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週末を待ちながら慣れない雑務に勤しむ。
受け回り先が少ないのと、仕入れる品物がほぼ決まっているおかげでなんとか回せたが細かな慣れない作業ばかりで予想外に大変だった……と思う。
それでも銀行員(以前の仕事)と違って相手をだます様なまねをしなくて済む点は精神的に楽だ。
これ以上手が増えるようなら一人雇って事務方と実務方を分けるしか……いや、月15万で雇っても保険等含めると30を超える。
一人雇うと利益をほぼ吸われるのを考えると―――現状維持の一手だな。
どうにもならなかった時、その時はその時で考えよう。
ともかく、初めての仕事ながらなんとか大きなトラブルもなく週末を迎えられた。
配送業者の都合で土日は必然的に休みとなる。
この機を生かしてもう一度異世界へと出かけてみようと計画を練っていたのだ。
そして土曜の朝9時半。
持ち物を確認、改めて不可思議な扉をくぐり抜けた。
≪所持品≫
登山用リュック
・100円ライター×5
・200円の着火マン×5
・350mlビール×6
・100均はさみ×5
・格安ノート10冊セット
・5本セット100均ボールペン×3
・100均ステンレスナイフフォークセット×3
・塩1kg
・砂糖1kg
・塩コショウ1kg
・粒胡椒500g
・パスタ300g
・小麦粉(薄力粉)1kg
前半は身近に使える生活用品、後半は卸し商品の倉庫よりこちらの食材として詰め込んだ。
確証はないが扉の向こうが『異世界』もしくは『数百年前の地球(ヨーロッパ周辺)』との前提で用意してある。
どちらであっても便利な生活用品と規格化された上質な食料品が力を発揮すると考えた。
未知の世界に不安がないと言えば嘘になる。
二回とも身の危険を感じたのだ。
しかし、大学にいた頃会社を興したOBの講演で、成功をつかむものは考える前に先ず行動してみることと言われたことがある。
類をみないチャンスかもしれないのだ。
手をこまねいて見ているより例に倣って動いてみようと思ったのだ。
少なくとも話のできる相手がいれば手土産片手に会話や交渉もできるだろうし、盗賊まがいの相手に出くわしたとしても荷物を放り出してその間に逃げられるかもしれない。
願わくば安全な場所を。
出来る事なら、話のわかる人がいる近くに現れますように。
そう思いながら三度目となる扉の先へ踏み込んだ。
今度は誰もいない部屋に出る。
どうやら今回は何処かの家のクローゼットと繋がったようだ。
扉が閉まらないように近くにあったつっかえ棒で固定する。
太陽の光を感じ、窓を開ける。
日はまだ昇る途中の様で日本時間とあまり差がないように思えた。
廊下に出ると階段を見つけ、そっと下に降りる。
一階もがらんどうとしており衣類や生活用品も見当たらない。
どうやらこの家に人は住んでいないようだ。
ただ、残されたテーブルなんかにほとんどほこりが積もってない点から定期的に掃除はされている様子。
掛けられていた鍵を開け外に出てみる。
石造りの町並みと日本より少しひんやりした空気が体を包み込んだ。
扉の外の方には見たことのない文字で書かれた張り紙がしてあった。
法則性もわからない文字だが、何故だかそれが『貸し物件 一戸建て 広さ240m2 料金応相談 オードロー・デキシーまで』と書かれていると理解した。
「どうしたんだい、少年。この物件が気になるのかい?」
唐突に声をかけられる。
振り返ると恰幅の良い女性が近くにいた。
「あたしがそのデキシーさ。昨年亡くなった母の住んでた家なんだけどね。毎週風通ししてるから状態はなかなかだよ」
はっはっはと笑う。
なるほど、どこか借家でも探しているように見えたのか。
しかし、20歳はとうに過ぎてるってのに少年って……。
まぁいいか。
「なるほど。俺……自分は真崎 隼人と言います。今朝方この街に来たばかりでふらふらっと歩いていたらこの家が目にとまってちょっと眺めていたんです」
「あっはっは、いい家だろぅ?それより身分証はあるのかい?来たばかりで持ってないってんなら先にギルドに顔を出すべきだね。この街じゃあ、事件に巻き込まれた時に身分証がなけりゃなかなか応対してもらえないからねぇ。市場に行く途中だしギルドまでつれて行ってあげるよ」
シルイットがこの街の名前か。
ギルドってことは組合?中世ヨーロッパもギルドの集合だったっけ?まぁ、帰ってシルイットって街が過去に実在したか確認してみれば分かるか。
無いんだったら異世界の方でほぼ当たりかな。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
礼を言って案内してもらう。
3度目は親切な人との出会いで本当に助かった。
デキシーさんから歩きながらシルイット(こ)の街やその周辺について教えてもらう。
自分の事は遠い東の方から商売事を探しながら大きな街を目指しやってきたことにしておいた。
出身国の名前はジパングにしておいた。
さて、この国はベルナード王国と言うらしい。
内陸の方にパテントという王都があり、反対側には海。
そしてそこは貿易都市アクエラがある。
その中間地点に集積都市としてシルイットがあるのだそうだ。
シルイットとアクエラは国税を徴収するほか別途一定額を国庫に寄付しているらしい。
その代わりとして両都市は国王から自治を任されているとのこと。
日本でいえば戦国時代の堺に近いのかもしれない。
隊商の護衛や北にある黒麒の森のモンスターに対抗する勢力として冒険者ギルドも力を持っている。
魔物の素材や武具の加工で工業ギルドも優れている。
反面、土地が手狭で魔物も多いので食料品は輸入頼みが多い点が首脳陣の頭を悩ませているのだとか。
安くていい食料品が持ってこられるならひと山儲けられるかもしれないよ、と教えてくれた。
大まかな国情を聞いたところで目的地に到着する。
「はい、お疲れさん。ここがさっき話したギルドになるよ。右側の赤い屋根が冒険者ギルド、左側の青の屋根が商業ギルドだね。技術持ちで工業ギルドを探していたなら門の近くになるけどどうするかい?」
工業ギルド(そっち)をと言ったら工業ギルドまで案内してくれそうな感じがする。
まぁ、内情を説明するには目の前の方が最適だろう。
「いえ、こっちのギルドで大丈夫です。わざわざありがとうございます」
礼を言う。
「はいよ、どういたしまして。シルイット(ここ)に住むなら声をかけてくれよ。こう見えても知り合いは多いからねぇ」
と、いい笑顔を向けてくれるデキシーさん。
助けてもらったお礼にと手持ちのものからなにか欲しいものがあればと取り出そうとするがいいよいいよと断られる。
「どうしてもっていうんならシルイットで成功して、美味い飯でも奢ってくれればいいよ。あっはっは」
笑いながら元来た道を戻っていく。
わざわざ連れてきてくれたんだろう、本当に感謝だ。
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「いらっしゃいませー」
青い屋根の建物に入ると、カウンターに立っていたまだ中高生位の女の子が声をかけてくれる。
「シルイット商業ギルドへようこそ。お見かけしない方ですが……新規の方でよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。私、真崎 隼人と申します。この国に訪れたばかりでギルドについてあまり詳しくないもので……。できれば登録前に少し話を聞かせてもらえればと思いまして」
デキシーさんの魔物という単語で恐らく違う世界だとは予想できた。
そして迷わず選んだのは商業ギルド。
メラもファイア(ゲームでおなじみの呪文)も唱えられない、筋力は人並で扱える刃物といえば刃渡り20cmの文化包丁。
その程度の腕前でどうやって未知なる生物に立ち向かえというのだろうか。
受付の少女に違う国から来た新参者なのでギルドについて詳しく知りたいと伝える。
「ハヤト様ですね。はい、大丈夫ですよ。では当ギルドの立ち位置と役割から―――」
ギルドというものはその集合体を表すものらしい。
日本でいえば組合みたいなものだ。
ただ、戦国時代の座みたいな集団ではなく、税の徴収や商店の把握などJAや公務員に似た業務が基本内容の様だ。
加えて斡旋や募集といった仲介業者のような雑務をまとめてしてもらえる半面、万が一の保険や投資、苦情処理といった取引間の問題解決は取り扱っていないらしい。
前職で取り扱っていた案件のせいか特に気になり保険について聞いてみたところ
「保証金で万一の債権を肩代わりできる制度は面白いと思いますが、運営するに当たり保険料の一部が運営費として差し引かれますので受ける側からすると支払うだけで損をすると考えられる方も少なくないかと。
現状、当ギルドではトラブルに備えて冒険者を護衛として斡旋しておりますが、この護衛を雇うという行為がハヤトさんのいう保険を1回限り行っている状態ではないでしょうか。保険料としては割高になると思いますが、粗利を計算してそれから必要な報酬……この場合、保険料を差し引きどれだけ利益を出せるのか事前に計算できるのでよっぽどのことがない限り赤字にはならないと思います。また、この保険はどれだけ保険料をかけるかによって安全度も変わりますし、なにより貨幣が回るので広い目で見れば一回きりの護衛の方が、国全体が潤うのではないでしょうか」
と論破された。
この受付の子、かなり頭の回転が速い。
おまけに
「それに、その保険って制度は社会全体が一定以上の水準で裕福であることが前提ではありませんか?シルイット自体は裕福かもしれませんが中にはその日の食糧にも事欠く難民や貧民街の住人もいます。街を離れれば魔物や盗賊も。彼らがその日に困って事を起こす可能性や悪人が彼らを使って保険金をせしめる算段を……なんてことも考えられるので難しいのではないでしょうか」
とまで言われた。
確かに、日本でも保険は最後の砦のように扱われている。
その保険を解約したり保険金でどうにかしたりと考える人たちはほぼ首が回らない状態に陥っているし、登録に必要な戸籍情報の他、賃金や治安もしっかりしているから外部からのたくらみで会社が大損害を出すなんてことはほぼありえない。
そこまでは考え付かなかったなぁと思う反面、日本ほど安全な世界ではないという事を教えられた気がする。
なにより、何気ない一言で違う国(世界)の文化水準を予想されるのは正直空恐ろしい。
大まかにギルドの役割について理解したところでこちらからの質問に答えてくれるとのこと。
まず、この街で商売をするにあたって注意することはあるか聞いてみた。
魔王を相手に命を賭ける気は更々ないが、街を見て回る程度の小遣いは欲しい。
「そうですね、販売自体はギルドにさえ登録していただければ問題ありません。ただ、何を販売するかは事前に当ギルドに教えていただき受理されなければなりません。まぁ、ほとんどの物は届け出を出せばすぐに受理されますね。ただ、一部薬品や武具・魔物の素材など危険を伴う商品や特殊な調味料や妖精の涙のような希少品の取り扱いは審議に時間がかかる場合や認可が下りない場合があります」
この街での税金の種類と内訳は?
「税金は国税・市税・ギルド税の三種類に分かれます。国税としては関所を積み荷が通るための税金ですね。これは、あちらの冊子に仔細が書かれておりますので必要でしたら後で確認ください。他に売上の1割が国税として徴収されます。稀にですが税の免除の代わりに取り扱う商品の一部を税金の代わりに求められる事もありますが………過去の例を見る限り、商業ギルドへ登録している腕のいい職人への適用がほとんどなのでそういう可能性があるとだけ留めて頂ければ大丈夫かと思われます。
次に市税ですが主に土地や利水・資源の利用に掛けられています。自由市場なら使用回数にかかわらず月に銀貨5枚。店舗でしたら年間地価の2%、店舗が借家の場合は家賃の2割……これは家賃取得者からの支払いになります。水やその他資源に関しての利用は利用料に含まれているので考えなくても大丈夫です。ただ、水利等を規定量以上に多く場合は割増し料金になるので使いすぎると使用料が思いがけない金額になることがありますのでお気を付けください。
最後にギルド税ですがシルイットは税とは別に国庫に基金を納める代わりに自治を認められています、主にその基金を支払うために税として徴収を行っています。また、私のような職員の給金もギルド税から支払われています。新規登録ですと旧金貨3枚、それとは別に年間ギルド登録料で銀貨30枚、取引商品1つごとに銀貨5枚、1店舗運営ごとに旧金貨3枚、自由市場のみ店舗運営費はゼロとなっております。余談ですが、当ギルドではギルド税を元手に1商会としても商売を行っております。その利益もギルド税に加味されております」
今更だけど………この国の通貨って何を使ってるの?
今までの笑顔が一気に崩れた。
済まない。
ホントこの世界に来たばかりで知らないんだ……。
「………えっと、基本4種類の硬貨で取引がされています。銅貨・銀貨・旧金貨・新金貨です。旧金貨は銀貨と同じくらいの大きさで新金貨は手元にありませんが旧金貨よりふた回り程大きな金貨になります。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨50枚で旧金貨1枚、旧金貨12枚で新金貨1枚です」
10・100の倍数じゃないんだ……。
という事はこの国の通貨基盤は金本位制かな?ちょっと面倒だなぁ。
まぁ、ハリー○ッターの世界ほど中途半端な枚数じゃないだけましか。
「後、私も見たことがないのですが教会でしか造られない聖鋳金貨というものがあります。新金貨50枚で聖鋳金貨1枚です。大口の取引でしか使われないので一応記憶の片隅に入れておくだけで大丈夫です。万が一、聖鋳金貨で取引が発生し釣銭が用足せない場合はギルドを頼ってください。過去に事例はありませんが3日以内に両替金を用意する施策があります」
銅貨1枚の価値を知るためにいくつか食料品の物価を質問する。
パンや季節の野菜が1束で銅貨10~30枚程、主食の小麦が1kg位で銅貨30~40枚、森で仕留めた山鳥や兎が銀貨2枚~。
食料品を基準に考えるなら銅貨1枚が10円前後と見てよさそうだ。
少し高めなのは生産量と流通の差か。
いや、そう考えると逆に安いのかな?
地味にごちゃごちゃするので一度ノートにまとめてみる。
銅貨3000000枚(10円)
=銀貨30000枚(千円)
=旧金貨600枚(5万円)
=新金貨50枚(60万円)
=聖鋳金貨1枚(3千万円)
*()は1枚の価値
聖鋳金貨は3千万円玉か。
「ほかに質問はありませんか?」
受付の女の子が訊いてくる。
うん、これならなんとでもなりそうだ。
今日、門をくぐる―――シルイット―――へ来る際、一つ考えていたことがある。
自由に行き来できるなら違う世界で思うようにしたらいいじゃない?って事だ。
幸いにも真幸商会の伝手である程度の食材や資材は手に入れられるのだ。
扉も閉めずに開けたままにしておけば事務所と繋がったままなのも把握済み。
今日持ってきた品々も万が一に備えてでもあったが飲食物のほかは《日常生活によくつかわれるもの》のみを持ってきているが、需要があっても100均やディスカウントショップでも簡単に手に入る。
それじゃ、ゆるーく売れるモン売っ払ってこの国で遊ぶ金を手に入れられるならそれに越したことはないじゃない?
最低限知りたいことが簡単に教えてもらえたし、足りない知識や常識はまた教えてもらえば何とかなるだろう。
なんだかデキシーさんに会ってからツいてる気がするなぁ。
「最後にひとつお願いしたいんだけど、大丈夫かな?」
「はい。こちらが対応できることであれば承ります。その際は当ギルドへの登録が必要になりますのでご了承ください」
「この街で商売をって考えているんだけどご覧の通り来たばっかりでお金も何もないんだよね」
「出資金の貸し出しは当ギルドではよっぽどの案件以外行っていないので新規の方には無理ですよ」
「うん。だから、このギルドで俺……じゃなかった。自分の持ち込んだモノを買い取ってもらうことはできないかな?」
「はい、それは大丈夫です。卸値に近い額になりますので店舗で売られる通常売価よりは安値での買い上げになると思いますが、商品・品質きちんと精査させていただきます」
うっし、税金の話でここも商売をしてるって話してたから売れるかもってふんでたんだよね。
「ありがとう。では早速見てもらいたいんだけど……」
登山リュックから持ってきたものを全部取りだす。
あたりまえといえばあたりまえだけど全部見たことのないモパッケージ品に女の子は首をかしげる。
道具の方は使い方を説明して実演する。
簡単に火の着く道具、まっ白でさらりとした紙、滲まずに細い文字の書けるペン、力を入れずに切れる道具。
女の子は口を開けたままそれらの道具を指さして固まっていた。
「で、……どうかな?」
はっとして我にかえる。
そして……
「すみません、私じゃ判断しきれないのでマスターを呼んできます。しばらくお待ちくださいっ!」
と叫んで慌ててバックヤードに走って行った。