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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハロウィン直前、異世界から来た魔導騎士と恋に落ちた件について

作者: 木村 真理

ハロウィン、ギリギリ間に合いました。

良識と理性には、自信がある。


だから夜の道で、歌ったりしない。

頭の中は「ハロウィン、ハロウィン、ハロハロハロウィンハロウィン」なんてごきげんな歌がリピートされているけど。


ハロウィン直前の土曜日。

街はオレンジと黒のコントラストが愉快なジャックオランタンであふれかえり、仮装した人もそこかしこにいる。


さっきまで、私もその一人だった。

黒のミニスカートに、赤い小さなツノのカチューシャと悪魔の羽をあわせて、小悪魔に扮していた。

ハロウィンのパーティ会場をでて、友達と別れた今はツノと羽はとって、コートを着て、ごく普通の女子大生にもどっているけど。


あー、今日は楽しかった。


足早に歩きながら、こっそり笑う。


大学に入学して、半年。

大学生活にも、一人暮らしにも、バイトにもなれ、ばか騒ぎする仲のいい友達もできた。


今日もアルコールなんて一滴もはいっていないのに、みんなでキャーキャー騒いで。

うん、すっごい楽しかった。


体のラインを見せつける黒のワンピースは、男たちの目をくぎ付けにしていた。

私も、友達もまぁまぁの美人ばっか。

おそろいの小悪魔コスは目をひくらしく、ナンパがちょっとウザかったけど、それをポンポンはねつけるのも楽しかった。

なれたナンパ男はサラっと、「勇気を出して声をかけました」って人には愛情をもってお断りしたけどね。


「草食男子が多くて、恋愛のチャンスがない」なんて社会学者はしたり顔で言うけど、なけなしの勇気をふりしぼってでも女子に声をかける男は絶滅したわけじゃない。

「今年の内定率は悪い」って言っても、一流企業に就職できる人間がゼロになるわけじゃないのと同じだ。

要は、モノゴトっていうのは持てるものと持たざるものにわけられ、確率が下がれば持たざる者が多くなって、世間で「世の中が悪い」っていう人が増えるだけ。


私は、今は「持てる者」だ。

男にはちやほやされるのが普通だし、がんばって勉強して入った大学はトップレベル。

順風満帆を絵に描いたよう。


だけど、それは未来の保証じゃない。

努力し続けないと、すべては失われる。

今の自分が、若さと、運と、努力で上げ底されているってことはわかっている。

努力が比較的ストレートに反映されるお勉強とは違って、これからの未来は複雑怪奇なハードモードだってことも。


パーティで友達と騒いでても、頭の中で小さな囁きが流れているんだ。

こんなことしていられるのは、今だけだよって。


就職に有利になるために、取っておきたい資格は多い。

先日行われた宅建士の資格もそのひとつだったんだけど、自己採点の結果は合否が微妙なラインだった。

もし落ちていたなら、来年には絶対に取っておきたいけど、来年の夏は短期留学の予定だ。

10月にある試験の勉強時間は心もとない。

TOEICとか、簿記とかもとりたいし……。

しなくちゃいけないことリストを見たら、めまいがする。


こうやって努力して、努力して、それでも私に得られるのはそこそこの会社に入社して、そこそこの働きをして、そこそこの男の人と結婚して、子どもをうんで、共働きで必死で子どもを育てるだけの人生なんだろうな。


小さいころならともかく、大学生にもなれば、自分の実力もある程度わかっている。


今日一緒に遊んでいた友達のひとりは、お父様の会社の跡取り候補だ。

小さなころから会社をつぐための勉強をしていて、パーティ会場でも私たちとはぜんぜん違うところに着目して楽しんでいた。


もう一人の友達はいわゆる天才ってやつで、日本でトップレベルの大学であるうちの大学の授業でも、試験勉強なんてしているの見たことがない。

一度聞いたことは絶対に忘れないんだって。

冗談みたいなハイスペック。


私は、彼女たちとは違う。


平凡な私は、平凡な目標を立てて努力をする。

それでも、努力してもかなわないんじゃないかって、怖くなる時はある。

がんばっても就職できないかもしれない、結婚できないかもしれない、子どもを産めないかもしれない……。


弱気なワードが頭をよぎるたび、「私ならできる」って気合いをいれて弱気を吹き飛ばす。


だけど、……たまに息が詰まりそうになる。

これって、本当に私のしたいことなのかなって。


そんなモラトリアムは、人生の阻害にこそなれ、益にはならないってわかっているけどさ。


ふっとため息をついた瞬間。


ぎゅっと、後ろから抱き着かれた。

162cmプラスヒールの私より頭一つ大きい身長。

大きながっしりした手がつかんでいるのは、私の胸。


痴漢だ。


こんな非日常はいらないっての、と思いつつ、思いっきり叫ぶ。

ついでに体をひねって、男の足を踏む。


夜の道を歩く女の子に後ろから抱き着くような男は、こうすればだいたい逃げていく。

見知らぬ男にだきつかれたら声も出せなくなる女の子ばっかじゃないんだよ。


なんて、余裕でいられたのは一瞬。


「っ、ざけんなよ」


ヒールで足を踏まれた男は、怒り狂ってこっちを見る。

やばい。

例外だったのは、痴漢側もみたいだ。


痴漢は、明らかにケンカなれしてそうな剣呑な雰囲気のマッチョ男だった。

私に痴漢してくるのって、たいていひょろい気弱そうな男ばっかなのに。


顔を真っ赤にして、怒り狂うマッチョ。

……ちょっと痴漢なれしているだけの普通の女子大生がかなう相手じゃなさそうだ。


「こいよ」


ぐっと腕をひかれて、よろける。

もちろん足に力をこめて抵抗したけど、つかまるところもない路上で、マッチョ男に引っ張られて、かなうはずない。


「離してよ!」


幸い、周囲には人通りがないわけじゃない。

ちらちらこっちを見る人に、無理やりさらわれそうになっているってことをアピールする。


190cmは優にありそうなマッチョ男から、見知らぬ女を助けてとは言わない。

けど、物陰に隠れて警察に通報くらいならお願いできるかな?

目があった人に無言で「警察に連絡してください!」って訴えたら、そっと目をそらされる。


あ、これはマジでつんだかも。


ヤバいヤバい。


「離してって言ってるでしょ!痴漢!変態!警察呼ぶわよ!」


体が震えそうになるけど、震えている場合じゃない。

精一杯の虚勢で怒鳴っていると、マッチョ男がつかんでいる手の力が増す。


「いったーぃぃ」


「腕の骨、折ってもいいんだぜ?」


「じょ、だんでしょ」


「おい、なにやってるんだよ」


割って入る男の声。

助けかという期待は、割って入った男の顔を見て、すぐくだけた。


明らかに痴漢マッチョの類友っぽい、剣呑マッチョが3人。


「あー、この女、連れて行こうと思ったらガタガタうるさいんだよ」


「はぁ?口ふさいで連れて行けばいいじゃん、あっちに車あるし」


「ちっ、手間かけさせやがって。後でたっぷり礼はしてもらうからな」


ちょ、ちょ、ちょ。

ヤバいなんてもんじゃない。

車になんて乗せられたら、最悪、山の中に埋められて人生の終わりだ。

そうじゃなくても、身体的には大ピンチだ。


冗談じゃない、いまだに彼氏もいたことないのに!


「離しなさいよ!離せってば!」


車に連れ込まれたら、終わりだ。

私はがむしゃらに反撃する。

手に持ったバッグで男の鼻とか目をねらって、攻撃。

相手が失明しようが鼻が折れようが、知ったことじゃない。

自分の貞操と命に代えられるかっての。


正面にいた一人は、バッグのデコがうまく目に当たったらしい。

目をおさえて、うずくまる。


だけど必死の抵抗も、マッチョ男数名もいたら、抑え込まれるのは一瞬だった。


さっきより苛立った男たちは、周囲の目も気にせず、私をかつぎあげる。


「おい、警察にチクったりしたら、お前らも見つけ出してぶっ殺すぞ」


男たちは周囲の人にそう怒鳴ると、私を担いだまま歩き出す。


「離しなさいってば!」


担がれたままじたばたすると、頭のほうにいた男がにやりと笑った。


「いつまでそうしていられるか、たっぷり見ててやるよ」


その下卑た目つきに、思わず口を閉じる。

と。


「失礼ですが、いかな理由があってその女性を連れて行こうとされているのでしょうか」


場違いな凛とした声が、一瞬の静寂を破った。


声のほうに目を向けると、そこにはハロウィンらしく仮装した男が立っていた。

一瞬、私を担いでいた男たちも無言になる。


声をかけてきた男は、魔術師のような黒いフードつきのマントを着ている。

その深くかぶったフードの下は、見えにくいけれど金の髪に青い目。

目元涼やかなイケメンで、あきらかに外国人だ。

マッチョ男たちが一瞬黙ったのは、欧米系外国人を目の前にした日本人の習性っぽい。

けれどマッチョ男たちは、すぐに魔術師の仮装をした外国人にキレてみせた。


「てめーに関係ねーだろ」


日本語が通じるのだろうかと思ったけれど、仮装青年は流暢に日本語で話しかけてきていたんだった。

マッチョ男の答えも理解したらしい。

すこし怯えたように眉をひそめ、


「確かに、私には関わりはありませんが。正当な理由もなく婦女子がかどかわされるところを黙って見ているわけにはいきません。私はグランミア国の魔導騎士ジャック。このような場に居合わせた以上、ご説明を願います」


仮装青年は、丁寧にマッチョ男に問いかける。

うん、だめだ、つんだ。


いちおう本人は、助けてくれる気はあるっぽい。

だけど酔ってでもいるのか、ちょっと頭がアレなのか、仮装している魔導騎士とやらになりきっちゃっているらしい。


なりきるのは、いいんだよ。ハロウィンだしね。

でも、場と状況を見てくれよ。


仮装青年は顔面偏差値ならマッチョたちに大勝だけど、すらっとしているし、穏やかそうな雰囲気だし、ぜんぜん強そうじゃない。

例え彼が意外にも格闘技の心得があっても、1対マッチョ4人じゃ勝ち目はない。

助けてくれる気があるなら、お願いだ。警察を呼んでくれ……。

このままじゃ、被害者が二人になるだけだよ。


マッチョたちは、へっと鼻で笑って、私をかついだまま歩き出す。

相手にする気もないらしい。


それは彼にとっては幸いで、私にとっては……助けてくれる気があった人が助かったのはよかったけど、私も助かりたいんです。

ちょっとでも隙があったら逃げたいんだけど、逃げられそうな隙なんかないんだよね。

仮装青年が後で、通報してくれるのだけを祈るしかないよ……。


絶望的な気分で、仮装青年に言う。


「なんの理由もないけど、さらわれそうになっているの。声をかけてくれて、ありがと」


警察を呼んでくれなんて言ったら、仮装青年がボコられるだけだ。

必死で仮装青年と目を合わせ、無言で訴える。


いいからさっさと去れ。

そんで、警察を呼んでくれ!

その綺麗なブルーの目がお飾りじゃないなら、この状況がどれほどのピンチかわかるでしょ!


冗談じゃなく、こわいんだよ。

体はさっきから震えっぱなし。

ぽろっと涙もこぼれた。


くっそ。こんなとこで泣いたって、この犯罪者たちを喜ばせるだけでしょ。

涙腺のやつ、緩んでんじゃないっての。


ぬぐうこともできない涙がぽろぽろと頬に落ちる。

案の定、近くにいたマッチョに気づかれ、男たちが嬉しそうに笑う。


「この女、泣いてるぜ」


「今から泣かなくっても、後でたっぷり泣かせてやるのにな」


ゲラゲラ、男たちが卑しい笑い声をあげる。


「待ちなさい。彼女を置いていくんだ」


仮装青年が、こっちに手をかざして叫ぶ。

アニメかなんかのポーズなのか、やたらきまっているポージングだ。


……これ、現実だって、彼はわかっているのだろうか。

警察への通報は絶望的だ。


マッチョたちは、足を止めた。

そして、仮装青年を睨む。


「なんだと、てめぇ。見逃してやろうと思ったら」


「警告は、した」


威嚇するようなマッチョ犯罪者の言葉は、仮装青年に遮られた。


「え」


私はマッチョ男に担がれたまま、仮装青年を見ていた。

なのに、何が起こったかわからない。


まばたきするほどの短い時間で、マッチョ犯罪者は四人とも意識を失わされた。

担がれていたはずの私は、なぜか仮装青年に抱きしめられるようにして、顔を覗き込まれている。


「だいじょうぶですか?どこか痛むところは、ありますか?」


「ええと、痛いところはないですが」


なにがあったんですかって、聞いてもいいんだろうか。


「では、申し訳ないですが。私はこのあたりの地理には詳しくないのです。どこか安全な場所を、頭に思い浮かべていただけますか?」


「安全なところ……?」


わけがわからない。

けれど安全なところといわれたら、自分の部屋がぱっと頭に浮かんだ。


「では、移動します」


「はい……?」


仮装青年が、私の足元に手をかざす。

するとぱぁっと私と彼の周囲が明るくなった。

光の眩しさに、目を閉じる。


そして、目を開けると。

そこは、私の部屋だった。


「へ?へ?なんで?」


思考回路は完全にショートしてる。

私、ほんのついさっきまで駅近くの道で、マッチョ犯罪者にさらわれそうになっていたよね?

目を閉じて開けたら、自宅にいるなんて、どこのマンガの魔法だっての。


もしかすると、さっきまで私、夢でも見ていたのかな。

なんて現実逃避したいけど、目の前にはものめずらしそうに私の一人暮らしの部屋を観察している仮装青年がいるわけで。

さっきまで私が夢を見ていただけだったら、この男はどこから現れたのかっていう謎が浮上しちゃうわけで。

寝ている間に魔法使いコスの仮装男が自宅に突如現れていたのなら、大ピンチ再びじゃん。


あ、でも。


「先ほどは、助けていただいてありがとうございましたっ」


がばっと深々、頭を下げる。

ちゃんと正座して礼をとりたいくらいの気分だけど、かえって驚かされちゃいそうだから、頭を下げるだけ。

ってつもりだったけど、だめだ、ほっとしたら足に力が入らない。


へなへなと、その場に座り込んだ。


「うわっ、だいじょうぶですか?」


仮装青年は、あわてて私のもとにかけよってくれた。

近くでみると、ほんとにイケメンだ。

ちょっと気弱そうなところも、今の私には好感度抜群だよ。


私の斜め前に、ちょっと距離をおいて膝をついて、おろおろ私を見ている仮装青年の目は、心配そうな色しかない。


考えてみれば、女の子がさらわれそうになっている場で、魔導騎士なんてなのっちゃうし、気づいたら部屋にいるし、彼だって不審な人だ。

……だけど。


この人は、いい人だ、と思う。


「ふっ、ぇっ……」


彼が、いい人じゃないなら、その時はその時だ。


私はぽろぽろ涙をこぼしながら、目の前の青年に抱き付いた。


「ぇええっと、あの、その」


わたわたと彼はしばらく慌てて、数秒後、そうっと私を抱きしめてくれた。


「ふぁあああああああああああああああああああっ」


壊れ物のように大切に触れられて。

私は、体中に染みついた恐怖を追い出すように大声をあげて泣いた。


「もうだいじょうぶですよ。だいじょうぶですからね」


なだめるように囁きながら、彼は私を抱く腕の力を少し強くする。

もっと、ぎゅっとして。


彼に抱きしめられていると、私はなんだかすっごくほっとして、泣いて、泣いて、泣いて……。











「お騒がせしました」


涙がでなくなってからも、ぐずぐずと抱き付いたまま甘えまくって。

ようやく落ち着いたのは数時間後。


すこしだけ冷静になった私は彼に深々と頭をさげた。

今度はジャパニーズ土下座だ。


彼は「いいえ」と、優しい声で言う。


「怖かったでしょう? 私が助けになれるなら、なんでもさせてください」


晴れ渡った空のような青い目が、私を見つめる。

その視線がくすぐったくて、慌てて立ち上がった。


「あー、めっちゃ泣いたから、喉かわいちゃった」


キッチンに行って、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

グラスにいれて、ぐいっと一杯飲み干す。

泣きすぎてガラガラになった喉と、ほてった体に冷たい水が心地いい。


「えっと。お茶、いれますね?なにがいいですか?」


今日はけっこう寒い。

温かいもののほうがいいかな。


「けっこういろいろあるんです、遠慮なくどうぞ。コーヒー、紅茶、緑茶、ほうじ茶、ウーロン茶とマテ茶もあるし、ハーブ系ならカモミールと、ローズヒップとラベンダーのがあります。紅茶の葉もいろいろあるし、あ、ココアとお抹茶もありますよ」


男の人はハーブティはあんまり好きじゃないかな。

外国の人にはお抹茶はわかりにくい?

でも日本語ベラベラだし。


どこの国から来たんですかとか、聞いてもいいのかな。

設定は、グランミア国の魔導騎士ジャックなんだっけ。

頭がおかしい様子はないし、キャラになりきってるんだろうか。


いくら瞬く間に解決したからって、あんな緊迫した状況ででも仮装しているキャラになりきってるなんて、どう考えてもヘンな人だ。


でも、いいや。

私にとっては、彼はいい人で、……たぶん、ちょっと好きになってる。


まだ付き合いたいとか、そういうはっきりした気持ちじゃないけど。

彼のことをもっと知りたいとか、また会いたいなとか、……私のこと、好きになってくれないかなとか、そんなことが頭の中でちらちらしている。


でも、彼がただのなりきりコスの変人ってだけじゃなくて、訳ありで素性を隠したいんだとしたら、いろいろ詮索したら、さっきみたいに急に消えちゃうかもって思ったら、聞けないよね。

髪の色や目の色だけじゃなくて、顔立ちも明らかに日本人じゃない。

不法入国の外国人って可能性だってあるんだし……。


ぐるぐる考えつつ、彼の返事を待つ。

けど彼は、じっと私を見つめていて……。


恥ずかしくて、目をそらしたくなる。

けど、この目に見つめられているのが、すごく幸せで。

胸の奥がほわほわする。


私も、ヘンだ。

彼に、魔法にかけられたのかな。

瞬間移動なんて不思議な出来事を起こした彼のことが、すこしも怖くないなんて。

それどころか、部屋にふたりっきりのこの状況がずっと続けばいいのになんて思っている。


あぁ。

彼の本当の名前とか、連絡先が知りたい。

これっきりなんて、絶対にいやだ。


ふと、ハロウィンパーティで声をかけてきた男の子のことを思い出した。


中には、すっごく勇気をだして声をかけてみましたって感じで、さしだしてきた名刺を持つ手が震えている男もいた。

あの時は、好みじゃない男の子に優しく対応したってだけで「私ってイイヤツ」って思っていたけど。

あの中の誰かは、今の私みたいにすっごく真剣に、私とまた会いたいって思ってくれていた人もいたかもしれない。


だとしたら、連絡先を教えなかった事実だけで、すっごく悲しい気分にさせたのかもしれない。

ナンパなんて正直いちいち誠実に対応してなんていられないし、好みじゃない男と連絡先交換するのもイヤだ。

でも、自分の好意を示すのが、こんなにこわいことなんて、知らなかった。

好意をいらないって言われるかもしれないってことが、こんなに不安なものだってことも知らなかった。


彼の目は、まだ私からそらされない。

本当の名前を教えてって言ったら、そらされちゃうのかな……。


恋の魔法をかけたのなら、ずっとかけたままにしておいて。

こんなに不安で、幸せな気持ちって初めてだ。


「あの」


彼が、口を開いた。

気弱そうな外見を裏切る、凛としたよく響く声だ。


「なぁに?」


見つめあったまま問い返す私の声は、今まで自分でも聞いたことがないくらい甘かった。

男に媚びるような声が、意図もせずに自分の口からこぼれるなんてね。


そんな自分の変化が、おかしくてわらってしまう。

体は、理性化の脳よりも正直で、おりこうだ。


笑いかけると、彼はぼっと頬を赤く染めた。

なんだその少女めいた反応は。

期待しちゃうぞ。


思わず一歩、彼のほうへ歩み寄る。

彼はぎゅっと目を閉じ、それからまた私を見つめて、言った。


「貴女と、同じものをいただけますか。そして、落ち着いて聞いてください。……信じていただけるかはわかりませんが、私はグランミア国の魔導騎士ジャック。魔王討伐隊の一員です。こちらの世界に来たのは、貴女がさらわれそうになっていた数分前なんです」


魔導騎士ジャックかぁ。

まだその設定、ひっぱるんだ。

彼の本当の名前が聞きたかったのに、残念。


だけど彼がその設定になりきりたいんなら、つきあってあげよう。


「そうなんですか……。ジャックさん、私は、乃愛。住まいは、ここ。日本の大学生です」


ミネラルウォーターをもうひとつのグラスにいれて、ジャック(仮)に手渡す。

ジャックは立ち上がってグラスを受け取ると、一口、水を飲んだ。


「うまいな……」


「そうですか?ミネラル成分多めなんで、ちょっと硬いんですけど。お口にあってよかったです」


まじまじとグラスを見るジャック(仮)の言い方が、素っぽくて、嬉しくなる。

私に対する態度、すごく優しくて嬉しいんだけど、慇懃なぶん他人行儀で寂しいんだもん。

って、まだあって数時間の他人だけどねっ。


魔導騎士設定につきあってほしいなら、いくらだって付き合うから、連絡先教えてくれないかなぁ。

そわそわとジャック(仮)を見ると、ジャック(仮)は、ふわりと優しく笑う。


「元気がもどられたようで、よかった」


その笑顔、反則です!


くしゃっとしたジャック(仮)の笑顔に、胸がきゅんっとなる。

胸って、ときめいたらほんとにきゅんってなるんだね。新発見だよ。


あーあ、どうしよう。これ、ぜったい私、ジャック(仮)のこと好きじゃん。

どうしたら、次の約束とりつけられるの?

今まで、男なんて勝手に寄ってくるものだったから、こっちからアプローチするなんて方法がわからない!


ストレートに「次また会ってください!」って言うべきかな。

これきりなんて、ほんと嫌だよ。


悩んでたら、またジャック(仮)が気づかわし気に、私のことを見つめている。

いや、別に心配かけるつもりじゃないんだけど。


「そうすぐには元気になんてなりませんよね。申し訳ない。……しばらく側についていて差し上げたいのですが、敵の襲撃を受けた際にこちらの世界に参りましたので、仲間たちが心配しているでしょう。敵はあの時殲滅したと思いますが、仲間の無事も確かめたい。一度、元の世界に戻らなくてはいけません」


「そんな……」


なりきり仮装友達と合流したいってことか。


ジャック(仮)の仮装衣装は、マントの布地や縫製、魔導騎士設定のための宝飾アクセなんかを見てても、気合の入った高級品だ。

これから予定があったなら、ジャック(仮)がそっちに行きたいっていうのは当然。

でも、このままお別れなんて……。


「私も、一緒に行っちゃダメ?」


私の小悪魔コスは、ジャック(仮)と比べると素朴だけど、素材がそれなりだから、仮装パーティで浮いちゃうほどひどくはないはず。

ジャック(仮)の腕に手をおいて、うるうる上目づかいでお願いしてみる。


ジャック(仮)は、腕におかれた私の手を振り払ったりはしなかった。

ただ困ったように、首を横に振った。


「魔王は私たちが倒し、今あちらの世界にいるのは残党だけとはいえ、魔王討伐隊の私や仲間がいる地域は危険度が高い地域です。貴女をお連れするわけにはいきません」


「そう……」


これだけ、ばっちり設定練っているんだもんね。

異分子が飛び入り参加なんて、できないよね。


でも、次。次の約束か、最低でも連絡先だけでも手にいれなくちゃ。

私は、ぐっと気合をいれた。


それこそ土下座してでも、連絡先だけは手に入れる!


と決意していたら、そっと私の手の上に、彼の手が重ねられた。

大きくて、暖かな手に触れられると、じんわりと胸が暖かくなる。


「だいじょうぶです」


ジャック(仮)は、優しく優しく言う。


「すぐに戻ります」


そう言って、すぅっと私の目の前から消えた。


「ジャック……!」


消えちゃった。

さっきまで、ここにいたのに。

触れていたのに。


一瞬で、ジャックは消えた。


わかっていた。

彼がただの仮装男じゃないってことくらい。


マッチョたちに襲われた時、この部屋までの移動は一瞬だった。

あんなのキャラになりきっているからって、できる技じゃない。

かたくなに仮装だって信じたふりをしていたのは、こんなふうにジャックに消えられたくなかっただけなのに……。


「やだぁ……、ジャック。もう会えないなんて、ヤだよ」


私は座り込んで、膝を抱えて、泣く。

さっきたっぷり泣いて、涙は枯れたと思っていたのに、まだどんどん涙があふれてくる。


数時間前まで、存在すら知らなかった人なのに。

今は、彼が傍にいてくれないことで、こんなにも泣いてしまう。


「ジャック……」


「乃愛。泣いているのですか?」


「ジャック……?」


顔をあげると、ジャックがいた。

私の前に膝をついて、心配そうにこっちを見ている。


「なんでいるの……?」


「貴女の傍には、まだ誰かがいたほうがいいかと思ったので。私では不足でかえってご迷惑かもしれませんが、せめて貴女が泣き止むまでは、傍にいさせてください」


「なんでいるの?」なんて、ジャックがいるのが悪いみたいな言い方だった。

私の言葉に、ジャックが傷ついたように言う。

私は慌てて、


「違う!だって、仲間のところに戻るっていったじゃない!」


「はい。仲間たちに、私が無事だと報告してきました。彼らの無事も確認してきました。それからすぐに戻ってきたんですが……」


ご迷惑でしょうか、って。

ジャックがおずおずと聞く。


「迷惑なはずないじゃない!……ジャックがいなくなったって思って、泣いていたんだよ?」


涙をごしごしと手でこすって、おどけて笑う。

今更だけど、私の顔ぐちゃぐちゃなんじゃない?

今日は小悪魔コスのために、アイシャドウもマスカラも濃い目に塗ってたんだった。


鏡が見たい。

好きな人の前で、ぐちゃぐちゃの顔さらしているとかありえない。


顔を隠すようにうつむくと、ジャックがそっと手を握ってきた。


「それはその……、乃愛」


「はい」


ジャックの声が、ひどく真剣で。

私もつられて、真面目にうなずいた。


「私は、知の魔導騎士です。未知のことを知っていくことが私の魔導の源です。異世界への移動がこんなに簡単に何度もできたのも、この世界のすべてが私にとって未知のものだったからです」


「……はい」


ジャックが目の前からいなくなった衝撃が大きすぎて失念していたけど、そういえばジャックって異世界のひとなんだっけ。

魔導って、魔法みたいなものだよね?

知識が動力源なのか。

ジャックがこちらの世界に来たのは、私を助ける直前なんだっけ。

だったらジャックがこちらの世界について知っていることって、ほんとわずかだ。

それだけで異世界へ往復できるなら、この世界のいろんなことを知っていけば、すごい魔導が使えるんじゃない?

魔王は討伐されたとはいえ、ジャックはまだ危険な任務についているっぽい。

こちらの知識を私がナビゲートするよっていえば、また会ってくれるかな?


ちょっとだけ、期待がもたげる。

それに、ジャックにまた会いたいってことを抜きにしても、ジャックが危険な任務についているなら、彼の安全のために協力したい。

魔導とかは使えないけど、こちらの知識を教えたり、おでかけの道案内くらいはできる。


「ジャック。よかったら、私、こちらの世界を案内するよ!」


ジャックが、目を大きく開ける。


「えっと、ほら。今日のお礼もしたいし!」


うー、あー、顔が赤くなる。

どうか、断らないで!


どきどきして、ジャックの返事を待つ。


ジャックは、私の両手を彼の両手で包み込み、その手をそっと額にあてた。


「乃愛。ここは、さすがに異世界で。こちらの世界には、私の世界にはないものがたくさんあります。そのひとつひとつが私の体をめぐる魔導に力を与える。けれどいちばんの知の元は、乃愛、貴女です」


「私……?」


私は、ただの平凡な女の子だ。

ちょっと綺麗で、ちょっと美人で、ちょっと運に恵まれているだけの平凡。


だけど、ジャックの目に見つめられていると、そんな自己評価なんてふっとんでしまいそう。

彼の目には確かに、私のことが特別にうつっているようだった。

それが、嬉しくて。

その熱っぽい瞳が訴える言葉を、信じてしまう。


「そう。貴女を見ていると、今まで知らなかった喜びが胸にわく。嬉しくて、かわいくて、名前を呼びたくて、心が騒ぐ」


そんなの、私だって一緒だ。


「乃愛。私はずっと貴女の傍にはいられない。元の世界でしなくてはならないことがある。けれど貴女の傍にいたいとも思う……。お願いです。貴女も、少しは私に好意を抱いてくれているように思えます。それが今日の私の行為のためだとしたら、その行為の報いとして、貴女のことを好きでいることを許してはいただけないでしょうか?」


「ジャック……!」


私はジャックに飛びついて、唇を重ねる。

触れるだけのキスだけど、ファーストキスだ。


ちゅっと音をたてて唇を離すと、ジャックはぶわっと赤面した。


「私も、貴女が好き!ときどき……、ううん、できるだけいっぱい。私に会いに来て?私はここで、貴女の未知のものを山盛り用意して待ってる。もちろん、私自身も含めて、ね」


にへらっと笑うと、ジャックは感極まったように瞳を潤ませた。

いちいちジャックのほうが私より女子力高い反応だな。そこがまたいいよね。


初めてできたカレシが異世界の魔導騎士になるとは、予想もしなかった未来だわ。

きちんと立てていたライフプランは練り直し必須。


あまえたそぶりでジャックの胸に頬を寄せながら、私は今後のToDoを脳内でリストアップする。


まずは異世界の事情調査からかなー。


努力は、けっこう得意です。

せっかく好きになった人に好きになってもらえたのに、逃がすなんてありえない。


最終目標は、異世界結婚!

なんてね。

さすがに気がはやすぎるか。


今はとりあえず、ジャックに抱きしめられている現状の幸せを堪能しよう。

そっと目を閉じてジャックの腕を引く。


ジャックはそうっと、小さなキスをくれた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ジャックが格好可愛い。 乃愛ちゃん色々と頑張って異世界結婚に持ち込むんでしょうね。 この先が見たくなりました。 素敵なお話しありがとうございました。
[良い点] ピンチとチャンスの応酬の末のハッピーエーンド。 [気になる点] 読んでて死にたくなった。 [一言] (非リアに)救いは無いんですか!? とても面白かったです。
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