第31話 お金が貰えてほくほくだけど、ランクアップとか早くないですか?
「セツナ様? 聞いてますかッ?」
「え? いや、まあ、はい、聞いてます」
返答を直ぐに貰えなかったフユユキが首を傾げたかと思うと、ずい、と雪菜の顔を覗き込む。
雪菜は苦笑を零すと、小さく頷いた。
「それで、どうなんでしょうかッッ?!」
フユユキが驚愕と期待の入り交じる眼差しで、雪菜を見る。
雪菜は助けを求めるように、永久と美夜に視線を向けた。
「ちょ、ちょっ……受付嬢さん! せつなん、引いてます! ドン引いてますからッ! 落ち着いてくださいッ!」
「えっ! 私、今ドン引かれてるんですか?!」
美夜が立ち上がり、雪菜を隠すように、フユユキとの間に割り込み、声をあげる。
フユユキは、ぎょっとして後ろへ数歩、後退った。
そして────
「っあいた?!」
小気味良い音と共に、頭に拳骨が落ちた。
フユユキの口から、悲鳴じみた声が上がる。
「フユユキ」
フユユキの背後より、拳骨の主、ハルハナの怒ったような低い声が彼女の名前を呼んだ。
ギギギギギ──まるで人形のように、恐る恐る背後を確認する為、動かされた首。
視界が捉えたのは、ハルハナの満面の笑顔。
その目は、何処か据わっていて、今にも誰かを射殺さんばかりである。
フユユキは「ひっ?!」と短く悲鳴を上げた。
「部下が失礼致しました、セツナ様。査定処理が終わりましたので、受付カウンターまでお願い致します」
凍える眼差しをフユユキに向けた後、ハルハナはいつもの笑顔に戻り、受付カウンターを手で差した。
雪菜達は互いに顔を見合わせつつ、「あ、すみません」と促されるまま受付カウンターへ向かう。
背後で「見世物ではありませんよ!」とハルハナが二度手を叩いて声を上げると、雪菜達に集中していた視線は戦々恐々と散っていった。
ハルハナは、「はぁ」と小さく溜め息を吐き、フユユキに「ここは代わるから。支部長室行って、怒られてきなさい」と告げる。
フユユキは、「はぁい、すみません」と肩を落とし、とぼとぼと階段を上がって行った。
「お待たせ致しました。セツナ様、ミヨ様、ナガヒサ様」
受付カウンターに舞い戻ったハルハナが、そう言って、先程渡した魔石の査定額を提示する。
小軟水体同様に、幼蛙の魔石は一個、銅貨三十枚。
差し出した魔石は全部で四十二個で、銀貨十二枚と銅貨六十枚になるそうだ。
「全部換金でお願いします」
雪菜がそう言うと、ハルハナは「かしこまりました」と、魔石の換金金額を引き渡し、頭陀袋を返却する。
雪菜は「ありがとうございます」と、お金を受け取り、スクール鞄の中へと仕舞い込み、頭陀袋を腕に掛けた。
「それで、セツナ様。先程、受付嬢のフユユキが言っていた件について、お話ししたい事がございます」
「小鬼の事ですか?」
「はい。エレノア様より先日の件については聞き及んでおります。二十体以上の小鬼と交戦し、十体の小鬼を討伐されたとか」
ハルハナが頷き、そう淡々と語る。
雪菜の後ろで、美夜と永久が「え、あの後、そんなに倒してたの?」と目を丸くして、当人を凝視した。
「ま、まあ、そんな事もあったような……?」
背後からの二人の視線に気付かない振りをして、雪菜は曖昧気味にハルハナに答える。
「FランクからCランクの冒険者が小鬼の群れと遭遇した際の生存率は三十パーセントを切ります。それも、逃走、の一択でです。その事を鑑みまして、この度、支部長との話し合いの末、セツナ様の冒険者ランクを特例としてDランクにランクアップさせて頂く事と相成りました。もし、まだランクアップに抵抗がある場合はご相談頂ければ、保留にする事も可能でございます。如何致しましょうか?」
ハルハナが首を傾げて問い掛ける。
雪菜はきょとん、として「え、ランクアップですか?」と聞き返す。
ハルハナは「はい」と笑顔で頷いた。
「せつなん、ランクアップだって!!」
「……何だろう、この男としての敗北感」
どうしよう、と背後の二人を振り返ると、片や喜びの声を上げる美夜と、片や何処か哀愁を漂わせる永久が目に映る。
「うん、そうだね」
「せつなん、ランクアップしたら依頼の幅増えるんじゃない?」
「だろうね、そうしたら稼ぎ易くなるか……」
きらきらと瞳を輝かせる美夜に、雪菜は頷く。
「えっと、ハルハナさん。Dランクに上がるデメリットとメリットを聞きたいんですが」
雪菜がハルハナに向き直ると、ハルハナは「かしこまりました」と話し始める。
「Dランクになりますと、受けられる依頼の幅が広がり、それに応じて報酬金額も上がりますし、パーティーや、ギルドメンバーの空きを検索し、加入、募集がし易くなりますね。加えて、Dランク以上のギルドカードは国境を越える際、通行証の代わりとなります。ただ、Dランクからは依頼の難易度が上がったり、緊急事態には招集を受ける可能性が出てきます」
雪菜はハルハナの話を聞きながら、ふむ、と思案する。
(受けられる依頼の幅が広がるのも、早々に通行証の代わりが手に入るのも、何より報酬額が増えるのも大きい。難易度が上がるのは仕方ないとして、招集か……。招集が頻繁に行われるとは思えないし、何れはDランクを目指すならば、今なってもさして変わりはないか)
雪菜はそう自己完結すると、「そうですが、じゃあランクアップお願いします」とハルハナに頼む。
すると、ハルハナは「では、ランクアップ処理を致しますので、少々お待ちくださいませ」と受付カウンターの奥へと姿を消す。
雪菜達は、黙ってそれを待った。
程なくして、「お待たせ致しました」と戻って来たハルハナが、「ランクアップ処理が無事に完了致しました。こちらが新しいギルドカードになります」と、黄緑色になったギルドカードを雪菜に手渡す。
「ありがとうございます」と、雪菜は受け取ったギルドカードをお金同様に、鞄に仕舞った。
「Dランクに上がりまして、セツナ様に補足事項をお伝えしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「? お願いします」
軽く頭を下げると、ハルハナはにこりと微笑み、「では、先ず」と語り始める。
ギルドとギルド連盟の違いについて。
ギルド連盟とは、冒険者の登録から、依頼の発注、受注、それらの管理を行う独立組織の総称。
対して、ギルドとは大規模なパーティー、或いは拠点を持ち、ギルドマスターと言うリーダーの元、活動を行う、呼称のあるパーティーの事である。
エレノアの言う白き剣とは、彼女の所属するギルドの名前だ。
また、ギルドはAランク以上になった冒険者が、ギルドマスターとして、ギルド連盟にギルドの呼称とメンバーの名簿を提出する事で設立出来る。
ギルドへの加入は、Dランク以上からで、それ以下は仮加入のみ可能。
次に、強制招集について。
ギルド連盟が緊急事態だと判断した際、ギルド連盟は街内や近くの冒険者に招集を掛ける事がある。
この時、民間人の命に関わる問題が大半である為、Dランク以上の冒険者はギルド連盟より強制的に依頼を発注される。
これを拒否する事は可能であるが、その場合は降格、除名、永久追放などに処す。
何かしらの不足の事態で参加不可の場合は、例外として免除される事もある。
次に、パーティー、ギルドの募集について。
受付にてその項を伝え、専用用紙に記入をすると、パーティー、またはギルドのメンバーを募集する貼り紙を、局内の掲示板に貼り出す事が可能。
「と、補足事項はこんな所でしょう。何か質問はございませんか?」
ハルハナは、補足事項を三つ告げ、そう問い掛ける。
雪菜は「いえ、問題ありません」と首を横に降った。
「ああ、セツナ様。それと、ですね」
「はい?」
「こちら、エレノア様よりお預かり致しました。小鬼十体分の魔石と、小鬼掃討戦の先駆者として金貨一枚。それに、ゴロツキ三人捕縛報奨、銀貨五枚でございます」
唐突に、受付カウンターに置かれた十個の魔石と、金貨一枚に銀貨五枚。
雪菜は目を瞬かせてハルハナを見遣る。
「小鬼掃討戦の前に、小鬼を複数討伐して頂きましたので報酬として金貨一枚を。常習犯のゴロツキを捕縛し、エレノア様に引き渡した報奨金として銀貨五枚をお渡し致します。ただ先駆者報酬は、勝手ながら救出費として銀貨三十枚分天引きさせて頂いております」
「あ、あー、天引きは全然構わないです。寧ろ、ありがとうございます」
「いえ、正当報酬ですので……こちらの魔石の換金はどう致しますか?」
「お願いします」
ハルハナが「査定は済んでおりますので、直ぐにお渡し致しますね。小鬼の魔石が一個銅貨五十枚ですので、全部で銀貨五枚でございます」と、すっと引き出しからお金を取り出し、受付カウンターに置く。
雪菜はそれを受け取り、エレノアさんお礼言わなきゃな、と内心で呟きながら、再び鞄に仕舞った。
「い、一気にお金増えたな……?」
「思わぬ臨時収入だね」
苦笑をする永久に、にこりと笑う美夜。
雪菜は頷いた後、「無駄遣いは駄目だよ」と苦笑した。
「ふふ、ランクアップおめでとうございました。セツナ様」
ハルハナが改めてそう頭を下げ、雪菜達を見送る。
雪菜達もハルハナに頭を下げ、ギルド連盟事務局を後にした。
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主人公、無事にランクアップ!
まだDなのですんなりいきました。
次回はDランク依頼受注!
次回更新も、19時以降を予定しております!
以下、おまけ。
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ハルハナの第一印象。
雪菜「THE・受付嬢?」
美夜「水色の髪!」
いのり「綺麗な女性、かな」
永久「笑顔に威圧感がありそう」
正樹「怒ると怖そう」
シルビィ「とても優秀そうな受付嬢様」
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