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エピソード12 眠らない街へ

 肉じゃが、ほうれん草のおひたし、カツオのタタキブロックをスライスしてたっぷりのさらしタマネギを添えた。それにお味噌汁。今日は白ご飯だ。

「いただきます」

 曹瑛と向かい合っての食事。これまで何か作っても自分が食べる分くらいだったが、人に食べてもらうとなると作りがいがあるものだと伊織は思った。

「これ、お刺身なんですけど、外側が炙ってあるから食べやすいです、多分」

 曹瑛は伊織を一瞥し、カツオに手を伸ばした。一切れ食べて、それから続けて箸を伸ばしている。口に合ったようだ。

「肉じゃがは制作過程が途中までカレーと同じなんですよ、カレー作ろうと思ったらルーが無くて急遽肉じゃがに変更したことがあって、そのときにレシピを覚えました」

 曹瑛がもくもくと食べる中、一方的に伊織が話している。

「瑛さん、聞いていいですか?」

「なんだ?」

「おいしい・・・?」

「ああ」

 短い返事だったが、嬉しかった。伊織は心の中でガッツポーズをしていた。料理は得意というよりは必要に迫られてのことだった。1人暮らしを始めた頃に一時期料理を頑張っていたのが役に立った。あのときの勘は失われていなかった。


「駅の東側の店に行く」

 食後の片付けを終えて曹瑛が身支度を始めた。夜の街に繰り出そうということか。

「どこに行きます?」

「歌舞伎町周辺」

 伊織は固まった。歌舞伎町、何度か接待でクラブに入ったことがあるが、あの雰囲気は田舎者の自分には到底慣れそうになかった。それに入る店を間違えたら噂に聞くぼったくりバーなんてことも平気であるらしい。曹瑛は一体どんな店に行こうというのか。


「どんな感じの店がいいですか?」

 おそるおそる伊織は尋ねた。高級クラブだのガールズバーだの、それこそいかがわしいサービスの風俗店と言われたら出てくるまで外で待つことにしようと思った。

「この店だ」

 曹瑛のタブレットをのぞき込むと、GOLD-HEARTと書いてあるホームページが表示されていた。黒を基調にした洒落た雰囲気のページで、ずらりと並ぶ酒瓶の写真からお酒を楽しむ店というイメージか。

「場所は調べた」

「どの辺ですか?」

「新宿二丁目」

「・・・!! 瑛さん、それって・・・」

「行くぞ」


 夜の新宿。ネオンの煌めきが夜空を燃やすように照らしている。駅前の居酒屋やレストランは大勢の若者やカップルたちで賑わっている。伊織は雑踏の中を苦も無く進む曹瑛の背を懸命に追う。長身なのにフットワークが良すぎるのだ。夜の新宿も立派な日本観光と言えばそうなのだが、場慣れしていない伊織には繁華街は苦手な場所だった。ついて行っても何もすることがない。最高に気が進まないが曹瑛がついて来いというのだから断る訳にはいかない。


「ここか」

 蔦を絡めたロゴでGOLD-HEARTと雑居ビルの前に看板が出ている。狭い入り口を抜けて入った店内は、薄暗いブルーのライトで演出された落ち着いた雰囲気のショットバーだった。伊織は物珍しくて店内を見回している。少人数のグループやカップルがグラスを傾けながら会話を楽しんでいる。カップルは男女もいれば男性同士の方が多いようだった。おおっぴらにゲイバーという訳では無いが、性的マイノリティに差別は無い店ということだ。雰囲気に押されてぼーっと突っ立っていた伊織の手を引いて曹瑛はカウンターへ向かう。


「何にしましょう」

「飲みやすいカクテルを、こっちにも」

 曹瑛は場慣れしている様子だった。マスターが酒の説明をしながらカクテルグラスを二つ差し出す。カッコいい名前だが聞き慣れないのでよく分からなかった。そもそも伊織は下戸だった。横を見れば曹瑛がグラスを傾けている。えらくサマになるもんだ。


「タカヤって子は今日来てるのか?」

 曹瑛がマスターに尋ねる。マスターは店内を見回して店の一番端のテーブルで飲んでいる男2人組を指さした。え、誰!?知り合い?伊織は曹瑛の顔を見上げた。曹瑛はグラスを持って2人組のそばへ向かった。伊織の腕をしっかりとつかんで。

「タカヤはどっちだ?」

 曹瑛は2人を見比べる。「タカヤ」を探しに来たようだ。

「どっちだと思う?」

 突然のぶしつけとも言える質問に、男の一人が前に出て、形の良い眉をつり上げて舐めるような目で曹瑛を値踏みしている。曹瑛は冷ややかな目で男を見下ろしている。その目に宿るただならぬ気配に気がついたのか、連れの小柄な男の背を押した。

「行きなよ」

 促されてその場から去ろうとした男の腕を曹瑛が掴んだ。


「は、放せよっ」

 曹瑛の怪力とも言える握力は伊織がよく知っていた。小柄な男は小さく悲鳴を上げるが、店内のムーディーなBGMにそれはかき消されてしまった。

「瑛さん、なにやってんの!」

「お前がタカヤか?」

 掴んだ腕を軽くひねっているだけに見えるが、それが大いに極まっているようで、小柄の男はその場にへたり込みそうになる。しかし曹瑛はそれを許さない。

「痛い、お、折れる・・・」

「俺だ、俺がタカヤだ」

 横にいた男が見かねて名乗り出た。曹瑛は手を放した。小柄な男は腕を押さえながら人混みをかき分けて店の外に出て行った。

「せっかくナンパした子だったのに、あんた責任取ってよ」

 タカヤだという男が挑発的な目で曹瑛を見上げる。曹瑛はニヤリと笑った。伊織はその笑顔に背筋が凍った。筋肉だけを使って笑っているというのか、全く感情がこもっていない。タカヤもその凄みに押されたのか、軽口を叩くのをやめた。


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