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イデアの義解  作者: 鴻江駿河
6/6

第6話「友達」

 あれから半月程度、宇宙基本法が可決され、アフリカ開発会議が一週間後に控えた五月二十一日水曜日。この日、学校は休みである。だが、祀はある目的のために学校へと向かっていた。


「なんかどえらい荷物だな」


 二十年近く前の大型バンを運転する店長(大家)は言う。


「店長がこんな車持ってて助かりました」


 助手席に座る祀が、後ろに積み込まれた機材を見ながら言う。ギターやらシンセサイザーやら、結構な数の機材が荷台に載せられている。


「あれで全部か?」


「そのはずです。まあ足りなくてもせいぜいケーブル程度でしょうし」


「そうか、そりゃよかった」


 駐車場にバックで車を入れながら、店長は言う。


「まあ暇っちゃあ暇だから、好きに頼ってくれていいよ」


「はい」


 祀は車を降りる。バンの後部扉を開けて、機材を引っ張り出す。


「壊れてないよな?」


「大丈夫です、なんの問題もありません」


 鍵盤楽器は大きなものばかりだ。デジタルシンセが二台、キーボードが一台だ。女子高生が抱える楽器としてはかなりヘヴィに見える。


「大丈夫か?」


「大丈夫です」


 祀は改造した台車に三台の鍵盤楽器を載せ、ギターの入った改造したハードケースを背負い、駐車場から体育館へ向かって運び始める。幸いなことに、駐車場から体育館入口までは五十メートル程度しか離れていないため、大変ではない。荷台を押しながら体育館の中に入ると、すでに何人もの生徒たちがやって来ていた。全員、アマチュアバンドのステージに出演する生徒たちである。数人混じっている先生方は、文化祭担当の先生と教員バンドを組んでいる先生の二つだ。ソロで出演する生徒は祀以外におらず、こんな大荷物を抱えている生徒もいないため、ほぼ全員が一度は祀の方を振り返った。祀は台車とギターケースをそこにおくと、またすぐにバンの方へと戻る。


「手伝ったほうがいいか?」


「いえ、全然」


 店長の親切を祀は真顔で断り、また別のハードケースを取り上げる。もう片方の手にエフェクターの入ったハードケースを持ち、体育館へと向かう。それを何往復かして、高校生にしてはごつすぎる機材の搬入が完了した。


「お迎えもお願いできますか」


「オッケー、わかった。また後でね」


「お願いします」


 祀は走り去る旧型のバンを見送った。体育館に戻ると、かなり不審な目で見られた。祀は明らかに一人で扱える以上の楽器を持ち込んでいたし、何より普通持ち込まないようなミキサーまで持ち込んでいたからだ。でかい荷物といえばドラムくらいな一般アマチュアバンドからしたらかなり異質に見えること間違いない。


「あ、全員集まったねー」


 文化祭のアマチュアバンド担当らしい女子生徒が前に立って話始める。


「今日は一回目のリハーサルです。もしここでなんらかの不具合があっても、あと二回あるので安心してくださいね」


 ふと視線を感じた祀が体育館の片隅に視線を送ると、樹が青い瞳でこちらをじっと見つめている。祀はその視線に応じるように低く手を挙げると、樹は手をブンブンと大きく振り返してきた。奇天烈な樹の行動に呆れたような感情を浮かべた祀は、また正面で話すアマバン担当の方に向き直った。


「リハーサルは一バンドあたり準備片付け含めて三十分程度です。今回は機材のチェック程度を想定しているので、セットリストぶっ通してやらないようにしてくださいね」


 と、諸々の注意事項を言うと担当の生徒は引き下がった。事前に渡された紙に記載された順番で、リハーサルというより予行演習に近いリハーサルを行う。私はちらちらと順番にステージ上で機材の確認をしている他のバンドを見ながら、パソコンを立ち上げる。去年末に購入した分厚いハイエンドのノートパソコンで、日常で動かしていると電力を無駄に食うので基本的に仕舞われている。自室でボーカルの録音などに使用しているものは二年前のもので、性能が新しいものに比べて劣るようになったため、新しく買ったのだ。CPUは最初に搭載されていたものを引っ剥がしてもう少し性能の高いものに移し替えてある。ハードディスクは二つ積んでおり、その中には大容量の音源がいくつか入っている。この音源を動かすため、メモリも最大限搭載してある。おかげでかなり重っ苦しく、バッテリーをゴリゴリ削るようになってしまった。

 祀の順番が回ってくる。無駄に量のある機材を全て一人でステージ上に引っ張り上げ、組み立てていく。二段式のキーボードスタンドを三台組み立て、正面に六十一鍵デジタルシンセ、右に七十六鍵のMIDIキーボード、左に八十八鍵のデジタルシンセを配置する。それぞれスタンドの一段目に配置し、二段目にはノートパソコンを設置する。それぞれ、セットリスト上でどう演奏するかの五線譜と、MIDIキーボードについては音源が立ち上げられている。右のMIDIキーボードはオーディオインターフェイスを通じてノートパソコンに接続され、左のシンセからはMIDIケーブルが一本生えている。鍵盤楽器の準備はこれでほぼ終了する。

 続いてギターのセッティングをする。立奏用のスタンドを組み立て、その上に黒い金属製ギターを置く。スタンドの足元にエフェクターを置き、ギターからシールドケーブルを繋げる。ギターの下部に付いている専用の端子から、エフェクターの隣においたギター・シンセサイザーに接続する。そして、エフェクターとギターシンセの両方から出力のためのケーブルを出し、それを一旦ダイレクトボックスに繋げる。もう一つ、二本用の縦置きのスタンドを置き、そこにカーボン製のギターと銀色のギターを置く。カーボン製の方はワイヤレスでサブのエフェクターに接続され、銀色のギターは同じくワイヤレスで、立奏用スタンドの足元に置かれたエフェクターに接続されている。エフェクターへの入力はラインセレクターを用いて制御する。これで概ねよし、である。

 こんな風に、一般的な学生がやるにしては複雑すぎるライブ環境を当たり前のように構築していく祀を、他の生徒たちは若干引き気味に見つめていた。ラックを置き、その中にマイクやイヤーモニターなどのワイヤレス関係の機材と、八十八鍵シンセから生やしたMIDIケーブルを接続するサンプラーを収める。そして、そのラックの上にミキサーを置いた。ミキサーに次々とケーブルを接続し、アウトプットを体育館のPAシステムに繋ぐ。


「よし」


 嫌気が差すほど複雑なシステムを組み上げた祀は、にじみ出た汗を拭いて立ち上がる。これでも、中学三年の時のライブと比べると多少簡略化されているのだ。何しろ、前まではすべての鍵盤楽器から出力していた音を一旦エフェクターを通してエフェクトを掛け、それをミキサーに入力するという極めて面倒なことをしていたからだ。今回は諦めて、シンセや音源側でエフェクトを掛けることにした。


「あーあーあー」


 スピーカーの方には出力せず、イヤモニの方にだけ音を出力しながら祀はボーカル関係の調整を行う。声にエフェクトを掛ける都合上、無線で飛ばしたボーカルの音声は受信機からエフェクターを介してミキサーに送られる。そのエフェクターのチェックと、歌唱中の切り替えの確認をしているのだ。それが終わった祀は、イヤモニの音量はそのままにスピーカー宛のスライダを上げ、体育館のスピーカーに音声を出力できるようにする。


「よし」


 体育館のスピーカーからも音が出たのを確認した祀は、早速キーボード群の方に戻っていく。軽くドレミを一オクターブ鳴らしてノイズ等の確認を行う。


「問題なし」


 祀はその後、セットリスト上にない曲を二曲演奏した。一曲はボーカルありの曲で、もう一つはインストゥルメンタル曲である。ボーカル曲の方はシンセサイザーメインであり、正面の六十一鍵シンセを演奏し続けていた。ギターソロパートでは黒い金属ギターを鳴らした。ストラトやテレキャスターをアンプに繋いだ音くらいしか聴いたことのない生徒たちは、そのギターの溶け込むことのない独特なルックスと聞き覚えのない特異なサウンドに気を引かれた。

 インストゥルメンタル曲は、ボーカルの一切ない純粋な楽器のみの曲だ。オーケストラ風に仕上げられているが、随所に入るシンセサイザーが純粋なオーケストラ曲ではないという無言の視線を聴くものに投げかけていた。この曲では、サンプラーに繋がれた八十八鍵のシンセとMIDIキーボードがかなりの活躍を見せた。


「うおー!」


 機材を片付け、元いた場所に戻るやいなや樹が感嘆の声を上げて祀の方に駆け寄ってきた。


「すごいね!」


「あ、ありがとう……」


あまりの勢いの良さに押されて若干引きながら、祀は樹の感想に礼を述べる。


「ギターとか弾けるなら自己紹介のときに言えばよかったのに!」


「いやあ、あんまり人に知られたくなかったというか……」


「変わってるね!」


「うん、もう十万回は言われたかな」


 祀は未だにこの少女との付き合い方がいまいちよくわからない。既に電話番号とメールアドレスを交換しているが、祀の方から樹に連絡をよこしたことはない。そもそも、学校から帰ってからの祀は基本的に作曲等で忙しいのでメールを読んでいる暇はない。


「へー、これってシンセサイザーっていうの?」


 樹は祀の正面に置かれていた六十一鍵のシンセサイザーの興味を持つ。


「そうだね、十七年くらい前のやつだけど」


「へぇー、おっきいね」


 そのシンセサイザーはデジタルシンセにしては大型のものだった。サイズは八十八鍵シンセより小さいものの、ノブやスライダーの数が尋常ではない。そのため、かなり大きめのものに見える。


「そんな前のやつでもちゃんと動くんだね、すごい!」


「まあ、これは結構音が作りやすくて気に入ってるんだけど……。それで言ったらこっちのシンセサイザーはあんまり気に入ってなかったりするけど」


 小さめの声で祀は呟く。一方樹は声が大きいので、祀は萎縮するわけである。


「これとか弾いたらバイオリンの音が聞こえたけど、どうなってるの?」


 樹は次にMIDIキーボードに興味を示した。


「ああ、それはね、パソコンとかこういうサンプラーに繋いで」


 祀はラックに格納されていたサンプラーを指差す。


「音を鳴らすもので、単品だとなんの音も鳴らないよ」


「そうなんだ」


「あーえっと、サンプラーっていうのは録音とかした楽器の音を再生する機械で、こういうMIDIキーボードを繋いだりして中の音を鳴らすの。私はこのシンセサイザーに繋いで使ってた」


 祀は説明に追われる。自分が使っている楽器を上手く紹介できるタイプではないので、テンパっていた。


「このギターってどういうもの?」


「えーっと、ボディがアルミで、ネックは元々木製だったのをカーボンファイバーのものに変えてて」


「これってどういうやつ?」


「それはギターのマルチエフェクターで、色々な音を自分で作れて」


「これは?」


「あーそれはボディとかネックがカーボンファイバーで出来てるギターだよ、他の二本と同じメーカー」


 等々、ものすごい勢いで質問を飛ばしてくる樹に、祀は相当丁寧に対応した。


(うーん、これは意欲関心態度がマックス評定になりそう……)


 祀は、樹の性格を見て何度となく思ったことを、また思う。暗めの性格をしている祀からすれば、どう育ったらこんなに明るい性格になるのか甚だ疑問だ。大学で専攻したいレベルである。樹は帰りの機材の運搬を手伝ってくれた。


「おーう」


 同じバンで駐車場に入ってきた店長が祀に声をかける。


「あれってお父さん? もしそうならご挨拶したいけど」


 樹が小さめの声で訊く。


「違う、バイト先の店長かつアパートの大家」


「あっそうなんだ」


 樹はそれ以上食い下がることなく引き下がった。祀は内心、気遣いができると知って驚いていた。空気読めないタイプだとばかり思っていたからだ。ちゃんと空気が読めるのであれば、よりどうやって育ったのか知りたくなってくる。


「あ、積み込みも手伝うよ」


「本当? 助かる」


 祀は樹に手伝ってもらいながらバンの後部に機材を積んでいく。一応、この機材は総額でかなりのお値段する上、既に販売が停止しているものもあるため、積み込む際にはそこそこの注意がいる。それは運搬中もだが、祀は運搬中に破損するようなことがないようにわざわざハードケースを自作したりしている。なので、気を使うのはせいぜい積み込みの時なのだ。


「ありがとね、積み込みまで手伝ってもらって」


 祀が礼を述べると、樹は首を横に振った。


「いいよ別に。友達なんだし」


 友達。祀は耳朶を打つその言葉の響きをたっぷりと味わった。中学ではあまり出来ず、高校に上がってからは気分的にも友達をつくることが出来なかった祀にとって、何年間も聴いていなかった言葉だった。


「じゃ、また明日ね!」


 バンの助手席に乗り込んだ祀に樹は手を振る。祀も小さく手を振り返し、それを見届けた店長は車を発信させた。残った樹の携帯に着信が入る。その電話番号を見た樹は、素早く周囲に目配せすると携帯を開き、応答する。


「……わかった。じゃあそこに行く」


 相手が発した短い文章を聞いた樹は、同じく短い言葉を返した。








▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽








 少年は拾った使い捨てガスライターを眺めていた。カチッと蓋を開け、火を灯す。その火はしばらく灯っていたが、すぐに消えた。ライター内の液化ガスはもう殆ど残っていなかったのだ。


「……燃えればいいのに」


 少年は新品のライターをポケットから引っ張り出し、火を灯してそれを眺める。


「こんな街なんか……。こんな地元(ところ)なんか……」


 少年は、山から自分の街を見下ろしながら呟く。夜の住宅街は穏やかな雰囲気に包まれていた。


「燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ!」


 そう言うやいなや、少年はライターを街の方めがけて投げつけた。


 次の瞬間、住宅街の半分が猛火に包まれた。

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