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この街のトップ二人に見送られて店を後にする。
護衛にとユークリッドさんが付き添ってくれる。
ちなみに一階の一般席(それでも裕福な人しか来られないような高級店だが)で待機してもらっていたミスティだが、ただ待たせるのも悪いとコリンズさん持ちで飲み食いさせてもらっていたのだが
「ぐへー…………zzz」
一階に下りた時にはアルコールにつぶされていた。
こっちの世界で一般の人の成年扱いが弟子入りできる10歳とかなり早く、飲酒は12歳から許されているのだとか。
これは貴族のお披露目会(成年扱い)が12歳の誕生日でそこに合わせられているらしい。
まぁ、ポンコツな部分が結構増えてきた感じのするこっち(ミスティ)はどうにかしてくれるらしい。
街灯は無いが点在する飲食店の明りのおかげで完全な暗闇でもない。
それでも暗い事には変わりないのでユークリッドさんが『ライト』の魔法で前方を照らす。
何やら呪文を唱える際、ユークリッドさんの前に小さな白い光が集まっているように見えたがなにかしら関係があるのだろう。
近いうちに魔法についても詳しく聞いてみたいものだ。
そして、使ってみたいとも思う。
特段話すこともなく、問題が起こる事もなくデキシーさんから借りた店舗に着く。
「今日はありがとうございました」
「いや、おかげで旨いもんも食えたし楽して謝礼も貰えるし。礼言うなら俺の方だって」
明るい笑顔で返される。
くそぅ、イケメンめ。
暫く遠ざかるのを見送って、家に入る。
きちんと二重に鍵をかけ、扉を通り真幸商会の事務所に。
っと、急に鳴り出すスマホ。
何事かと開くと彩綾からのメールと電話の不在着信と。
時間は23時を過ぎている。
「――――――げっ」
やらかした。
メールにも津々浦々呪いに近い言葉が刻まれている。
1時間前、最後のメール。
『鍵かけました。兄さんは外で寝てください』
徒歩1分、走れば20秒。
急いでも何も変わらないのに慌てて帰る。
既に家の電気は消えていた。
鍵を開けて家に………普段かけないチェーンロックをしっかりかけられている。
「………鍵ってコイツのことか」
仕方ないので裏口に。
あれっ?
開かない?
鍵は開けてノブは回るのに動かない。
思いっきり引っ張るが何か固いもので固定されているのか動かない。
仕方ないので、事務所に戻り一晩過ごす羽目になった。
後日知ったのだが、ノブと近くのフックとをタオルできつく結んでいたらしい。
「で、どうでしたか?」
「いや、特に話もなく普通に帰りましたよ。こっちに戻るふりしてたら家に入って行ったので戻ってみましたけど、二階でドアを開ける音がして……少し明りが見えて消えたので直ぐ寝たんじゃないですかね」
「そうですか」
「ユーク、隣に立って何か違和感はなかったのか?」
「そういったのも無いですね。俺、ソータさんっていう召喚者と共闘したことがあるんですけど、その人はユニークスキル持ちのせいかピリピリした強さを常に感じてたんですよね。ハヤトさんにはそんな感じ全くなかったなぁ。なんか、普通の良い人って感じでしたよ」
「ふぅむ」
「親父殿、だから言ったじゃないですか、こいつは警戒するほどの人物じゃないって。心配せずとも私が商会を大きくしますから安心してください」
「杞憂………ですかねぇ。ブルー、それでもガルフが舞い上がるような『何か』を持ってくる人ですからね。それに、直に会って話してみて『誠実さ』を感じました。対等な立場で相互利益をあげること。商人として忘れてはなりませんよ」
「あぁ、わかってる。親父殿はドンと構えて見ててくれ」
「それじゃ、報告は終わりかな。俺はそろそろ宿に戻りますよ、明日辺りに研ぎに出してた大太刀が帰ってくるので少し森の方に行きたいんで」
「はい、今日はありがとうございました」
「あぁ、何か大きな獲物が獲れたら店の方に持ってきてくれ」
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機嫌を直してくれない彩綾に気を遣いつつ、注文・配送・帳簿付けとやや慣れてきた仕事をこなしつつシルイットでの開店準備を行う。
必要だと思われるものを配送ついでに買い求めては事務所にスタンバイさせ、夕方業務を終えた後借家の方に移しておく。
退職金が出たおかげで初期投資は何とかなったが、シルイットの商品で日本円を得る方法を確立しなければ近い将来尻すぼみになることは間違いない。
本業の真幸商会のおかげで提供する商品はかなり安値で仕入れられた。
流石に仕入れ商品をちょろまかすわけにはいかないので(帳簿をつける時つじつまが合わなくなるため)、個人名義で店から商品を購入。売価―――店に入れる金額―――は卸値+消費税+数円の店舗利益で算出した。
これなら帳簿に付けられる。
そして待ちに待った土曜日。
今日のうちに自分とミスティとアルバイトの3人で店構えを整えて、おっとり刀で明日開店する予定だ。
現状では週1~2日しか開店しないし問題があればその都度修正すればいいだろう。
とりあえず、商業ギルドへ顔を出す。ミスティと合流するためだ。
「おはようございまーす」
ドアを開ける。
約束していた時間も早かったし、ミスティと彼女が選んでくれたアルバイトさんの2人がいるくらいだと思っていたのだが、予想以上にギルドは賑わっていた。
「あっ、ハヤトさん。おはようございます」
目敏いミスティが一番に声をかけてくる。
その後に続くように
「やぁ、ハヤトくん。手伝いに来たよ」(ユークリッド)
「おはようございます、ハヤトさん」(コリンズ会長)
「―――――ふん」(ブルーヘブンさん)
「おはようございます」(ミスティと受付を変わった人。名前なんだったっけ……)
「ほっほ、おはようございます、ハヤト殿」(ガルフコーストさん)
そして、見た事のない娘が2人声をかけてくる。
「ハヤトさん、こちら二人が手足で募集されてきた中で条件に叶う人達です。実際、今日一日見ていただいて最終的に決めてください」
「私、エッセルといいますわ。本日はよろしくお願いします」
薄く翠がかった髪、翠の瞳。
整った顔立ちに明るい笑顔は伝えた募集条件を十二分にクリアしている。
「デライト……です。がんばります、ので、よろしくお願いします」
青みがかった髪、蒼の瞳。
少し目が悪いのか黒縁の眼鏡をかけている。
幼げで少し恥ずかしそうにミスティの前から姿を現して自己紹介する姿は保護欲をそそられる。
こちらもかなりの美少女だが、ホールを任せるとなるとエッセルの方に軍配は上がるだろうか。
というか、この世界の美少女率やばすぎる。4人中4人ともが大当たりじゃあないか。
ミスティによるとエッセルの方は他の飲食業で以前弟子になっていたとか。
わずか3年でフロア全体を切り盛りする才覚を見せていたのだが、祖母が体調を崩して長時間家を空けられないので今回の募集に都合がいいらしい。
デライトの両親は学者。
本人も数学に強いらしく将来的には王立大学が期待されているらしい。
弱点というか、人見知りが激しいのが玉にきずで今回は人と交流するのを目的とした店だとミスティから聞いて応募したらしい。
数字に強いので帳面や金銭管理はお手の物とのこと。
「私も困った時はデライトに見てもらっているんですよ。うっかりで帳簿を間違えた時なんか、デライトに一覧をさっと見てもらうと直ぐにどことどこがおかしいって見つけてくれるので彼女は一押しです」
っと誇らしげに紹介された。
デライトは恥ずかしがってミスティの陰に隠れ、その後ろからはガルフコーストさんがミスティを睨んでいる。
「で、皆さんお揃いでどうされたんですか?」
後ろからの視線が気になって尋ねてみる。
小市民だけに有力者が何人も近くにいる状況は精神的に好ましくないのだ。
約1名からずっと威圧的な視線が突き刺さっているし……。
「なぁに、敵情視察みたいなものですよ。我々のことは気にしないでください」
いや、無理です。
せめて隣のブルーヘブンさん、何処かに行って欲しいです。
「………はぁ」
あきらめて二人に声をかける。
「えっと、既に話は聞いてると思うけど真崎 隼人です。今日のところは二人とも手伝ってもらって、その後個別に面談して決めるって事で大丈夫かな?」
「はいっ、よろしくお願いします」
「わかりました、……お願いします」
とりあえず4人で借家に移動する。
予想通り後ろからついてくる3人。
もう諦めたので勝手にしてください。
暫くがらんどうの大部屋で待機しているとミスティが手配してくれていた椅子やテーブルが運び込まれる。
テーブル6台とセットの椅子が合計で24脚。
「うん、その位置で大丈夫。後は軽く拭きあげて貰っていいです?」
「はいっ」
「……う、うぁい」
あれから2時間ほど、まだまだ元気なエッセルと既に半分死にかけているデライト。
ミスティは御三方をギルドに送っている。
ようやく帰ってくれたか。
「拭きあげたらそのまま暫く休憩しててください。奥の部屋と二階には入っちゃだめですよ」
二人に言いつけておいて二階へ上がる。
監視の目が無くなったのでようやく自分の仕事ができる。
事務所に準備しておいた道具を運ぶ。
ひとつひとつが地味に重いので、運搬用に商会の台車を数台使っている。
事務所→クローゼットの部屋→階段前まで用意していた荷物の一部を1階に運び込む。
用意していた物一覧
・簡易発電機
・延長コード
・発電機用オイル1c/s(6缶入り)
・発電用ガソリン18L×4
・家庭用冷凍庫115L
・家庭用複合機
・コピー用紙3000枚×5Set
・飲料水・酒造メーカーより頂き物のグラス500個ほど
・100均製カラーガラスコップや小物類
・ペットボトル飲料水100c/s(600本ちょっと、ジュース類)
・茶葉1kg×10種
・インスタントコーヒー1kg瓶5c/s(60kg)
・砂糖20袋(400kg)
凍庫は横幅の広い198Lの方が欲しかったのだが一人で運びきることができなかったので、氷の保管だけにと扉式の半分ほどの大きさで妥協した。
また、発電機を動かしてみたところ振動音が結構大きいのでシルイットで動かすのは営業時間だけになるだろう。
仕方ないので事務所にも同じ冷凍庫を用意しておきシルイットの方を運転させた時にだけ氷を直接運び込むことに決めている。
運転に必要なガソリンも4缶目で見つかり店員にガソリンの大量保管は許可を取ってからでないとだめだと物凄く説教された。
こちらも入手経路をどうにかしないと用意した電化製品が無用の長物となってしまう。
いろいろ買い揃えたせいで退職金がほとんど消えたが日本での生活基盤は既に完成されつつあるので心配はしていない。
シルイットも砂糖を持ってくれば潰れないし。
「ただ今戻りましたー」
広間の方から元気な声が聞こえる。
「おかえりー」
「お疲れ様……です」
「ミスティ、お帰りー」
労をねぎらう。
「戻ってもらって直ぐで悪いけど、三人ともちょっとこっちに来て」
階段下まで呼び出す。
と、三人とも初めて見る物の山にポカーンとしている。
「ささっ、後少しだから皆で頑張ろう!先にこれら(グラス・茶葉・粉コーヒー・ペットボトルの入った段ボール)をキッチンの中に持って行って。重いだろうからこの台車使ってね。終わったら広間のテーブルにこっちの箱(100均のもの)乗っけておいてね」
指示を出して自分は庭に発電機の設置を進めよう。
用意しておいた延長コードを伸ばしてキッチン裏に一つ、小部屋に一つ設置する。
キッチンには冷凍庫を、小部屋に方には複合機を使えるようにしておくつもりだ。
時間は既に11時を回っている。
自分の方も台車を使ってさっさと終わらせよう。
暫くして
「何ですかこれ、何ですかこれーーー!」
我に返ったミスティの叫び声が部屋の向こうで響いていた。
「お疲れさまでした」
「「「お疲れさまでしたー」」」
動線を掴んでおき、グラスを備え付けの収納スペースに片づける。
カウンターを小物で飾り1時間経たずに作業を終わらせた。
労いの言葉を乾杯の合図に持ってきたジュースを飲み干す。
グラスの氷は事務所に設置した冷凍庫から持ってきている。
初夏に氷+砂糖を大量に使った初めての味に驚くだろうと密かに楽しみにしていたのだが、そうでもなかったらしく大人しく甘味を流し込む。
「いやいやいやいや。ハヤトさん、ちょっと待ってください」
「ん?予定していた作業はこれで終わりだよ。あ、二人にはちゃんと一日分の日当は払うから心配しないでいいよ」
「あ、ありがとうございまーす」
「ありがとう……ござい…ます」
後は面談だったがとりあえず二人とも採用でいいかなーと思ってる。
かわいいは正義だ金銭面は問題ないだろうし癒し的なマスコットってことでいいだろう。
「いや、そうじゃなくって」
「ん、面談でしょ。二人ともまじめに働いてくれてたみたいだし採用でいいよ。一応試用期間ってことで3ヶ月働いてみて、業務態度に問題があればそこで解雇。そうでなければ本契約って事で大丈夫かな?」
「えぇ、私は構いませんわ」
「大丈夫……です、がんばります」
「よし、終わり。ミスティ、契約書等必要だったら手配お願いします」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~」
深くため息をつかれる。
「わかりました。薄々感づいていましたがハヤトさんはなんていうか……非常識の塊ですね。もういいです、いろいろと聞きたいことはありますがバッサリ諦めます」
思いっきりディスられている。
「で。……こんな貴重なものを集めて、見た事もないもので飾りつけて、初めて味わうものを出して!ハヤトさんはこの店で何をするつもりなんですか?」
「あ、ホントです。そういえばこんな甘くて美味しいもの初めて口にしますわ」
「そういえば……その前の驚きが強すぎて、普通に受け入れてた。初夏なのに……氷まで」
感覚が麻痺していたのは残念だが、状況に適応する能力が高いのは日本人のもとで働くには重要なことだと思うぞ。
ドジっ娘兼ツッコミ役のミスティ。
現実主義者の会計デライト。
適応力抜群の看板娘ラッセル。
何気にバランスのいいチームかもしれない。
「ハヤトさん、聞いてますか?」
ドジっ……じゃなかった、ミスティがキャンキャン吠えてくる。
用件は何だったっけ………あぁ、この店の方針だったか。
「あぁ、聞いてる聞いてるって。以前言った通りの場所にするつもりだよ」
「確か、人を集める場所にするって……」
「そう。この場所を休憩所にして誰でも気軽に来られる場所にするんだ」