第12歩 『たとえ後悔しても』
●???視点
『随分と仲が良さそうじゃないですか』
「そんなことない!私には彼の機嫌を取ることしかできないの」
『まさかとは思いますが、守るためにとか言っておきながらあの男のことを好きになっていませんか?』
「残念だけどそれはないよ。もし、本当にそうだったら......紅貴くんのことを忘れられたら......どれだけ楽なことか」
『......まぁ、いいです。あなたがどんな行動をしようが、どんな気持ちを抱こうが私のすることに変わりはありませんので』
「......えぇ、お願いするわ」
『それでは、おやすみなさい』
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「峰山くん......その、私と付き合っていただけませんか?」
「......えっ?!」
今起こっている衝撃的な事態に頭が付いて行かず、思わず間抜けな声を上げてしまった。
その発言の当人である美喜多さんはいつもと変わらない表情で俺の答えを待っていた。
「固まってないで早く答えてください!YESなんですか?NOなんですか?」
「や、ちょ、待って待って!色々急すぎて───」
「待ちません!」
告白をされている筈なのに、なんか甘酸っぱいというか良いムードとかは一切ない。ただ、俺の返事の遅さにイラついている美喜多さんによってピリピリとした空気が流れている。
「さぁ!!」
「わかった、わかったから!」
美喜多さんとは裏腹に俺の鼓動は早くなって、彼女と目が合うだけでもなんだか照れくさく感じてしまう。
でも、告白をされたからには目を逸らして答えるわけにはいかない。ちゃんと、目を合わせて俺の素直な気持ちを答える。
「凄く......嬉しいよ。でも、俺は美喜多さんとは付き合えない」
「なぜですか?」
「俺さ......まだ紗代のことが好きなんだ。紗代のことを信じてるんだ」
「浮気されていたのに?」
「それも何か理由があるんじゃないかって、仕方がなく木下先輩と付き合ってるんじゃないかって」
「ただの希望論です。現実はありのままなんですよ。あなたが見たまま感じたままに」
「希望論だって、事実になる可能性は0じゃない」
「一体、なにを根拠にそんなことを?」
「それは......美喜多さんが知っている筈なんだ」
「......」
「お願いだ美喜多さん、知っていること全部教えてほしい!」
頭を下げる俺に美喜多さんは小さくため息を吐いた。俺が顔を上げると、彼女は静かに首を縦に振った。
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<美喜多 視点>
「───ということです。あなたの言う通り、桐谷さんが浮気をしたのにはそれなりの理由があったということです」
「......なるほど」
私は峰山くんに桐谷さんから聞いたことをそのまま伝えた。すると、彼の表情がみるみるうちに強張っていくのが分かった。
当然のことだと思う。愛する恋人が自分を守るために悲惨な目に遭っているんだ、気分が良いはずがない。
「これを聞いても、まだ桐谷さんとの関係を戻したいと思いますか?」
彼は私の問いかけに何の迷いもなく首を縦に振る。
「......俺さ、正直自信がなかったんだ。紗代に好かれているかなって......ほら、紗代ってモテるじゃん?だから俺でいいのかなって。俺のこと本当に好きなのかって。だから、ビデオ会議をした冴島に紗代が俺のことを嫌っていたって聞いたとき結構ショックだった」
「......」
「でも、今の話を聞いてその点に関しては安心できた」
「峰山くんは変な人です」
桐谷さんが峰山くんのことが好きだからといっても、浮気をして、彼の心を傷つけていることに変わりはない。
きっと、彼は桐谷さんのことを助けると言い出すだろう。
でも、それは彼女の行動を否定することと同じ。
「分かっているとは思いますが、あなたが下手に動いて危険な目に遭えば、今までの彼女の努力は全て無駄になりますよ?」
彼には桐谷さんを助けたいという優しい気持ちがある。もしかしたら、本当に彼女を救えるかもしれない。
でも、彼には足りないものがあった。
友達でも、力でも、人望でもない......勇気がないんだ。
失敗を恐れずに、自分よりも明らかに強いものに立ち向かうという勇気が彼にはないのだ。
「怖いのなら、行動に移せられないのならそれでもいいんですよ。何度も言いますが、理由はどうあれ桐谷さんが浮気をし、あなたを傷つけていたんです。だったら見捨てても、誰も文句は言いません」
「そんなことは......できない」
「否定したところで事態は何も変化はありません。安心してください、木下先輩は女性に関しては飽き性です。どうせすぐに紗代さんも捨てられますよ」
「それまで待てっていうのか?」
「彼女の努力を無駄にするなと言っているんです」
彼が拳を握りしめて震えている。
どれだけ怒りを感じ、後悔しても何も解決はしない。今の状況を変えるには勇気を振り絞って行動するしかない。
「桐谷さんのことは諦めて───」
「峰山くん。きみは諦めるのかい?いや、諦められるのかい?」
突然の来訪者に驚き、2人して声のする方へ視線を向ける。
峰山くんの背後にいつの間にか吉田 茉莉さんが立っていた。
「な、なんでここに?!」
「私が図書室を安息の地にしているのをきみは知っているだろう」
「......そりゃ、そうだけど」
「悪いけど話は聞かせてもらったよ。美喜多さん......あまり、迷える人をいじめるのは感心しないな」
「いじめてなんていないです。私はただ事実を述べているだけです」
「美喜多さんは優しい......でも残酷だ。彼が、自分の大切な人が危険な目に遭っているのを知って何もしないわけがないじゃないか」
そんなことは知ってる。でも、無謀なことに挑んで危険な目に遭うなんて馬鹿げてるじゃないか。
そんなことして桐谷さんの努力を無駄にして、面白がった木下先輩が彼女のことをもっとひどい扱いをしだしたら、峰山kんは立ち直ることが出来ないかもしれない。
吉田さんが一つ息を吐く。そして私と峰山君の背後に回ると、背中を叩いてきた。
「「いったぁっ!!」」
「なにするんですか?!」
「どうだい?少しは冷静になったかい?」
「今ので怒り心頭中だわ!」
「だって、きみたちが見えもしない恐怖に怯えているから」
「見えもしないって......あのですね、あの人は―」
「じゃあ、きみたちは実際に見たのかい?あの先輩が誰かに暴力を振ったり、痛めつけたり、陥れたりしたのを」
「......あの人の怖さは......あなたには分からない。私のように脅された人にしか!」
「脅された?それだけでかい?きみはそれだけであの先輩をどこかの魔王と勘違いしてるのかい?」
「あの人には友達が沢山いるんです。中には怖い人たちも......それでなくてもあの人の人望は凄くて、教師も味方に付けられたら......もう」
「そうかな?私はそうでもないと思うよ」
「......は、はぁ?あなたどこからそんな自信が......」
吉田さんがどこか寂しそうな表情をしていた。教室にいるとき時折見せるその表情はいやに私の脳裏にこびりついていた。
「桐谷さんと冴島くん......それと私がいればその点はクリアできそうだけどね」
「あたなと、冴島くんはともかく、桐谷さんは女子からは嫌われている傾向にあります。そんな彼女の為に動いてくれるとは思えません」
「確かに、彼女は嫌われていて、あまつさえ私たちに嘘を吐いていた。でも、苦しんで傷ついて泣いている彼女を助けない理由にはならないよ私は思うけど?」
吉田さんが峰山くんに視線を向ける。
「俺も同じ意見だ。それに方法は間違っていたとしても紗代は、俺や美喜多さんを守ろうとしていたんだ。だから俺が救ってやらないといけない」
「その意気だよ!」
吉田さんが峰山くんの肩に手を置いた。
「私も全力でサポートをするつもりだ。だからきみたちにはもっと情報と証拠を集めて欲しい」
「分かってる。かき集めてきてやるよ!」
「頼りにしてるよ。じゃあ、私はここで失礼するよ」
手を振りながら去っていく吉田さんを見送ると、図書室内は再び静寂が訪れる。
「本当に、桐谷さんを助けるんですか?」
「うん。それによって後悔する結末になっても、何もしない方がもっと後悔することになるから」
なんの迷いも抱いてない真っすぐな視線。
午前中までの迷いに満ちていた時とは全くの別物だ。
「なんだ......男らしいとこあるじゃん」
「え?なんだって?」
「なんでもないです」
私の呟きは外の運動部の喧騒に紛れて彼には聞こえなかったようだ。




