ミリアの家出
男なんて、嫌いだ。
結婚なんか、絶対にしてやるもんか。
私ーーーミリアは、一人で生きていくって決心したの。
だって、結婚したいくないんだもん。
私は両親が営んでいる食堂で小さい時から、手伝いをしている。
だから、ウエイトレスにでもなろうかなって考えてる。
自分で言うのもなんだけど、私って、可愛くて美人なの。
というのも、両親が両方とも顔が整っている方だから。
お母さんは昔モデルをやっていたんですって!
お父さんと出会って、お互い一目惚れ。お父さんはコックさんで、食堂をやるっていう夢があったから、お母さんはお父さんの手伝いをするために、なんの未練もなく、あっさりモデルを辞めたらしい。
あ、もちろん!お父さんもかっこよくて自慢なんだ。
我が親ながら、素敵なラブストーリーだと思う。小説にでもしたら、売れるんじゃないかな?
とにかく。
そんな両親の子供である私が可愛くて美人なのは必然なのよね。
だから、小さい頃から、同い年の女の子から羨ましがれたりしてる。
褒められるのは嬉しい。でも、私は自分の容姿が嫌になる時があるの。
そりゃ、得なこともあると思う。ただね、この目立つ容姿のせいで、小さい頃は近所の男の子からよく悪戯されてたの。
髪を引っ張られたり、水かけられたり、虫を投げつけられたり。本当に、男の子ってひどいよね。
だから、もれなくお父さん以外の男は嫌いになった。
なのに、なんか最近はもう悪戯はしてこないものの、よくうちの食堂に来る。
しかも、やけに話し掛けてくるから、本当にうざったい。お客さんで来てる以上、話す必要があることに苛々する。
お父さんが作る料理はすごく美味しいのに、たまに飲み物だけの人もいるんだよ?なら、来るなって感じ。
そこらへんの水でも飲んでればいいのに。
で、好きだとか、付き合ってほしいとか、頭に虫でも沸いてるの?って思うことを言ってくる。
昔は私に嫌なことばっかりしてきたのに、何様? バカじゃないの? 誰があんたらと付き合うかっつーの。
でも、お母さんとお父さんは、皆お前のことが好きだから悪戯してたんだよ。許してあげなさい。とか、そんな事を言ってくる。
なんで、あいつらの味方するの?
私はあいつらのせいで、どれだけ嫌な目にあっていて、どれだけ嫌な気持ちになっていたことか。
十六までに結婚しなかったら、嫁ぎ遅れ。
だから、友達はもう皆嫁いでる。
「ミリアのせいで、周りの男どもが私達に振り向かない!」
そう言われることもあった。
でも、私だって、そうしたい訳じゃない。
あんたら全員と結婚どころか、付き合う気さえないって言ってるのに、諦めないんだもん。
どうにかしてほしい。
そんなこんなで、私は今日十六になった。
ついにお母さんもこれは良くないと思ったのか、私を誰かと結婚させようとしてるみたい。
昨日見ちゃったの、お見合いの雑誌を読んでるところを。
絶対にイヤ!
結婚なんか、絶対にしてやらないんだから!
だから、私はーーー
十六になった私は家出する。
一人で生きていくのよ。
お母さんとお父さんには悪いけど……、でも、結婚しなきゃいけないなら、私はこの家を出る。
机の上に『私は家を出ます。結婚しないで、一人で生きていくと決めたわ。ごめんなさい。さようなら。』というメモを残した。
そして、密かに貯めていたお金(決して多くはない)をカバンに押し込んで、私はずっと暮らしてきた村を出た。
**********
「はぁ………。」
列車に乗って、大きな街まで来た。
こんなに遠い所に来たのは初めて。
最初は、うきうきしてた。
仕事もすぐに見つかるって思ってた。
直接お店に交渉すれば、なにかしら仕事を見つけられるかなって考えていたけど、甘い考えだったみたい。
ウエイトレスとして生計を立てようと思って、色々なお店に手当たり次第に働かせて貰えるように頼んだけど、全部断られた。
田舎者だから? なんで?
私、見た目悪くないし、今まで食堂で手伝ってきた経験もあるし、わりと早く仕事も覚えられるし、採用してくれたら一生懸命働くのに。
ーーーこう考えちゃうところが、傲慢って思われてるのかな。
私は、ため息をついて、とぼとぼ歩いた。
もう、四泊もして、ご飯も食べて、お金がもうすぐで無くなる…。
完全に無くなる前に、なんとか仕事を見つけないと駄目なのに。
こうなっちゃうなら、初日に贅沢な食事をしなきゃ良かった。だって、こうなるって思わなかったんだもん……。
夕方になるにつれて、焦りはますます大きくなった。
安い宿があれば良かったんだけど、都会のせいか、全然見当たらない。
そうしてる内にも、だんだんと空が暗くなってきた。
「どうしよう……。」
ただでさえ自分の村から出たことないのに、知らない街で一人で行く宛もないことに涙が滲む。
怖いよ、帰る場所がないのがこんなに不安になるなんて。
もう、ホテルには泊まれない。
お金はまだちょっとだけあるけど、食費の方が優先だよね。
怖いけど、どこか人目につかない隠れそうな所を見つけて、仮眠しよう。
とぼとぼ土地勘が全く無いまま、直感で歩いていると、いつの間にか、怪しい通りに来てしまった。
肌の露出が激しい女の人や、怖い男の人がいる。
どうしよう。
夜だし、ちょっと怪しい、怖い所には近寄らない方がいい。
そう思って、引き返そうとした時に、急に騒音が聞こえた。
「おい、喧嘩だ!」
「やれ、やれ!」
「ちょっと、止めてよ!誰か止めて!」
「お前警察呼ぶなよ!」
激しく殴りあう二人の男性。
それに野次馬の人だかりができていく。
なんだか、熱気がすごい。
「ちょ、ちょっと…!」
喧嘩!?
こ、これじゃあ、引き返せないじゃない。
なんてタイミングよ………。
立ちすくんでしまった私は、人混みの流れに押され、そのはずみで階段から落ちてしまった。
「いたぁっ!……もう、最悪。」
足は挫いてないようだけど、私は立ち上がる気力が出なかった。
洋服は汚れちゃったし、行くところもないし。どうせ、しばらくは喧嘩のせいで、此処を離れられないし。
もう、最悪だ。
これから、どうすればいいんだろう。
………………。
しゃがみ込んだまま、ぼんやりしていると、後ろから扉を開ける音がした。
「なんだ、喧嘩か?」
男性の声と、開けられた扉の隙間からは匂いがした。
「っあ、あの!」
私は立ち上がり、男性へと声をかける。
**********
「へぇ~。それで、こんなところで別嬪さんが働いてんだぁ。」
お客さんの言葉に、私は頷いた。
此処は『テイルの飯屋』っていう食堂。
あの日、扉からーーービーフシチューの匂いがした。
食堂だと瞬時に気付いた私は、すぐさま雇って貰えるように店主のテイルさんへと頼み込んだ。
もうプライドも何もない。
一生懸命働きますから!と頼み込んだが、あっさり断られてしまった。
しかし、私はずっと扉の前で待ったのだ。
もうこうなったらヤケ。人間、追い詰められたら、プライドなんて関係ない。
どうせ、他の所に行ったところで断られるのは、私でも分かってた。
なら、此処に全てをかける!そう思ったの。
朝になっても、扉の前でじっと待っている私は幽霊のようだったらしく(実際、力尽きたらテイルさんを呪うと決めていた。)
テイルさんは渋々雇うことを決めたのだ。(そこにいたら客が来なくなるだろうが、と怒られた。)
こうして、私は働ける場所を得たのである。
あー、助かった!
「ミリアちゃん~。この街はなぁ、紹介状とかがねぇと雇ってくれねぇんだよ。毎日毎日、田舎からいろーんな奴が来て、仕事探し。人手は足りてるから店もうんざりでなぁ、普通の食堂でも紹介状なしじゃあ、難しいなぁ。」
『テイルの飯屋』の常連である(らしい)ヤードさんが、凄みのある口調で教えてくれた。
「そうなんですね。何回もすげなく断れたのも納得しました。」
「まぁ、例外として、ここらへんは治安良くねぇから、人手が足りてねぇ時もあるんだけどよ。」
ゲハゲハ笑いながら、ヤードさんはビールを煽った。
私がなかなか働くお店を見つけられなかったのは、紹介状が無かったためであったのだ。
だから、この私の外見をもってしても駄目だったのね。……あ、こういうこと言っちゃうから、性格悪いって言われちゃうのか。
そんななか、幸運にも私は『テイルの飯屋』にたどり着くことができた。
不幸中の幸いと言うべきか、この辺りって、やっぱり治安が良くないみたい。そのような場所だと、紹介状なしでも比較的採用してくれるらしい。
たまたまウエイトレスがいない時に、私が頼み込んだから、テイルさんは渋々ではあったが雇ってくれたのだ。良かった、いなくて!
「じゃ、また来るわ。」
ヤードさんが最後のビールをぐっと飲み、ふらふらしながら店を出て行った。
あれ?勘定は?と思い、声をかけようとしたが、テイルさんに腕を引っ張られる。
「ヤードさんはまた夜来るから、そん時だ。余計なことすんなボケ。」
その言い方には、さすがにカチンとする。
「そうですか。でも、私初めて接客したから、そこまで知らないんです。ちゃんと、教えてもらわな・い・と・ね!」
「ふん。」
「っ! …………。」
色々と文句を言いたくなったが、追い出されるのも困るので、とりあえず今はここまでにしておこう。
それにしてもなーにが、ふんっ、よ!
ヤードさんが座っていた席をテキパキ片付けながら、心のなかで呪文を唱える。そうね、恋人ができなくなる呪文にしてあげよう。
一生、彼女ができなくなるぞ。ふふふ。
「………言っとくけど、」
「何ですか?」
まだ何か言うことがあるの? 勘弁してよ。呪文の途中だし。
内心げっそりしながら振り返ると、テイルさんが顔をしかめていた。
「ここらへんは治安が良くない。さっきのヤードさんだって、ある意味怖い人だ。この店に来るやつは大体そんな感じだ。
今までのウエイトレスは、皆すぐに辞めてんだ。どうせ、お前もそのうち辞める。
だから、最初は断ったんだよ。」
「………。」
ここで数日働いてみて、私もそれは感じていた。
見るからに荒くれ者って感じの人や、一見普通そうでもなんか怖い人とか。たしかに、ここら辺は治安が良くないっていうのは納得できる。
でも、私はテイルさんの言葉に少し怒りを感じた。
だって、私のことを何も知らないくせに、近い内に店から逃げるって決めつけられたのだから。
こっちは、それはそれは大決心をして家を出てきたというのに。
「私、しばらくは辞めませんから!」
「あ?」
「私はもう家に帰らないって決めたんです!だから、せめて次の仕事先が見つかるまで、なにがなんでもここのお店から離れません!」
「…勝手にしろ。」
「えぇ、言われなくても、もう勝手にします。」
きっちりと席をキレイに片付けてから、次にコップやお皿を洗うことにした。
上等よ、こうなったら辞めてほしくないって言われるまで働いてやるんだから!
闘志が燃えたぎる。私、ちょっと負けず嫌いなのよね。
それに、私の外見に惹かれてなさそうだし。むしろ、全く興味ないって感じ?
……うん、現状として、此処にいた方が良さそう。
十六になった私は、いつまでかは分からないけど『テイルの飯屋』で働いている。
テイルさんが作る料理は、悔しいけど!ちょっと悔しいけど美味しいの。私が保証するよ!
初めての人は中々行きづらいかもしれないけど、もし良かったら、来てね!