第3歩 『いつも通りじゃない教室』
憂鬱な気持ちで教室に入ると、何人かの生徒から敵意を感じられる眼差しを向けられた。
おそらく雪の言っていた通り、紗代が俺に関する虚言をみんなに吐いて回ったんだろう。その内容は分からないが、こんな風に敵意を向けられてるんだ、碌なことじゃない。
「......」
昨日あんな仲良さげにメッセージのやり取りをした冴島ですら冷たい視線を浴びせてくる。しかし、彼からは気のせいかもしれないが、なんとなく他の人とは違う感じがした。
しかし、あくまでそう感じただけで、実際にこうして冷たい眼差しを向けているんだ。俺のことを警戒していることは間違いない。
『慎重に動いた方が良いよ』
そう、雪が言っていたのを思い出す。俺は、冴島から目を逸らし自分の席に座る。
少しだけ違和感を感じていた。なぜ、誰も俺に危害を加えに来ないのだろう。別に俺はドMではないが敵意だけ向けられて直接的には何もされないこの状況が不思議で仕方なかった。
「おはようございます、峰山くん」
俺が自分の脳を必死に働かせていると、隣の席の美喜多 千沙さんが挨拶をしてきた。
思わず肩がビクンと跳ねたが至って冷静に普段通りの態度で接する。
「おはよう、美喜多さん」
美喜多さんとは同じ図書委員に所属していることがきっかけで話すようになった、俺の数少ない友人だ。
美喜多さんは俺に挨拶をし終え、椅子に腰かけるとカバンから本を一冊取り出した。彼女は教室でも、図書室で受付をしている間も本を読んでいることが多い。
なので、よく俺も彼女におすすめの本を教えてもらい、受付の間の暇な時間に読むことが多い。初めは時間潰しだったのだが、彼女のおすすめは間違いがなく、家でも教室でも思わず読み進めてしまう。
「今日はどんな本読んでるの?」
「あなたには到底理解できるものではないと思うので、私が話すだけ無駄な時間になります」
「じゃあ、今度読みたいからタイトルだけ教えて」
「はぁ......仕方ありませんね」
いつも通りの態度の美喜多さんに安堵する。口が悪く聞こえるかもしれないが、それもいつも通り、ちゃんと小説のタイトルも教えてくれたから問題はないだろう。
もしかしたら、美喜多さんなら俺の話を信じてくれるかもしれない。
そんな期待が自分の中で生まれた。
彼女は今日も図書委員の当番でなくても図書室に向かうだろう。その時に彼女に事情を話して誤解を解くための協力をお願いしよう。
「なんですか、変な目で私のことを見て」
「いや、嬉しくって」
「私と話せて嬉しいって......まさか、あなた私のこと?!」
「なんか色々ややこしいことになるからやめてくれる?!」
更なる誤解を招きかねない美喜多さんの発言に内心汗だくになりながらも、徐々に俺の心は落ち着きを取り戻し始めた。
俺はクラスメイトから静かな敵意を感じながらも、先ほどの疑問が消えないでいるのが気になっていた。
なぜ、誰も俺に危害を加えないのだろうか......。
もしかしたら、紗代がそのように頼んでいるのかもしれない。危害を加えられて逆上し、紗代が気づいていない証拠をみんなに見せるんじゃないかと恐れているんだとしたら、納得がいく。
その答え合わせは放課後に行われたのだった。