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「にゃーん(最悪)」
目の前に現れた件の男爵令嬢に気がつく。
それで思わず、脚を止めてしまうのは猫の性である。
「ねっこちゃーん!かっわいい!!」
うるさーい!
怯んでしまった脚を動かせずにいると、男爵令嬢はつまずいたところを取り巻きのイケメンに支えられていた。
どうやら彼女は顔のいい男の胸に飛び込んでしまう性を持っているらしい。
「…全く貴女という人は…気をつけてください。」
「へへへ…」
男と男爵令嬢の距離感の近い会話を無駄に聞かされ、思わず顔をしかめてしまう。
因みにこの男爵令嬢と他人のイチャつきの道具にされたのは2回目である。
関係ないしどうでもいいけれど、ムカつくものはムカつく。
爪でその制服をバリバリしてやりたいけれど、そんな暇があったら逃げるべきだとそろりと脚を動かす。
「あ、ねこちゃん!」
見つかった!
脱兎のごとく跳ねながら走るが、相手もかなり脚が速いし体力もかなりあるみたいだ。
田舎者の令嬢の足腰の強さ、恐るべし。
猫であっても万年運動不足の令嬢とは訳が違う
「にゃー!!!」
藪を通り抜け、知ってる人間の胸の中に飛び込む。
ポン
あまりの恐怖に人間の姿に戻ったことも忘れ、その人間に縋り付く。
「し、失礼しました。」
後ろで男爵令嬢と一緒に居た男の声が聞こえる。
男爵令嬢はモゴモゴと言っているようだが、男から宥められて引きづられていったみたいだ。
私も人のこと言ってられないわね。
顔を上げて王子の顔を見つめる。
「…申し訳…ございません…」
伺うように見上げた王子の顔は明らかに真っ赤である。
怒ってでもいるのだろうか。
それはそうだ。
前回罵倒した挙句逃げ出したにも関わらず、無粋にも王子の膝に人間の姿から腰掛けるなど図々しいにも程がある。
でも私が安心して飛び込める場所が王子の胸のなかだったのだ。
その事実にチクリと胸が痛む。
王子だって膝に腰掛けてもらうなら私なんかよりもあの可愛らしい男爵令嬢の方がいいのかも知れない。
更に、王子が好意を寄せている男爵令嬢に誤解されるような場面を見せたとしたら、ものすごく怒っているのかもしれない。
だって、だって、ずっとダンマリだもの。
でも私はあの男爵令嬢のように色んな人に飛び込んだりしないのに。
絶対にしないのにっ!
「…失礼しました。」
淑女の礼をとって、一言も話さない王子を置いていく。
心の中の猫を宥めると、虚しさだけが残った。