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東方伝奇ー 平凡な元リーマンが異国のツンデレ暗殺者と紡ぐ絆の物語  作者: 神崎あきら
第1章 異国からの奇妙な客人
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エピソード5 話がちがう

 食器をセルフで返却し、店を出た。男が何も言わないので口に合ったのかどうなのかわからないが、とりあえず日本の名物は食べてもらうことができただろう。15分ほど歩いてマンションに到着した。指定されている5階の角部屋の前に到着し、預かっていた鍵を使ってドアを開けた。外観を見ると築年数はそう新しくはなさそうだが、中はリニューアルされてほぼ新築のようにきれいだった。


「長旅お疲れ様でした。ここが泊まってもらうお部屋です」

 部屋を見ると、寝室がひとつ、ちゃんとベッドメイクもしてあった。ゆったりしたソファーのあるリビング、キッチン、風呂とトイレは別。テレビ、冷蔵庫などの家電も準備してあった。伊織の住んでいる池袋の安アパートより断然広くて綺麗な部屋だ。水道やガスも使えることを確認した。棚の中には新しい調理器具が入っていた。このまま住める状態だ。


「では、鍵はここに」

 男はクローゼットにコートとスーツの上着をかけている。ベランダを開けて外に出た。思ったより細身だと思った。男の自分から見ても足が長く、スタイルが良い。アジア圏なので日本人と同じずんぐりむっくりな体系をイメージしていたが、鼻を明かされた気分だった。大陸の人間だから一回り大きいのかなと思うと合点がいった。外の景観をしばらく確認したあと、男はソファに腰を下ろした。


「あ、そうだ、忘れてたけど飲み物を」

 伊織は空港で買っておいた飲み物のことを思い出した。男があまりに不愛想だったので、出す機会を逃し続けていた。コーヒーとお茶、どっちがいいか聞こうと思ってやめた。二つともテーブルに置き、どうぞと勧めた。

「お前の荷物はどこだ?」

「え?」

 男の質問の意味が分からず、思わず聞き返した。

「自分の荷物って…財布とケータイですけど」

「着替えは」

「え、俺は自分のアパートがあるので」

「お前もここに泊まる。ここで世話をしてもらう」

「…はい?」

 有無を言わせぬ男の言葉に伊織は戸惑った。観光の手伝いとは聞いていたが、住み込みとは聞いていない。プータローとはいえ自分にも生活がある。男はじっと狼狽える伊織を見ている。山口―!!元同僚の名前を心の中で叫んだ。


「少々お待ちください!」

 伊織はベランダに駆け出し、震える手で山口に電話をかけた。聞いてない、聞いてないぞ。

「伊織か、どうした?」

 10コールほどして山口はやっと電話に出た。その声は喧噪に掻き消されそうだ。

「お前、パチンコ屋かよ!話が違うぞ、観光の手伝いだって聞いてたのに、俺住み込みまでできないぞ」

「ごめん、聞こえない」

「パチ屋を出ろ、バカ!」

「お客さんの希望通りにしてあげてくれよ、俺も先輩からの依頼でそれ以上詳細は知らないんだ」

「お前、今からでも代われ!」

「無理だって、今確変中だから、またな!経費はちゃんと払うから安心しろ、そこは保証する」

「お、おい…!!」

 スマホの画面を見るとすでに通話終了になっていた。日中の観光の補助、くらいの話だったのに住み込みで身の回りの世話まで聞いていない。拘束時間24時間なんて、絶対引き受けないバイトだった。


「問題か?」

 伊織がうなだれてリビングに戻ると、男が座ったまま話かけてきた。タバコに火を点けて紫煙をくゆらせている。日中のみの仕事なので、と断ろう、そう決めて伊織は説明を始めた。

「観光案内は日中のみで」

「夜はここに泊まれば良いだろう」

 男は静かな口調だが、どこか有無を言わせぬ響きがある。

「夜は帰ります」

「他人にあまり出入りをされたくない。家から必要な荷物をもってくるんだ」

 そういいながら、男はそれまで外したことのなかったサングラスを外した。目元に傷があるとか、隻眼とか、そんなことはなかった。まなじりが切れ上がった奥二重の目。奥には漆黒の闇のような瞳。その中に真冬の冷たい月を思わせる鋭い光を湛えている。鼻筋が通ったきれいな顔立ちだった、しかしその眼光の鋭さに冷酷な印象を覚えて、伊織は血の気がひいた。


「飲んだら家に帰れ」

 男は伊織がテーブルに置いたペットボトルのお茶を投げてよこした。伊織は我に返って反射でそれをキャッチした。男は缶コーヒーを選んだようだ。プルタブを開けて一口飲む。

「無糖か…」

 砂糖ありが好みだったらしい。しかしそのまま飲んでいる。そうだ、このまま帰ってもう来なければよい。この男は何かヤバい。多分、生きている世界が違う気がする。

「家はどこだ?」

 伊織の考えを見透かしたかのような質問。ここでウソを答えてもバレないだろう。

「い、池袋です」

 バカだ…正直に言ってしまった。伊織はここでバカ正直という言葉が命取りになることを実感した。男はタバコをもみ消した。

「山手線ならここから4駅、10分てとこか」

「…!」

 路線図と所要時間が頭に入っているというのか。伊織は絶句した。一体何者なんだ。

「俺も行く」

「え、いやそんな手間を取らせるわけには…」

 困る、アパートまで突き止められたら何をされるか。伊織は必死で抵抗した。しかし、日本人的後ろ向きな断り文句をどれだけ言っても聞き入れてもらえそうになかった。男は立ちあがり、コートを羽織って身支度を整えている。

「東京観光がしたいと言っている」

 俺のアパートは観光名所じゃない…そう思っても伊織は言い返すことができなかった。

「俺の名は曹瑛、好きに呼べ。行くぞ」

 伊織は涙目ではい、とだけ言って男について部屋を出た。

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