第15歩『妹』
〇???視点
「雪ちゃん、本当にいいの?」
『いいよ、一日だけでも解放されると楽になると思うから』
「でも、私あなたに協力できないよ?」
『それでも、あなたのことを見て見ぬふりをすることは出来ないから』
「.....ありがとう」
『じゃあ、明日、準備しておいてね』
「あ、あと....他の人には例のことは....」
『安心して、誰にも話してないから』
「......ありがとう」
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────これから、どうしようかな。
木下先輩の手から紗代を救う、なんて口では簡単に言っているが、その方法が何も思いついていないのが現状だ。口だけは達者で、実際に行動に移すことが出来ないなんて───きっと、こんな俺だから紗代は頼ってくれなかったんだろうな。
「かっこ悪いな、本当に」
数日もしたら何もできない俺にみんなは呆れてしまうのだろう。いや、もしかしたら安心するかもしれない。美喜多さんや冴島は心配していたし、雪も紗代のことは諦めろと言っていた。
「......雪」
彼女は何かを知っている筈なんだ。でも、俺には何も言わない。きっと、紗代と同じで俺に話しても何も解決しないと思っているのだろう。実際、その通りかもしれないが......。
「こうして悩んでいても何も解決しないんだけどな」
このまま何もできずに時間が経過して、紗代のことを助けられないまま、彼女への気持ちも薄れていくのだろうか。そして、自分に言い聞かすのだろ「仕方がなかった」って。
紗代が自分で助かるか、美喜多さんの言う通り木下先輩が飽きるまで待つのが一番安全な道なのだろう。
それが、正しいことだとは思わない。でも、他の人を俺のわがままで危険な目に遭わせるわけにはいかない。やるなら、自分一人で......。
────俺はもう、見て見ぬふりをするしかないんだろうか。
「最低だな俺......ん?」
いつも通り河川敷沿いに歩いていると、川に掛かった橋に気になる人を見つけた。
俺と同じ学校の制服を着た女子生徒が、橋から真下の川を見つめていた。その珍しい光景に自然と視線が動いてしまったのだ。
「あんなところでなにを......って!!」
彼女は鞄を地に置くと、橋の柵に足をかけようとしていた。まるで、乗り越えようとしているみたいだった。
俺の足が無意識のうちに彼女の下に向かって走り出していた。
「おいっ!!」
普段、大声を出すことなんてないから、彼女にはどんな風に聞こえたか分からない。ただ、驚いた表情を浮かべながら、柵にかけていた足を下ろしてくれたので心の中で安堵の溜息を吐く。
「な、なんでしょう?」
「なんでしょうじゃないだろ?!」
「ひぃっ!」
「え、あ、いや、ごめん。怖がらせたいわけじゃないんだ。......ちょっと話さないか?」
「......」
許可はされなかったが拒否もされなかったので、取り合えず近くのベンチに彼女を連れて行く。嫌なら、このタイミングで助けを呼ぶか逃げていたはずだ。
「それで、あんなところで何しての?」
俺は彼女を怖がらせないよう、努めて冷静に言葉を発した。
「えっと......眺めがよくて」
「柵を登ろうとしてたのは?」
「高いところからみたいなぁ......なんて」
学校の近くにある、いつでも見れそうなこの川に見惚れるとは思いづらい。大体、この町で暮らしていたら、当たり前にそこにあるもになるはずだ。
「なにかあったの?」
「見ず知らずの人に話したくありません」
話したくないか。つまり、なにかはあったんだ。それに、本当に話したくないになら「ありません」と言うはずなんだ。ずっと一人で抱え込んでいるんだろう。
「話したくないのなら無理には聞かないけどさ。死のうと思うくらい辛いことなんだろ?だったら、俺じゃなくていいから、誰か信頼できる人に相談した方が良いんじゃないか?」
「......無駄なんですよ。話しても誰も信じてくれないし、解決することもできない。
私が我慢していればそれでいいんです」
「でも、その我慢が出来なくなったから、飛び降りようなんて考えたんだろ」
「だから、あれは川を眺めていただけです!」
本人が話したくない、一人で我慢するというのならそれを否定する権利は俺にはない。でも、ここで帰してしまうと後悔することになるかもしれない。
「じゃあ、俺の話を聞いてくれないか?」
「なんで、あなたの話なんか」
「あのままだったら、足を滑らしてきみが死んでしまっていたかもしれない。だから俺は命の恩人だ。少しくらい話を聞いてもいいと思うんだけど?」
「......分かりました」
あくまでも、あれは川を眺めていただけと言い張るなら、俺の話の筋は通っている。故に彼女に拒否権は殆どないようなものだ。
「俺、この前彼女の浮気現場を見ちゃったんだ」
「え?」
「凄く辛くて、でもそんなこと誰にも相談できなくて、きみと一緒で一人で抱え込もうとしてたんだ」
彼女は逃げるわけでもなく、ただ静かに俺の話を聞いていた。
「そしたら、妹が俺の異変に気付いたみたいで、心配して俺の話を聞いてくれたんだ。俺も、最初は乗り気じゃなかったけど、話したら凄く楽になったんだ」
「......」
「妹に慰めてもらうなんてかっこ悪いと思われるかもしれないけど、それでも俺にとっては救われた気がしたんだ。前を向けたんだ。そのおかげで、友達にも相談することが出来て、みんなが元気づけてくれたんだ」
俺の話を一通り聞いた彼女は、先ほどまでと変わらない表情だった。しかし、彼女の瞳からはどこか寂しさを感じ取ることができた。
「幸せですね、あなたは。周りの人に心配されて、愛されて......私とは大違いです」
「......大違い?」
「私の周りには愛情も信頼もない。先日、私のことを心配してメッセージを送ってくれた子もいますが、完全に信用していいのかどうか分からなくて」
彼女の目には涙が浮かんでいて、夕陽を反射していた。
「やっぱろ、俺に話してくれないか?何も出来ないかもしれないけど、それでも信じてあげることは出来る」
「だから、話しませんって。それに信じるなんて簡単に言わないでください......どうせ、無理なんですから」
「じゃあ、どうして俺の質問に『話したくない』なんて答えたんだ?話したくないなら『なにもない』といってこの場を去ればよかったじゃないか」
「......それは、言い間違えただけです」
「頑固だなぁ......」
「普通、見ず知らずの人に相談なんてしませんよ」
彼女は警戒の目を俺に向けながら、立ち上がった。
「それでは失礼します」
「待てって!せめて泣き止んでから帰った方がよくないか?」
「さっきから言ってるじゃないですか!誰も私のことなんて心配してくれないって」
「誰もなんてことはない!少なくとも俺が今心配してる」
少しの静寂が流れる────やばい、超恥ずかしい。
「......会って間もないのに。どうしてそんなにも私のことを心配するんですか?」
「会って間もないからだよ。だから、泣いている姿を見ると心配になる。きみがどんな人間かを知らないからこそだ」
「......」
「もしきみが他人を嘲笑うのが趣味な超性格悪いやつなら俺はここまで心配しなかったと思う......でも、俺の話を聞いた時のきみの表情は本物だった」
俺の話を聞いている時の彼女の表情が雪と重なった。心配してくれて、励まそうとしてくれている、そんな表情が。
彼女は静かにベンチに座りなおすと、俯いてしまった。
しかし、すぐに話し始めてくれた。
「私......兄に......襲われているんです」




