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月曜日、本業である真幸商会の荷運びを行う。
注文を受けた商品を店まで運ぶのだ。この作業が一日の中で最も時間を喰う作業となっている。
以前は運ぶのに専用の人を雇っていたが、規模を小さくした今、全てを自分一人でこなさないと店を維持し自分自身の給料を捻出する余裕は無い。
逆をいえば自分の給料を考えなければ1人までなら雇える計算になるのだが。
異世界からの商品で利益を出せるようになれば一人二人雇ってあちらに出かける時間を増やせるのになぁと思いながら台車に荷物を載せる。
看板は『河合酒店』。
地元で一番大きな酒屋で昔からうちをひいきにしてくれている。
酒は別口で仕入れられているのでこちらが卸すことは滅多にないが、つまみやコップ等の消耗品、ソーダ水等、酒以外の品を定期的に確認し納品させてもらっている。
そのため真幸商会は食品以外の管理もしなくちゃいけないんだけどね。
「――――――。うん、間違いねぇわ。目減りしている分のリストが……これか。こっちの右側の数字が明後日に納入予定する数量なんだな?」
「はい、そうです。せっかくなのでこちら、納入の定数リストを作成しておきました。(こちらが)確認してこの数を下回っているのを見つけたらこの数プラス1ケース納入しておけば通常時は品切れを起こす心配がないかなと思いまして」
「おぉ、ちょっと待ってな。――――――。うん、ソーダ水だけはそこまで減らないから後1ケース減らしていいな。他はこの数で大丈夫だ。抜けてる物もねーみてーだな」
うっし。
「では、次回よりこの表を基に確認して目減りしている分を搬入させていただきます。確認はこの表があれば1人でできますので河合さんのお時間を頂かなくても済むようになりますね。ただ、緊急で多めに必要な場合や定数を増やしたり減らしたりする場合は、このリストにない商品の納品を希望される場合は早めにご連絡くださいね」
「あぁ、わかった。三代目はすげぇな。どんどん余分な手間を差っぴいちまう」
「あははっ、ありがとうございます。なるだけ決まった作業でシンプルにした方がミスも手間も少なくて済みますからね。これからもごひいきによろしくお願いいたします」
「ったく、大吾のおっさん(*うちの親父)がうらやましいぜ。うちのドラ息子なんかさっさと街に出ちまって、稀に帰ってきても店番の一つしやしねぇ」
短時間だが雑談に花を咲かせる。
話題は河合さんの息子さん。
無駄な時間に見えるが横のつながりを太くするためにも必要なことだ。
たまに商店の情報も手に入るし納品の話につながることもある。
「っと、時間は大丈夫か?」
「失礼します。えっと―――そろそろいい時間ですね。次のお店もありますし名残惜しいですがお暇させていただきますね」
「いや、ホント助かるぜ。ありがとうよ。そういや、ドラ息子の話だが西高中退してからどっかの有名大学に行った奴がいたらしいじゃねーか」
1人、思い当たる人物が浮かぶ。
「いますね。………私の級友の事だと思います」
「そうか。まぁ、そいつが戻ってきたらしいが昔の知り合いに手当たり次第声をかけているらしいぜ。ドラ息子も近況報告させられて『平凡』の一言で切り捨てられたって言ってたぞ。もしかしたら性質の悪い勧誘かもしれないとか騒いでたからな。三代目も気をつけときなよ」
「わざわざありがとうございます」
もう一度別れの言葉を告げて店を出る。
そうか、天災さんが帰ってきたか。
天災さん
そう呼ばれ出したのはいつからだったか覚えていない。
普通科の西高には自分の様な割と真面目な奴が多かったのだが、天災さんこと東條 傑はそのあたりと一線を画していた。
校則で規定された授業外だからと朝夕の自習や補講は全部欠席、バイトに充てる。
模試もとある社のもの以外一切受けない。
皆が心を休める休日には、稼いだバイト代を片手にファミレスへ向かい早朝から夜中まで勉学に励む。
曇りや雨の日は機嫌が悪いとか言ってしょっちゅうさぼっていたので最終的には退学となった。
ここまでの奇行はまだいい。
夏休み明け、校長室前に大量の腐ったヒトデが見つかったと全校生徒が呼び出しを受けた。
後日判明した犯人は天災さん。夏休みの思い出とのことで海まで行きヒトデをかき集め校長室のドアをデコレーションしていたとか。
文化祭の夜、役員やその手伝い達が後夜祭と称して回収できない廃材を燃やし明りとし、持ち寄ったジュースや菓子で小さな打ち上げをするのが通例となっていた。
その年も同様にしていたのだが途中、廃材からロケット花火や花火の火の玉がポンポン飛び出てきたらしく大騒ぎに。
最後は炎の中から3尺玉並みの花火が破裂しパトカーを呼ぶ事件が起きた。
飲み物に酒も混じっていたらしく酔った勢いで花火セットを放りこんだのではという結末に落ち着いた。
不祥事で関係者は推薦取り消しプラス停学処置。
しかし自分は彼が夏、夜の校舎で隠れて花火づくりをしていた事を知っている。
市販の花火を分解し火薬を調達、動画やネットの知識でひと夏かけて完成させたらしい。
結局打ち上げる火薬も筒もないと完成報告の際に倉庫に捨てたと言っていたが、原因はそいつで間違いないと思う。
*市販の花火分解も法律で罰せられます。決して真似しないでね。
まぁ、合宿・修学旅行・音楽祭・遠足etc…例を上げたらきりがないがそいつが帰ってきているらしい。
触らぬ神に―――――いや、触らぬ天災に祟りなし。
見かけたら速攻で逃げとこう。
これ、フラグじゃないよね?
昨日、要らないフラグ回収させられてたけど………まさかね?
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夕方、仕事も終わりPCを閉じて帰宅する。
もう少しで全社の納品定数を記したリストが完成する。
これまで完成させて業者に出向く時間帯の流れを掴んだら、一日辺り30分から1時間程は短縮できるだろう。
気分良くドアを開ける。
今日は彩綾(妹の事ね)が振り替え休日だったようで家からいいにおいが漂ってきた。
今日はショウガ焼きか。
「ただいまー」
「兄さん、早かったですね。今日はもう終わりですか?」
彩綾がひょっこり顔をのぞかせて応対してくれる。
「あぁ。しかし、珍しいな。彩綾が夕飯を作ってくれるとは」
「いえ、とある方から何故か催促されましたので。断ったところ小遣いをくれましたのでそれならと。あ、材料費で千円冷蔵庫に貼っつけてます」
「ち・ょ・っ・と・待・て」
誰 だ そ い つ は ?
両親は街の方。
暇で折角だしコンビニを経営しようかといろいろ動いているらしく帰っては来ないだろうし祖父母からの連絡もない。
「焦げてしまいますので先に料理を済ませますね、いいですね」
有無を言わさず引き返そうとする彩綾。
最後の抵抗にと一言。
「いくら貰ったんだ?」
「兄さん、私の尊敬する方は福沢先生です」
「………そうか」
それだけ言い残すとさっさと調理場に戻る。
あの彩綾をこうも動かすとは諭吉先生侮れん。
しかしその手は金欠の自分には使えない手段だ。
誰だか知らんが叩き出してやろうと、心に決めて靴を脱いだ。
そいつにうわぁと言わせてやる。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そいつの姿を見るなり情けない声を出して逃げ出す。
奴だ。
奴が出た。
通称、天災さん。
厄神様のご来店だ。
部屋に逃げ込み鍵をかける。
案の定追いかけてきやがった。
「おい、開けろ。貴様は完全に包囲されている」
「すまん、彩綾の飯を食ったら帰れ。帰ってください、お願いします」
孫子は危険な事には近づくなと警告を出していたが、最初から危険な奴に包囲されている場合はどうしたらいいのだろう。
妹を買収した馬鹿は天災さんこと東條 傑だった。
慌てて逃げるも追いかけられ、唯一の通路は既に包囲されている。
「同士よ、あきらめて出てこい。お前は既に包囲されている」
知ってるよ。
「二人とも、馬鹿なことはやめてさっさと食堂に来なさい。冷めますよ」
「妹さん、俺は真崎に用があってな。せっかく作ってもらって済まないが逃げられないようここで食したい。持ってきてもらえるかな?」
「あっ、ありがとうございます。わかりました、では1人分、お持ちしますね」
「おい、彩綾。―――――東條。お前、また日本銀行券渡しただろっ!」
「そんなことは無い。これは労働に対する正当な報酬とボーナスを渡しただけだ」
「手前ぇの従業員じゃねーだろっ!」
「やれやれ。では、短時間の雇用契約書を交わせば満足するのかね?」
「そーいう問題じゃねーよ」
「兄さん、近所迷惑です。はい、お待たせいたしました」
「流石、美味そうではないか。またどこかで縁があればぜひともお願いしたい」
「お財布的にもありがたいので早めに連絡を頂ければ大丈夫ですよ」
「そうか、美人妹による愛のこもった手料理がたった1万で食べられるとはお得だとは思わないか?」
「いや、全く」
「美味しいバイトなので私は問題ありません。あ、でも入れてるのは愛情じゃなくて調味料です」
「そうか、では次回のロマンはおきゃん的なコンセプトで頼む。一部の料理で砂糖と塩を間違えてくれたらベストだ」
「わかりました。あ、でもまずい料理を食べるのは嫌ですので東條さんと兄さんの二人で完食し(たべ)てくださいね」
「あぁ、勿論だ」
「おい、そこ。俺を巻き込むな!」
あれから2時間。
根負けした俺は東條を部屋に入れることにした。
「………腹減った」
「そうか、俺は満腹すぎて少々きつい。すまんがそこのベッドを貸してはもらえないか?軽く8時間ほど仮眠を取りたい」
「却下だっ!」
あのまま籠城していたら彩綾が部屋の入口に
「兄さんの分です。洗いもの、済ませましたので自分でお願いします」
と置かれた夕飯を東條に食われたのだ。
金欠なので部屋に菓子類の買い置きもない。
かといって天災を部屋に一人置いとくわけにもいかない。
「さっさと用件を言え。で、帰れ。帰って寝ろ」
「折角の顔見知りに酷い事を言うな。たまにはゆっくり語り合う時間も必要ではないか?」
「ただの顔見知り程度だから言ってんだっ。こちとら腹減って気が立ってるから追い返すぞ?」
近くにあった何かの土産屋でついうっかり買ってしまった木刀を手に取る。
「やれやれ、脅されては仕方ない。単刀直入に聞くぞ。真崎、貴様はこそこそと何をしている?」
「何を、とは?」
一瞬どもったが河合のおっさんが各人の近況を確認しているとの言葉を思い出す。
「何って、親父の後を継いだだけだが?まぁ、強いて言えば1人でやってるから継いでみて余計だと思える仕事を省いている位か?」
「ふむ。では貴様の事務所の扉の事は知らないと?少なくとも貴様はあの先に行ってると思われるのだが?」
「――――――――――――――――――」
時が止まる。
「なぁに、貴様が普段使いしないものをかき集めているという噂を拾ったものでな。少々観察させてもらった」
ばれてやがる。
いくつか言い訳を頭に浮かべるが自身で簡単に論破できる程度の拙いもの。
こいつには通じないだろう。
「………………で、目的は?」
「理解が早くて助かる。貴様のいない時間、俺も何度か通り抜けようとしたのだが、あの扉は1人で入っても出入り口に戻されてしまう。是非とも、その先に連れて行ってもらいたい。そこにロマンがあると俺のカンが告げているのだ」
そういえば先日戻ってきて、事務所から外に出る際鍵を開けた記憶がない。
このバカヤローがと思いながらもばれているのなら仕方がない。
どうにかして味方に引き込むしかない。
一瞬、東條をあっちの世界に置いて帰ればとか考えたが駄目だな。
自分が行けなくなるし、放っておくと文明の劣った世界がどうなるのか予想がつかない。
「……ちっ、その代わり条件が3つだ」
「聞こうか」
「扉と扉の先について口外しない事。問題が起きているがその対処に取り組むこと。万が一扉の先に行けなくても前の二つを順守すること」
「まぁ、いいだろう」
「あ、それと連れて行く日は朝から来て仕事手伝え。仕事終わらないと連れて行けねーからな」
「時給は出るのだろう?3,000円くらいか?」
「オーケー、不法侵入チャラにする分差し引いて自給30円だな」
「―――チッ、がめつい奴め。まぁ、仕方ない。では、明日だな」
「早いな、おい。明後日だ、明日じゃ間に合わん」
「わかった。では、明後日また来よう」
布団に潜り込もうとする東條を蹴とばし皿洗いさせてから家から追い出した。
以前はほぼ関わり合いにならない様にしていたが、目をつけられたようだ。
全く困った奴だ。