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第1歩 『その雪はとても温かくて優しい』

俺がベッドに倒れて、落ち込んでいると部屋の扉がノックされた。そして、その扉は俺の返答を待たずして開かれたのだ。


 ノックの意味ないだろ......。


 扉から誰が入ってくるのかと注目していると、黒く長い髪がゆっくりと扉の隙間から出てくる。

 小学生くらいの俺が見てたら漏らしていたかもしれない。


「お前は貞〇か」

「違うよ!」

「だったら普通に入って来いよ」

 

 そう言われて俺の部屋に入って来たのは、妹のゆきだった。年齢は俺の一つ下で俺と同じ高校に通う一年生―――そして、俺と紗代の関係を知る唯一の人間だ。

 

「どうしたんだ?俺を怖がらせて漏らさせて、それを餌に俺を脅そうという作戦か?」

「そんなつもりないから!―――ご飯食べてる時のお兄ちゃんの様子が気になって。お母さんたちも心配してたし」


 夕飯の時は魂が抜けたように無心で食べてたからな。正直、味も覚えていない。先ほどの雪の発言により、親にまで変な心配をかけたことが発覚してしまった―――気を付けないとな。


「気にすんな、ちょっとゲームの攻略法について悩んでただけだから」

「……あのね、お兄ちゃんが落ち込んでることくらい、見てればわかるんだからね」

「落ち込む?何に?」

「……目、腫れてるよ」

「あ、あぁ、これは、だから、ゲームの感動シーンで思わず泣いちゃって────」

「紗代さん関係?」

「……っ?!」


 雪から向けられる眼差しは、真剣なもので……不思議と、その瞳の奥に、怒りの感情が読み取れた気がした。


「図星、だね?……そりゃ、お兄ちゃんんがそんな風になるなんて、紗代さん関係のことしかないだろうからね」

「そんなことないだろ」

「でも、今回は、そうなんでしょ?」


 俺がそれだけ否定しても雪は食い下がらずに俺の口から事実を告げられるまで問い詰めてくるだろう。

 

 逃げられないか……。


「誰にも……言うなよ」

「言わないよ。言っても信じてもらえないだろうし」


 雪は俺の話を真剣に聞いてくれた。紗代が知らない男とホテルから出てきたこと、別れを告げられたこと、念のために証拠の動画を撮ったこと。

 

 一通り俺の話を聞いた雪は俺の頭に手を伸ばす。そして、優しく俺の頭を撫で始めた。


「あんまり、驚かないんだな」

「私が驚いたって、取り乱したって、現状は何も変わらないからね。だったら、今はお兄ちゃんを慰めてあげたいって、そう思っただけ」

「……そっか……ありがとな」


 普段なら子ども扱いするなとか、お前の方が年下だろとか言って兄としての威厳を見せつけていただろうが、今はこの時間をとても心地よく感じてしまっている。


「傷心中のお兄ちゃんは甘えんぼさんだねぇ」


 仕方ないなぁ、と雪が俺の頭を自分の太ももに手繰り寄せる。運動部に所属している彼女の太ももは健康的で硬いわけではなく程よい柔らかさで、とても寝心地がよかった。


「辛い時くらい素直に甘えないとね」

「う、うるせいやい」


 抵抗はしなかった。というより、する気が起きなかった。


「紗代さんのことどう思ってるの?」


 雪が俺を見下ろしながら聞いてくる。その所為で髪が肌に当たってくすぐったい。


「どうって、そりゃあ好きだけど」

「え?!浮気されたのに?!」

「馬鹿!声が大きい!二人に聞かれたらどうすんだ」


 こんな話親に聞かれたくはない。きっと、面倒なことになる。それに、今のこの状況を見られたら、恥ずかしさのあまり失神してしまうかもしれない。


「ご、ごめん。でもお兄ちゃんが悪いんだよ。おかしなこと言うから」

「言ってないだろ」

「言ってるよ。だってお兄ちゃんを裏切ってホテルから出てきたような女だよ?なのにまだ好きだなんておかしいよ!」

「半年間付き合ってたら、そう簡単には嫌いになれないって」

「碌に一緒にお出かけもしないで、たまに通話しているだけの関係だったのにそんなこと言われても説得力ないよ」


 雪は呆れたような表情を浮かべる、でも俺を撫でる手は止めずに話を進めた。


「紗代さんのこと怒ったり、恨んだりしないの?」

「不思議と無いんだ全く。寧ろ、紗代には幸せに生きて欲しいって思ってる」

「......そんなの、そんなのおかしいよ」

「雪?」


 雪の手が止まり、俺の頭に触れているだけになる。そしてその手からは小刻みな震えが伝わってくる。


「お兄ちゃんは嫌われたくないだけ。迷惑をかけて、傷つけて、それで紗代さんから嫌われることを恐れてるだけなんだよ」

「嫌われたくないっていうのは分からないけど......迷惑をかけたくない、傷つけたくないって言うのは合ってるかな。好きな子の悲しんでる顔なんて見たくないよ」


 俺に対する態度がいつから偽物だったのかは分からない。でも、俺は紗代の笑顔が好きなんだ。だから、たとえ俺が隣にいなくてもあんな風に笑顔で一緒にいれるやつが隣にいるなら......俺は嬉しいって思える。


「紗代さんに優しくすれば、その分お兄ちゃんが傷つく。紗代さんの幸せを願うのならそれでもいいと思うよ、一応お兄ちゃんにとって大切な人だったわけだし。でも、その所為でお兄ちゃんが傷つくところを私は見たくない」

「......雪?」

「私にとって、お兄ちゃんは大切な家族なんだから」


 俺が紗代が傷つくところを見たくないように、雪も俺が傷つくところは見たくないらしい。

 

 紗代の行いを見て見ぬ振りをして、普段通りの生活が送れるだろうか......無理だろうな、だって今も雪に気づかれ慰められてるんだから。


「だからさ、お兄ちゃん。一緒に紗代さんを懲らしめない?」

「......え?」

 

 俺の意思とは明らかに相反する提案を雪がしてきた。

 

「お兄ちゃんだけが傷ついて終わりだなんておかしいよ。お兄ちゃんは何も悪いことしてないんだよ?」

「そうだけど、それで紗代を傷つけたって何も意味がないだろ」

「意味ならある。お兄ちゃんと私の気が晴れる」

「でも、あいつを懲らしめようとすればあいつの周りの人間から総攻撃を食らう。結果的にことを大きくして、自分たちが傷つくだけで終わっちゃうんだ」

「なら、その周りの人間も味方に付ければいいんだよ」


 雪の目はずっと嘘なんて言ってないことが分かるほど真剣な眼差しのままだった。

 

 どうして雪はこんなにも紗代を恨んでいるのだろうか。俺から今日浮気をされたと伝えられた、それだけにしては妙に感じる。


「でも、そうだね。お兄ちゃんがその気じゃないなら......意味ないか。うん、ちょっと冷静じゃなかったね、ごめんなさい」


 雪が申し訳なさそうな顔をするので、俺は彼女の太ももから頭を離して座り直し、頭を撫でてやる。


「俺の為を思ってくれたんだろ?だったら謝ることじゃない」

「......もし、紗代さんを懲らしめてやりたいって思ったら私にすぐ教えてね」

「あぁ、その時は雪を頼るよ」

「約束だからね」


 それから少しだけ話しをして雪があくびをしたのをきっかけに今日は寝ようということになった。


「おやすみぃ~」

「あぁ、おやすみ」


 雪が部屋を出て行く寸前、俺の口から自然と「ありがとう」と小さく漏れたが雪には届いていなかったみたいでそのまま部屋を去っていった。


 雪と話をしたおかげで少しはいつもの調子が戻った気がする。今だけはあいつに紗代との関係がバレていたことを感謝しよう。




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