世界地図型ドールハウス飾れば俺の部屋は気候ハーレム

Ｃｌｉｍａｔｅ ４ ついに母さんにあの子達の人間化した姿見られちゃった？

あの日から三週間以上が過ぎた、梅雨真っ只中な六月二〇日。朝、七時四五分頃。

「おはよう、母さん」

　和雪が起きてキッチンへやって来ると、母が怪訝な表情を浮かべながら戸棚をガサゴソ漁っていた。

「おはよう和雪、なんか最近、戸棚や冷蔵庫の中身が猛烈な勢いで減っとるんよ。おまけに電気代やガス代、水道代も今月、けっこう上がってるの。ア○エッティにでも入られたのか妖怪のせいなのかしら？」

　母は首をかしげる。深夜アニメは毛嫌いする彼女だが、朝夕に放送されている国民的アニメや子ども向けアニメ、ジ○リ映画は大絶賛しているようなのだ。

「！！」

　和雪はギクッと反応した。背中から冷や汗も流れ出す。

「和雪、何か心当たりない？」

「なっ、ないよ」

「ひょっとして和雪がこの間雪英といっしょに見てたエッチなアニメみたいに、年端も行かない女の子を何人か、こっそり監禁しているとか？」

　母はニヤニヤしながら問いかけてくる。

「あるわけないだろ！」

　和雪は早口調で即否定した。

「ふふふ、冗談よ」

　母は大きく笑いながらテーブル席へ戻る。

なんてこと想像するんだよ、実の息子に対して。

　和雪は呆れ果てていた。半分当たっているような気もするが。

「うちの作ったフィギュアが食べたのかもね」

　雪英は爽やか笑顔で意見する。

　……絶対姉ちゃんの推測通りだ。

和雪は急いで朝食を食べ終えると、

「ちょっと忘れ物が――」

　母にこう伝えて階段を駆け上がっていく。

「晴実ちゃん待たせないように、なるべく早くしなさいねーっ」

「分かってるって」

　自室に入ると、

「あの、キミ達、俺んちの冷蔵庫や戸棚、勝手に漁ったでしょ？」

　困惑顔ですぐさまこんな質問をした。

「アイワ！　冷蔵庫からプディングとかジェリーとかフルーツとか盗って食べたよ」

「あたしも漁ったよ。和雪お兄ちゃんのおウチの戸棚って、美味しいお菓子がいっぱい入ってて四次元ポケットみたいだね」

　カナートとテラロッサはにこにこ顔を浮かべて明るい声で答えた。

「あらまっ。いけなかった？　ペルドン和雪君。スーパーのチラシや地図帳や家庭科の教科書に載ってる食材や、グアバちゃんが召喚した南国フルーツの数々だけでは物足りなくてついつい。わたくし達、和雪君の家族、つまり西風家の一員だから、自由に漁っていいものかと」

「ミナも。他人のおウチから私物を盗るのは立派な窃盗罪ってことは知っていますけど」

クスコとフィヨルドは気まずそうに告げた。

「いつ俺の家族になったんだよ？」

　和雪は呆れ返る。

「あのう、Ｍａｓ・カズユキ、Ｍｂａｋ・フィヨルド。じつはアタシ、Ｍｂａｋ・ハルミんちから、いくつか私物を盗みました」

　グアバは申し訳無さそうに白状した。

「えっ！　晴実ちゃんちのも、盗ったの？」

　和雪は眉をぴくりと動かす。

「うん。アタシ、Ｍｂａｋ・ハルミんちに忍び込んで下着を何枚か拝借したのだ。その……柄が、すごくかわいかったので」

　グアバはもじもじしながら照れくさそうに打ち明けた。

「グアバさん、それは泥棒さんのすることですよ」

　フィヨルドは困惑顔で注意する。

「衣類・日用品は、わたくしがスーパーのチラシから取り出してあげてるでしょ。めっ！」

　クスコはグアバの頭をケーナでゴチーッンと叩いた。

「あいだぁっ、だってそれだと種類が少なくって。分からないように最近使ってなさそうな奥の方から取り出したから」

グアバは唇をハワイ固有種の野鳥イイヴィのように尖らせ、涙目で不満を呟いた。

「あとでちゃんとこっそり返してあげてね。あと、俺んちの光熱費が上がってるのも、きみ達のせいでしょ？」

「はい。ミナ達は和雪さんのматьがお買い物に行って留守にした隙に、シャワーを浴びたり炊事をしたり、テレビ番組を視聴したりしています。まさに〝Без кота мышам　масленица．〟をしています。あと、昼間はなまら暑いのでクーラーも無断で使わせていただきました」

　フィヨルドは申し訳無さそうに、ロシアのことわざを交えて正直に伝える。

「そういうことかぁ。確かに女の子だし、夏だし風呂には入らないといけないからな」

　和雪は気候擬人化キャラ達の行動に同情心を抱いてしまった。

その頃、晴実のおウチでは、

「あれ？　パンツが入ってるところ、ちょっと引き出しやすくなったような……気のせいかな？」

　お着替え中の晴実が、ちょっぴり不思議に感じていたのだった。

　　　　　　　　　　　　　□

「和雪、母さんに何か隠し事しとるやろ？」

　その日の夕方六時半頃、和雪が帰宅すると、玄関先でいきなり母からやんわりと問い詰められた。

「べっ、べつに、ないけど」

和雪はやや声を震わせながら答えるも、

まっ、まさか。バレた？　あの子達のこと。

こんな心境により全身から冷や汗が出て来て、心拍数も急上昇した。

「嘘おっしゃい！」

　仁王立ちしていた母は、眉をへの字に曲げ表情をやや険しくする。

「嘘なんかついてないよ」

　和雪は間髪を容れず反論する。

「まったく和雪ったら。母さんは知っとるんよ。明日、〝授業参観〟があるんやろ？」

「……あっ、そういうこと。たっ、確かにあるよ、三時限目に。なんで、知ってるの？」

　予想外のことを指摘され、和雪は焦りつつもホッと一安心した。

「さっき晴実ちゃんがお電話で知らせてくれたの。和雪、黙ってるなんてどういうつもりなの？」

　母は尚も険しい表情を浮かべる。

「だって、言ったら、母さん絶対見に来るし」

　和雪は困惑顔で答えた。

「まあ和雪ったら、そんなに母さんに見に来られるのが嫌なのかしら？」

「母さん、さすがに高校で授業参観に来る親なんてほとんどいないよ。恥ずかしいからやめてくれよ」

「ダーメ、見に行きます。よそはよそ、うちはうち」

　母は爽やかな表情で、駄々をこねる子どもをたしなめる母親の定番文句を告げる。

「そんなぁ。よりによって一番苦手な英語なのにぃ」

　がっくり肩を落とし落胆する和雪をよそに、

「そもそもあんたの高校のホームページに載っとる年間行事予定見て今月にあることは前々から知ってたけどね。さてと、明日はどの服を着ていこうかしら♪」

　母は行く気満々なのであった。

　　　　　　　＊

「うちも見に行ってあげるよ」

「姉ちゃん、大学の講義あるだろ」

「それよりも年一回しかない和雪の参観の方が大事やから」

「絶対来るなよ」

「嫌や♪　行く」

「なんでだよ？　姉ちゃんが中高の頃は、わざわざ学校サボってまで見に来なかっただろ？」

「大学は出席に関して比較的自由やもん」

　夜七時頃に帰って来た雪英も同じく。

　　　　　　　　　☆

翌日金曜日、二時限目古典終了後の休み時間。

「ああ、嫌だなあ。母さんも姉ちゃんもすごく張り切ってたし」

　和雪は英文法のテキストと英和辞書、ノートを机の上に出したあと、秀則と俊也に向かってため息まじりに愚痴を呟いた。

「僕んちのママは、お仕事が忙しいから来られないのだ」

　秀則は残念そうに言う。

「見に来て欲しいのかよ」

　和雪はすかさず突っ込んだ。

「おれの母ちゃんは見に来ないぜ。というか授業参観のプリントすら渡してないからあること事態知らないぜ」

　俊也は余裕の表情であった。

「いいなあ」

　和雪は当然のごとく羨む。

「俊也くん、ダメだよそんないい加減なことしちゃっ！　保護者向けの配布物は全部渡さなきゃ」

「うをわぁぁぁーっ！」

　突如背後から、やや険しい表情を浮かべた晴実に両肩をぐーっと押し付けられ、俊也はびくーっと反応した。

「俊也、そんなに驚かなくても」

　和雪は楽しそうに笑う。けれども彼の心の中は不安でいっぱいだった。

まもなく始まった三時限目、英語。

開始から五分ほど過ぎた頃、

やっぱり、来たか。姉ちゃんはなんて格好してるんだよ。ここはコスプレイベント会場じゃないんだぞ。

　和雪は後ろをチラッと見てみた。

　宣言通り、和雪の母と姉は見に来ていた。しかも晴実のお母さんといっしょに。

　和雪の母は無駄に厚化粧して、梅雨らしく青紫系のアジサイ柄ワンピースを身に着けていた。さらに白の厚底ブーツという組み合わせ。雪英はなんと、ゴスロリファッションだった。晴実の母はココア色の夏用カーディガンにグレーのスカート、黒色のハイヒールという無難な格好をしていた。このクラスで他に見て来ている父兄の方々は十数人いた。

「では先生が今から黒板に書く日本語文をノートに写して、各自英訳してね」

　播野先生はそう告げると白チョークを手に取り、『急に空が灰色の厚い雲に覆われ暗くなってきた。じきに雨が降るかもしれない。傘を持ってくればよかった。』と板書した。

　それから約三分後、

「皆さん出来たかな？　当てるわね。トゥデイイズジューントウェンティワンの三時限目だから、№サーティーンのミスター西風」

「はっ、はいーっ！」

なんで十三番？　普通二十一番だろ。

　いきなり当てられてしまった和雪はガバっと椅子を引いて立ち上がり、黒板前へと向かう。白チョークを手に取ると、

Ｓｕｄｄｅｎｌｙ，ｔｈｅ　ｓｋｙ　ｉｓ　ｃｏｖｅｒｅｄ　ｗｉｔｈ　ｇｒａｙ　ｔｈｉｃｋ　ｃｌｏｕｄｓ，　ａｎｄ　ｇｅｔｔｉｎｇ　ｄａｒｋｅｒ．　Ｉｔ　ｍａｙ　ｒａｉｎ　ｓｏｏｎ．Ｉ　ｓｈｏｕｌｄ　ｈａｖｅ　ｂｒｏｕｇｈｔ　ｍｙ　ｕｍｂｒｅｌｌａ．

とやや緊張気味に板書した。

「Ｙｏｕ　ａｒｅ　ｃｏｒｒｅｃｔ！　よく出来ましたね。スペルミスもありません」

　播野先生は笑顔で褒めてくれる。

あっ、当たってたのか！

　和雪は上手く答えられた自分自身に驚いていた。

あら和雪、やるじゃない。

　母も意外に思ったようだった。

やったね和雪くん。でも私、正直、和雪くんが正解出来るとは思わなかったよ。

　晴実もちょっぴり驚いていた。

和雪、おめでとう。頑張ってるね。

　雪英はきっと正解してくれると思っていたようだ。

　　　　　　　　　＊

「カズユキくん、英語は苦手科目と言いつつけっこうやるじゃん」

　カナートは和雪の自室から、モニターを通じて嬉しそうに眺めていた。

「英語はオセアニアの全域で通じるし、国際人になるための必須言語だから、Ｍａｓ・カズユキはこの調子でもっと英語力を伸ばして欲しいぜ。アタシもＭａｓ・カズユキ達の通ってる学校の授業、いっしょに参加したいぜ。今から忍び込んで来ようかなぁ。見つからねえようにツェツェバエに変身して」

　そんな計画を企てたグアバに、

「グアバさん、ミナ達が外に出ると、この辺り一帯気候変動を起こしてしまう可能性があるので基本的にお外へは出ず、和雪さんの自宅に引き篭っていた方が良いと思います。ミナ達は本来ならフィギュアでもありますし」

　フィヨルドはにこっと微笑みかける。

「……分かりましたのだＭｂａｋ・フィヨルド。今後は緊急の場合を除き、Ｍａｓ・カズユキ宅内部から外へは出ません」

　するとグアバは本能的に引き留まったのだった。

　三時限目終了後の休み時間。

「かずゆきのリアル姉、授業参観にあの格好で来るとはなかなかのツワモノやな」

「西風君、あんなにオタク文化を理解してくれる楽しいリアルお姉さんがいることを誇りに思うべきですよん」

　俊也と秀則は雪英に関してこんな感想を述べてくる。

「姉ちゃんは羞恥心低過ぎる性格を何とかして欲しい」

　和雪は呆れ顔で主張したのだった。