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「おい、この仕事。何気にきっついんだが」
「ガンバッ☆」
文句を言う天災さんこと東條傑に軽い声援をあげて馬車馬のように働かせる。
別に意趣返しというわけでもないし、折角ロハで使える労働力がいるうちに仕事を詰め込んだわけでもない。
ホントだよ。
まぁ、先日の配達周りのうちに飲料水や油・缶詰等重いものを優先に多めに入れてもいいか確認&明後日配達できないと言ってその分も余分に配送するよう手配済みなのは東條に言っていない。
おかげで明日、ゆっくりできるよ。
ありがとう。
東條に配達周りをさせている間事務処理を済ませ、時間が余ったのでほぼ動かない商品を先に棚卸しておく。
配達要員が一人いるだけでこんなに楽になるとは。
基本配送を午前にしてその間だけバイトを雇うのもありかもしれない。
「おぉぉぉぉぉぉぉい。終わった………ぞぉ」
ヘロヘロになった東條に冷やしておいた缶コーヒーを投げる。
30円×4時間→缶コーヒー1本
4時間分の労働を、東條は一息で飲み干した。
「思ったよりまじめに働いているんだな。父さん、驚いたぞ」
「誰が父さんだ。さっさと帰って汗流してこい。タイムリミットは日が沈む前だからな」
「あぁ、暫く待っててくれ」
因みに、今朝方他人を連れていけるのか実験済みだ。
東條一人でくぐらせるとほんの数秒で帰ってくる(本人はただただまっすぐに暗い道を歩いているらしいが)のだが、自分が引っ張るもしくは紐等で先導すると無事クローゼットの先へたどり着くのだ。
その後、
「ロ・マ・ン・だ・!」
とか言って外に走って行こうとするのを引きとめ戻すのに手間取ったが……。
一通り、自分の通った街並みを案内する。
青空市とたまたま同時に行われていた技術市。
商業ギルド、冒険者ギルド、工業ギルド。
よくよく考えたら行動範囲はこれだけだった。
まぁ、その中の青空市と技術市に興味を持ってもらえたので時間いっぱいまで冷やかして回る事になるだろう。
「おい」
自作の木工製品を眺めていると不意に傑から声をかけられる。
「この世界の金はあるか?」
「まぁ、多少は………ね」
初日で旧金貨7枚ちょっとの稼ぎが出たのだが、この額がこの国この世界でどれだけの資産になるのかわからない。
家賃としては金貨2枚の1万ジルで街の一等地に近い場所に一軒家、しかし目の前のナイフ一本に銀貨12枚(1,200ジル)、先ほどの青空市では大根1本が大体銅貨25枚前後(250ジル)で売られていたのだ。
「お前の店で3ヶ月働いてやる。俺の給料はこっちの金で構わん。金をよこせ」
その場で交渉―――というか、一方的に押し切られました。
業務は午前中の配送・雑用のみの4時間程、21日勤務。(多少の残業代込みということで)時給150ジルの3ヶ月分として
150×4×21×3=37,800
………売上金全部取られました。
手元に残ったのは902ジル、銀貨9枚と銅貨2枚のみ。
まぁ、現状わけわからずの通貨で3ヶ月ただ働きならありがたいけどね。
ミスティからの手足の給料は時給換算だと50ジル位。
やっぱり日本で一番の固定費は人件費だって実感するね。
いや、まてよ。
人件費が3分の1なら3割増しで人を大量に集めて単純に内職させるだけでも相当な利益を出せるんじゃ……。
現在の大手企業の仕組みと似たような事を考えていた先ほどまで近くにいたはずのアイツがいない。
サァッっと血の気が失せ冷や汗が伝う。
と、背中にポンっと手を置かれる。
後ろにいたかと安堵して振り向くと
「おや、ハヤトじゃないか。どうしたんだい、こんなところで?」
両手に大量の食材を抱えたデキシーさん。
「なぁにぼーっと突っ立ってるんだい?暇ならもう少し買って帰りたいからさ野菜たち(こいつら)をちょっと持っててもらえないかい?」
ちょっとまずいんじゃと考えていると両手に大量の野菜たちを渡される。
そのまま正面のおじさんの市に突入し
「この青菜4束でいくらだい?60?馬鹿言っちゃあいけないね、さっきの所じゃ今朝方取れた新鮮でここより大きいのが42で売ってくれるって言われたよ。この店じゃあ貴族様に卸す特別な野菜を扱っているのかい?」
デキシーさんの大きな声とおじさんの悲鳴が聞こえてきた。
あー、多分逃げられないんだろうなぁ。
………あいつ、どうしよう。
―――――キィーッ、パタン
夕日が沈みきる直前。開けておいた戸を誰かが閉める音がした。
この世界の明りとして一般的なものは魔法の明り、魔石を利用した魔道具、ランタン等火を利用した明りの3つに大別される。
そのどれも持っていないのでスマホの明りで入ってきた人物を確認する。
「ただいまだ」
「……おかえり」
約束の時間ぴったりに東條が帰ってくる。
背中には布に包まれたなにかが山となっている。
しっかりと2つの鍵をかける。
―――カチャリ―――
と閉まる音とともに日は完全に沈み、手持ちのスマホの明りのみが唯一の頼りとなる。
「―――暗い、な」
「あぁ。言いたいことは山ほどあるが、とりあえず帰るぞ」
「問題ない」
二階に上がり、二人手を繋いでクローゼットに入った。
一旦それぞれ帰り雑事を済ませる。
夕飯時、彩綾には東條が後で遊びに来ると伝えておく。
「えっ、お小遣いの方がこられるのですか?」
「別件だ。お茶菓子持ってきても何もないから大人しくしておけよ」
「―――はーい」
全く、誰に似たのやら。
「遅くなった」
東條を部屋に入れる。
自分の分だけ麦茶を持ってきて本題に進ませる。
「ふっ、お見通しだ」
と、何故かグラスに入ったアイコーを荷物から取り出す。
いや、意味がわからん。
「まずはこちらから済ませてもらうぞ」
こっちが話すことは口約束で交わしたバイトの件だ。
任せられる範囲も決めていないので勤務は来週、6月最後の週から9月末まで。8月の盆休みと平日にある祝日もバイトは休みとして63日分。
日本円ではないので帳簿にはつけられない。
適当に理由をつけて配送の手伝いをしている事にしといてくれ。
「問題ない。まぁ、手伝いの対価は商品の融通ということにしておこう」
顎に手を当て優雅に頷く。
商品を動かすことなく融通とは?と疑問に思わなくもないが天災さん(こいつ)なら上手い具合に煙に巻くのだろう。
逃走――――――もとい迷子の件はこちらからは言わない。
扉をくぐりぬけるには自分の力が要る以上、こいつなら下手を打つことは無いだろう。
「さて、俺からの件だが―――」
一息にアイスコーヒーを飲み干す。
カランと残った氷が音を立てる。
というか、氷の入った状態でどうやって持ってきたのやら
「中々にロマンあふれる世界だった。それだけだ」
「それだけかよっ。お前、忘れてる事とかあるだろ。主に謝罪的な意味で!」
「あぁ、俺の力じゃ街の外に出ることはできなかった。申し訳ない」
「そこじゃねーよ」
ってか、街から抜け出そうとしてたのか。
地球と違って魔物がいるらしいから下手すれば死ぬぞ?
「調べた限りあちらの世界ではスキルや魔法が使えるようだ。俺も簡単な魔法なら使えたからな。RPG同様、武具を揃え身分証を携えて堂々と正門から出ていくまでだ」
「…………そっか」
突っ込みどころが多すぎる。
いろいろ突っ込む言葉がいくつも浮かんだが、結局のところ出た言葉がそっかの一言だけだった。
えっと、そのうち本当にあっちで行方不明になったりしないよな?
「ひのきのぼうの装備から出かけるのも面倒だ。当面の装備を揃えるためにどうにかして金稼ぎをさせてもらうぞ。『あっちの金で円を稼ぐことはできても円であっちの金を稼ぐのは面倒そうだがな』。あぁ、ついでにお前の手伝いもしてやろう。報酬は準備が整い次第向こうの世界で俺が旅に出るのを見て見ぬふりすること。貴様には迷惑がかからない様裏工作してやるから安心しろ」
というわけで天災さんが味方に加わる事となった。
………どうしよう、かなり不安なんだけど。