し周りを見てほしいです。無茶振りかもしれませんが、そういう時は察してください」

「善処します・・・」

「でも、そんなおしゃべりな覚さんが、私は大好きです」


我が家は必要最低限以外の会話は一切なかった

進路はどうした、成績は・・・とか、そんなつまらない話ばかり

思えば、父は不在の時が多かった。母は何かしら話題を振っても、最後には全部父に収束したから話すのが途中から嫌になった


だからこそ、この話題のつきないおしゃべりさんが、大好きなのだ


今まで家には余計な音はなかった

けれど彼は毎日変なことでも、些細なことでも話してくれる

たまにお金持ち特有の変な常識も見せてくるけど・・・庶民からしたら笑える話だ


「・・・はい、着替え終わりましたよ」

「ありがとう・・・」

「どうしました?顔、赤くなって・・・あ」

「あ!?」

「首を動かしたけど、動かしたのがバレたくなくて痛みに耐えていたんでしょう?全く、覚さんはおバカなんですから。鎮痛剤持ってきますから、もう少し痛みに耐えてくださいねー・・・」

「違うそうじゃない・・・恵ちゃんのクソボケェ・・・」


そう。わかっている。今はクソボケと言われても仕方はない

好きの一言であそこまで照れるのか理解に苦しむ


私達は平等ではない

私は二十代、彼は三十代で年の差もあって、人生経験の長さも異なる

それに、私は異性と付き合うのは初めてだが、彼はこれで数十回目になるようだ

数えていた東里さんを問い詰めたら、正確な数を吐いてくれた。二十三人目。私の前に二十二人の女性と付き合ったことがあるのだ、この男は

好きとか愛してるとか日常茶飯事だったでしょう?

キスだって、付き合っていた全員としたんでしょう?

なんで、私より初心な反応するんですか

首の怪我を抜きにしても・・・どうして、他の人にはできて私には何もしてくれないんですか


「・・・」

「恵ちゃーん・・・首全然痛くないから鎮痛剤いらない。だからこっちおいでー」

「・・・なんですか」

「呪詛、ちょっと漏れてるから。嫌なことしちゃった?やっぱクソボケはダメだよね。どんな時でもクソとかボケとか使っちゃ・・・てか俺がクソボケ・・・」

「いえ、わざとそうしたのでそこは気にしないでください。大丈夫です。クソボケ対応だったので。正解ですよ」

「えぇ・・・」


覚さんの困惑もわからないことはない

だって私にそうする理由は本来なら存在しないのだから

呪詛を出すぐらい思い悩むのは、悪いこと

・・・これは不安?それとも


「呪詛を出したってことは、恵ちゃんにとって何かしらマイナスの感情が作用した証拠なんだ。答えが出てなくてもいい。とにかく思ってることを全部話して。さもないと呪詛吸いするからね」

「身体に負担がかかるのにそんな事をさせられるわけがないでしょう!?」

「うん。俺としても不本意。だから、話して解決できるなら、その方が助かるんだよね」


丑の呪詛は、周囲に危害を加える能力

歩く公害みたいな私を渦巻く呪詛を唯一軽減できる憑者神が「巳」

覚さんが呪詛を蛇で吸い出してくれることで、私は呪詛を軽減できる

その代わり、彼の中に呪詛が蓄積される


・・・先代を知る鈴は先に呪詛吸いに対する忠告を私にしてくれていた

先代巳は先代丑に呪詛吸いを行っていたらしい

けれど、呪詛吸いを行使しすぎて命まで削っていたらしい

多少なら巳の能力で浄化できるそうだが、蓄積されると猛毒となり体内を侵す

最期はどうなったか知らないけれど、少なくとも村を出る前の先代巳・・・巳芳智みよしさとしは、詳しくは言ってくれなかったけど何度も治癒が必要な状況に陥っていたらしい


・・・同じ未来を、辿らせたくはない

けれど、私の中で答えというものが見当たらない

私は自分でも覚さんとどうしたいのか、どうされたいのか、どうなりたいのか・・・全然わからない


「覚さん」

「なあに?」

「とりあえず、抱きしめてもらえます?」

「そのとりあえずって何さ!?・・・まあいいけど。おいで、恵ちゃん」

「・・・」


とりあえず、ということで抱きしめてもらう

まだ残暑が厳しいが、人の体温というのは凄く心地が良い


「呪詛消えてる?」

「・・・そんな事、今は考えなくていいですから」

「そんなことって、一番大事なところでしょ。呪詛は恵ちゃんにも負荷をかけているんだからさ」

「今は呪詛なんて出ないぐらい心地いいから、どうでもいいんです」

「・・・満足そうで何よりだけど、どうしたの?俺に甘えたかったならそう言えばいいと思うけど。俺はいつでも大歓迎なんだから」

「・・・素直に甘えられたら、呪詛なんて生みませんよ」

「それもそうか」


優しく頭を撫でながら、彼は「素直じゃないね、恵ちゃん。そこも君らしくて好きなんだけど」と、小声で耳打ちする


「・・・ズルいんですよ。全部」

「どこが?」

「全部」

「全然ズルくないよ?俺、駆け引きとか苦手だし。思ってることきちんと伝えてるだけ」

「その性格でなぜ二十二人も元カノがいるんですか・・・」

「・・・東里か夏彦でしょその数字。まあ、なんていうかな。そういう駆け引きが好きなことか、素直さが嫌いなことか、もう少し過激な恋愛がしたい子とは合わなかったんだよ」

「引っ掛けた全員がそういうわけじゃないですよね」

「そうだね。それは半分ぐらい。けど、なんだろうねぇ・・・当時は俺も遊びが入ってたから、自分が楽しむために彼女たちを利用していた。それを、向こうもわかっていたんだと思うよ」


だからフラれた。俺じゃあ彼女たちを満たすことはできなかった

顔は見えなかったけど、声で申し訳無さそうに話していたことだけは・・・わかった


「今はね、遊びなんて入ってないよ。あの時も言ったけど、一目惚れ。七年間も、もう会えないだろうけど、ずっとまた会えたらいいなって思っていた女の子なんだ」

「・・・ん」

「今はさ、首が大事だから何もしないよ。したくても何もできないっていうのが本音だけど」

「治ったら、ちょっとは進めますか?」

「うん。恵ちゃんのペースで進んでいこう。あ、もしかして手出しされなくて悶々としてた?」

「そんなことは!・・・そんなことは、ないとは、言い切れませんけど」


「ほうほう。ご興味が?でもキスから段階踏んで」

「いきなりキスだなんて・・・その、子供できちゃいますよ!」

「・・・今なんて」

「だから、キスで子供できちゃうって・・・お母さんが。それを見たコウノトリさんが運んでくれると・・・」

「学校では、なんて・・・」

「うちは特にしっかりしたクラスでしたから、時が来ればコウノトリさんがとシスターが・・・」


私はとんでもないことを言ってしまったのだろうか

ああきっと言ってしまったのだ。私を抱きしめてくれている覚さんの手が、変に震えているのだから


「今どき小学生でも子供の作り方とか知ってるよ・・・あの、俺、この子に手を出すのすげぇ気が引けるんだけど。ネットとかで調べなかったの?」

「だってお母さんも先生も口を揃えて言うのですから、それが事実だと」

「君はよくあの日以外無事に通学できたね・・・」

「そこまでのことですか?」

「そこまでのことなんだよ!恵ちゃん、頼むから学生組の誰かでいい。保健の教科書借りておいで」

「保険の?今は意識高いですね。もう生命保険やら健康保険の勉強もしているんですか」

「違うそうじゃない!」


それから覚さんはなぜかどこかに電話を掛ける

しかもテレビ電話だ


「もっしもし大叔母様ぁ!」

『どうしたんですか覚。うるさいですよ。私今ご飯を作っているので後にしてほしいのですが、なにかあったんです?緊急ですか?』


どうやら電話の相手は鈴らしい

今は晩御飯を作っているようで、後ろは巽家の真新しいキッチンが映し出されていた


「大叔母様さぁ、子供欲しがってるでしょ」

『そうですね。夏彦も私も家族が欲しいので。それがどうしたんですか?』

「毎晩、何をしてるか言える?」

『言えるわけ無いでしょ!?ぶっ殺しますよ!』

「あはは、じゃあさ。キスで子供ができるって迷信、どう思うよ」

『それでできたら苦労しませんよ・・・』

「そうだね」


『で、なんでこんな話題をわざわざ?』

「大叔母様、落ち着いて聞いてね」

『はあ』

「恵ちゃんがね・・・キスで子供できるって今も信じていて、それが違うことをどうやって信じてもらおうか経験豊富そうな大叔母様にお知恵をお借りしたくて」

『経験豊富って貴方が言いますか・・・単に私を巻き込みたかっただけでしょう?まあ、そうですねぇ。恵』

「なに、鈴」

『遊ちゃんの言葉を借りるなら「この世には文明の利器があるのに、調べなかったの?」・・・に終着しますので、私からはノーコメントです』


かつて夏彦君の誕生日の時に言われた例のセリフ

未だにぐさりとささるそれは、常識の抜けた私にもれなくぐさっと再び刺さってくれた

そうして鈴は逃げるように通話を切る


「逃げたな・・・」


覚さんがぼやく後ろで、私は鈴の言うとおりに軽く調べてみる


「はわ・・・はわっ・・・はわぁ・・・」


そこで見た内容は、過激すぎて内容を声に出すどころか・・・見たことも口に出せないようなことばかり

端末の電源を切り、着替えに行くと言って部屋を出る

一人の部屋の中で、頭に昇った熱が消えるのを待ってから着替えてリビングに戻るが・・・


「あ、恵ちゃん。おかえりー。夕飯の準備しておいたよー」

「・・・ありがとうございます」

「・・・ん?」


彼の顔を何故か見ることができなくなって、うつむきながら夕飯の準備をすすめる

しかしそれは時間が経ってもなかなか解消できず、覚さんが「俺恵ちゃんに嫌われた・・・?」と悩み始めるのは、また別の話だったりする

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