第44話 勝つは歌姫かはたまた悪魔か
(これ、本当に私のステータス? これなら、いける。けど……)
ステータスを確認した雪菜は、目を瞬かせるも、直ぐに今は戦闘中だと首を振る。
「Put a bullet in the gun」
「この、くそ女くそ女くそ女アァァァァ?!!!!」
男は余程頭にきたのか、怒りの咆哮を上げながら、翼を羽ばたかせて、雪菜に突っ込む。
雪菜はそれを視界に捉えながら、歌い続ける。
「くそっ、くそっ、くそっ……!! 何で、当たらねぇ……?!!」
男は雪菜に拳を振り翳すも、往なされ、当たらず、ただただ苛立ちだけが募る。
雪菜は歌による身体強化により上がったステータスを活用して、男の攻撃を見切り、対処していく。
(魔物は、殺せた。けど、人間は…………。敵である事に変わりはない。こちらを殺そうとした事実も、変わらない)
雪菜には、踏み切れない一線がある。
その一線こそが、目の前に居る男だ。
この男を、殺さずに倒す?
ううん、それじゃあ、きっと駄目だ。
殺さなければ、殺される。
この男は、確かに私達を殺しに来たのだ。
なら、ここで殺さなければ、後々に影響が出る。
私が今この男を殺さずに倒せたとして、再び私達の前に現れた時、戦えないクラスメイトの誰かが対峙したらどうなる?
雪菜は迷いを見せる思考と並列して身体を動かし、男の攻撃を躱して、足払いを掛ける。
男は翼を駆使して、雪菜と距離を取るように後ろへ飛んで躱すと、悪態を付き、詠唱を始めた。
「っだぁ、くそ! 黒き帳へと閉ざすものよ」
それは恐らく、何らかの強力な術の準備だろう事は明白。
雪菜は目を細めると、一気に加速して距離を詰める。
「その悪辣なる意思に基づき、矛を落とせ!」
シルビィ達の結界は維持したまま、自分の身体強化の精度を高める。
私は私の今すべき事をしよう。
この男を殺す事と、私達全員の身を守る事が同義ならば、迷ってはいられない。
こんな訳の分からない世界で、死ぬ気なんてない。
腹を、決めろ。
「Defeat our enemies」
一気に男の懐まで飛び込み、雪菜が男の顎目掛け、足を振り上げる。
男はその攻撃を両手をクロスさせる事で防ごうとするも、間に合わず、鈍い音と共に蹴りが直撃。
雪菜はそのまま、後ろによろけて、苦悶の表情を浮かべる男に追撃を喰らわせるべく、動く。
「……っっ悪魔の槍!」
雪菜の攻撃により、脳内が揺れる。
男は頭を押さえながらも、完成しきった呪文を発動させた。
それは、黒い光りを纏った大きな槍の姿をしており、追撃に動いていた雪菜の真上より現れ、その身を貫かんと降り落ちる。
(……私の結界よりは脆い)
けれど、雪菜は酷く冷静に、術の強さを判断し、間近に現れた槍に臆する事もなく、雪菜はダガーに結界を幾重にもコーティングし、その槍を叩き折った。
ぱらぱらと、黒い欠片が地面を舞い落ち、溶けるように消えて行く。
男は口元を引き攣らせながら、まるで化け物でも見るような目で、雪菜を見つめた。
「嘘、だろ、おい。そんな……さっきまでと全然違うじゃねぇか?! 話が違う! 何でだよっ、こんな、こんな奴が居るなんて……?!! お前等、ここに来てまだそんなにっっ……?!!!」
男は錯乱したように叫ぶ。
(話が、違う?)
雪菜は男の言葉に対し、僅かに疑問を持つも、ちらりとステータスに表示され始めた薬品の制限時間を確認すると、ダガーをコーティングする結界を一度解き、柄を持つ手に力を込めた。
時間は有限。
この時間が終わってしまえば、雪菜はこの男に勝てなくなる。
「レベル差がある筈だろうがぁぁぁぁ?!!!」
地を蹴り、再び距離を詰めて来る雪菜に、男が我武者羅に拳を振るう。
雪菜はそんな男の拳を往なして、ダガーを男の頸椎目掛けて突き刺すも、ダガーは男の手により、寸での所で掴まれた。
男の手からは血が滴り、互いにダガーを押し合う。
が、途中で雪菜がダガーから手を離した事により、急に力の均衡は崩れ、男が前のめりになる。
「っっ?!」
一瞬目を丸くした男に構わず、雪菜は鳩尾に掌底を打ち込む。
「っが!!」
雪菜の攻撃をまともに喰らった男は、ダガーを地面に落とし、よろよろと後退する。
今度こそ、雪菜は追撃せんと、歌導術に新たな指示を加えて歌う。
(強化版、似非風の刃)
雪菜がスキルの発動場所を決めるように、男に向けて右手を翳すと、風の刃の生成を行う。
歌により生み出された風の刃は、今まで使用していたものよりも強力に作用し、男の身体を後方へと吹き飛ばす。
飛ばされた男の身体は、鋭利な風に切り裂かれ、多量の血液を垂れ流しながら、そのまま地面に叩き付けられた。
けれど、まだ戦う意志があるのか、男は上体を起こし、「うあああぁぁぁッッ!!!!!」と叫び声を上げながら、こちらに手を向けて悪魔の風を放つ。
「Get ready now.」
黒い風の刃が、雪菜に向かうも変わらずに紡がれる歌による結界により、それは届かない。
男は、自分の術が結界に防がれるのを見た後に、がくりと糸が切れたように仰向けに倒れ伏した。
男の身体から流れ出る血は止まらずに、まるでペンキでも零したかのように、地面を真っ赤に濡らしていく。
「……止め」
雪菜は地面に落ちたダガーを拾うと、ぎゅっと握り直し、倒れた男の前へ歩み寄る。
「は、別に刺さなくても、もう……」
多量の血溜まりに横たわる男の姿を見下ろし、雪菜はそう呟く。
そして、ダガーを持つ手をだらりと下した。
放って置いても、この男は死ぬだろう。
この出血量では、まず助からない。
悪魔なのか、人間なのか、分からない男。
死因は、きっと出血死だ。
男を雪菜が殺す事実に、変わりはないが。
(ああ、そういえば……この支払った代償は何処へ行くんだろう)
ふと、一抹の疑問が脳裏を過り、そうして雪菜の意識は途切れた。
最後に聞いたのは仲間の声。
驚愕と焦りを織り交ぜたような、自分を呼ぶシルビィ達の声。
力の入らなくなった身体は、どさりと地面に崩れ落ちた。
『薬品の効能が切れました。歌導術LV10が歌導術LV6に後退しました』
『スキルの効果が切れました。ステータスの上昇値が後退しました』
『熟練度が一定値に達しました。偽証LV2から偽証LV3にレベルアップしました』
『経験値が一定に達しました。レベルが14から15に上がります』
『経験値が一定に達しました。レベルが15から16に上がります』
『経験値が一定に達しました。レベルが16から17に上がります』
『経験値が一定に達しました。レベルが17から18に上がります』
『経験値が一定に達しました。レベルが18から19に上がります』
『経験値が一定に達しました。レベルが19から20に上がります』
『経験値が一定に達しました。レベルが20から21に上がります』
『経験値が一定に達しました。レベルが21から22に上がります』
『経験値が一定に達しました。レベルが22から23に上がります』
『経験値が一定に達しました。レベルが23から24に上がります』
『解放条件が満たされました。スキル、韋駄天LV1を取得しました』
『取得条件が満たされました。称号、歌導術師を取得しました』
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大変、お待たせ致しました!
これにて、長かった加鳥くんの救出が終了です。
次回からは閑話を挟んだ後に、街に戻ります。
以下、おまけ。
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帰還組の道中2。
和泉「さっすが、幸村くん! 他の頼りになんない人達とは大違いだよね!」
叶太「おい、辛辣か……!」
鈴代「それを言うならお前もだろう、桃智。護衛役はどうした?」
和泉「はぁ?」
叶太「こっちも辛辣……?!」
葵「お、落ち着いて……!」