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ものは慣れというもので、不躾な視線が飛び交う休み時間、私はは猫の姿で難を逃れている。
どうやら猫になりたいと思えば猫になれるし、人間になりたいと思えば人間に戻れるらしい。
「にゃー…」
日差しの降り注ぐベンチの上で日向ぼっこを楽しむ。
本当はゴロゴロしたいのだが、そこは淑女であるからにして姿勢正しく香箱座りをしてウトウトと瞼を閉じた。
このまま猫になってもいいかなーと思いながらも、それを邪魔する二人が存在していた。
「チッチッチッ…」
猫じゃらしを持った王子が遊んで欲しそうにこちらを見ている。
私はそれを一瞥してまた目を閉じた。
そんな私の背中を撫でる手は手強く、いつの間か私の人間としての理性を揺るがす。
ゴロゴロ…気づけば喉を鳴らし、横たわる体がクネクネと動いてしまう。
「にゃー…」
乙女なのに…
「どうですか?お嫁に来る気になりましたか?」
「にゃぁ…」
お固そうに見えた従者がこんなにも猫…もとい女性を転がすのが上手だったなんて…
目をうっすらと開けると、なんとも悔しそうにそれを見つめる王子と目が合い、ふと我に返ってスッと立ち上がり、ベンチから飛び降りる。
振り返ると二人はなんとも言えないにやけた顔をしていた。
「にゃーん…」
尻尾を振って、そんな二人を振り切り様に逃げる。
もう!私に構わないでよ!
ストーカーのように追いかけ回してくる二人に私はそんなことを思っていた。
最近、王子と男爵令嬢の身分差の恋の噂はなりを潜め、代わりに学園内にすごく綺麗な猫が住み着いているとそんな噂が流れるようになった。
そんなことを気にするでもなく、私は猫の姿になって学園内を闊歩するのだが、それもあまりできなくなってきた。
皆が皆、私に触りたがるのだ。
特にあの男爵令嬢が私に触れようとしてきたのは身の毛がよだった。
可愛らしく、いい子なのは分かるが、あの甘ったるい感じがあまり受け付けない。
すぐに逃げて事なきを得たのだが、もう、猫で居るよりは人間でいた方が楽なのかもしれない。
でも、自由気ままに散歩して日向ぼっこして、通じないからと言いたいこといって、そんな暮らしが好きになっていた。
もしかしたら猫の姿を理解してくれる従者の元へお嫁に行った方がいいのかな?
一人でベンチの下を探っている王子の元に駆け寄り、ぷにっと肉球で王子の腕に触れる。
するとなんとも蕩けそうな顔で私、もとい、猫に微笑みかけた。
でも、そんな顔、あの女の子にだけ向けていればいいと思うの。
すっかり思考まで猫化した私は王子になんの躊躇いもなく悪態をついた。
「にゃお、にゃあ、みゃお、まお。(婚約破棄したいの。)」
一生懸命に話をするが、王子はにやけたままただウンウンと頷いている。
「にゃぁお!(このポンコツ!)」
話をするならば人に戻らなければならないが、なんかこの人の前ではなりたくない。
前の噂のこともあるが、きっと人間になれば残念な顔をするに決まってるし、何よりも私が言いたいことが言えなくなってしまう。
相性が徹底的に悪いのだ。
私はそんな王子に見切りをつけて、プイッとそっぽを向いて歩きはじめた。
振り返ると寂しそうな王子と目があったが、それがどうしたと言うのだろうか。
小走りでその場を離れ、私はその日からしばらくは休み時間も人間として過ごすようになった。