第43話 VS悪魔化
「ッッ、あ、ぐ…………!!」
シルビィへと伸ばされた男の手が、その白く細い首を掴み上げる。
宙に浮かされた身体。
地より離された両足が揺れる。
「っステータス、オープン」
視界の先で、首を絞められるシルビィの姿に、雪菜は焦ったように、ステータスを開き、横目で確認する。
HPなどの基礎能力には、変化なし。
レベル、称号にも変化はなし。
スキルにも、変化なし────あるスキル、一点を除いて。
(あ……)
『歌導術LV10』
一つだけ。
そのスキルだけが、レベルMAXであるLV10にまで上昇していた。
(LV5、エラー。LV6、エラー。LV7、エラー。LV8、エラー。LV9、エラー………………何、これ)
雪菜は素早く、歌導術のスキル に鑑定を掛ける。
LV10、奇跡の歌。
歌を媒介とし、代償を支払う事で奇跡を引き起こすユニークスキル。
代償に縛りはなく、自分が持つものであれば、血でも、髪でも、命でも、臓器でも、感覚でも、何だって構わない。
ハイリスクには、ハイリターンを。
(奇跡の歌?)
表示された鑑定結果に、雪菜は僅かに固まる。
奇跡を引き起こすユニークスキル。
奇跡、とは、果たしてどの程度が含まれるのか。
それは、誰かの定義か、世界の定義か。
はたまた、雪菜自身の定義によるものか。
(ッ代償は血液、流れ出してるのも使えるでしょ)
固まってる場合じゃない。
迷っている暇もない。
雪菜は身体を起こし、少々よろけながらも、立ち上がる。
出来るかどうかじゃなく、やらなくちゃいけないのだ。
生きる為には、身を守る力が必要だ。
あいつに、殺されないだけの力が。
「ぃ……ぁ……っ」
シルビィは、緩やかに絞められる首に、苦悶の声を上げながら、男の手を精一杯叩く。
けれど、男の手はびくともせず、力は緩まない。
気道は故意的に閉ざされ、徐々に酸素が肺へと運ばれなくなる。
────苦しい。苦しい。苦しい。
酸欠による苦しみからか、彼女の目尻に溜まっていた涙が、遂に溢れ、頬を伝って零れ落ちた。
「I am ready」
雪菜は一気に駆け出す為に、足を踏み込む。
それと同時に──歌を歌う。
「This body is a steel blade」
奏でる音色は、激しく攻撃的。
使用するスキルは歌導術LV10、奇跡の歌。
歌に乗せて望む奇跡は、今を戦う力。
痛みの軽減。
身体能力の上昇。
風による加速。
頭から頬へ。
顎から地へ。
流れ落ちた筈の血液が、対価しとて消費されているのか、宙で掻き消える。
「My heart has cooled down」
痛みは和らぎ、ふっと軽くなる身体。
脳内でイメージした通りに、能力が発動する。
雪菜は身体の痛みが軽減されているのを感じながら、歌による加速に乗り、地面からダガーを拾い上げ、男との距離を一気に縮めた。
「?!! ……っんだよ、急に?!」
雪菜は瞬時に、男に向けて手を振り下ろす。
歌は奏でたままで、風の刃の付加を、と望みながら、シルビィの首を掴む男の手へと。
雪菜の持つダガーを包むように、風が逆巻く。
男は自らの腕が切り落とされるような錯覚を覚え、反射的にシルビィの身体を雪菜に放り投げて、後ろに飛び退く。
その頬を、僅かに冷や汗が伝う。
雪菜は投げられたシルビィの身体を、素早く抱き留めた。
「せつ、な……さ、ま?」
「うん、雪菜だよ。シルビィさん、今からあいつをどうにかするから、皆の所で待っててね」
けほ、けほ、と噎せながらも、シルビィが雪菜の名前を呼ぶ。
雪菜はシルビィを安心させるように、そう言って微笑み掛けると、横抱きに抱き上げ、倒れ伏す精市達の傍へと下す。
「可能だったら、待ってる間、赤坂くん達の治療をお願い」
「は、い……はい、セツナ様」
シルビィが小さく頷くのを見届けてから、雪菜はダガーを構え、男と再び対峙した。
男は何処か、雪菜を警戒するように睨む。
「てめぇ……何のスキルを使いやがった……?!」
「……Black sky just overlooks me」
雪菜は男の問いには答えずに、再び歌い出す。
男は眉根を寄せると、舌打ちして、雪菜に向け、手を翳した。
(脳のリミッターを外す。身体が破壊がされないように補助。痛みの軽減。シルビィさん達及び、私に結界)
雪菜は男を見据えながら、素早く思考を巡らせる。
「悪魔の風!」
男の掛け声と共に、先程と同様に黒い風が吹き荒れ、雪菜の張った結界を激しく切り付ける。
が、雪菜は構わずに、結界を維持したまま駆け出す。
(早く、もっと早く)
身体能力の向上に加え、風を纏って加速する。
雪菜はその勢いのままに、男に向けてダガーを突く。
男が横に上体を反らして、ダガーを躱すと、今度は男の首元目掛けて、左足による上段蹴り。
それも右腕で防がれると、今度は男の顎を蹴り上げんとして、右足を振り上げる。
「っくそ、何だってんだ!」
最初より速度も力も上がっている雪菜の攻撃に、男は不機嫌そうに吐き捨てながらも、上体を反らせて躱す。
そして、距離を取るように後ろに飛び退いた。
「悪魔の泡!」
男は手を翳し、声を張り上げる。
その声に反応するように、空気中の水分が集まり、真っ黒な球体──幾つものサッカーボール大の泡を作り上げた。
男が手を上下に動かすと、それは一斉に雪菜に向かう。
「Salvation is not given to me」
雪菜は変わらずに、歌い続ける。
黒い泡は雪菜に触れる事なく、全て張られた結界に阻まれ、地面へと弾け飛ぶ。
散った泡は、地に触れてじゅうっと音を立てた。
(酸?)
雪菜は飛び散った泡を見て、首を傾げながらも、ダガーを構え直す。
男が狼狽したように、「何で効かない?! 何でそんな強度の結界を張って魔力が続く?!」と吠えた。
男の言葉に、雪菜が開きっぱなしのステータスを横目でちらりと見遣ると、ステータスは雪菜の願いに応じて加速度的に上昇していた。
その上がり方は、目に見えて異常と言えるだろう。
レベル14
名前:セツナ・クリハラ
種族:人間
性別:女
体力値:214/34+200(スキルにより上昇中)
魔力値:2135/410+2000(スキルにより上昇中)
物攻値:21+100(スキルにより上昇中)
魔攻値:78+500(スキルにより上昇中)
物防値:18+100(スキルにより上昇中)
魔防値:80+500(スキルにより上昇中)
俊敏値:87+500(スキルにより上昇中)
器用値:23+100(スキルにより上昇中)
精神値:43+100(スキルにより上昇中)
幸運値:7
称号
『異世界人』(偽証中)
『吟遊詩人』
『歌姫』(偽証中)
スキル
『言語翻訳LV1』
『歌LV10』
『歌導術LV10』 (偽証中)(薬品の効能によりLV上昇中)
『鑑定LV3』
『偽証LV2』
『世界地図LV10』
『収納魔法LV1』
幸運値以外全てのステータス値に、スキルによる補正が掛かっていた。
それも、数レベル上がった程度では手に入らない上がり方をしている。
まだレベル14である今の雪菜には、有り得ないようなステータスだった。
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凄い所で一区切り。
雪菜のチート発揮です!
以下、おまけ。
◆◆◆◆◆◆
帰還組の道中1
蛙「ゲコォッ!」
幸村「邪魔だよ」
(飛び掛かってきた蛙を斬り伏せ)
蛙「ゲコ」
幸村「五月蝿いなぁ」
(また飛び掛かってきた蛙を斬り捨て)
蛙「ゲk」
幸村「しつこいのは嫌われるよ?」
(またまた飛び掛かって……以下、略)
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