第32歩『毒舌な図書委員 前を向く』
冴島が走り出した理由が分かった。
気を遣ってくれたんだな、俺と───美喜多さんに。
「峰山くん、お疲れ様でした」
「ありがとう……美喜多さんのお陰で、無事終わったよ」
「私は何も───」
そう言って首を横に振る美喜多さん。
「───寧ろ、私は桐谷さんに騙されて、それであなたに余計な情報を与えてしまい……あなたの邪魔をしました。先程のことだって」
「先程?」
「ごめんなさい、盗み聞きは良くないと思ったのですが」
「あぁ、さっきの紗代との聞いてたのか。いいよ、美喜多さんなら」
そこから、廊下で立ち話するような内容じゃないか、と言う話になり、一緒に図書室を訪れた。
変な誤解を生まないように、俺が先に入って、用事があって時間を潰したいからと、後輩図書委員を帰らせる。
彼らが教室を後にしてから少しして、美喜多さんが入ってくる。
「やっぱりここが一番落ち着く」
「そうですね」
「それで、美喜多さんにお願いがあるんだけど、いい?」
「なんでしょう、私に出来ることなら構いませんけど」
「紗代の事なんだけど、さ。この先、紗代が美喜多さんに謝るかは分からないんだけどさ、紗代のことを責めないでやって欲しいんだ。嫌うのは良いけど、それで復讐みたいなのは、な?」
「それは、あなたにとって紗代さんが、クラスメイトだからですか?それとも友達、或いは元カノだからでしょうか?」
「そんなの、なんでもいいよ。俺はただ、これ以上紗代が傷つくところを見たくないんだ」
「……優しすぎますね、本当に」
美喜多さんは呆れたように溜息を吐く、その様子は少しだけいつも通りな感じがして落ち着いた。
「ところで、桐谷さんの言ってた嘘はどう処理するんです?男子生徒は桐谷さんのことを信じたままなんですよね?」
「それに関しては、紗代自身から訂正してもらう。木下先輩に脅されていたとか言っておけば信じるだろ」
「桐谷さんがそうしなかったら?」
「その時は吉田さんと冴島、あと美野里さんにもお願いするさ」
吉田さんと冴島に関しては言わずもがなだが、美野里さんはお昼休み以降被害者の女子生徒から人気者になったらしい。彼女の境遇がそうさせたのか、昼休みのきっかけをつくってくれた彼女に感謝をしているのかは俺には分からないが、事情を話せばみんなが協力してくれるだろう。
「それなら確かに桐谷さんも峰山くんも今までの生活を送れるということですか」
「どうだろうね。紗代の話を信じない生徒もいるし、嫌っている生徒もいる。今回明らかに無視をされていたこともあるからすぐに元通りは難しいかもしれない。結局吉田さんと冴島には頼ることになるかも」
「もし、桐谷さんが木下陣に脅されたとするとして、あなたと桐谷さんの関係はどう説明するんですか?」
紗代が吐いた俺のことをストーカー扱いして仕方なく付き合っていたというデマは訂正をすることが出来る、しかし俺と紗代が付き合っていた事実は消せない。なぜなら、ビデオ会議をした日クラスの女子には証拠映像まで見せてしまっているんだから。
「明日から俺男子生徒から恨まれないかな」
「まぁ、それも木下陣の所為にしようと思えば出来ますけどね。無理矢理告白させられたとかなんとか言っておけば良いんじゃないですかね。案外、既に桐谷さんが対応している可能性もありますけど」
確かに、昼休みに男子生徒が紗代のために集まってたことを考えると既にその件については彼女の方で動いてくれている可能性がある。どのような言い回しをしているかは分からないが、また俺を悪人にしようとすれば今度こそ紗代の悪事を皆に教えてやればいい。
「念のためにさっきの俺と紗代の会話は通話じゃなくて録音しといた方が良かったかもな」
「安心してください、電話口で私が録音していましたので」
「あ、ありがとうございます」
「あなたは相変わらず用心が足らないですね……紗代さんを信じての行動なのでしょうけど」
「……以後気を付けます」
少し無言の時間が流れた。それは俺たちにとってはいつもの時間だった。もう、彼女は何も話すことがないのだろうか。
「では、これが最後の用事です」
「あ、謝るのとかはなしね」
「違います。……峰山くん、本当にありがとうございました!」
「へ?」
わざわざ立ち上がって深々と頭を下げる美喜多さん。いつもでは考えられないその様子に正直驚いてしまう。
「あなたのおかげで木下陣《あの人》に怯える必要がなくなりました」
「……礼なら俺じゃない雪と美野里さんだ」
「でも、きっかけをつくったのはあなたと雪さんです。美野里さんだけではこの結果は生まれなかったと思います」
「だから」と再び頭を下げようとする美喜多さんを制止して、椅子に座らせる。こうやって感謝されることなんて少ないから照れくさいんだよ。
「その感謝の気持ちはありがたくもらっておくから、もうやめてください」
「なんなんですか、人の感謝の気持ちを嫌がるなんて最低ですよ」
「慣れてないんだよそういうの!ボッチなめんな!」
「私もボッチなんでこういうの慣れてないんですよ!頑張ったのにその対応はトラウマ抱えるレベルですよ!」
美喜多さんが珍しくご立腹である、とはいっても最近よく見たか怒ってるとこ。そう考えると申し訳ない気分になるな。
「分かった、じゃあ対価を求めよう」
「何ですか急に……はっ!まさか身体で払えとでも?!」
「今の流れでそれ求めたら最高にクズだな俺!って違うくて……その、なんていうか敬語を止めて欲しいなって」
「は?」
「なんか、せっかく良く話すんだし敬語だと距離感じるかなって」
「え?私今口説かれてます?」
「違うよ!」
美喜多さんはまた溜息を吐くとカバンを持って立ち上がった。
「このままここに居るとなにされるか分からないので退散します」
「あ、あれ?さっきまで俺に感謝してたよね?なんで急に毒吐かれてるの?」
「あなたがもう止めて欲しいと言ったんですよ。だから感謝の気持ちを消し去りました」
「極端すぎない?!」
俺の言葉を無視して扉の方へ向かっていく美喜多さん、そのまま出て行くかと思われたがこちらを振り返ると指を開いた手を肩まで上げた。
「じゃ、じゃあ……また、明日……」
「っ?!……うん、また明日」
美喜多さんが図書室を出て行くと思わず顔がにやけてしまう。自分でお願いしておいてなんだが恥ずかしいものがあった半面嬉しくもあった。これは残りの時間、胸の高鳴りを抑えるのが大変だぞ。
「その様子だと、美喜多さんに告白でもされたのかい?」
続々と尋ねてくるのは嫌じゃないけど今だけは勘弁して欲しかった。
「されてないから!」
「そうなのかい?頬を赤らめた美喜多さんが出てきて、きみも顔が赤いからてっきり」
「誤解!誤解だから!」
忘れてた、俺と美喜多さん以外の常連客のことを。




