第31歩『俺がそうしたかった』
「あの場にいた男子生徒がお前の話を聞いていた。さぁ、どれだけの男子生徒が今もお前を推してくれているかな?」
俺の言葉と見せた通話画面によって紗代は青ざめた表情を浮かべていた。自分の性格の悪さ......つまり本性を自分からさらけ出したのだから。
「協力したらバラさないって言ったじゃない!」
「俺はただみんなと通話を繋いでいただけだ。俺がバラしたわけじゃない、紗代の話をみんなが聞いていただけだ」
「そんな......」
紗代は静かに俯いてしまった、それは仕方のないことだろう。だって紗代の味方はもうこの学校にはいないのだから。男子も女子も紗代のことを嫌い、学校中で紗代の悪評が流れれば後に教師の耳にも届き、証拠がある分自分は不利な状況に置かれる。
これで彼女はもう俺にしたようなことをしなくなるし、もしかしたらこの学校に居づらくなって転校してしまうかもしれない。そうなったら、復讐としては一番いい幕引きなのだろう。
......でも、それは俺が嫌なんだ。
俺は紗代にバレないように深呼吸を一度してから、通話を切って紗代の方に手を置く。
「嘘だよ。あの電話先には冴島しかいないんだ」
「......え?」
「だから安心していいよ。冴島はこのことを言いふらすなんてしないだろうから」
「いや、えっ、一体、どういう」
紗代が分かりやすく混乱している。無理もない、一瞬でも地獄に落とされかけたんだ。それが嘘だったなんて容易に信じることはできないだろう。
「今回の件、多少なりとも紗代には助けられたんだ。紗代が先輩と別れたから、冷静さをかいた先輩が見え見えの罠にかかってくれたんだ」
「......」
「......それと、これは俺の罪滅ぼしって言うのかな。ごめん、紗代に対して恋愛感情なんて一切なかったのに、ちゃんと断れなくて。そんな状態で紗代と付き合ってて」
「......それは」
「紗代がそうなるように根回ししていたとしても、あの日あの時に返事をしたのは俺なんだ。だから、ごめん!」
「......」
「そんな俺だからさ、紗代のことをとやかく言うことは出来ないんだ。お互い好きでもない相手と付き合って弄んでいた......それでお互いさまってことでいいんじゃないか?」
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~紗代 視点~
彼はどれだけ甘いのだろう。普通自分を裏切って他の男と浮気して、自分は利用されていたと告げられて、私のことを許そうとしているのか。
「紅貴くんは私のこと弄んでなんかいないじゃない!」
「俺の退屈な時間潰しに利用させてもらったよ」
「嘘っ!だってファミレスで話したとき、泣いてたって言ってた!」
「そりゃ少しは悔しいだろ?自分の彼女が他の男に奪われたら」
彼はあくまで自分の気持ちが私に向いていなかったということにしたいらしい。こんな私を傷つけないように。
「さ、じゃあこれで最後だ」
「......え?」
「紗代......」
今まで私にこんなにも無条件に優しさをくれた人が姉以外にいただろうか。こんなにも私のことを思って言葉を紡ぎ、行動してくれる人がいただろうか。
「別れよう」
そんな彼の優しさを踏みにじった私はなんと罪深いのだろうか。
(あぁ......今気づいた。例え、最初は騙すのが目的だったとしても半年もの間付き合っていたのは、きっと)
大切なものは失って初めて気づく、本当にその通りだった。私は姉を超えることしか考えていなかった、だから気づかないでいたんた自分の心に......紅貴くんと一緒にいたいという気持ちに。
あの日ファミレスで「ただし条件がある。それはお前が俺ともう一度付き合うことだ」って言われた時、今思えば私は嬉しかったのかもしれない。
同じ境遇にいる美野里さんを助けたいという気持ちもあった。しかしそれだけでは、姉を超えるという自分の最大の目標を無下にしてまで彼に従うことはなかっただろう。
結果だけを見れば警察が動いていたから私が木下先輩に紅貴くんのことを伝えていた場合、私はただ紅貴くんに恨まれるだけだった。でも、それは結果論で私はあの時確かに天秤にかけたんだ、姉を超えることを望むか、紅貴くんと一緒にいるのを望むかを......
そして、選んだんだ。
本当に馬鹿だな...私。今まで人を騙して傷つけて自分だけ幸せなろうとするなんて。
「別れよう」その言葉がどれだけ残酷で寂しい言葉なのかを言われて初めて気づくなんて。
私は溢れ出そうになる涙を必死に堪えて、首を縦に振った。
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紗代を置いて、教室を出る。すると廊下に先ほどまで電話を繋いでいた冴島が立っていた。二人で当てもなく歩きながら会話をする。
「ありがとう、見張っててくれたんだな」
「......よかったのか、本当に?」
「いいんだ。悪戯に紗代の人生を潰す必要なんてない。今回の件、被害者は昼休みに体育館にいた木下陣を除いた生徒全員......もちろん紗代を含めたな。だから、俺が紗代を傷つけていい理由なんてない」
「......お前がそれでいいならいいんだ。別にお前に危害があったわけじゃないんだし、恋人と喧嘩して別れた、それだけのことだろ?」
「そうだな、それだけのことだな」
本当にそれだけのことなのに話がやけに大きくなってしまった。周りに流されて紗代に復讐する計画まで立てて、自分の意思で動けずにいた。終わってみればこんなに簡単なことを俺は出来ずにいた。
「悪かったな、こんなことに付き合わせて」
「いいんだよ、紗代に復讐すること持ちかけてたのは俺たちなんだから。あ、妹ちゃんのこと怒ってやるなよ。あの子はあの子なりにお前のことを思っての行動だったんだから」
「分かってる。あいつは紗代の告白現場を見てるんだ、余計に腹が立ったんだろう」
確かに紗代への復讐が始まったのは雪が発端なところはあったが、彼女の気持ちを否定する気はない。寧ろ嬉しくもあった、俺を思ってあんな風に怒ってくれたのが。
「さて、じゃあ俺はちゃちゃっと帰るわ!」
「それなら一緒に―」
「急いでるから、悪いな!また明日にでも寄り道しながら帰ろうぜ!」
「わかった、じゃあな!」
「じゃあな!」
冴島が廊下を走って遠のいていく、廊下は走っちゃだめだよ危ないから。俺も冴島が去った方向へと歩いていこうとした時、背後から呼び止められた。
「峰山くん」




