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5

翌日昼過ぎ、シルイット商業ギルドを訪れる。

朝から来られなかったのは最低限の家事を済ませて事務所と借家にそれぞれ2個ずつ鍵を付けていたからだ。


1000円ちょっとのとりあえず丈夫な鍵を2種類。

チェーンカッターのない世界だ。

そう簡単に破られはしないだろう。

事務所の方はもともと付いている鍵も含め3種類。

片田舎の小さな事務所にそこまでして侵入する人はいないだろう。


近所の目という名の自動防犯カメラもきちんと機能している。

………自分の方に向くこともあるし、どうでもいいことまで集めてくるのは少々厄介だが。




「うわぁぁぁぁぁぁ。ここがハヤトさんのお店になるんですねっ!」


興奮気味なのはミスティ。


とりあえずと店舗登録に向かった時には受付をしていたのだが、自分と目が合った瞬間、バックヤードに走り去り代役を引っ張ってきた。

で、先日のうちにもらっておいた住所を書いてもらっている少し匂いのする羊皮紙をひったくられた。


「登録その他細かいところはフラウさんがやってくれます。この場所は……セノア広場の近くですね。さぁ、行きましょう!」


引っ張られた代役―――おそらくフラウさんという方―――に羊皮紙を渡し


「新規のギルド加盟と店舗登録です。出店店舗の住所だけ記入しておじいちゃ……マスターにハヤトさんの案件ですと伝えれば多分大丈夫です。行ってきます」


急に手を握られて


(あ、やわらかい)


と思った瞬間、そのまま爆走。

それがほんの10分ちょっと前、引っ張られる形で現在に至る。





「いい場所を借りられたんですね。相場的には賃料が1万ジル前後といったところですか……あれっ?前回の引き取りで2万程でしたよね?こんなところを借りて大丈夫なんですか!?」


家賃4カ月分だけで足が出てるからそう思うよな。

ギルド税は免状されてもプラスで他こまごまとかかるし。


所有者から半額で借りている件を伝えると


「ハヤトさんって交渉もすごいんですね。ギルドではレベルアップのために外部の優秀な方を招いて勉強会も行っています。よかったら講師として出席いただけませんか?謝礼も出ますよ」


と言ってきた。

それならデキシーさん召集すればいいんじゃね?


ミスティと一緒に屋内の探索。


最低限やることを優先していたため自分も内部をしっかり確認するのは初めてだ。


240m2、大体70坪の二階建て。

一階は入って正面大きくぶち抜かれた部屋とその奥にはキッチン。

キッチンはカウンターで半分仕切られたような形だ。

エントランスのような部屋の奥には扉が付いており、開けると廊下が続く。

二階に昇る階段のほか、小さな部屋が3つと風呂・お手洗い・倉庫があった。


そのままミスティが二階に上がろうとしていたので二階は私室にしてるからとストップをかける。


そういえば例のクローゼットを開けたままにしている。

というか、閉められない。

階段、もしくはクローゼットが置いてある部屋は一度厳重に管理しておかなければならないな。

出入り口の鍵だけでは開店時なんかお客さんや別の人も普通に入ってくる。

完全に失念していた。


設置されている家具や備品は最低限のものだけだった。

一通り見回りを終え、一階の大部屋にあったテーブルで一休み。

しばらくして、ミスティの方から質問が来た。


「ハヤトさんはここで『誰に』どんなものを販売するんですか?」


さっと答えようとしたが、言われて言葉に詰まる。

ただ漠然と日本から持ってきたものを売れば何でも売れるだろうと考えていた。


まず間違いはないだろうが、この世界やシルイットについての知識はなく、そこに住む人たちはどんなものを必要としているのか考えた事がなかった。

単純に自分がイメージしていたのは個人商店、真崎商会で仕入れられるものをそのまま販売する。


これではデキシーさんの


「食料品を置いてほしい」


という内容をそのまま実行するだけになるのではないだろうか。


というか、ただ売るだけなら元の世界で足を棒にして顧客をつかめばいいのだ。

1点1点の単価はシルイットに比べれば微々たるものだろうが、代わりにこの世界で転売するにあたり発生する複数のリスクと解決しなければならない多数の問題点を全て排除できるのだ。

しかも、新規事業に必要な初期費用は既に完済済みときている。


「ハヤトさん?」


無言のままがいけなかったのかミスティが声をかけてくる。


「あぁ、ゴメン。そしてありがとう」


ミスティが不思議そうな顔をする。


「並べられる商品と売れるであろう商品はいくらでもあるけど、このシルイットで何をするためにモノを売りたいと思ったのか考えた事がなかったなぁっと思ってさ」


「では、ハヤトさんはシルイットにやってきて、お店を開くためにギルドに登録して、お客さんにあまりモノを売るつもりはないということです?」


ミスティにまとめられてしっくりきた。

少々おかしな話になるのだが、今まで楽しく準備していたのに、いざ販売しようという時になって一番わくわくしないのだ。


それより、知らない世界につながって、初めて見る世界に驚いて、違った文化や仕組みを知った時の方が楽しかった。


………あぁ、そうか。



「それだっ!ミスティ、この店は人を集める店にするっ」


物を売らずに人を集める店と聞いてまたまた不思議な顔をされたが気にしない。

それよりしてもらいたいことを伝えてギルドに帰ってもらおう。


「まず、中古でいいからテーブル・椅子を数組届けてもらえるように手配してくれないかな?」


浮いた分の旧金貨を渡す。


「それと、アルバイト……えっと、時間帯を決めてこの店で働く人達を探してもらいたい」


「それは弟子でしょうか、それとも手足でしょうか?」


またあまり聞かない言葉に詳細を頼む。


ミスティによると日本での新入社員みたいなものは弟子としてそこで仕事を学ぶらしい。

給与も相応の技術を得る、もしくは仕事を任せられるまでは特別な事情がない限り(事情がある人が普通の仕事で雇ってもらえることはほぼないらしいが)非常に安く半額以下が当たり前。


対して、一定の期間のみ働いてそれぞれの契約で決まった額の賃金を受け取るのが手足。

技術や知識の習得を必要としない簡単な手伝いがこちらに該当するという。


給与は弟子より少し高いのが一般的(人が集まらないため)で、後々に戦力にもならないのだが、前提条件で既に必要な技術を持っている人のみを募集することも可能。

ほとんどは急きょ弟子が辞めた時や催事でその日だけ人出が欲しい時に募集されることが多いらしい。


メイドや執事・専属料理人といった金持ちや貴族の身の回りを担当する人達も手足に分類されるらしいのだが、相応の記述や知識、経験や容姿といった様々な前提条件が必要なため、一般的には使用人として他の手足とは別に分類されることが多いらしい。


「うん、それなら手足が一番近いかな。週3日店番できる人を2人。……受付みたいな仕事だからできれば若くてかわいい笑顔の女の子の方がいいかな」


ハンバーガーのチェーン店を思い浮かべてみる。


セット商品を購入してレジで受け渡される時、土建で鍛えた筋肉とごつい笑顔(イメージ:魔法少女プリティベ○ 高田厚さん)でありがとよと言われるか、笑顔でありがとうございますと言ってくれる学生バイトか。

うん、明らかに後者だな。


「わかりました。賃金としては一日週3回でしたら……週払いで銀貨12~15枚ほどでしたら問題なく集まるかと思われます」


週3回、店の準備から片付けまでで8~9時間働くとして3日で1千ちょい。

日本だと労基に密告が入るレベルの賃金だ。

弟子扱いになったらさらに安いとは………みんなどうやって生活しているのだろうか。


「他にすることがなければさっそく準備しておきますがどうされます?」


日本とシルイット………いや、ベルナード王国の経済格差に驚いた。

やっぱり直に見て回るって大事だよね。


スマホで時間を確認する。

まだ15時を少し回ったばかり。

とりあえず家事も最低限はこなしているしまだしばらくは異世界こっちにいても大丈夫だろう。


「う~ん、準備は来週までにしてもらえばいいや。せっかくだからシルイットの街を案内してもらえないかな?実際どのようなものが売られているのか売れているのか直接確認しておきたい」


急ぐようなことでもない。

予定を変更して市場の大きさを見ておいた方が後々都合がいいのではないだろうか。


「わかりました。今頃でしたら夕食に向けて一番にぎわう時間帯ですし市を中心に見て回りましょう。後、ハヤトさんの常識はこのベルナードとはかけ離れている点が多い気がします。ハヤトさんは疑問に思ったことがありましたら私に聞いてください。その都度東方のハヤトさんの国(説明が面倒なので違う世界ではなく東方にある島国から来たことにしてある)との違いを塗りつぶしていけばいいと思います」


こぶしを握り力説しながら立ち上がる。

そのまま腕を掴んできて


「さぁ、さっそく向かいましょう!」


なんて言ってくる。

一回り年が離れている(と思う)のでスキンシップの激しい娘だなぁと思いながら立ち上がる。

普段からコレならガルフコーストさんが心配するのもわかる気がする。

自分が中高生くらいの年だったら恐らく勘違いしていただろう。


それはさておき、今日の残り時間は市場調査の名目のもと、市を中心に街を見て回ることに決めた。






デキシーさん宅(設備も何も整っていない状態ではさすがに自分の店だとは言えない)から商業ギルドに向けて少し歩き、垂直に伸びた大通りを右に曲がる。

と、比較的落ち着いた時間帯のアメ横並みの人通りと賑わいが通りにあふれていた。


はぐれないようにだろう(そう思っている)、ミスティが手をぎゅっと握りなおしてくる。

やわらかな感触と少しふんわりとした肌の温もりが心地よい。


引っ張られるままについていく。

通りの両端にずらっと並ぶ店に近付く。

両端の店は様々でゴザの様なものを敷いただけの場所に手持ちの商品を並べている者、かごや台車、木箱などを用意しており種類ごとに分けておき量り売りする者、馬車……いや、ロバ車か。ロバ車の座席に荷物を満載し簡易店舗としている者など様々だ。


「この通りが青空市です。ここで出店する多くの方が食品を販売する許可をもらっており、夕食を準備する時間に近くなると、ほぼ毎日これだけの人が行き交います。後、日曜は市場全体を休みとしておりますので買い忘れがないよう気を付けてください。食糧はここでほとんどのものを購入できますが対価・量・質は各々方鑑定眼と交渉次第です」


見える範囲では建物や馬車が立ち並び、どこまで続いているのか最奥が見えない。


「食糧市ってことは他にも市はあるの?」


「はい、その他の市場としては手持ちの道具等を販売する骨董市、自作の道具類や武器・防具等を販売する技術市、国やギルドの禁則事項を破らなければ何でも出店できる街の市、の3つがあります。この3つは開催される日が決まっており、こちらと反対側の通りで出店されます。青空市が指定休日を除きほぼ毎日営業に対しその他の市場は週1か2回程です。

それでも参加希望者が後を絶たないのは骨董市・街の市では処分品のリユース促進をと補助金を含め政策の一環として安く広く簡単に出店できるようにしている点、技術市は大棚の商店がスカウトを紛れ込ませているので、一獲千金の場にもなっている点からです」


説明を受けながら市を冷やかす。

賑わいを見せているのは間違いないのだが野菜や木の実穀類と似通った内容の商品列が続く。

野菜は日本でも見知ったものが多く、穀類は粒状と粉状の小麦が半々といったところか。

日本では粉状のものが一般的なので(というか粒の小麦なんかほとんど見たことない)なぜかと聞いてみたところ、粉でもある程度日持ちするが殻付きの粒状の方がさらに日持ちするかららしい。


また、近くに水車がない農家なんかは石臼で挽く労力を省くためにそのまま販売するのだとか。

粒の小麦を売って粉の小麦を買って帰る人も珍しくないらしい。


少々人が集まる店の品ぞろえを見るとほとんどが山で採れた果物や鳥獣類。


「山や森には魔物がいますからね、そういったところで採れたものはちょっとした嗜好品みたく普通の食材より高い値で取引されます」


「その魔物の肉がこの市場に出されるってことはないの?」


「魔物はそれなりに手練れの冒険者以上でないと倒せる人は少ないですからねぇ。そういった人たちはランクを上げるための実績にもなりますし、時間も手間もかからないので、ほとんどの人が多少安くとも即金即決で引き取ってもらえるギルドに売却します」


一部例外としては、武器や防具に加工する際足りない素材を自分たちで入手してくる時くらいらしい。

もしくはランクアップにこだわらず特定の人や店と専属契約をしている半冒険者。

そこを差し引けば討伐した魔物はギルドで買い取られるとみていいだろう。

果樹も自然にあるものの採取がほとんどで栽培技術はほぼ確立できていないようだ。


「ミスティ、ここはもういいや。いろいろな日用品を取り扱っている大きな店って近くにないかな?」


最初は圧巻されたが中身のさして変わらない市場に見切りをつける。

いろいろと説明してくれたミスティには申し訳ないが、見知らぬ街の卸し市場に遊びに行ったと思ったら中では地元農家の直販店だったような肩すかしだ。


「そうですねー。………ギルドの少し先まで足を運んでもらうことになりますがナストゥール商会はいかがでしょうか。シルイットで恐らく最も大きな商会です。地の利を生かした商売が強みで、一店舗経営にも関わらずこの街で買えるものなら何でも手に入れられることをウリとしています」


時間を確認するがあれからまだ40分ほどしか過ぎていない。

まだ大丈夫だろう。


「わかった。済まないけど、そのナスなんとか商会まで案内をお願いします」




ギルドより歩くこと5分ほど、明らかにこれだとわかる二階建ての巨大な建物が見えてきた。


商業ギルド・冒険者ギルド、そしてそれらの両倉庫が横一列に入っていた広さの区画一つがその建物で埋まっていた。

右側の大きな入り口が商会、左側の小さな入り口が買い取り用とのこと。

1商会だがこの店では魔物の買い取りもギルドと同じように即金即決で行っているらしい。


「最近ではギルドでの買い取り額より2割近く高値で買い取っているらしく(以前は1割ほどだったらしい)ギルドの引き取り額が減少傾向にあるんです。ギルドでの引き取りのみが討伐実績になるのとクエスト受注の買い取りはギルド側が行っているのでゼロにはなりませんが、早いところ何とかしないと商会がギルドの代わりをしてしまうと公平性が損なわれますからねぇ」


とはミスティの言。

確執や勢力は知らないし知りたくもないのでガンバレと適当に相槌をうっておいた。


とりあえず中に入ることに。

入り口は冒険者らしき護衛二人と従業員だろう、街では見かけない制服のような服を装った従業員。


「ハヤトさん、こちらの方に身分証ギルドカードを提示してください」


「……ギルドカードって?」


「あれ?さっきギルドに登録しに来た時に渡しませんでしたっけ?」


記憶を振り返るが、入った瞬間元来た道を引っ張られて走させられた記憶しかない。


「いや、ギルドに入った瞬間ミスティに引っ張られて走った記憶しか……」


「………………ぁー」


思い出したのだろう。

頭を抱え込んでいる。


そのまま、今日はもうとか、明日は祝福の日だからとかボソボソ呟いている。


「えっと、ミスティさんがそちらの方の身分を保証していただけるのでしたら入店してかまいませんよ」


(恐らく)従業員の人から助け船が来る。


「えっ、いいんですか?」


「はい。勝手ながら上のものに確認を取ったところ、商業ギルドのミスティさんが保証するなら問題ないと言われております」


ミスティの方に気を取られていて何をしていたのか全く気づかなかった。

街中では携帯の様なものも遠方と連絡を取り合うような人も見かけなかったのだが、何らかの通信手段があるのだろう。


許可が下りたのはこのが似た様なことを過去にやらかしているのか、親族であるガルフコーストさんの力なのか判断の難しいところだ。


暫く、ぼそぼそと(周りには聞こえてないつもりだろうが)また怒られるーだのなんて言い訳しようだの呟いていたが切り替えたのだろう。


「ふぅー。後のことは後のことです。ミラさん、せっかくなのでお言葉に甘えさせていただきます。ハヤトさん、さぁ行きましょうっ」





******************************






お言葉に甘えて巨大な店に入る。


「おぉー。凄っ」


四・五十人が入れるような待合室と受付。

受付の仕切りの奥にはどこまでも棚が続き、見た事もないものがずらりと並べられている。


「ハヤトさん、こちらの椅子に座って待っててください。ナストゥール商会は取り扱う物の数が多すぎるのでこのような独特の販売方法になっています。名前を呼ばれましたら希望する商品を案内に伝えることで、案内が希望する商品の棚まで誘導・そのまま販売してもらえます。まぁ、薬草や小さな道具なんかだと案内されることもなく受付ここまで持ってきてもらって取引になるんですけどね」


腰を下ろす。


動物の皮が張られた椅子で、硬く座り心地はお世辞には良いと言いづらい。


「凄いですよね。一角熊の皮をなめした椅子なんて、ナストゥール商会このみせ意外でしたらよっぽどの高級店じゃないと見かけませんからね」


この世界では高価な品だったらしい。

量産品でもふかふかしたソファーや椅子のある現代からすると、そうなの?と聞き返してしまいそうになる。


「今日のところはハヤトさんの参考になればと、アクエラからの積み下ろしの荷を見させてもらうつもりです」


買い込むお金なんてないんですけどね、アハハ。

と小さな声で付け加えてくる。

自分も銀貨が少々あるだけだ。


「ミスティさ~ん、受付の方までどうぞ~」


名前を呼ばれる。


今更だが、言葉は流暢に通じるし文字は書けないにしてもなんて書いてあるのか理解できる。

もしかしたら言葉だって日本語で聞こえているが相手はナバホ語やピダハン語で話しているのかもしれない。

まぁ不思議だが、便利だということにしておこう。


「さぁ、ハヤトさん行きましょう」


手をひかれて受付に向かう。






「お待たせいたしました、ミスティさん。そして、ハヤトさん」


出迎えてくれたのはひげを蓄えたふんわりした感じのおじいさん、目つきの鋭い40前後のおっさん、厳つい武具を揃えた若者の3人だった。


「えっ、えっ?コリンズ会長にヘブンさん?それになんでユークリッドさんまで……」


ミスティは知り合いのようだ。

というか、会長とかいう言葉が聞こえた気がする。

あの慌て方から察するに残り二人もかなり偉い人なのではないだろうか。


「ほっほ、そんなことより儂等にも彼を紹介してくれんかね?」


コリンズ会長と呼ばれたおじいさんが戸惑うミスティをなだめる。

ってかあんた、さっき俺の名前呼んでたよね。


「あぁ、はいっ。すみません。ハヤトさん、紹介させていただきます。正面のこちらのおじいさんがナストゥール・コリンズさん。こちらの商会の会長さんです」


「はじめまして、市民の皆さんのおかげで細々と商売をさせていただいておりますコリンズと申します」


細々と言う割には場違いな建物ですね。

細々と各種方面で全国展開しているセ○ンアンドアイホールディングス位のイメージかな。


「ついで、こちらがナストゥール・ブルーヘブンさん。商会の運営責任者です」


「当店の商品取り扱いを担っております。ご用命があればお気軽に声を掛けられてください」


親の敵の様な眼で睨まれる。

その親は温厚そうでにこにこしているが。

いや、目が笑っていないのは一緒か。

何もしてないよね、うん。


「最後にユークリッドさん。冒険者ギルドに登録されている中でも凄い強くてシルイットに7人しかいないAランクのうちの一人。なんでおふた方と一緒に?」


「はははっ。先ほどまで奥で狩ってきた魔物の商談をしておりまして、せっかくなので護衛も兼ねて同行をと」


右手を差し出してきたので思わず握り返す。

複数のマメの感触がする。

様々な武具を握ってきたせいなのだろうか。


「最後に、こちらがハヤトさん。つい先日シルイット………いや、ベルナード王国に訪れた方。商業ギルドに登録していただいてこのシルイットで商売を始めるみたい」


「ご紹介にあずかりました、真崎 隼人と申します。新参者ですが皆様の役に立てるよう尽力する所存です」


ポケットから名刺を出そうとし、そういえばと捨てた事を思い出す。


「今日はどうして商会ここに?」


コリンズさんが聞いてくる。

ただ単に時間つぶしと興味があっただけとは言いづらい。

さてどうしたもn……


「今日はですね、ハヤトさんがどんなものがこの街で売れているか知りたいとのことで見学に来ました」


ミスティが返答する。

その流れ、利用させてもらおう。


「先に言われちゃいましたけど、ミスティさんの言われたとおりです。出自上、アクエラからとは違ったルートを持っているのですが、なにぶんこの国に来たばかりなので……。シルイットで好まれるものをまずは調べてから何を提供できるのか考えようと思いましてこの街で市場の大きな商会を見学させてもらおうかとやってきた次第です」


大きくうなずく会長。


「なるほどなるほど。それでは先達として案内あないしないわけにはまいりませんな。

どうです、よかったら儂等が案内役を務めますが?」


ミスティが驚く。

まぁ、大企業のトップが伝手もない見ず知らずの庶民をエスコートなんて驚くよな。

ブルーヘブンさんがずっと睨みつけたままなので何かしら思惑があってのことだと思うんだが……。

せっかくなのでお世話になろう。


「じゃあ、すみませんがお世話になります」







「――――以上が市民や冒険者に取り扱っている商品でしょうか。王都ぱてんとに届ける荷もほぼ同じものだと思っていただきたい」


ブルーヘブンさんの説明でおおよその生活必需品や食糧事情を学ぶことができた。


食生活


・小麦が主食。クッキーの様な固焼きパン・一次発酵の黒パンが主流。ガレットに近いおかずを載せた焼き物やパスタのような麺もあるがあまり食されていない。王都やアクエラを中心にふんわりとした白パンが貴族を中心に流行となりつつある。米も多少はあるがあまりおいしいものではないらしい(稀に強く希望する人達がいるらしい)。


・肉は家畜のほか魔物の肉も食される。塩は海からのほか岩塩も豊富に手に入るので塩蔵の技術はなかなか。香辛料のほうは高価で輸入頼りだが上流のお店や貴族のほかはあまりなじみがない。多種多様のハーブ類を利用するのが一般的。


・魚は海沿いを除き干物や塩蔵したものが一般的。貴族が稀に鮮魚依頼することもあるらしいが……(ここは愚痴だったので詳しくは不明)。


・野菜は日本のものとあまり変わらないが種類は少なめ、ニンジン・ジャガイモ・玉ねぎなど保存が効く野菜類の栽培が多いらしい。後、形が小ぶりなのとにおいや青臭さが強かった気がする。夏が近いせいか葉物の類は少なかった。果物は輸入か採取がほとんど。国内では魔物の数が多いので危険度も高く、丹精込めて育てても食べられてしまうことも多いらしいので栽培に向かないとのこと。菓子の一種扱いで市場に流れるものでは市民の口に入ることはめったにないらしい(人だかりができていたのは王都からの買い付けとのこと)。


衣類


・綿や麻が一般的で高級なものになると魔物の皮や毛・糸を使った衣類があるようだ。下着類、男はトランクスに似たもの。女は丈の短いドロワーズに柔めの一枚の布を肩から巻いて持ち上げているらしい。装飾品は貴金属のほか魔物の一部を使って細工される様子。寝具は木製ベッドに綿製品がほとんど。申し訳程度に綿わたが入っているが保温性はお察しの通り。アルプスの少女ハ○ジの様に藁を使う人も多いとかでしっかり天日干しした臭いの少ない藁をいうのもあった(藁)。……藁だけにね。


日用品


・木製のものがメイン。留め具には釘がほとんど。ネジの発明はまだのようだ。生活魔法という物があるらしく日々の細々したところはその魔法で何とかできるところも多いらしい。一部できない人もいるので火打石等あるようだが結構面倒そうだ。現代技術って凄かったことを改めて思い知らされた。


衣・食・住と大まかに理解できたと思う。

会長さん当主さんに感謝だ。





……で、だ。


どうしてこんなところにいるのだろうか。


木造りながら細工が施された個室。部屋の外から聞こえる落ち着いた弦を引く音は生演奏。

この世界では貴重と教えてもらったガラスのグラス(なんでもガラスは教会の秘匿技術で大枚をはたかないと購入できないんだとか)には値段の分からない上等な葡萄酒ワイン


対面にはコリンズさん、ブルーヘブンさん、ユークリッドさん。この世界でも上座があるのだろうか、入口に遠い方には自分一人が座らされている。


「………で、この状況は何なんッスかね?」


いたたまれないので聞いてみるがスルーされ


「それより、まずは乾杯といきましょう」


と、葡萄酒を勧められる。

赤はえぐみが苦手でほとんど飲まないのだがこのワインは違った。

口に含むと強い香りとガツンとくる甘み。

気になる後味にえぐみは無くまろやかな酸味。


「―――おいしい」


ふと漏れたその一言にコリンズさんが笑みを浮かべる。


「お口にあって何よりです。お食事の方も取り寄せられる最高のものをご用意させていただきました」


コリンズさんが備え付けられたベルを鳴らすとすぐさま数品の料理が運ばれる。


白皿に盛られた料理は肉を中心としたもので、一口食べると食べたことない力強い肉の味、香りづけのハーブと胡椒のバランスもばっちりだ。

玉子焼きも何故か出てきたがほんのりとした甘みにこちらも普段の卵とは違う強い旨みがある。


一通り落ち着いたところでコリンズさんが話し始めた。


「ハヤトさんは『転生者』か『召喚者』でしょうか?」


―――転生者?召喚者?


「いえ、どちらも初めて聞く言葉ですが……」


「おや、そうですか?暫し私の話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」


頷く。

まぁ、ここまでされて断るなんてできないよね……。


コリンズさんの言うことには、この世界……というかこの大陸だな。

この大陸―――ロストータというらしい―――にはベルナードのほか複数の国があるらしい。

そして海の向こう、西の大陸―――カスタロイ―――には魔王と呼ばれる存在の者がいるという。


この世界の一番大きな宗教が、『魔物は魔王が世界を征服するために秘術によって召喚している』とのこと。

そこで魔王を討伐………というか少数精鋭で倒すっていうと暗殺だよな。


まぁ、いいや。

討伐するために特殊な能力を持った存在を召喚するのだが、そのされた人が召喚者。

また、召喚ではうまくいかなかったものの新たな命と一つになり前世の記憶を有したまま成長した人を転生者というらしい。

こちらも特殊な能力を有していることが多いのだとか。


余談だが、この宗教名『アマテラス』という名前で太陽を神の恵みとして祭っているんだとか。

他にもこの世界の物それぞれに司る神様がいるのだとか。

この宗教を創めた(はじめた)のって間違いなく日本人だ、間違いない。

ちなみに魔物が神の敵として云われる理由の一つとして、魔物は太陽の出ている昼間は夜に比べて力が弱いのだとか。


話はそれたが、コリンズさんは自分がその転生者か召喚者でその知識か特殊な能力(固有能力――スキル――というらしい)を使って、今までにない商品を製造・流通させようとしていると目星をつけたらしい。


召喚者って目星をつけたことを考慮して、この世界の話も説明してくれたのかな。

多分似たようなものだから助かるっちゃあ助かる。


というか、先日ギルドに資本金を得るためにいくつかモノを売ったばかりだよね。

情報早くない?

というか、ギルド内にスパイいるじゃん。

マズいんじゃない?


「―――そこで我々ナストゥール商会にも商品を卸していただきたい。そう考えている次第です」


コリンズさんの話が終わる。


「う~ん、ちょっと考えさせていいですか?」


と、思案する時間をもらう。


っていうか、ブルーヘブンさんの顔が怖い。

頷くのが当然だろう、なぜ頷かない!って言ってる気がする。

あれだ、前の権力を笠に着ていた半禿げと似た感じがする。


転生者・召喚者とは違う生い立ちになるものの、コリンズさんの予想は間違っていない。

あの不思議な扉が自分の能力なのか、川の支流が一時繋がるようにあそこだけ繋がっているだけなのかは甚だ不明だが。


で、この話を伝えていいのかといったらNoだろう。

以前も考えた通り、本業の仕事場を荒らされるわけにもいかないしこちらの人たちは目立ちすぎる。

コリンズさんは茶髪、ブルーヘブンさんは黄色の強い金髪、ユークリッドさんに至っては赤髪だ。


今回の話で銃刀法のない国が繋がっているということもわかった。

悪意があれば扉一つでいくらでも最悪の事態が考えられる。


卸に関して言えばYesだ。

自分の店を構えるがガルフコーストさん―――商業ギルド―――との取引だけで(しかも高校生の小遣い以下で)簡単に店を維持できる。

本人は意図してないだろうがミスティの本質を抉る言葉で積極的に商売をとも考えなくなった。


だが、ナストゥール商会と繋がりを持てばこのシルイットやこのベルナードが本当に必要とする物を供給できるし、万が一その逆も然りだ。


現状ではこちらのおジルは店の維持と人件費以外使い道がないが、ここで仕入れて日本円を得る方法も考えないといけない。

そうすれば真幸商会(本業)の仕事を増やさなくても人を雇えるし。


よし、決めた。


「わかりました。詳しくは話せませんがこちらもできる範囲で協力させていただきたいと思います」


「ありがたいことです」


コリンズさんと握手する。


詳細な取り決めは担当のものとまた後日。

とりあえず協力関係を結ぶということだけに済ませる。


本当はコリンズさんとそのまま話せるのがベストだと思ったが


「私はもう現役を退いていますからね。後見がでしゃばりすぎるのも余りよろしくはないでしょう」


とのこと。

ちょっと残念……というかブルーヘブンさんと交渉(やり取り)すると嫌な予感しかしないんだよね。

本人を前にして


「チェンジで」


なんて言えないので、できればその辺を察知して人選してくれることを祈るしかない。


今日倉庫を案内して見かけなかったもので取り扱えるものを一度店の方に持っていき、有用なものがあれば引き取る。

その際は現品+次回仕入れられる量の額面を開店資金として前払いしてもらえる事となった。


ガルフコーストさんもそうだが自分に有利すぎる内容の提示だ。


「自分が悪者でそのまま逃げられたらどうするんですか?」


と聞いてみたら。


「どうもしませんよ、その時は自分の目が節穴だったと反省する程度でしょうか。代わりにハヤトさんはこの国と、カタリアをはじめとするベルナードと取引のある国では商売ができなくなるだろうとは思われます」


とのこと。

まぁ、持ち逃げする気はないけどね。


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