第28歩『呼び出し』
~雪 視点~
昼休み、私は幕が閉められていて殆ど密室に近い状態を用意してある体育館のステージで一人で待っている。
「やぁ、待たせちゃったかな」
そう言って来たのは木下先輩、言うなれば私たちの今日の標的だ。
「いえ、私もさっき来たところですよ」
「そうなんだ、それなら良かった」
「ごめんなさい、紗代さんがいるのにこんなところに呼び出して」
「そのことなら気にしなくていいよ、紗代とはもう別れたから」
「そうなんですか?あんなに仲良さそうだったのに」
「僕はそう思ってたんだけどね、向こうはそうじゃなかったみたいだ」
確かに別れを切り出したのは紗代さんの方だが、今みたいな言い方をすれば木下先輩に非はあるかもしれないが盲目な女子は彼に対して「かわいそう」とか思うのだろうか。
「それで、雪ちゃんの用事は何だったかな?」
「あぁ、それはですね......」
『兄さんっ!もう......やめて!』
『あぁ、気持ちいぃ!やっぱり兄妹だと相性がいいんだろうな!』
『もう......いやぁ』
『お前もそんな顔してないで楽しもうぜ、なぁ!』
「......説明してくださいませんか?」
突如流れた音声に、木下先輩の表情は少し青ざめていた。
「説明って、一体何を―」
「先輩、とぼけるのは無しにしませんか?今は音声しか流しませんでしたが、当然映像もあるんです。美野里ちゃんには少し我慢してもらえばあなたの悪事の証拠になりえます」
「......ほ、本当に見覚えがないんだ。.......そうだ!美野里は僕のことを嫌ってる。だからこんな偽動画を作って僕のことを貶めようとしてるんだ」
相手は僕じゃない、そう言い張る木下先輩。
「そうですか、まぁその辺の判断は警察に任せましょうか。声紋判定とか指紋判定をしてもらえば分かることでしょう。ビデオカメラとSDカードにはあなたの指紋が付いていることでしょうから」
「.......」
「あれ?どうしました、もう言うことはありませんか?」
すると、木下先輩は徐にポケットからスマホを取り出すと、少し操作して耳に当てた。
「どういうつもりだ?」
電話相手が電話に応答したのだろう、先ほどまでより低い声で電話をしている。
その声は先ほど流した音声の男性そっくりのものだった。
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~美野里 視点~
『どういうつもりだ?』
体育館の放送室で音声を流した後、兄から電話がかかってきた。
意を決して電話に出たら、私と二人でいるときのいつもの兄の声が聞こえてきた。
「私は、もう兄さんにあんなことされたくない。だから、雪ちゃんに協力してもらって兄さんの悪事を暴露することにしたの」
『そんなことをしたら、お前の居場所はなくなるぞ』
家庭崩壊......私がそれを恐れていたのを兄は気づいていたのだろう。
私が話せば、両親は兄ではなく私を責めることだろう。
あの人たちは兄の将来に期待をしている、それ故に「あんたがこんなこと暴露しなければ」「お前が我慢していれば」そんな言葉を浴びせられるのが容易に想像できる。
私は兄よりも出来が悪いのだから。
「そんなこと分かってる。でも、兄さんのしていることは到底許されることじゃない!それは私にだけじゃない」
私の言葉に反応したようにステージの幕が開く。
そして、現れたのは
「な......なん、で」
この学校の生徒たちだった。
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~雪 視点~
「ここにいるのは、あなたの被害者の人たちです」
「......」
「男子生徒がいるのが意外ですか?それなら簡単ですよ。あなたが彼氏持ちの女子生徒にまで手を出していたのが理由です。彼女さんが意を決して話してくれたんですかね」
どうやら、木下先輩が言葉巧みに女子生徒を抱き、そのことをネタに何度も抱いたり、彼氏と別れさせて自分と付き合わせたそうだ。
もちろん女生徒にも非はあることだから、男子生徒はそんなに集まらないと思っていたのだが、「無理矢理襲われた」とでも言われたのだろう、予想を超える人数が集まっていた。
「兄さん、これがあなたの罪の数です」
被害者の生徒たちは思い思いの言葉を木下先輩に投げかけ始めた。
木下先輩はその様子に震え、その場に座り込んでしまった。
ふと、被害者生徒の一部に目が行った。
そこは男子生徒だけが集まっていて、この場に似つかわしくないなと思って目を凝らしてみたら、先頭には紗代さんがいた。
(あぁ、そういうことか)
男子生徒が多い理由が分かった。
紗代さんが上手いこと自分を被害者にしたのだろう。
「木下先輩、あそこの入り口にいる人たちが見えますか?」
「......警察?」
「たとえ妹でもその被害を訴えれば、あなたは性犯罪者になりますので」
その後、大量の罵声や非難を浴びせられた木下先輩は警察に連れていかれた。
行動に移してみれば随分とあっけない結末だった。
木下陣の罪を暴く、その決心が必要だっただけ。
美野里ちゃんは今私に抱き着いて泣いている。
私は彼女の頭を撫でながら......お兄ちゃんの成功を願っていた。




