プロローグ
「トムヤムクンとグリーンカレーかぁ。和雪くん、やっぱり辛いの食べるんだね」
「うん、俺、熱帯地域の料理ではタイ料理のこの二つが特に好きだな。晴実ちゃんはサークー・ガティとブコパイと、ハウピアとオンデオンデ一個ずつだけ選んだんだね。それだけだと少なくない? 食後のデザート分くらいの量しかないし」
「じゅうぶん足りるよ♪ 熱帯は憧れの場所だよね。フルーツいろんな種類採れるし、ヤシの木とかハイビスカスとかガジュマルとか、植物も魅力的なの多いし、海もエメラルドグリーンですごくきれいだし。年中蒸し暑いことと虫が多いのは嫌だけど」
「俺は熱帯の昆虫も魅力的に感じるけどね。コーカサスオオカブトとかハナカマキリとかジンメンカメムシとか」
「私もジンメンカメムシさんは見てて楽しいなって思えるけど……」
五月最終水曜日。北摂のとある府立進学校、豊中塚高校のお昼休み。ハワイ&東南アジアトロピカルフェア開催中の学食にて一年三組の西風和雪は同じクラスの幼馴染、光久晴実と仲睦まじく会話を弾ませていた。丸顔ぱっちり垂れ目、ほんのり栗色ナチュラルストレートヘア。背丈は一五五センチくらいで、おっとりのんびりとした雰囲気の子なのだ。
お互い会計は別々に済ませ、座席に向かい合わせに座ると、
「和雪くん、これ、似合うかな?」
晴実はメニューのおまけについて来た、赤いハイビスカスの髪飾りをつけて照れくさそうに問いかけてくる。
「うん、似合ってると思う」
和雪は一瞥すると、ちょっぴり緊張気味に答えた。
「ありがとう♪ この髪飾り、ハワイアン雑貨っぽくてすごく気に入ったよ。いただきます。んっ、美味しい♪」
晴実はとっても嬉しそうに微笑んで、ココナッツミルク色に煌くハウピアをスプーンで掬ってはむっと頬張る。
そんな可愛らしい姿も見られて、いつもより楽しい思い出が出来た和雪は放課後、親友二人と本屋などに寄り道して別れたあと、閑静な高級住宅街に佇む自宅に向かって独りで朗らかな気分で歩き進んでいく。晴実宅三軒隣な和雪が夕方六時頃に帰宅すると、
「おかえり和雪。うち、擬人化美少女フィギュア作ってん♪ うちの部屋に展示しとるから見に来て」
「姉ちゃん、ついに美少女フィギュア制作にまで手を出したのか。大学生になってキモヲタ度ますますアップしたな。何を擬人化したんだよ?」
階段横で姉の雪英からいきなりこんなことを伝えられ、少々迷惑がった。
「世界の気候やで♪」
「そうか。歴史あまり興味なし地理好きな姉ちゃんらしいね。今日、晴実ちゃんと熱帯地域の話しただけにタイムリーだな」
「そりゃちょうどええやん。さあ、うちの部屋へカモーン」
「分かった、分かった。いててて」
雪英に腕をグイッと引っ張られ、和雪は快く二階にある雪英の自室へ。しょっちゅうべったり懐いてくる雪英のことを和雪はちょっぴり鬱陶しいなと感じることはありつつも、かわいい姉だなっと感じているようだ。
そんな雪英は重度のアニメオタクでもある。とは言え小学校時代まんが部、中学時代美術部、高校時代漫研に所属し、サブカル趣味にのめり込みながらも学業はずっと優秀で今春、東大・京大に次ぐ入学難易度と謳われる旧帝大の文学部に現役合格を果たした。そのため和雪は頭が上がらないのだ。
高校時代までは黒髪ポニテ、丸顔丸眼鏡、一文字眉ぱっちり垂れ目な見た目が地味系文学少女って感じだったけど大学入学を機に、髪型はほんのり茶色染めセミロングふんわりウェーブにプチイメージチェンジした。幼児期からの趣味の絵もかなり上手く、将来の夢は漫画家。他にイラストレーター、声優、ラノベ作家にもなりたいなぁっとも思い描いてるみたい。
まだまだ夢見る少女な雪英の自室はフローリング仕様で広さは七帖。窓際の学習机の上は学用品、おしゃれなデザインのノートパソコンが勉強しやすいようきれいに整理整頓されていて、几帳面さが窺えた。机棚にはビーズアクセサリーやオルゴール。シロクマ、ウサギ、リス、ネコ、インコといった可愛らしい動物のぬいぐるみもたくさん飾られ、普通の女の子らしいお部屋の様相が見受けられる。だが、机以外の場所に目を移すとアニヲタ趣味を窺わせるグッズが所狭しと。
本棚には計数百冊もの少年・少女・青年・成年コミックやラノベ、アニメ・マンガ・声優雑誌に加え、18禁含む男の娘・百合同人誌まで。DVD/ブルーレイレコーダー、48V型液晶テレビも所有している。アニソンCDやアニメブルーレイも多数所有し専用の収納ケースに並べられていた。エロゲーも数本含まれている。
クローゼットの中には普段着の他、猫耳メイド・巫女・魔法少女・幼稚園児・ナース・バニーガール・チアガールなどのコスプレ衣装やゴスロリ衣装も揃えられ、本棚上や収納ケース上には萌え系ガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみがバリエーション豊富に飾られてある。さらに壁全面と天井を覆うように人気女性声優や、萌え系アニメのポスターが多数貼られてあるのだ。女性ながら、男性キャラがメインの腐向けアニメはさほど好きではないらしい。ベッド上にはロリ美少女キャラの抱き枕まであった。
「じゃ~ん♪ これやで」
雪英は学習机の上に置かれた五体の手作りフィギュアを得意げに見せびらかす。熱帯、温帯、砂漠、冷帯寒帯、高山。計五つの気候を一つにつき一キャラずつ一体ずつ、可愛らしい女の子達に擬人化しフィギュア化したのだ。石粉粘土製、全て立ち姿で高さは十三センチから十七センチくらいあった。
「けっこうかわいいな。ちょっと歪だけど、初めて作ったにしては上出来だと思う」
和雪は不覚にも興味を示してしまった。
「サーンキュ♪ 今度は和雪の等身大フィギュア作ったげるわ。丹精込めて」
「いらねえ。絶対やめてくれよ」
雪英からにやけ顔で言われ、和雪は顔をしかめる。
「もう、嫌がらんでも。この子達、キャラ名もその気候に関する用語を元に命名したよ。五人合わせてクライメートガールズよ。こっちはこの子達のドールハウスよ」
「ただの世界地図じゃん」
聡実が南北五〇センチ東西八〇センチサイズくらいの布製地勢世界地図を広げたことに、和雪は素の表情で突っ込む。
「気候なこの子達にとっては地球がハウスなんよ。この上の適した位置に飾っておくと様になるよ。本当は地球儀にしたかってんけど、それやと上に乗せれんからね。あと、これは設定資料集。イラスト化したこの子達が対応の気候の特徴を詳しく解説してくれる仕様になってるの。セリフ考えたんはうちやけどね。この薄い本も和雪にプレゼント♪ よかったらおかずに使ってね。うちの今までの人生で一番気合い込めて製作したで」
雪英はやや興奮気味に伝え、計五冊の設定資料集も併せて手渡してくる。
「一通り拝見してやるか」
和雪は五体のフィギュア、世界地図型ドールハウス、設定資料集五冊を抱え込むようにして受け取ると、この部屋から出て行き斜め向かいの自室へ。学習机の上はきれいに整理されていて、雪英同様勉強しやすい環境になっていた。さらに飾られてあるアニメグッズもよく似た系統なのだ。雪英にはインパクトでかなり劣るものの。この手のアニメに小四の頃から嵌っていた雪英に影響されて、当初「女の子が見るアニメだから」と毛嫌いしていた和雪も小六の夏休みには嵌るようになってしまったわけである。




