第36話 最下層へ一直線のトラップってテンプレだよね
宿屋を後にした雪菜達は急いで、蛙の迷宮に向かった。
道中、雪菜が収納魔法に薬瓶の入った頭陀袋を放り、シルビィが目を丸くしていたが、そこは空気を読んでか、何も言わなかった。
勇人も「へぇ」と驚いたような声を洩らすだけ。
誰も乗馬が出来ない事から馬は使えず、かと言って蛙の迷宮に向かってくれる馬車や竜車があるかも分からず、探している暇もなく、雪菜達は走った。
ただ、途中で幸村と歩夢の二人と合流を果たした事により、歩夢のスキル──瞬間移動による、ショートカット走行となったが。
いつもの半分以下に短縮された時間で、辿り着いた蛙の迷宮。
修也達が何処に居るか分からず、声を上げながら、五人で迷宮内を徘徊する。
声に釣られて近付いて来る幼蛙を、幸村が武器屋で売っていたらしい打刀で、一撃で屠る。
進んで先頭を行き、魔物を仕留める幸村の後に続き、四人も歩く。
一階層の捜索を終え、二階層へ。
二階層の捜索を終え、三階層へ。
階段を駆け下りて行く。
「遠野先生ー! 高城くーん!」
歩夢が大きな声で名前を呼ぶ。
それにより、近付いて来た蛙を幸村が「邪魔だよ」と、冷たい眼差しで、斬り伏せる。
「! 白石か?! こっちだー!!」
三階層、奥から叶太の声が響く。
五人は慌てて、そちらへと駆け出した。
(何で、三階層に居るの……?)
雪菜は頭を捻りながらも、足を動かす。
程なくして、雪菜達は足を怪我し、ぐったりしている修也を、支えるようにして座る怜奈の姿と、修也同様に顔色が悪い貴李を支える叶太の姿、それに、その周囲に心配そうに集まる、五人の生徒の姿を視界に捉える。
「シルビィさん」
「はい! 治癒の光を灯せ! 小回復! 」
雪菜がシルビィの名を呼ぶと、シルビィは頷き、修也の元へ駆け寄り、膝をついて、回復魔法を唱える。
それを数度繰り返し、次いで貴李にも同様に回復魔法を掛けてゆく。
「怪我人は二人だけかい?」
幸村の問いに怜奈が頷くと、「あれに、やられたの」と指を差す。
それを辿った先には、紫の肌の毒々しい蛙の魔物が倒れ伏していた。
蛙の魔物は、既に絶命しているようで、ぴくりとも動く様子はない。
(……鑑定)
雪菜は眉間に皺を寄せて、スキルを使用する。
LV2の鑑定で引き出せた情報が視界に表示され、更に眉間の皺を深くさせた。
(毒蛙。こんなの、昨日は……っまた、毒!)
はっとして雪菜が、修也と貴李に視線を向ける。
(二人共、顔色は悪いけど、山下くんの時みたいな青白さも、痙攣もない?)
そう思考して、雪菜は口を開く。
「そいつ、毒持ってなかった? 毒は平気だったの?」
「毒は平気。俺が解毒剤持って来たから」
叶太の返答に、雪菜は首を傾げた。
何故、叶太が居るのか。
何故、解毒剤を持って来たのか。
分からなかったからだ。
雪菜がそれを今聞くべきか逡巡としていると、不意に黙ったままだった、勇人が口を開いた。
「……ねぇ、精ちゃんと裕司ちゃんは、どうしたの」
その言葉の破壊力は凄まじく、一瞬にして辺りが静まり返った。
否、そんな気がした所で「ゲゴォ!」と、空気の読めない蛙が一匹、飛び込んでくる。
「お取り込み中」
「空気読め」
が、瞬時に反応した、雪菜のダガーと勇人の片手剣により、蛙は斬り倒される。
そんな二人の早業に、ぎょっと目を剥く皆に向かって、勇人が「で?」と返答を促す。
すると、愛衣が「加鳥が消えて、赤坂と灰沢は二人で探しに行ったのよ」と、綺麗な顔を歪めて答えた。
「え、え? 消えた? 加鳥くん消えたの?」
「それ、そこよ。その床が開いて落ちたの」
目を見開き、困惑する歩夢に、愛衣が少し離れた床を指差した。
雪菜、勇人、幸村の三人が近付いて床を確認する。
勇人が試すように、足を置いてみたが、一回切りしか発動しないのか、何の反応もなかった。
「こ、古典的な迷宮罠です!」
貴李の怪我を治し終えたシルビィが、声を上げる。
(迷宮罠? これも、昨日はなかった。毒蛙と言い、罠と言い……何故、こんな急に? それとも、私の勘違い? 見落としなの……?)
雪菜は毒蛙と、罠の床を睨み付けるように見る。
「シルビィさん、何、それ? 罠なんてあるのかい?」
「あ、はい。えっと、迷宮には基本、様々な罠が設置される事が多くあります。これはその古典的なもので、上層から下層へて落とす罠、下層落としです」
幸村の問いに、シルビィが頷いて説明する。
勇人が「そんなのあるなら、もっと早く知りたかった」と呟く。
「迷宮罠はギルド連盟に訪ねる事が可能なんです……けど、この蛙の迷宮の罠に付いてはもう機能していない筈なんですが」
シルビィが自分の知る範囲で追加の説明を、言い難そうに続けた。
「機能してない罠が発動したとか何それ。意味わかんない! 避けようないじゃん!」
肩口より少し長い桃色髪に、同様のパッチリとした瞳と、可愛らしい顔立ちの小柄な男子生徒──弓道部所属の桃智和泉が顔を顰める。
そんな和泉に、眉根を寄せた、 ポニーテールにした水色髪と、同様のつり目に、背の高い女子生徒──水泳部所属の水家鈴代 《みずうちすずよ》が「喚くな、桃智。見苦しい」 と吐き捨てるように呟く。
和泉は、「はあ? 僕のこの可愛い顔の何処が見苦しいの? 水家さん、速やかに眼科行った方がいいよ」と鈴代を睨み付けた。
「ふ、二人共……落ち着いて。落ち着こうよ、ね……?」
睨み合う二人に、短めの前髪に下で二つに結わえたセミロングの焦げ茶色の髪と、茶色の瞳の、ふくよかな女子生徒──図書部所属の幾島葵が仲裁するように声を掛ける。
だが、二人はそんな事お構いなしに睨み合いを続けた。
「……はぁ。加鳥くんが罠に嵌まって下層に落ちた。それで、赤坂くんと灰沢くんは加鳥くんを助けに下層に向かった。それでいい?」
こっちはこっちで仲が悪い、と雪菜は小さく溜め息を吐き、確認するようにそう告げた。
それに愛衣が頷く。
「分かった。じゃあ、私とシルビィさん、黒井くんで二人を追い掛けるから、残りの人は白石くんと桃智くんに護衛して貰いながら、怪我人を高城くんと阿笠くんが背負って迷宮出て。そこからは、本條さんの瞬間移動でショートカットして帰る。以上、OK?」
このままでは埒が明かないのではないか、と雪菜が有無を言わさずに淡々と、これからの行動について語る。
特に異論はなかったらしく、皆一様に顔を見合わせた後、静かに頷く。
ただ、暗い雰囲気を纏う、長い前髪で顔を覆う黒髪の男子生徒──阿笠昌治だけは、何かをぼそりと呟いていたが、それは誰にも届かなかった。
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はい、後少しで全員の紹介が終わりますね(笑)
そして、消えた晋也と、捜索しに行った精市、裕司。
次回、それを追い掛ける主人公、シルビィ、勇人。
次回更新は明日の19時以降を予定しております!
以下、おまけ。
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永久「心配だな」
正樹「ああ、心配だ」
美夜「せつなん」
いのり「シルビィさん」
四人「「「「……胃が痛い」」」」
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