スイートポテト
電灯もまばらに、ようやく暗くなった駅からの夜道を、浮き浮き足早になるのに由依は度々心づいて、ふとうつむくままヒールのつま先を何心なくみつめながら足を緩める。
と、気づけばしだいにすいすい軽くなる足取りにこんどはゆるやかに身を任せて、日中の暑気の名残ただよう、生ぬるい微風に首すじをなぜられながらすたすた歩くうちアパートに帰り着くと、建物の横壁にくっついた外階段を、のぼる前にその陰にある共用ポストを一瞥して、ぷいとすぐさま一段一段踏みしめつつ小さな踊り場を曲がり、最後はひとつ飛ばしに飛んで、すっくと降り立ち、つま先を軸にアパートの廊下へ向き直ると、
──あれ?
部屋のドアに背をもたせてしゃがんでいる妹の姿をすっかり想像していたのに、にわかに期待を裏切られて、由依はふっと気抜けした。そのまま肩を落として歩みながらすぐに、
「いけない、いけない。悪い癖」
自分で自分をたしなめるように首を横に振る。気がついて、握っていたスマートフォンのカバーをひらくと、『今からでるね』と通知がはいっているきりで、『着いた』との文字はない。
紗季は愛用のママチャリに乗ってくるはずだから、ここまでは二十分とかからないはずだけれど、でも途中で弁当屋さんに寄るはずだし、そこで十五分くらい待つのだろうか。今の時間はお昼時といっしょで混むのかもしれない、駅ビルの総菜屋さんだってひっきりなしだったし、と、ごく当たり前の事にふと心づきながら手先にもつビニール袋へ想いを馳せる。
ほんとうなら、妹のぶんもちょっぴり高価なお弁当を買ってあげてもいいのだけれど、やっぱり本人がためつすがめつ手に取ってきめないと、あとで不満に思っても困る。
駅ビルの一階に所狭しとならぶお弁当屋さんの、ときおり奮発して立ち寄る店先のひとつに、一段と幅広く積まれたステーキ弁当をのぞきこんでいた由依は、そう心づいてふっとあおむくと、ふわりとした茶色の衛生帽子をかぶる自分ときっと同い年くらいのお姉さん、二十四五くらいの女性の耳が帽子の角に押されて、ちょっぴり猿のようにこちらを向いているのに気がつき、
「それが一番人気なんです」
と、たぶんにっこりしながら教えてくれている彼女の瞳ではなく、ほんのり赤らんできている耳の縁に目を奪われ、少し自分の耳元にも窮屈さを覚えるような気さえしながら、
「そうなんですか。美味しそう」
と、ひとつめの言葉は耳へそのまま吹き込むようにして、ふたつめの言葉は自分ながら最前の可笑しさに心づくままうつむいてつぶやきながら、なおもじっと弁当箱とにらめっこするうち、なるべくそれと気取られぬよう、それでも決然と踵を巡らして店先を去り目はきょろきょろ足はぶらぶら歩むうち、ケーキ屋さんが三四軒隣り合う一郭のかたわらで、そっと足を止めた。狐色と飴色のコントラスト。
──スイートポテト。これ好き。
途端に、口のなかでお芋の甘みがぷくぷくひろがる。妹がぱっくり齧るさま。片手にもったそれを三口で平らげて、上唇についた甘みの名残もすかさずぺろり。
「すみません、あの、これと、それからこれ二つずつください」
由依は右手でピースサインをつくった。さて夕飯はどうしましょう。
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