第2歩 『誰もが羨むカップル』
紗代の浮気が発覚した翌朝、雪と並んで登校をしていた。雪は部活の朝練がある関係で、俺と登校時間が同じになることが週に一回しかない。
「朝練休みの日は一緒に登校しようよ!」
という雪の要望がきっかけで、俺たちは週に一回一緒に登校する。なんか、遠距離恋愛をしているカップルみたいな気持ちになる。
俺たちが学校の近くまでたどり着くと、前方に今最も視界に入れたくない光景が入り込んできた。その所為で俺の足が止まってしまう。
雪もそれに気が付いたようで、背伸びをして小声で俺に話しかけてくる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「昨日に比べればマシだよ」
大丈夫、とは言えなかった。完全に油断していたんだ。まさか紗代が昨日見た男と腕を組んで登校してくるなんて思いもしなかったから。
「あの二人......付き合ってた、のか?」
「嘘でしょ......でも、悔しいけどお似合いだ」
「全然気が付かなったぜ」
「美男美女カップル......羨ましい」
「さ、紗代......様?」
周りの生徒も目の前の光景に驚きを隠せないでいた。男子生徒は絶望の眼差しを向けているものも見受けられる。あの眼差しをもしかしたら自分が向けていられたのかと思うと悪寒が走る。
「まさか紗代があんな大胆なことするなんてな」
「お兄ちゃんのことを舐めてるね、あれ。お兄ちゃんがなにもしないと確信してるんだ。たとえ紗代さんとのメッセージのやり取りとか、写真とか、動画とかを持っていてもね」
「実際そうなんだけどな」
紗代は俺のことを半年間でよく理解できていたらしい。俺がどういう人間なのかそれを把握していないとこんな大胆なことは出来ない。雪の話は仮説ではなく事実なんだろうな。
「それに、お兄ちゃんが紗代さんとのやり取りを晒しても問題ないようにしてると思う。紗代さんは男子生徒の人気者だから」
「......俺を悪者にするつもりか」
「そういうこと。しつこく言い寄られて、ストーカーまがいのことをされて身の危険を感じたから付き合ってるふりをした。そういえば、みんな信じるんじゃない?」
「誰にも相談しないなんて不自然だろ」
「その辺はみんなに危害が加わるのが怖くてとか、弱みを握られててとか言えばいい。別れることが出来たのは今の彼氏が守ってくれたからってね」
「それなら半年間付き合ったっていう違和感を緩和できるかもな」
もし、雪の助言なしに無警戒にメッセージの履歴とかを見せびらかしてたら、まんまと紗代の罠に引っかかっていたところだった。
「雪には昨日から助けられてばっかだな」
「家族だもん、当然だよ」
あの男と紗代が付き合ったのは三カ月前。その三カ月の間に俺から紗代を助ける計画を立てていた、俺のことを相談するのを迷っていた。そんなことで逃れるつもりなんだろうな。
「お兄ちゃんをそこまでの悪者に仕立て上げるのなんか無理があるだろうから、もし本当に言った通りになってたら、なにか別の目的があるのかもしれない」
「別の目的?」
「うん。......お兄ちゃん今日一日慎重に動いた方が良いよ」
「あぁ、そうする」
「あと、あの男には気を付けた方が良い。絶対に敵だから」
「うん」
雪が意味ありげな表情を浮かべる。雪はあの男のことを知っているのだろうか。
その上で俺に警戒しろと伝えてきてるのかもしれない。
「雪も気をつけてな」
俺の悪い噂が広まれば雪にも危険が及ぶ可能性が大いにある。俺のことより、雪の方が心配だ。
「心配してくれてありがとうお兄ちゃん、でも大丈夫」
雪が昨日の夜と同じ怖い目をしだしたので、頭を撫でながら先ほど拾い上げていた野球ボールぐらいの石を取り上げる。
「いや、こんなん投げられて当たったら危ないから」
「そんな不意打ちじゃないと当たらないことしないよ!これは頭を殴るようで―」
「それは死ぬから!大丈夫だよね?!今まで誰も殺めてないよね?!」
「ふっ、それはどうかな?」
「なぜここで名もなきファラオの決め台詞を言った?!」
俺が石をその変に捨てるのを「持ちやすかったのに」とかぼやきながら不服そうに見ていた。
俺は雪の頭を撫でた。なぜから分かっているから。
先ほどの彼女の行動が俺の不安をくみ取って、俺を安心させるためにとった行動だということを。