台風が来る前に
引っ越し先は茨城県に決まったそうだった。
あれから口コミで、トイレと水が病院に有るという事が町内に広まったのも有って、ほとんどの人が病院に集まってくれたおかげで、必要な連絡が上手く全員に伝わったのだ。
急いで引っ越しの準備をしなければならない為、話し合うという事は出来なかったが、そこに居る人達で挙手形式の多数決を取って、引っ越し先を決めたのだそうだ。
決まるとすぐに、天使の一人が扉を使って報告に向かったと言う。
住人達が一時的に住む家を、天使の建設班が造っているそうで。先回りして印の場所に設置しなければならない為だ。
家が設置されてしまえば、後はダンジョンを利用し引っ越すだけた。
亜美奈はダンジョンを作り歩き、他のみんなはアンジェが持って来てくれた袋を配り。徐々に強まって行く風雨を気にしながら、持って行く荷物の準備が出来た者から、順番にダンジョンに向かった。
「さっき配ってた袋って、あの箱みたいに中身ごと小さくなる袋だよね?」
家ごとこの世界に来ている全員に、一枚ずつ巾着袋を配っていた。
鑑定してみたところ、クチヒモを緩めると大きくなる袋で、布団や着替えをまとめて持ち出せる大きさのようだ。
「そうです。しかもあれは、私達が回収する必要の有る物は、入れられないという便利な機能付きなのです。と言っても、布団や洋服に付いてる留め具は目こぼしするです」
「へえ、そんなに厳密では無いんだね」
「キツキツにすると、来たばかりの人は生活出来ないです」
言われてみれば亜美奈達の私物回収の時も、厳しいのは本やPC、スマホ等の機械等で、生活に関する物は、無理に持って行こうとはしなかった。
「でもあの袋、引っ越しに便利だよね。悪用の心配も有るけど」
物を小さくして持ち歩けるという事は、盗品を目立たぬように持って行く事が出来ると言うことだ。
「使用期限は三日なのです。だから、すぐに使え無くなるです」
「たったの三日なんだ」
「それで十分なのです。と、聖王様が言ってたです」
すでに家が用意されているなら、長々使う必要は無いだろう。けれど、一度知った便利な道具は、中々手放せないものだ。
この場合、強制的に使えなくなるのだし、使える期日も元々短いことから、問題は少ないだろうが。
「それよりも、扉が届く頃なのです」
「もう? なら病院に戻らないとまずいね」
病院と共に引っ越せるのは、医療関係者と医療関係の手を持つ者。そして入院患者と、病院から離れると良くないと思われる通院患者だ。
もめ事が起きる前に病院を移動させ、空いた場所に簡易宿泊施設代わりのトレーラーハウスを出したり、炊きだしをする事になっている。
何しろ病院に居たのは、この周辺の人だけでは無い。ほぼ着の身着のままで来てしまっている人も多く、そういった人達の取り敢えずの生活用品を用意しなければならないのだ。
とは言っても、この地に家を持つ人達の前で渡すと、揉め事が起きかねないため、台風により家を失う人達には、『入居の優先順位が有る』からと称して先に行って貰い、他の人達には一晩残って貰う事にしたのだった。
紙飛行機に乗って病院近くまで戻ると、すでに扉は設置済だった。
見た事の無いサイズの扉を前に、皆興味津々で指差し隣り合った同士で話し合う顔が、妙に輝いて見える。
「えーと、桃子は?」
「四角い家の中に居るみたいです」
すでに電力は使えなくなっている。予備電源は有るはずだが、もしもの事を考えればやたらと使え無い。
となれば、桃子の持つ検査能力は外せない。レベルアップのチャンスでも有る。桃子はきっと、張り切っている事だろう。
「私も頑張らないとね。さて……」
引っ越しをする為には、両方が見える場所に立つ必要が有る。
更に言えば、引っ越し先の環境を把握する事が何より大切だ。適当に置いて、そこに有った何かを踏み潰したら、目も当てられない。
今回は当然、扉の向こう。病院島に行って、そこから魔法を掛けるべきだが。
「遠いね……」
このまま紙飛行機で、飛んでいったら駄目かな?
扉の向こうに、もう一つの扉が見えるが、それがかなり遠くに有るのだ。
「大丈夫です。余計な人が飛び込んでしまわないよう、そう見えてるだけで、他の扉と一緒です」
「なんだ、そうなんだ」
「はいです」
それなら安心だと、亜美奈は病院まであと少しという所で地面に降りた。そこからは扉まで、ゆっくり歩いて行く。
扉の側では天使達が、人が近づかないように場を抑えていた。
興味が有るのは病院島の人達も同様で、扉を出てみれば、邪魔にならないよう気をつけてはいるが、医師も患者も広場の隅に並んで待っていた。
「ようっ、亜美奈。ここが仮置き場だから、ドーンとやってくれ」
「仮ってことは、また動かすの?」
待っていた久我の、景気の良いセリフに違和感を感じて聞いてみると、意外な返事が返って来た。
「あれは壊して、あっちに新設した棟を使うんだ」
「せっかくの建物なのに?」
三つ葉だって、校舎をそのまま使っている。病院だってこのまま使えば、患者を移動させるよりも楽ながらはず。
見た所結構な距離が有るし、病状によっては危険では無いだろうか?
「天使達が言うには、あの建物の中に『科学的な物』が、ギッシリ詰まってるんだとさ。管やらコードやら? 電源が無いと使えないような奴が」
なるほど、建物自体が回収対象になっているという訳だ。
「言われてみれば、病院のベッドって、ナースコールとかコンセントとか、色々付いてるよね」
テレビドラマで見ただけで、入院の経験は無いのだが。酸素マスクもベッドの枕元から、引っ張っていたような気がする。
「ほとんどは魔法で再現出来てるから、残っていてもジャマなだけなんだよな」
「そうなんだぁ」
まあ、病院のことは医者に任せる事にして。亜美奈は、扉の向こうに目をやった。
考えてみれば、バッグ以外の引っ越しの経験は無い。一度ぐらい試しておけば良かった。
今更言っても仕方ないし、人を乗せたままでの引っ越し魔法は亜美奈以外は使えない。頑張る以外に無いのだ。
「大嵐が来る前に終わらせて、扉を閉めるです」
「判った。じゃあ、やるよ~っ!」
向こうの準備もしなければならない。
場合によっては、非難用のダンジョンを作る事にもなるだろうし。配布用アイテムの準備も、任せっきりは気が引ける。
もっともその前に、この巨大な建物の引っ越しをしなければならない。
「マジエス、成功しますように……」
つづき




