第37話 今のパーティーでフロアボスに挑むのは無謀だろうか
豚の丸焼き亭。
五グループ、男子部屋。
仁と叶太が不在のその部屋で、彼は一人備え付けの机の前に腰掛けていた。
彼、癖っ毛の金髪に栗色の瞳を持つ、何処か冷然さを感じさせる面持ちの男子生徒──美術部所属の御堂満瑠はただ一人、片手に羽ペンを持ち、机に真っ白な紙を置いて、一心不乱にそれを滑らせる。
ただ、息をするように。
ひたすらに、何かを描いていた。
満瑠の脳内にあるものを表さんと、黒いインクが白紙の上で踊る。
数度ノックが鳴っても、満瑠は気付かずに続けた。
扉の前で、誰かが呆れたような溜め息を吐く。
「……また、描いてるの」
キィ──戸惑いなく開かれた扉。
返事のなかった室内へ、ずかずかと無遠慮に踏み込んで来たのは女子生徒の林檎だった。
僅かに眉根を寄せて、林檎は静かに口を開く。
「俺にはこれしかないからね」
林檎の声が響き、満瑠はようやっと手を止め、振り返る。
「絵を描く以外に、俺は俺を表す術を……俺の存在を伝える術を、知らない」
そう何処か遠くを見ているような目で、満瑠は語った。
寂しげな声色でありながら、無感情のような、まるで人形のような顔で。
付け加えるように、「それに、今は……」と呟かれた言葉は、途中で口を閉ざした事により、最後まで音にはならない。
「満瑠の存在なら、ちゃんと私と叶太くんが理解してる」
「そうだね」
林檎が満瑠の側へ行き、その頬を両手で挟む。
満瑠は小さく笑い、視線を机の紙に落とす。
満瑠の視線の先には、悪魔のような黒い翼と角を生やしたものと、倒れ伏す六人の男女の絵が描かれていた。
◆◆◆◆◆◆
帰還組と晋也捜索組に分かれた雪菜達。
帰還組は階段を上り、晋也捜索組は階段を下り、四階層へと下りた。
四階層目も三階層目と、作りも魔物もあまり変わらずに、特に苦労する事なく進んだ。
四階層目に、精市達は居らず、雪菜達はまた下の階層へと下りて行く。
五階層目、六階層目、七階層目、八階層目、九階層目。
先を行く精市達のペースが早いのか、追い付けずにここまで来た。
出てくる魔物は幼蛙、蛙、褐色蛙、それに井守と言う蛙と同程度の大きさのクリーム色の井守みたいな魔物だ。
階層が進むごとに、相手のレベルが上がっているのか、強くなり、倒し辛くなるが、スキルを使用すれば怪我なく、問題なく倒して行ける程度。
討伐した魔物の魔石は、雪菜の収納魔法に放り込んでいった。
ここまで来る間に、雪菜がレベル12、勇人がレベル10、シルビィがレベル8にまで、レベルアップしていた。
また、スキルもLVが上がり、シルビィは『勇ましい腕LV2』が『勇ましい腕LV3』へ、雪菜は『歌導術LV4』が『歌導術LV5』へ、『鑑定LV2』が『鑑定LV3』へと上昇する。
『歌導術LV5』は、変わらずに横棒の引かれたエラー表示で、『鑑定LV3』は対象のレベルまでを鑑定出来るようになったらしい。
十階層への階段の前。
雪菜達は互いに顔を見合わせると、頷き、階段を下る。
階段を下った先は小部屋のような空間になっており、魔物は居らず、代わりのように奥に大きな扉があった。
そして雪菜達は、その前に見知った赤頭と灰頭を見付ける。
「精ちゃん! 裕ちゃん!」
勇人が真っ先に駆け出し、雪菜とシルビィも、それに続く。
今正に、扉に手を掛けようとして居た二人が、目を丸くして振り返った。
「勇人……に、栗原さんとシルビィさん?」
「加鳥ちゃん助けに向かったって聞いたから、慌てて追い掛けて来た~」
首を傾げる精市に、勇人がほっと息を付くと笑い掛けた。
それに、精市は「そうか、すまないな」と申し訳なさそうに返す。
「加鳥くんはまだ見付かってないんだね」
「ん、加鳥、いない」
雪菜の問いに、裕司が首を横に振る。
(ここにも居ないって事は、最下層まで落ちた? まあ、何にせよ、ここの階層主を倒して行かなきゃならないか)
雪菜は「そっか」と呟き、そこまで考えて、扉に視線を向けた。
「あ、あの……階層主に挑むんでしょうか?」
シルビィが怖ず怖ずと口を開く。
「ええ、仲間が……加鳥がまだ見付かっていませんので」
「そう、ですよね。分かりました。わたくしも、全力でサポート致します! ただ、この階層主ならそこまでレベルは高くないと思いますが、危なくなったら離脱する事をおすすめ致します」
「ありがとうございます、シルビィさん。危なくなった場合は、離脱します。二重遭難は避けなければいけませんから」
ぺこりとお辞儀するシルビィに、精市もお辞儀を返した。
「体力、魔力、回復したい人居たら回復薬あるけど?」
ふと、雪菜が口を開く。
「あ、頂きたいです!」
「俺も欲しいな」
「オレも~」
「回復、したい」
四人は顔を見合わせた後、雪菜にそう告げる。
シルビィと精市は体力と魔力、勇人と裕司は体力が回復したいらしい。
雪菜は収納魔法から、いのり印の体力回復薬小五本と、道具屋印の魔力回復薬小三本を取り出し、それぞれ飲み干す。
僅かに歪んだ空間に手を突っ込む様──収納魔法に、精市も裕司も目を瞬かせたが、特に何を聞く事もなかった。
「ありがとう、俺達のはもうなくなってしまっていたから、助かったよ」
微笑み掛けてくる精市に、雪菜は「お礼なら、緑川さんにしてね」と首を振るが、次いでシルビィ、勇人、裕司もお礼の言葉を述べた。
雪菜は小さく苦笑する。
(残りは……緑川さん印の体力回復薬小が十本、道具屋印の体力回復薬小が四本、魔力回復薬小が七本、解毒剤が五本、とよくわからないのが一本、か。持つ、かな……?)
雪菜は収納魔法内の、薬瓶の残量を不安に思いつつも、真っ直ぐに扉を見付めた。
そして、「用意はいいか?」と精市が確認し、四人が頷くと、大きな扉を両手で押し開く。
扉を開いた先には、今まで居た場所より、二回りか三回り程大きな空間が広がり、その真ん中に茶色い魔物が一匹鎮座していた。
「ゲゴォ」
蛙より大きく、人を丸呑み出来そうな茶色い肌の蛙。
そいつは一鳴きすると、睨み付けるように雪菜達を見据えた。
「行くぞ」
精市の合図と共に、各々が構える。
雪菜がダガーを、精市、勇人が片手剣を、裕司が二本の短剣を、シルビィが術の詠唱を。
階層主と五人との、戦いの火蓋は切られた。
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長くなったので、一先ず区切り。
次回はフロアボス戦です!
次回更新は明日19時以降を予定しております!
以下、おまけ。
◆◆◆◆◆◆
林檎「ねぇ、満瑠」
満瑠「何?」
林檎「手」
満瑠「て?」
林檎「真っ黒だわ」
満瑠「あ……」
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