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プロローグ

偶々巡り合った偶然の重なりあい。


その偶然が、日々漠然と繰り返していたモノクロの日常を七色の(カラフルな)絵の具で塗りつぶしてくれたのだ。


只々目に見えない何かをすり減らしていく日常、そんな色あせた世界を。


だから僕は――――――







車が行き交う大通りをひとつ小道に入ると団地が立ち並ぶ。

その入口には子供たちの遊び場、主婦のたまり場として小さいながらも公園が備えられている。


そんな中、ベンチに座り今朝方買ってすでにぬるくなったペットボトルのお茶を口に含みながらため息をつく男が一人。

名は真崎まざき 隼人はやと、地元の銀行に勤めている。





「――――――はぁ」


勤め始めて数え切れない程ついたため息の回数を増やし立ち上がる。

足取りは重いがそろそろ会社に戻らなければならない。

まだ半分ほど残っているペットボトルをゴミ箱に捨てのろのろと動きだした。


歳は今年で23。

なかなかに裕福な家庭に生まれ、真面目な性格から小・中・高と相応の成績で駆け上がり、地元の国立大―――それも花形である経済学部―――を卒業。

将来の幹部候補として受け入れられた地元の銀行での業務は、温かな環境で育ってきた彼にとってはこの1年は驚きの連続であったが、その驚きは苦痛でたまらなかった。


今日も団地の一室、生活苦を理由に保険の解約を依頼する家族に対し引き留めを目的とした万が一の際の悲惨さやプランの見直しやらを話してきた。

結果、完全解約からプランをもう一度見直して料金を引き下げての仮ではあるが再契約となったのだが。


悲惨な身の上話や生活苦を涙ながらに聞かされて、それでも『万が一』という言葉を盾に金を払えと言わなければならない立場に、隼人はこれから先ずっと続くであろう半分押し売りのような業務を既に辟易していた。


ガラス張りの建物へ。

外から戻り、このどれだけ金がかかっているかわからない建物をくぐる度にもやもやとした腹立たしさを覚える。

2つの自動ドアを抜けると、室内は外の暑さとは無縁とばかりキンキンに冷え切っていた。


「課長、ただ今戻りました」


上長へ報告する。

40過ぎたその頭は少しだが明らかに生え際を狭めている。


「あぁ、真崎くん。お疲れさん。首尾はどうだったかね?」


「はい、柴田さまの現環境ですとやはり無理があるみたいでした。ですので、一度見直して完全解約ではなく一部プランを変更しての再契約を提案しています。先方もこれならなんとかとのことで、今度の………えっと、金曜に一度訪れていただけることになっています。その際プランナーを交えて細かく詰められると思われます」


「ふむ、流石だ。では、担当の方にも一通り説明を頼む。………あぁ。後、ご家庭の方から真崎くんに一度連絡があったらしい。急用だが携帯の方に出ないらしく社内うちにかかってきたみたいだ。家族の方には会社には私用の電話はしないように伝えてくれ」


「……はい、申し訳ありませんでした。失礼します」


頭を下げて離れる。

ついでに少し離れたところで聞こえないほどの小声で「……髪の毛消えちまえ」と呪詛を投げつける。


席に戻ったところで同僚の女の子から声をかけられる。


「真崎さん、どうでした?」


「あぁ、プラン修正は必要だけどなんとか続けてくれるって」


「おぉー、流石真崎さん。このまま行けば最年少記録で主任に上がれるんじゃないですかぁ?」


「あはは、ありがとう山下さん。そうなれるように頑張ります」


謙遜しすぎですよー。

とか明後日の日曜に友達がこっちに来るんですけどーとか話を続けてくるので「プランナーにも説明しないといけないから」と話を区切り携帯片手に事務所を出る。


扉横に貼りつけられているノルマ表が目に入る。

月半ば過ぎたばかりだが、赤線を大きく超えて2番目に倍以上の差をつけているグラフには課長の名前。

ここ3カ月程この調子で昇進の話も来ているのだとか。


グラフを前に一瞬止まった足を動かしだす。

他の行員スタッフにはどう映ったのだろう。




「――――――はぁ」


連絡を済ませ、またひとつ溜息をこぼす。


裕福な家庭、それなりにしっかりした学歴・職業、先輩を超えるトップの業績、よく声をかけてくれる同期で一番可愛いと評判の

稀に聞く友人の話を聞く限り、周囲まわりから見たらかなり恵まれているんだろうが………。


貧しい人から金をかき集め、それが自分の業績になっている。

小さなころに見た父と銀行からのアドバイザー。


二人三脚で多くの人に安くて良い品物を届けてあこがれた姿は幻だったのだろうか……。


っと、そういえば家から連絡が来てたとか言われたな。

車で1時間の距離、月に2・3度は会って食事等しているしメールでの簡単なやり取りがほとんどで、電話があったのは過去に1度……2度あっただろうか。


せっかくなので外に出たついでで母にかける。


「あぁ、母さん?隼人だけど、どうしたの?仕事場に連絡あったって課長から聞いたけど」


どうやら急ぎの連絡だったらしい。


「えっ、大丈夫だった?あぁ、大したことはない?うん、それはよかった」


どうやら親父が仕事中に腰を痛めたらしく病院に搬送されたらしい。


「ヘルニア再発?違う?ぎっくり腰と……神経痛?」


どうやらぎっくり腰らしい。

そのまま変な体勢でいたらしく背骨の神経を圧迫してしまったらしい。


「うん、大事なくて良かったよ。病院何時まで?7時?うん、早く上がれたら顔だすよ。うん、その時はメール入れるから。うん、わかった。じゃ、また」


大事なくてよかった。

しかし、また腰か。

大丈夫かな。


そういえば、以前の入院時は古株の杉浦さんを中心に店を任せたが、規模の縮小に伴いほぼ身内で経営していたはずだが……。


いかんいかん、職業柄小売店の経営状況が気がかりになってしまっている。

それより、事務方に一応報告だな。


金曜日だし最低限の業務は終わっている。

金持ち(こきゃく)の方から連絡がなければ早めに上がれるだろうが………。





時計で時間を確認する。

長針が8を指す。


「……間に合ったか」


来賓駐車場に停め、残った受付に真崎と伝え親父の病室を聞く。


腕時計をちらりと確認45分、長時間は無理だがなんとか顔を出すことができた。


「お疲れさん。親父―、大丈夫か?」


「おぉ、隼人か。わざわざすまんな」


親父がベッドに横たわっていたが、声を聞く限り元気そうだ。


「もう年かなぁ。遠藤さんとこに持っていく酒瓶のケースを持ち上げた時にゴキッとなぁ。昔は3ケース重ねて運んでも平気だったんだが………あぁ、幸(母さんの名前)がリンゴを買ってきているが、いるか?」


夕飯前だからと遠慮する。


親父の歳は確か今年で54を迎えた。

来年には四捨五入で60代の仲間入りとなる。

重い物を持ち上げるのももう大分しんどいのだろう。


暫く押し黙る。

動くのは壁に掛けられた時計の針だけだ。


……


…………


………………


長針が11を過ぎようとしたころ。

一声かけて帰ろうかと考えていた矢先、ぽつりとつぶやいた。


「父さんな………店を畳もうか考えたんだ」


思いがけない一言。


親父は真幸商会という地元密着の卸業を営んできた。

自営業なので小さなころからオヤジの働く姿を見て過ごしてきたのだ。

子供のころにあれだけ敵わないと思っていた姿は、見ないうちにいつの間にかここまで小さく縮んでいた。


まさかと思う反面、確かにと納得している銀行員じぶんもいる。

交通の便も良くなり地方展開・全国展開業者も参入し価格競争では一歩も二歩も負けている。

先代より続く優良企業で借金もすでに完済済み。

利益の出ない経営を続ける事を考えると、この段階で仕事を辞め(ドロップアウトし)ても老後に十分な預貯金はあるはずだ。

子供達じぶんたちのことも考えるなら余剰額を積立・定期に回せば………。

いや、済まない。


「………そっか」


仕事脳を切り離す。

時間を開けて返せた言葉は一言だけ。

兄妹きょうだいは継げる状況ではないし、後をどうすると決めるのは両親ふたり次第だ。


自分にできることは決めた内容ことをこの耳で聞き頷くだけ。


短くも長い時間にも魔法のとける時はやってくる。


立ち上がる。

こちらを振り向くことのないまま、どこか遠くを見たままの親父。

何を考えているのだろうか。


戸を開く。

退出の際、深く……深くお辞儀をする。


「いままで、お疲れ様でした」


2秒……3秒……。

返事はない。


戸を閉める。

間際、見えた遠くを見る親父の目が光っているように感じた。


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