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愛犬「ポチ」

作者: 小松八千代


 我が家の愛犬ポチは、体長五〇センチほどの雄の中型犬。長めの毛は茶色が少し混じっているがほとんど白。短足で、ペキネと雑種のかけ合わせらしい。ペキネのようにおすけ口ではないので、鼻筋通ってかわいらしい。

この国では、飼い犬でも勝手に道路を歩いていたり、寝そべっていたりする。

家のポチも鉄柵をするりと抜けて外へ出て行ってしまう。それで、家の中に閉じ込めると、怒って冷蔵庫におしっこをかける。始末に負えない。

どこかの雌犬が発情したときなどは、ぞろぞろと一〇匹ぐらいが群れになって歩いている。ポチもその群れの後尾の辺りをいつもついていく。とてもとても大きな犬にはかなわないので、雌にありつけるはずがない。それでも、人一倍自尊心が強く、俺は男だと思っているようだ。

お隣では大型のシェパードを飼っていて、このシェパードと時々鉄柵越しにやり合っている。ポチは、シェパードが柵より中へ入れないことが分かっているので、鉄柵の桟に前足を乗せてガヮン、ガヮン吠える。吠え負けしてシェパードが退散すると、フンと鼻を鳴らして、短い足を跳ね上げて、辺りにおしっこをかける。勝ったぞといわんばかりである。

とにかく、戸が閉まっていると強いのである。

門扉が開いていたら大変。ある時、私が裏口から玄関口のほうに回ってみると、隣のシェパードが来て鼻面を地に這わせながら匂いをかいでいる。シェパードの鼻先がだんだんポチの方に近づいてくるのだ。

ポチは肩をすぼめて小さくなって、クウッともいわない。ワンとでもいおうものなら、即座に大きなシェパードに押さえつけられてしまう。私が近づくと情けない顔をして、上目遣いに私を見て、早く中に入れてよう。それで、玄関の戸を開けると慌てて中へ走りこんだ。

この隣のシェパードはおとなしくて、怒ってもポチを押さえつけるだけなのだが、隣のその隣の黒いドーベルマンは獰猛なのだ。いつも鉄柵の中にいて、めったに外には出ない。ドーベルマンが柵から出られないことをいいことにして、ちょっかい出しに行くのである。柵越しにガヮン、ガヮンやっては、勝ち誇ったようにして帰ってくる。

それがある時、ドーベルマンの家の門扉が開いていたので大変なことになった。前々からちょっかい出されて頭にきていたドーベルマンは、外をうろうろしていたポチを見つけるや否や飛びついてきたのだ。あっというまに押さえつけられて、噛みつかれて、振り回されて、ギャギャンと鳴いたら後は声も出ない。もう瀕死の状態で気絶してしまったようである。通りかかった男の人がベルトを引き抜いて、ドーベルマンの尻を叩くが、びくともしない。私もポチの鳴き声に気がついて飛び出していって、石を投げたり砂をかけたりしたが、振り向きもせず、狂ったようにポチに噛み付いている。

もう、どうすることもできない。なにしろこのドーベルマンはチブロン(鮫)と言う名前で、気が立っているときは人にでも飛びついていきそうである。

ドーベルマンはぐったりしたポチをくわえて自分の家のほうへ運んでいく。まるで獲物のウサギでもくわえているようである。

私は、半泣きになってポチポチと叫んでいるところへ、ドーベルマンの主が出てきて頭をポンと叩いたら、やっとくわえていたポチを放した。

それからポチは一ヶ月間患った。足や太ももの辺り、腹のほうも何箇所も噛まれている。ちょうど首のところは噛まれてなかったので何とか助かった。

ところが、このポチは性懲りもせず、またまたドーベルマンの所へ出かけていって、鉄柵越しに、ガヮン、ガヮンやっているのだ。その度に、私は走っていってポチを抱えて連れて帰る。誠に厄介な犬だ。それで、またある時、鉄柵の桟に掛けていた前足の指先を噛みつかれて、ギャンギャン悲鳴を上げて帰ってきた。指の先がこっぽりなくなっている。これでポチは三日間寝込んでしまった。

また、こんなこともあった。冷蔵庫が壊れて、業者さんを呼んで修理をしていた時のことである。電源から引っ張ってきていた長いコードに繋ぎ合せている個所があって、そこの部分が銅線丸出しで、裸線のままだ。

「うわぁ、これって、電気が通てるでしょう。危なくないの」

「大丈夫ですよ。誰も触りませんから」と、言ってるところへ、ポチが外から走り込んできた。ああぁっ、通ちゃだめよ、と言おうと思ってる間に裸線を踏んでしまったから、たまらない。ギャワンギャワンと断末魔のような叫び声をあげて五メートルぐらい吹っ飛んでしまった。それで、腰が抜けてしまったのか、ズルズルとお尻を引きずって、前足で這うように二、三歩いざって止まった。ついでに、うんことおしっこも出てしまったのか、床に糞と小便が飛び散っている。

皆、あんぐり口を開けたまま呆然となっている。

うわぁ、やられたぁ!私はポチのところへ駆け寄った。あっ、まだ生きてるわ。よかった。目を開けて息はしているが、視線は虚ろで放心状態。

ほっとしながら、危うく感電死しそうになったポチを抱きかかえて、流し台に持って行って、糞もぶれになったお尻を洗ってやる。

それで後ろ足もやっと立つようになって、ひょろひょろしながら歩いて行ったが、その日は舞い込んで寝たまま起きてこなかった。

パラグアイでは、クリスマスとお正月の夜は花火をならす。クリスマスの夜中の零時、大晦日の除夜の鐘がなるころ、いっせいに花火を上げるのである。それぞれが家で鳴らすので大きな花火ではなく爆竹のようなものだ。

ポチはまたこの花火が大好き。大きな犬は耳が良く聞こえるので爆音が怖いらしい。隣のシェパードもその向こうのドーベルマンもがたがた震えながら、洗濯機や家具の隅っこ、机の下などにもぐりこんで、おしっこを漏らしたりしているのである。

ポチは花火が鳴り始めると、喜んで子どもといっしょに走り回る。それでここでいうアヒートと言って、ニンニクのかけらのような花火を口にくわえて鳴らすのである。この花火は床に投げつけると火薬が爆発してなるようになっている。それを口にくわえて、噛んで鳴らすのである。口から火花が出ているのに熱くないんだろうかと思うけど、いくつでもバンバン鳴らすのだ。

人間様といっしょにワンワン騒いで年を越して、犬にしては長い十五年の生涯を全うした。



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