第06話 響く旋律は結界、振るわれるは戦斧
大口を開け、その鋭い牙をもって、噛み付かんとする灰狼等に、修也並びに、男子達が身構える。
雪菜はそれを横目に、内心で呟く。
(防壁の歌声)
深く吸い込んだ息を吐き出す。
それは、緩やかな旋律を奏で、空気を震わせる。
周囲の生徒等が思わず、視線を向けるも、雪菜は構わずに歌う。
「call my name. call my name. 」
美しいソプラノで、奏でるはバラード。
「ちょ、せつッ……?!」
「グアァウッ!!」
突然の友人の奇行とも思える行動に、美夜が声を上げようとして、灰狼の鳴き声に掻き消される。
そして、雪菜の歌声に混じり、鈍い激突音と、「キャイン!」と言う甲高い鳴き声が、この場に響いた。
「え、は……?」
誰ともなく、困惑と驚愕の混じる、素っ頓狂な声が零れた。
「これは……透明な壁、か?」
いち早く我に還った修也が、訝しげに呟く。
その視線の先にあるのは、創作物でよく見掛ける、結界、バリアなんて呼ばれているものに極似した、半透明な壁。
自分達全員を守るように、全体を包み込む、半透明なドーム状の何か。
それが灰狼達の攻撃を防ぎ、弾き、一切の干渉を妨害したのだろう。
「 so that...won't forget. Do not lose it. 」
雪菜は自分の思う通りに張られた防壁と、その回りを囲い、時折破壊しようと激突して来る灰狼の様子を窺いながらも、尚も歌い続ける。
防壁の歌声は歌っている間のみ、有効化されるスキル。
現状、雪菜が歌うのを止めてしまえば、灰狼にまた襲われてしまう。
雪菜は諦めて何処かに行ってくれたらいいのに、と内心で思う。
「これが、栗原さんのスキル……」
永久が雪菜を見つめ、ぽつりと呟く。
すると、それに続くように周囲の生徒達が口々に、「栗原さん、すげぇ」「栗原さん、凄い」と感嘆の声を零した。
丁度、その直ぐ後だ。
現状が更に変化するのは。
「疾風の斬撃」
唐突に、響いたのは酷く冷たい男の声。
次いで、無数の風の刃が、灰狼と雪菜等を切り刻まんと吹き荒れた。
雪菜はひくり、と口元を引きつらせるも、歌い続け、風の刃は雪菜達には当たる事なく、防壁に防がれる。
けれど、雪菜達と違い、防壁を持たない灰狼が、その代わりとでも言うように、無惨に切り裂かれてゆく。
生々しい肉を裂く音と、血飛沫の上がる音。
灰狼の悲痛な鳴き声。
鋭利な風が吹き荒れる音と、防壁に弾かれる音。
目の前の酷く、異常な光景に、皆一様に顔を歪め、悲鳴より先に襲い来る吐き気に耐えるように、口元を手で覆う。
それでも、歌い続けなければならない雪菜は、吐き気の元である視角情報を遮断するべく、目を瞑った。
「貴方達が邪神の言っていた駒、ですね」
風の音と灰狼の鳴き声が止み、木々の隙間より一人の男が現れる。
真っ黒い軍服に、ユニコーンの描かれたエンブレムを胸に付けた、短いふわふわの翡翠の髪に、同様の瞳を持つ男だ。
先程と同じ声である事から、この惨状を生んだ犯人である可能性が高いだろう。
「……っ邪神の駒、とは? 貴方は、誰ですか?」
「人に名を訊ねる時は自分から名乗るのが礼儀かと思いますが、僕は優しいですからね。名乗って差し上げましょう。軍事国家アルトロメリアが国軍大佐、マリク・スーヴェル。以後、お見知り置きを?」
現状を理解し切れずも、修也が何とか言葉を紡ぎ、件の男──マリク・スーヴェルに訊ねる。
マリクは嫌な笑みを浮かべながら、そう淡々と名乗った。
自分は国軍の大佐である、と。
不穏な空気に、雪菜は閉ざしていた瞼を開き、様子を窺う。
灰狼の死体は極力見ない振りだ。
(軍服? コスプレ? ……な訳ないか)
本当はもう少しマリクに付いて思考したい所であったが、如何せん、雪菜はまだ不足の事態に備えるように、歌い続けているのだ。
余り思考に意識を回せば、歌が止まってしまう。
雪菜は仕方なく、思考を止めて、断片的に話を聞き取る程度で、歌い続ける。
「大佐~、イリスちゃん帰ってい~ですか~?」
マリクの名乗りを聞き、修也が何か言おうと口を開いた所、それを遮るように、酷く気怠げに間延びした女の声が響いた。
草を踏みしめる僅かな足音を立て、現れたのはさらさらの長い銀髪に金の瞳を持つ、まだあどけなさの残る可愛らしい顔立ちをした、十代後半程度の小柄な少女。
服装はマリクと同様の軍服であり、違いと言えばイリスの場合はパンツではなくミニスカートにニーハイソックス、黒の編上げロングブーツを履いている事、それに……彼女の身丈程もある大きな、紫と黒の配色がされた戦斧を引き摺っている事だろうか。
「女の子……?」
八重子から、ぽつりと呟きが零れた。
「ん~? イリスちゃんは、国軍中佐のイリス・ロックバレーでありま~す。ひんぬーって言った奴は抹殺しま~す」
耳聡く呟きを拾った少女──イリス・ロックバレーは、何とも気の抜けるような顔で、声で、そう告げる。
そして、ぶんっ、と風を切りるように戦斧を振るい、構えた。
「イリス。任務中ですよ? お仕置きされたいのですか?」
「うえぇ~、大佐ってば鬼畜~! イリスちゃんは働きたくないのに~! でも、大佐のお仕置きは洒落にならないからイリスちゃん、ちょっと頑張る~」
マリクの射貫くような鋭い眼光がイリスに向かい、イリスは態とらしく震えて見せると、地面を蹴った。
小柄な体躯に似合わない戦斧を構えての跳躍。
本来なら、重さにより余り跳べないであろう、それは重さを感じさせない程、軽やかであった。
スカートの裾がひらりと舞う。
思わず視線はイリスを追い、次のイリスの行動を予測し、皆が息を飲んだ。
「 ぶっ壊れろ~! イリスちゃんの、ぐーたら生活の為に~」
とんでもない言葉を紡ぐのは、変わらない気の抜ける声。
けれど、確実に表情は変化していた。
イリスの気怠げな雰囲気は成りを潜め、刺々しい殺気を纏い、表情は冷え冷えとしたものとなり、瞳は獲物を狙う肉食獣のように細められる。
「いやあぁぁぁぁ!!」
激しい音と共に、防壁上に跳び上がったイリスが力の限り、戦斧を叩き付ける。
防壁に弾かれる勢いで身体が上空に浮くように調整し、地に足を付ける事なく、何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、降り下ろされる刃。
いのりが堪らず悲鳴を上げ、縋るように美夜に抱き付く。
「鑑定ッッ……!!」
美夜は震えるいのりを抱き締め返しながら、イリスを見据え、スキルを使用する。
そして、浮かび上がった鑑定結果は────
「か、鑑定不可ッ……?」
美夜はぎょっとして、イリスを見つめ、イリスはニヤリと笑う。
「低レベルの鑑定に掛かるイリスちゃんじゃないよ~?」
ひびはまだない。
壊れる様子もない。
けれど、イリスにより防壁は攻撃され続ける。
「 Does the temperature of the falling tears reach the mind?」
イリスによる攻撃は、灰狼の比じゃない程の衝撃を防壁に与える。
歌を止めれば、マリク、イリス等に何をされるか分からない。
雪菜は顔を顰めながらも、歌い続けた。
「貴方達は何が目的ですか?! 何故、こんなッ……?!!」
修也が大斧を振るうイリスを警戒しながらも、声を荒げてマリクに問う。
マリクは「そうですねぇ」と、顎に手を添える。
「我々の目的は貴方方の捕縛。ああ、反抗的な場合は始末していいと言われていますので……正しくは捕縛兼抹殺、でしょうか?」
そして、マリクは表情に影を落とすと、先程イリスが言っていた鬼畜と言う言葉を体現するように、冷たく、嘲るかのように笑った。
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イリスの瞳が赤目→金目に変更になっております。
ここら辺は、お試し版とあまり変わらないですね。
次回更新は、日付が変わった頃を予定しております!
以下、おまけ。
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イリス「くああぁぁっ……!」
マリク「随分と大きな欠伸ですね、イリス」
イリス「イリスちゃん眠いんですよ~、大佐~」
マリク「そうですか。では、寝ないように任務を頑張ってくださいね」
イリス「……帰ったら」
マリク「普通に考えて駄目でしょうね」
イリス「……」
マリク「ああ、勝手に帰ったらペナルティーとして……フフフフフフ」
イリス「あ、あーあー! なんかイリスちゃんやる気出てきたなぁ~?!」
マリク「そうですか、それは良かった」
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