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「本当にいいのか?」


もう何度目か、親父が判を押したように訊いてくる。


「大丈夫だって。もう決めたことなんだから」


実家の裏口から倉庫に出る。

慣れ親しんだ両親の仕事場だが、以前と違う点はほぼ空になった在庫とトラック。


卸業は廃業するのですべて処分してしまう予定だったのだが、お得意様からどうしてもと頼まれて既存の形を一部維持している。


お得意様の必要とする分の在庫のかたまりと配送用トラック2台。

今回の縮小で倉庫・車庫ともに7割程が空きスペースになってしまっている。


両親はこれから市街地の方へ。

契約期間もまだ9カ月残っているので先月まで俺が住んでいたアパートに引っ越す。

療養と心機一転、しばらくは預貯金を切り崩し回復に努めプラスできる範囲での仕事を探すのだとか。


妹の彩綾さやは仕事の都合、ひとまず同居。

休みの時なんかは手伝ってもらうかもしれないが、基本的に家事は一部を除き自分が担当する。

かわりに食費・光熱費+家賃として4万もらうことになっている。


そして俺は親父や先々代の店を残したいとわがままを言う形でこの真幸商会の後を継いだのだ。

銀行はすっぱり辞めた。

昇給をちらつかせて残ってほしいと頼まれたが断った。

今までの功績分として勤務1年ちょいにもかかわらず勤続3年と同じ退職金がもらえたのは唯一働いててよかったと感じた点だと思う。


余談だが、山下さんの話によれば最後の月の俺の結果は部長が全部かすめ取ったのだとか。

彼女は物凄く怒っていたようだが金輪際関わり合うつもりは無いので俺には関係の無い話だ。


おっと、両親を乗せた普通車が動き出す。

何往復か配送トラックで家具や雑貨の運搬は済ませており、今回が最後の移動となる。



見送った後、真幸商会の残された業務を一通り確認する。

(手続き上はすでに俺の会社となっているが)これからは俺がこの会社の代表となるのだ。


とはいっても付き合いの残る顧客は17件。

在庫の種類と月換算の必要量や仕入れ額、利益等数字を処理しておく。もともとの帳簿もあり、半日ほどですべての処理が終了した。


どうやら一人で全業務をこなして人件費0でいけば仕入れや支払いを済ませても30万前後の利益を上げられるようだ。

借金・利子の支払いがないのがでかい、税金分を考えればほとんどの作業を一人でこなせられれば何とかやっていけそうである。

先々代と堅実な経営を続けていた両親に感謝だな。


そう思いながら電話応対を有線から携帯に一本化して合間に家事と事務処理・帳簿と大まかな作業スケジュールを組み込む。

ここだけは厳しいかもなぁ………繁忙期は配送だけでもバイトを入れよう。


夕方までまだ少し時間があるし事務所にあったロッカーを移動させる。

従業員のいなくなった事務所にロッカー2段重ねが4つあっても意味がないのでスペースを空けて作業台を増やすつもりだ。


とりあえずスペースのある倉庫の方へ移動させ……


「なんだ、これ?」


ロッカーをどけたら扉が出てきた。

反対側は壁だよな……。


外に回ってみるが扉の形跡はない。

隠し扉か何かか?


手の込んだ作りの扉。

その奥に何か隠されているのだろうか。

ちょっとワクワクしてきた。


運ぶのを後回しにして扉を封鎖していたロッカーをどける。

一人での作業はてこずったが、事務所を散らかしながらなんとか扉を開くスペースを作れた。

やっぱり、一人はサポートが欲しいかもしれない。


両開きの扉、かんぬきが取り付けられてはいるが鍵はなし。


「……よし」


ニヤニヤしながらかんぬきを開けて扉を開く。

そこは…………




「きゃああああああああああああ」


「エッチーー。女の敵ぃぃぃぃぃぃぃ」


「いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「おうぅぅぅぅぅるるぁぁぁぁぁぁぁぁ。殺す殺す殺す殺す殺す……」




備え付けの花瓶やら椅子やらが飛んでくる。


慌てて扉を閉め、かんぬきをする。


「―――はっはっはっはっはっは……」


扉を背もたれにして短く息をつく。

背中に扉をたたく反応はない。

どうやら扉を蹴破って事務所までなだれ込む様子はないみたいだ。


肌色とピンクと白と黒と。

……扉はなぜか桃源郷につながってました。


動悸がおさまり落ち着いてから部屋を片付ける。

飛んできたもので事務所はしっちゃかめっちゃかだ。


この汚れが先程の扉が白昼夢ではないことを物語っている。


「うわっ」


ナイフまで飛んできてる。

当らなくてよかった。

ん?


ずんぐりとしたつくりのナイフが気にかかる。


100均なんかでは見かけないわざわざ金属を叩いて伸ばしたような造り。

似たようなふくらみで以前の顧客が最近のお気に入りだと見せられたことがある。

そのお値段、ナイフ1本に8万円。


気になったので片付けもそこそこに済ませ、市街地にある古物商まで足を運ぶことに決めた。…

……せっかくなので、一緒に投げつけられた椅子や花瓶も持って行ってみようか。




「いらっしゃい………おや、真崎さんお久しぶりです」


「柳井さん、ご無沙汰してます」


着いた先は交流のあった古物商を営んでいる柳井さん。

顧客かねもちを紹介したり競売の見積もりを出してもらったりと銀行員の頃はお世話になっていた。


今思えば、銀行員じぶんの仕事というか土地転がしや税務課がやってそうな仕事だとおもう。

馬鹿課長の命令だったからなぁ。


世間話もそこそこに(長くなりそうというか十分に長いので)、目的のものを取り出し聞いてみる。


「ところで、こんなものを見つけたのですが価値があるものなんでしょうか?」


例のナイフだ。


できればどこで作られたものなのか知りたいと付け加える。


目を細める柳井。

畳の間の座布団に待たされ鑑定を始める。

さすがは仕事人プロ、仕事となると温和な顔が一気に鋭くなる。


2・3分程経っただろうか。


「真崎さん、これはどこで手に入れられたものです?」


「実は、家で………」


少し考える。

実は家で見つけた謎の扉を開いたら桃源郷に繋がってて裸のおねぇさん方からこのナイフを投げつけられました~。

なんて信じられないだろう。

下手すれば黄色い救急車が飛んでくるかもしれない。


「……それより、柳井さん程の方が出どころを聞いてくるなんて、そんなに珍しいものなんですか、ナイフ(それ)」


露骨だが、話をそらす。

金持ちの持っていた品に似ているなとは思ったが、まさか出所を聞かれると思わなかった。


「いえ、それが……よくわからないんですよ」


なんですと?


「銘も製作者の名前もありませんし形も日本やアジア方面のつくりとは違うみたいなんですよねぇ」


「………中世ヨーロッパだとどうでしょうか?」


ふと思い浮かんだ言葉を告げる。


テレビや漫画でもあるタイムスリップ。

肌色や投げつけられるモノに気を取られていたしおおよその言葉は通じていたものの、備え付けの木造りの椅子やテーブル・ランプというのかランタンというのかぼんやりとした灯の明かり。

イメージが中世ヨーロッパだったのだ。


「あぁ、確かに造りは似ているかもしれませんねぇ。……でも、鋼に近い鈍色をしてて造りが叩いて伸して焼き入れしてるんですよねぇ」


予想はハズレかなぁ。

あ、そうだ。


「柳井さん、一緒にこんなのも出てきたんですが見てもらえませんか」


脚の折れた椅子に割れた花瓶、ボタンに木製のコップなど。

片付けの際に扉の向こうから投げられたものをできるだけ回収してきていたのだ。


――――結果――――


「……わかりません」


と諦めた柳井さん。

タイムスリップ説は間違いだったようだ。


「すべてハンドメイドみたいですし、この木のコップも恐らくかなりの古木なのでそれなりの価値はあると思いますが………製造元や時代が分かるものは何一つありませんでした」


ふぅっと息をつく。


まぁ、ただの日用品だったらそんなものか。


「実は、実家を整理していたら出て来たのもので……」


ありきたりな理由(結局そこに落ち着いた)で手に入ったことを伝え調べてもらえたのでそのまま買い取ってもらうことにした。

見ず知らずのナイフが2万、(割れた花瓶とか)ごみにしかならないものも混じっているので他のものは処分してくれと全部譲った。


2万でも十分臨時収入だ。

彩綾が休みのときに焼き肉でも奢ってやろう。


それはさておき、あの扉の先を知るためもう一度行こうと心に決めた。


………今度は女の子たちがいないであろう時間を見計らって。









―――午後8時半―――


帰宅後、洗濯・風呂焚き・夕食の準備と当面することをすませる。


夕食は鶏と野菜の麻婆炒め。


レンジで温野菜を作り、鶏は塩と薄口醤油を少し加えたお湯で茹でる。

温かいうちにフライパンに移し丸美○の麻婆の素を加えとろみをつける。


鶏を湯がいた残り湯はあくを取り、固形コンソメを一つ溶かして鶏がらを少しずつ加え味を調える。

事前に戻しておいた乾燥ワカメとベンリ○ースライサーでニンジンをツマ状に少し削りまとめて投入、沸騰したところでとき卵を回すように流してふんわりさせる。

小葱を散らして中華風スープの完成だ。


彩綾の帰宅に合わせ夕食を済ませる。


夕飯の片づけを任せ事務所へ。

トートバッグに懐中電灯、壊れてもいいように旧い方のデジタルカメラ。

万が一に備え納屋で見つけた草刈り鎌と鍋のふたを装備。


扉をあけ、いざ未知の世界を踏みしめる。


「………あれ?」


今度は桃色一色の部屋とは全然違うところに出た。


期待していたわけではないのだが………いや、少しだけ期待していたかも。


それはともかく、今回出てきた場所はRPGのラスボスもしくは最初に出てきそうな場所。


石畳の広い廊下、中央に赤い絨毯がずっと続く。


とりあえず一枚カシャッ。


右も左も同じつくりの部屋がある。

帰る扉が分からなくなると困るのでやってきた扉の前にトートバッグを置いておく。

幸い長い廊下にはかがり火がたかれており、明かりに困ることはないようだ。


人気がないのを確認し隣の部屋を開けてみる。


暗いので懐中電灯をオン。


ベッドに燭台椅子にテーブルなど。

来客用の一室か何かだろうか。


「夢の国でも来てるのか……」


ぼそっと呟く。

石造りの建物なので音が響くかと思ったがそうでもないらしい。


次の部屋に入る。


「おぉぉぉぉ」


感嘆が漏れる。

物置のようだが、鋤や鍬、高切り枝ばさみもどきといった土いじりの道具が置かれているものの横に、鎧かぶと・槍・剣・ランスと美術品で見られるような武具の類が無造作に置かれている。


数回それらを写す。


「次だ、次」


楽しくなってきた。



……


…………


………………



いくつか部屋を転々とし写真に収める。


と、少し豪華な扉が現れる。

今思えば明りが中から漏れてるのが見えていたはずなのに、テンションが上がってしまっていたのかとんでもない行動に出たものだと今更ながらしみじみ思う。


そう、侵入者じぶんの立場を忘れ、普通に戸をあけて入っていったのだ。



「……………」


「……………」


「……………」



ひときわ明るい部屋の中、いたのは王冠を頭に乗せたひげのおっさん。

それに、豪華な服を着たひげのないおっさん。

そして、自分と同年代くらいの金髪の若者。


自分を含め一様に固まる。


その中で一番初めに動いたのは………自分の手だった。


カシャッっと……音はならないがシャッターのボタンに反応してフラッシュが炊かれる。


「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ」


おっさん二人が転げる。


「……貴様、何をした」


若者が腰の物を引く。

物置で一度見たもの―――剣だ。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


やばっ。

若者に一歩遅れて自分が反応する。

びくっと硬直してしまったが距離があったおかげで切られる前に動き出すことができた。


一目散に来た方向に逃げる。

数秒してバタンと後方で音がする。


「衛兵、衛兵っ!」


開けなかった反対側の扉からバタバタっと音がする。


「曲者だっ、父上が侵入者の魔法にやられた。逃がすな、追えっ」


物騒な声が聞こえてくる。

ちらっと振り返ると鎧をまとった何人かが早速走ってきている。


が、ガチャガチャうるさい鎧と初動の差でトートバッグの置いてある扉まで辿りつく。


震える手で戸を開きなんとか入る。

よかった、事務所だ。


手が震えてなかなか閂をかけられなかったがもたもたしている間に鎧の兵士たちが部屋に突入してくるなんてことはなかった。




シャワーで嫌な汗とからみつくような倦怠感を流し、パソコンを起動。撮影した画像を確認する。


中世古城のような石畳・廊下、武器の類、油を灯したランプetc…


ノスタルジックながらイメージの世界でしか見たことのない風景がモニターに映し出される。

その世界がイラストやCGではなく『写真』での画像なのだ。


ひとつだけフラッシュを忘れていて真っ暗な部屋が映っているはずの画像には白くてふわふわした明りがたくさん映っていたがこれは逃げ帰る際にどこかぶつけたのだろうか。

幽霊ではないはずだ。

恐らく、多分。


二回の探検……というか一回目はいいもの見ただけで終わったので今回か。


今回の探検でもしかしたらと一つの新しい仮説を立てる。


この扉、四次元の移転先ではなく五次元の移転先に繋がっているのではないだろうか。


言い換えるならタイムスリップではなく転生・召喚の類。



実在は確認されてこそいないが、小説や漫画・ゲームでいうならば先程の様な世界を総称してこう呼ばれている。


―――――異世界―――――と。



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