第四話『美喜多 千沙の決断』
『実は私ね、紅貴くんと付き合ってるの』
「......えっ?」
彼女の言っていることを素直に信じることは出来なかった。信じろという方が無理がある。
『知らなくて当然だよ。私がお願いして内緒にしてもらってたの。周囲にバレると紅貴くんに迷惑かけちゃうから』
教室にいる彼女の周囲にはいつも男子生徒がいる。彼女のファンのようなものだろうか。
そんな彼女に恋人がいるだけでも彼らにとっては大問題だろうに、その相手が根暗な峰山くんだと知れば、嫉妬と怒りで彼に被害が及ぶ可能性がある。
「あなたの話を信じたわけではないですが、話を進めましょう。それで、そのことと木下先輩とはどういう関係があるのですか?」
『脅されて......るんだ......』
今にも泣きだしそうなが私の耳に届くと、私の中の疑いの心は消えてしっまった。
だって、嘘を吐くにもそれは大胆過ぎた。優等生と名高い彼が人を脅すなんてことするはずがない───そう、普通の生徒なら思うだろう。
しかし、私は知っている。彼はそういうことをする人だって。
「脅されてるとは?」
『彼氏と別れて、俺と付き合えって。でないと、お前の周りのやつらが酷い目に遭うことになるって』
そのセリフを吐いている木下先輩の表情が嫌に鮮明に思い浮かぶ。
「それで、あなたはどうするんですか?」
『......木下先輩の指示に従う』
「は?!なに言ってるんですか」
『......だって仕方ないじゃん』
「教師や、警察、御両親に相談すればいいじゃないですか!」
『......そんことしても注意だけで終わって後から何されるか分からない。現に誰にも相談をしていないあなたなら、分かるんじゃない?』
「なんでそのことを......まさか峰山くんが?!」
彼にあの話はしたことはないが、木下先輩の名前を出したことがあった。
あの時の私の様子から何かを察したかもしれない。
『違うよ。紅貴くんは人の秘密を言いふらしたりなんかしない。木下先輩から聞いたの。自信満々に言ってたわ、あの時は逃がしてやったが、もしお前が断れば千沙のやつを無理矢理にでも......って』
私は再び全身に悪寒が走った。
まだ、私のことを忘れたわけでも解放したわけでもないんだ。
あまつさえ、自分の欲望のために私を利用してきた。
「.....あなた、まさか私のために」
『勘違いしないで。あくまで私の守りたいのは紅貴くんだけ。あなたはおまけ』
「.....なんで、そこまで峰山くんにこだわるんですか?どちらかと言えばあなたは彼を嘲笑うような人間なのではないですか?」
『......最初はそのつもりだったんだ。紅貴くんを騙すために近づいた。でも話していくうちに気づいたんだ......彼は、私に好かれるために行動しているわけじゃないって』
「......」
『自分でいうのもなんだけど、私モテるんだよね。だから、周りの男子たちは私を取り合うように近づいてくる。自分のことを売り込んでくるの、私と付き合うために。でも、紅貴くんは違った。私に好かれようなんて雰囲気全然なくて、友達みたいに接してくるの。なんかそれが悔しくて......好きにさせてやりたかった』
「......そうして彼にアピールしていくうちにあなたが峰山くんのことを好きになったと」
『......そうね』
桐谷さんにとって特別扱いをされるというのは苦痛になっていたのかもしれない。
男子からは常に下心満載な目を向けられ、女子生徒からは嫉妬の眼差しを向け続けられたに違いない。
そう考えれば、桐谷さんにとって峰山くんが特別な存在になった理由は分からなくもない。
「話は理解しました。でも、私には峰山くんを守る力もなければ理由もない。何もできませんよ?」
『危険な目に遭わせる気はないから安心して。あなたには......峰山くんと話をして私に彼の様子を報告して欲しいの』
「......スパイのようなことをしろと?」
『えぇ。加えて......紅貴くんが私のことを嫌うように、興味がなくなるように仕向けて欲しいの』
「そんなこと嫌ですよ。他者を騙して恋愛感情を操作するなんて、絶体に嫌です」
そんな木下先輩のようなことしたくない。
それに、もし紅貴くんがすべてを知ったらその絶望は計り知れない。
それを、桐谷さんは分かっていない。
『お願い!彼を危険な目に遭わせたくない!......私はこれまでみんなに酷いことをしてきた。その報いだと思えばこんなこと耐えられる。......幸せになる権利がない人間が一時でも幸せを味わえたんだからそれで十分すぎるの。だから───』
「だからって、他人を道連れにしようとしないでください!」
『......えっ?』
「あなた今どれだけ残酷なことを私に頼んでいるか、どれだけ残酷なことを峰山くんにしようとしているのか分かっているんですか?!」
『わかってるよ!あなたには悪いと思っている!でも紅貴君は......どうせ紅貴くんは仕方なく私と付き合っているだけ。だから......』
彼女は言った......峰山くんは桐谷さんのことを好いてはいないと。
自分のアプローチで好意を抱かせて、計画的に付き合うことに成功しただけ。
だから、彼は心から桐谷さんのことを好きではない、私の行動によって冷静になれば彼は桐谷さんのことを嫌うだろう、と
.....ふざけないでほしい。
「なに全部わかったような感じで話してるんですか!彼がそんな適当な人間じゃないって、人の傷つくことをしないって知ってるでしょう?!」
『そんなことわかってる!でも、そう思わないと私の覚悟が───』
「そんなのあなたの都合でしょう!!」
互いの言いたいことを言い合って、疲れて、息が荒くなる。
「......あの、あなたはなぜ私に協力を仰いだんですか?」
『木下先輩のこともそうだけど......峰山くんと仲良さそうだったし』
「......はぁ、わかりました。協力はしましょう」
『......ほんと......に?』
「えぇ、ただし条件があります」
『条件?』
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「美喜多さんは今回の件、どれだけ関わってるの?」
峰山くんの普段とは違う真剣な眼差しに、私は誤魔化すことや隠すことを諦めた。
彼はきっともう気づいているのだろう。
誰かからあの人の名前を聞いてしまったに違いない。
───それなら。
「そのことについて話をする前に一つだけ私の質問に答えてください」
質問に質問で返すのは良くないのは分かっている。でも、私は確認しなければならないんだ。
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『条件?』
「彼の気持ち次第ってところですかね。もし、彼が首を縦に振ればあなたに協力します。もし首を横に振ったら、協力しません」
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「峰山くん......私と付き合っていただけませんか?」
「......えっ?!」




