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一睡もしないまま翌日も学園へと登校する。
今まで積み上げてきたいい子の仮面、そして王子の婚約者であるという仮面が嘘をついして学園を休むことを思い立たせることができなかったのだ。
普段から婚約者とも、その従者とも目を合わせることすらしない、だから…と気休めに思うが、学園の門をくぐった体は校舎の中へと向かうことはなく、裏庭の奥の林の中へとふらふらと向かっていった。
はじめてサボったわ…
授業をサボった罪悪感はなく、ただよくわからない深い溜め息をついた。
もう、私、頭がおかしくなったんだわ…
ずっと耐えてきた、けれど耐えきれなくなって折れてしまった。
もし、生まれ変わるなら猫になりたいわ…
微かに残った夢の残骸に優しく撫でられた感触が残っている。
あの指先に感じられた好意と配慮が折れた私の中を余計に寂しく感じさせた。
ああ…もう限界なの。もう…
目尻から流れた涙に気を取られることなく、私はそのまま林の中のベンチに倒れた。
無遠慮に背中を撫でる指に気づき、不快感から尻尾を揺らす。
ん?尻尾?
目を開けてぴょんと立ち上がって、今の状況を把握する。
「にゃぁー!」
自分に触れていた人物が避けていた王子だと分かると、尻尾をぽあっと膨らませた。
「起こしてしまってすまない。…君は…僕の婚約者か?」
王子の問いに後ずさりしてまた逃げようとするが、またあっさりと王子の従者に抱きかかえられた。
「…意地悪されて怖かったですね。」
落ち着かせる様に撫でてくる従者に無理やり逃げる気は無くなったけれど、この状況は良くないと思うの。
だって、私は淑女だから!
「みゃお、みゃみゃ、みゃー」
従者の胸に前足を置いて訴えかける。
「うんうん、もう大丈夫ですから。あぁ可愛い…」
従者は猫の姿の私の姿をぎゅっと抱きしめた。
「にゃお!(違うー!)」
それを見ていた王子が従者に睨みを効かせる。
「人の婚約者に何をしてる!」
「申し訳ありません。私が間違っていました。不適切な距離感でしたね。特に婚約者を持つ方に対して。」
嫌味のつもりか従者は言葉の一つ一つを区切りながら、気持ちのこもっていない謝罪を従者は笑顔のままで発した。
王子は気まずそうに顔を背けたが、私は自分の気持ちに寄り添ってくれる人がいることに安堵して伸ばしていた前脚を折りたたんだ。
「安心してください、私は貴女の味方ですから。」
彼の撫でる指は王子の時とは違って何故か落ち着く。
人間のプライドを吹き飛ばして甘えたくなる私はそれくらい寂しくて優しくしてもらいたかったのだと思うと悲しくなった。
「 ナー…」
「もう、ウチの子になりますか?」
猫として言われていることは分かったが、とても魅力的な誘いに聞こえる。
このまま猫として暮らせば毎日撫でられ、愛でられ、幸せに暮らせるのかもしれない。
脇に手を入れて同じ目線になる様に抱き抱えられる。
ふと従者と目が合うが、嫌な感じはなく、ゆっくりと瞬きする従者に合わせて私もゆっくりと瞬きをした。
「ありがとう、今日から僕のお嫁さんですね?」
「にゃっ!?」
にゃんだってー!?
驚いて暴れる間も無く、従者の鼻と自分の鼻をペタリとくっつけられる。
ポンと音が鳴ってまたタイミング悪く人間の姿へと変わる。
「キャァァアア!!」
脱兎の如く、いや、脱猫の如く走り去っていく令嬢を王子と従者はぽかんとした見つめていた。
「可愛いなぁ…」
「ああ。」
と二人が呟いていることを猫令嬢は知らない。
・尻尾左右に揺らす→少し嫌
・ゆっくり瞬きをする→愛してるのサイン